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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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114その色はワインのようで

「あの、ファリオン?」


「ダーリン」


「は?」


「ダーリンって呼んでみ」


「…ファリオン」


「……」



目を閉じて口を引き結ぶ姿は、明確な拒絶を示している。

…なんでそこまで私を辱めたいのか分からない。

分からないけど、それならせめてもの抵抗に淡々と呼んでやろうじゃないか。



「……だーりん」


「なんだハニー」



自分史上最高のジト目をしてみたけれど、ファリオンは楽しげにケタケタ笑うだけだった。



「…で、どうやって寝るの?」


「それはどうやって子供作るのかって意味であってるか?」


「あってるわけないよね」



ファリオン馬鹿になったのかな?

私の声がどんどん氷点下に近づいているのに気付いてか、ファリオンはやれやれといった調子で床から立ち上がった。



「安心しろ、ベッドはあんたに譲ってやるよ」


「…でもそれじゃファリオンは…」


「俺も隣に寝るけどな」


「それ譲ってやるって言わないんだけど」



ちょっと申し訳ないとか思って損した。

これ以上どれだけ話を振っても一事が万事こんな調子になるのが目に見えたので、もう諦めることにした。

ファリオンの横を通り過ぎてベッドに腰掛けると、弾力の殆どない感触と軋んだ音が返ってくる。

…まぁ、地べたじゃないだけマシか。

寝床を整えだす私に、銀色の瞳が意外そうに見開かれた。



「観念したのか?」


「諦念の方が合ってる気がするけどね」


「へぇ?」



楽しげに口角を吊り上げ、横たわる私に圧し掛かってくる青年。

口をへの字に曲げて見つめ返すと、向こうも眉根を寄せて睨み返してきた。



「何で俺に対してこうも危機感無いんだよ、あんた」


「言ったでしょ、私に何かしても貴方にメリットが無いって」


「俺だって若い男なんだから、体を持て余したら手近なあんたに手を出すかもしれないだろ」


「それは無い」



キッパリ断言する私に、銀色が苛立ちの色を見せる。



「何でそう言える」


「貴方はそんなプライドの低い男じゃないから」



実際に過ごした時間はほんの二週間程度。

だけどほぼ付きっ切りで過ごしたことを思えばそう短くも無い。

彼の性根が、本を読んでイメージしていたのとそう変わらないということも十分分かっていた。

臆することなく返答すると、息を飲むような声が聞こえた。

しばし沈黙が落ちた後、彼はためらいがちに口を開く。



「…アカネ、やっぱり俺の事知ってるだろ」



以前から、という話だろうか。



「前にも言った通り、ファリオン・ヴォルシュとの面識は…」


「ファリオン・ヴォルシュがどうとかじゃなくて!」



妙に余裕の無い声と泣きそうに歪んだ表情が、今度は私を驚かせた。



「俺の事、知ってるんだろ?」



不安げに私の返答を待つ姿を見て、ようやく質問の意図を察する。



「……会ったことが無いのは本当」



過去に興味なんかないと言っていた彼の気持ちを揺るがせてしまったのは、きっと私だ。

ファリオン・ヴォルシュとして王都に戻ってきた彼があの日語っていた"戻ってきた理由"は、少なからず本音が混じっていたんだろう。



「でも、私はたぶん貴方を知ってるよ」



記憶が無いって、どれだけ不安なものだったんだろう。

身に覚えのない過去の話をされることは、どれだけ心細いものだったんだろう。

そしてそこに、違和感を覚えているのなら尚更。

少なくともプライドが高いはずのこの青年の瞳から、一雫こぼさせる程度の重さがあったのは確かだ。




==========




「記憶がなくなってることに気付いたのっていつだったの?」


「去年の春ごろだな。ふと気付いたら記憶がぼやけてる感じがして、それまで何をしてたのかも分からなくなってた」


「春ごろ…」



同じベッドに横になった私達は、背中を向けあったままポツリポツリと言葉を交わす。

去年の春といえば、ちょうど私がこの世界に来たころだ。



「昔の事、何も分からなくなってたの?」


「…ああ。自分の名前がファリオンだってことだけは、すげー強烈に覚えてて、自分の荷物に混ざってた短剣が大事なものだってことも分かったけど……ちょっと不自然なくらいだったな」



