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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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112/224

112盗賊コワクナイヨー

すみません、投稿設定忘れてたのでいつもの時間に投稿されてませんでした…

<side:アカネ>


駆け落ち?

誰が?

誰と?


思わずそう口に出しそうになった私を遮るように、ファリオンの手が私の肩を抱く。



「ああ。そうするしか無かった」


「アニキが伯爵令嬢を攫いに行ったって、団の中でもすっかり噂になってる。これから拠点を移動しながら首領のところへ挨拶へ向かうってのも広まってるから、多分絡まれるぞ」


「それは仕方ないな。アカネが令嬢である以上、追っ手を撒けるまでは街に堂々と出入りするわけにもいかない。むさくるしい男だらけの拠点をアカネに利用させるのは気が引けるけどな」


「つってもお前も、んなこと覚悟の上でアニキについてきたんだろ?」


「は、え?」


「ヴェルナー、アカネは俺を選んではくれたが、俺達みたいな荒くれ者に慣れてるわけじゃない。あんま脅すな」



話がポンポン進んでいる。

目を白黒させている私の顔を覗き込み、ファリオンが微笑んだ。



「安心しろ。アカネのことは俺が守ってやる」


「あ、ありがとう?」



訳が分からないままお礼を言ってしまった。



「…本当に大切にしてんだな」



『なんでコイツをそこまで』的な視線を寄こしながら、ヴェルナー君が黙る。

いやいやいや、意味が分からない。

しかしファリオンの言葉を遮って問い詰めようとする度、肩に添えられた手が痛いくらい力を込めてくる。

いつまでも立ち話していても仕方ないと揃って歩き出し、ヴェルナー君が視線を反らした隙に耳元でささやかれた。



「いいから、話合わせろよ」



またそれですか!?

話合わせてほしいなら、何で二人でいる間に説明しといてくれないのかな!?

非難の視線を向けるけれど、ファリオンは意に介した様子もなく、前を歩くヴェルナー君に声をかける。



「馬の手配はできたか?」


「ああ。副長がご祝儀だっつっていい馬用意してくれたぜ」


「そうか。ここまで問題は無かったか?」


「別に。ああ、待ってる間にマギレを見つけから小部屋に突っ込んどいたくらいか。また冒険者に転身した奴らだったわ」


「そりゃいつものことだ。ちょうど明日は回収班が来る日だろ。運よく生きて出られるかもな」


「生きて出られたって足の腱切られて森に放り込まれるんだから、死ぬのは時間の問題じゃね?」


「賊抜けしといてこの道だけは使いたいなんて都合のいいこと考えるからそうなる」



…なんか、またあんまり聞かない方が良い話をしてる気がする。

元シルバーウルフ団員が冒険者に転身してるとか、そういう人がこの道をその後も利用しようとしてるとか、見つかったら始末されるとか…結構、大問題な気がするんだけど。

もう遅いと思いつつ、これ以上話を聞かないように耳を塞ぐと、その手をとってファリオンが指を絡めてきた。



「…なに?」


「いや、はぐれないように」


「はぐれないよ、人混みでもないし、ついていけない速度でもないし」


「照れんなよ」



誰が照れとるか。

そのやり取りを聞いてか、ヴェルナー君がさりげなくこちらを振り返り、手を繋いでいる私達を見て『うわぁ』って顔をした。

ラブラブアピールしたいんですか?

ヴェルナー君にそれしてなんか意味あります?



「俺はあんたのそういう顔が見たいんだよ」


「…どういう顔?」



にっこり笑ってファリオンは囁いた。



「俺に困らされてる顔」


「……」



だから駆け落ち設定も伝えなかったんですね。

本当にこの男、この世界で出会った人の中で一番性格悪いわ。

呆れて言葉を無くしているうちに目的地についたらしく、ファリオンとヴェルナー君の手を借りながら天井にある出口から脱出した。


外は既に暗くなっていて、夜の森は草木のざわめく音だけが聞こえる。

…ちょっと不気味な雰囲気だ。

近くの木に結ばれていた二頭の馬にヴェルナー君とファリオンがまたがり、案の定私はファリオンに引き上げられて同じ馬に乗せられる。


馬のおかげで足を休ませられるかというと、意外と踏ん張ってないといけないからしんどいんだよね、乗馬って…

後ろからファリオンが支えてくれてるからまだマシだけどさぁ。

先導するように走るヴェルナー君と少し距離が離れ、話声が聞こえないであろうことを確認して口を開いた。



「で、どういうことなの?」


「何がだよ、ハニー」


「……」


「あんた今すげぇ嫌そうな顔してんだろうなぁ」


「だったら何」


「見れなくて残念だ」



…ファリオンと二人で乗馬なんて、元の世界に居た頃の私なら垂涎もののシチュエーションなのになぁ、何でこんなんなってんのかなぁ…

ファリオンの軽口に付き合っていては話が進まない。



「私は首領の命令で攫われてるんじゃないの?」


「…付き合い悪いな。まぁ、首領の命令ってのは嘘じゃない。でもこれは俺と一部の幹部しか知らない極秘任務になってる」


「極秘任務?」


「シルバーウルフって一口に言っても、みんながみんな首領に従ってるわけじゃない。なんとかうまい蜜だけ吸ってやろうって奴もいれば、なんなら首領の座を狙ってる奴もいる」