不自然、か…

まぁ、自然な記憶喪失がどんなものかも知らないけど。



「その頃はもうシルバーウルフにいたんだよね?」


「ああ。記憶が無くなる二年半くらい前に首領に拾われたらしい。拾われてからどんな活動してたのか、全く覚えてないけどな」



ってことは、今ではもう四年くらいになるのか。



「…ヴェルナー君はいつから?」


「あいつも同時期だって話だけど、いろいろあったせいか当時の事は記憶が曖昧だって言ってた。知ってるだろ、メアステラ家に何があったか」


「うん…正直十歳くらいの子には衝撃的すぎるだろうから、ちょっとくらい記憶が飛んでても仕方ない…のかも?」


「…そうだな。確かなのは、俺もあいつも首領に拾われたってことくらいで。それから…あいつは一緒にはぐれたはずの兄がいるって言って…ずっと探してて」


「……うん」



ヴェルナー君とリードは一度顔を合わせている。

だけどお互いに探していたはずなのに、その邂逅はひどく淡白で言葉を交わすことすら無かった。



「俺の事さ、アニキって呼び出したの…俺の記憶が無くなった頃くらいからみたいなんだよな。何かそう呼びたくなるとか。その前はどう呼んでたのか知らないけどな」


「だけど、満更でもないんでしょ?」


「…さぁな」



そっけない口ぶりだけどその声は穏やかで、否定しないことが一番の肯定になっていた。



「去年、初めてアカネたちと会った時…センパイとヴェルナーも顔合わせただろ。ヴェルナーほっとしてたよ。センパイがスターチス家に保護されたって話自体は団にも流れてきてたけど、実際に顔見れたの初めてだったしな」


「ヴェルナー君、何か言ってた?」


「…元気でやってるならそれでいいって」


「うちに来る気は…無いよね。ファリオンにすごく懐いてるし。今の生活を苦に感じて無さそうだし」



その口ぶりはそう言う事だろう。

リードが保護するのにあまり本腰を入れようとしないのも、それを分かってたからなんだろうな。

隣がもぞりと動いた気配がして振り返ると、真剣な瞳がこちらを見据えていた。



「なぁ」


「ん?」


「その名前で呼ばれるの…本当は好きじゃないんだ」


「……」



寄こされた言葉に驚きつつも、内心で納得する。

私に執拗にダーリンと呼ばせようとしてたのは、そういう事だったのか。

かといって『じゃあダーリンって呼ぶわね』とはならないけども。



「分かった、アニキって呼ぶわ」


「…首領とか、親しいやつにはヴァンって呼ばれてる」


「ヴァン?なんで?」


「…酒からきてるらしい」



…パラディア王国では昔、ワインの事をヴァンって呼んでいたらしいのを思い出す。

金色が淡く光る髪から銀色に輝く瞳へと視線を移して、頷いた。



「わかった、ヴァン」



そう呼ぶと、ヴァンの表情は少しだけ和らいだように緩む。



「ごめん、そろそろ眠い…」


「ああ…明日も早いからな。もう寝ろ」


「おやすみ、ヴァン」


「…おやすみ」



そっと瞼を閉じた裏で、私はさっき見たのと違う、赤い瞳を思い出していた。

真っ赤なワインのような、あの濃い色を。

…リード。

いつも私を真っ直ぐ射抜くように見据える力強い瞳。

ほんの半日しか離れていないのに、無性にあの瞳に会いたかった。




==========




「アカネ、起きろ」


「ん…」



ベッドを揺さぶられる感覚に、ゆっくり思考が覚醒する。

目を開けば、困ったような顔をしたヴァンが居た。



「…おはよう」


「…あんた、よく熟睡できるな…」


「んー、まぁちょっと硬いベッドだったけど、疲れてたし…」


「いやベッド以外にも色々と…まぁいいや。そろそろ出るぞ」



のっそりと体を起こすと、あちこちが痛む感覚がした。

甘やかされた体には辛い寝床だったのか…

いや、もしかしてこれ筋肉痛かな…慣れない乗馬したしなぁ。

部屋はまだ薄暗いけれど、ヴァンは既にしっかり目が覚めているらしかった。



「ほら、古着だけど着替えろ」



そう言いながら投げてよこされたのは、平民の女の子が着ていそうなシンプルなワンピースだった。

…下着も…とかまで望むのは無理なんだろうな。

着替えが全く無いよりマシだろうか。

ひっそりため息をかみ殺していると、それに気付いたらしいヴァンが気まずそうに口を開いた。



「…今日は小さい村に寄る予定だ。そこで少しくらい着替えの調達もできるだろうし、風呂も入れるようにするから」



思ったより気を遣ってくれているらしい事実に目を丸くするも、素直に笑顔で礼を言う。



「ありがとう」


「…別に」


「……」


「……」


「…着替えたいんだけど」



部屋を出ていく気配が無い男に、どこぞの魔王を思い出して半眼でそうツッコむと、予想外に慌てた顔が見られた。



「っ、あ、悪い」



そんな声を残して、すぐに部屋の外へ出ていく姿は思春期の男子らしい。

…リードにも見習ってほしいものだ。

ヴァンは単に男所帯のシルバーウルフで日頃生活しているから、着替えの時見ないようにするとかの発想が無かったのかもしれないな。


着替えている間に、廊下からヴェルナー君の声が聞こえてきた。

彼も起きたようだ。

何やらヴェルナー君の語調が荒くなっているようだったけれど、何を言っているのかまではっきり聞こえていなかった。



「着替えたよー」



揉めているのかと急いで身支度を整え、そう言いながらドアを開けると、そこにはヴァンとヴェルナー君が二人揃って苦りきった表情で立っていた。

ヴァンは視線を反らし、ヴェルナー君は敵のように私を睨みつけている。

どうやら揉めていたのは私が原因らしい。



「ごめん。そんなに遅かった?」



そもそも身づくろいする道具すらまともに無いから、五分と待たせてないはずなんだけど…

首を傾げる私に、ヴェルナー君は指を突き付けて怒鳴った。



「おい、お前!ここまで来てアニキを拒むってどういうことだ!」


「ヴェルナー、だから違う…」


「違わないだろ!着替えの時に外に出なきゃいけないってそういうことだろ!」



ヴァンが頭を抱えている。

状況を説明してほしいのに、一切こっちを見ない。

昨日のように私の反応を楽しんでいると言うより、自分自身も困っているようだ。

嫌いらしい私も、大好きなアニキも、二人揃って戸惑っているというのに、ヴェルナー君はお構いなしに文句を続ける。



「何でアニキにやらせないんだ!」


「……何の話かな?」



いや、分かる。

残念なことに分かってしまう。

分かってしまうけど反応に困ってとぼけてしまった。

にっこり微笑んで首を傾げる私を見て、ヴェルナー君は困った顔になる。

勢いよく突き付けられた指もゆっくり降りて行き、助けを求めるようにヴァンを見た。



「…アニキ、もしかして貴族の女にはこの言い方じゃ伝わらないのか?」


「…俺に聞くな…」



どうやら着替えを理由に追い出されているヴァンを見て、ヴェルナー君は不憫に思ったようだ。

駆け落ちまでして初めて迎えた夜なのに手を出させてもらえなかったのか、と。



「ええとだな、つまりセッ」



わざわざ言い方を変えてなおも言い聞かせようとしてくれたらしい、ヴェルナー君の大きなお世話は、もっと大きな物音に掻き消えた。

ガラスが割れたような音は少し離れた部屋からのもので、思わず三人そろって身をすくませる。



「…ヴェルナー、暗殺部隊のみんなはまだ寝てんだから静かにしろ」


「…ごめん…」



今の、騒音への抗議だったのか…

酒瓶が叩きつけられたのであろう音を思い出し、荒っぽい主張に胃が痛くなる。

やっぱり怖いなぁ、盗賊。

だけどそれ以上に胃を痛ませてくれたのは、ヴァンから聞こえてきた単語だ。



「…暗殺部隊って何…」



屋敷を出てしばらく。

つないであった馬に屋敷の井戸から汲んできた水を飲ませてやっているヴェルナー君を眺めながら、私はそう口を開いた。



「ベルテンさんたちのことだ」



皮袋に補給された人間用の飲み水を口にしつつ、ヴァンが何でもない事のように返答する。



「シルバーウルフは人を殺さないんじゃないの?」


「首領は無駄な殺生を禁じてる」


「じゃあ何で暗殺部隊なんかあるのよ」


「もう一度言うぞ。無駄な殺生を禁じてる」



"無駄な"に力を込めるヴァンの言葉に、ようやく察した。



「…無駄じゃない殺生って何」


「本当に知りたくて言ってるのか?」



意地悪く笑うヴァンの顔を見て、首を振った。



「……やめとくわ」



聞いてもいいこと無さそう…

私用に井戸水をわざわざ一度煮沸してくれたらしい水を飲みながら、気を紛らわせた。

ヴェルナー君がどこからか調達して来てくれた果物を朝食に取った後、馬上に揺られて約四時間。



「おい、ハニー」


「……」


「寝てんのか?」


「寝てないわよ」


「なら返事くらいしろよ」


「その寒い呼び方で返事したくない」


「そう言っても体は正直だぞ」


「言い方、言い方」



途中で休憩を挟んでいるとはいえ、筋肉痛のところに更に乗馬を重ねている私の体はクタクタだった。

もはや踏ん張る力が残っておらず、すっかりヴァンに体を預けてしまっている。

ええ、ええ、私の体は疲労に正直ですよ。

そんな私を見て呆れた顔をするのはヴェルナー君だ。



「体力ねーなぁ」


「アカネは伯爵令嬢だったんだから仕方ない」



ある程度貴族の実情を垣間見たヴァンはそうフォローしてくれるけれど、確かにちょっと情けない。

体重がかかってしまっているはずなのに、文句ひとつ言わないヴァンに申し訳ない気持ちも…

と、そこまで考えて思い出す。

私、誘拐されてるんだった。

何故誘拐犯にこうも気を遣ってしまっているのか。

いや、むしろ油断しすぎだ。

昨晩いろいろ話したせいですっかり気を許してしまっていた。


ほだされるな、私!

慌てて首を振り、ヴァンにもたれかかっていた上体を引き起こす。

疲労した筋肉が悲鳴を上げているけれど、気合いだ、気合い!



「…おい、無理すんな」


「無理なんかしてませんけど?」


「プルプルしてんぞ…」



小さなため息が聞こえたかと思ったら、ヴァンの左手が手綱を離して代わりに私を抱き込んだ。



「ちょ、ちょっと!」


「なんだよ、素直になれないカラダを何とかしてくれってことだろ?」


「言い方、言い方!」



かえって緊張に力がこもっちゃって疲れる。

身じろぎしようにもあんまり暴れると馬に迷惑だ。

下手したら落馬する。

後ろから抱きしめられていると言う事実に今さら動揺している私を見て、ヴァンは楽しげに笑った。



「昨夜はグースカ寝てたけど、俺の事男だって思い出したか?」



囁かれて耳が熱くなる。



「耳やめてっ!」


「へーぇ、耳弱いのか。いい事聞いた」


「馬鹿!」



思わず後ろを振り返って腕を振りかぶるも、バランスを崩しかけてあっさりヴァンに支えられる始末。

慌ててしがみついた私を見て、真後ろの男は笑い声を大きくする。



「やっぱ俺のことで動揺してるあんた見るの最高だわ」


「…最低」



遠くに見えてきた小さな村影の観察に集中することにして顔を背けるも、背後からの笑い声はしばらくやまなかった。

いつもご覧いただき有り難うございます。


気を許しているのはお互い様のようで…

ところでチョロいヒロインのことをチョロインと呼ぶようですが、男性の場合はチョーローになるのでしょうか?

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