「大きい組織なんだし、一枚岩じゃないのは当たり前だよね」


「そういうこった。首領は色々決まり作ってるし、暴れまわりたい奴にとっちゃ鬱陶しい存在でもある。で、だ。そんな中で、首領がわざわざ呼び寄せてる女がいるなんて知られたら、どうなると思う?」



背を向けていてもわかる。

意地悪く笑っているんだろう。



「…私が首領のところにいけないよう妨害される?」


「妨害の仕方にもいろいろあるだろ。首領の目的が分からない以上、一番手っ取り早いのはあんたを殺すことか。あんたに価値があるなら自分の物にしようとするかもな。どっちにしろついでに味見しようって奴は少なくないだろうし」



思わず口が歪んだ。

…やっぱり何としてでも逃げ出せばよかった。

ここで叫んだら誰か…無理だろうなぁ…人気のない道選んでるんだろうし。



「で、だからって駆け落ち?」


「一応、ならず者にはならず者なりに暗黙の了解がある。愛人とかならまだしも、結婚を考えているほどの本命の女を連れているなら手を出さない」


「へえ」


「ま、あくまで一応ってレベルだ。気にしない奴は気にしない。俺から離れるなよ」


「…そうする」



おうちに帰して、なんて言ったところで聞いてくれないだろうしなぁ。

大人しくしてるしかなさそう。


馬を駆る事一時間弱。

何の目印も無い場所なのに、ヴェルナー君とファリオンは迷いなく馬を止めた。

脇にあるけもの道を歩き、さらにその道を外れてけものすら通った後の無さそうな山道へと入っていく。

当然ワンピース姿の私は山歩きについていけず、ファリオンに抱っこされることになった。

今度こそ正真正銘のお姫様抱っこだ。



「…やっぱりさっきこれしなかったのわざとなのね」


「何の話だ」


「何でもないわ…」


「拗ねるなよ、ハニー」


「その呼び方やめて」



前を歩いてるヴェルナー君がうんざりした顔でチラリとこちらを振り返ったのが見えた。

多分、アニキのこんな姿見たくなかったんだろうね、なんかごめんね、私悪くないけど。

歩き出して三十分もしないうちに小さな屋敷が見えてきた。

普通の民家にしては大きく、貴族の屋敷にしては小さい。

ただ、窓はところどころ割れてるし壁に蔦は這ってるし、庭は草だらけだしでまぁ酷い荒れっぷりだ。

忘れられた屋敷って感じで、なんていうか…お化け屋敷感がすごい。


「あんたも普通の女っぽいところがあったんだなぁ」



無意識に身を寄せてしまっていたらしく、ファリオンがそんなことを小声でほざく。



「どこからどう見ても普通の女以上普通の女未満って感じでしょうが」


「最終的に普通の女じゃ無くなってんじゃねぇか」



口を開いたら墓穴を掘っちゃうようなので唇を引き結んで『おろして』のジェスチャーをすると、素直に下ろしてくれた。

周囲の草は丈が高いけど、歩けないほどじゃない。


屋敷の窓からはほんのり明かりが漏れているし、ここがシルバーウルフの拠点の一つって話ならやっぱ誰かいるんだろうなぁ…

お姫様抱っこで入っていったら余計な視線を集めそうだ。

お化けが怖いのか盗賊が怖いのか我がことながらもうよく分からない。



「そんなビクビクするくらいなら俺に掴まってればいいだろ」


「やだ」


「俺の嫁さんは照れ屋だな」


「ヴェルナー君、掴まっていい?」


「やだ」



すげなく振られた私の腰をファリオンの手が抱く。



「浮気すんなよ」


「…ここまで密着する必要あるの?」


「俺の女だってしっかりアピールしとかないとフリーだと思われて襲われるぞ」



いくら盗賊とはいえそこまで節操なしじゃないだろ。

そう思いはするものの、まさかの事があっても困るので大人しくされるがままにした。

屋敷の朽ちかけた扉を開けると、エントランスには車座に並んだ男たちが宴会中だった。

意外にも普通の男たちが多く、不潔感のある服装をした男も強面の男も少ない。

…まぁ、二十人くらいいる人みんな男性なんだけど。

やっぱ女性は少ないのかな。

それにしてもまさか入ってすぐの場所に居るとは…これだとお姫様抱っこしてようがなかろうがすぐ見つかってただろう。


案の定、男たちの視線はこちらに集中し、はやし立てるような声が響いた。

一番上座と思しき場所に座っている男性がこちらに向けて微笑む。



「やあファリオン。そちらが噂のお姫様かな?」


「そ。一室借りるよ、ベルテンさん」



ファリオンが親し気にベルテンと呼んだ相手は、中肉中背、赤毛に黒い目のごくごく平凡な男性だった。

街の中に立っていれば一般市民に紛れて全く目立たないだろう。

…この人も盗賊なの?

思わずまじまじと見つめる私に、ベルテンさんは立ち上がって向き直った。



「こんばんは、お嬢さん。怯えなくても結構ですよ。私は人殺し以外に特技のない普通の男ですから」


「ベルテンさん、それ逆効果だから」



ヴェルナー君が突っ込み、どっと笑いが起きるけれど私は全く笑えない。

だって『人殺したこと無いでしょ』って突っ込みじゃなかったもん。

シルバーウルフって無駄な殺生禁じてるんじゃなかったの!?

ファリオン前にそう言ってたよね!?

恐怖に心臓を縮み上げつつも、挨拶を返さなきゃと言う頭が働き、スカートのすそを摘まむ。



「お初にお目にかかります。アカネ・スターチスと申します。皆様の憩いのひと時をお騒がせして申し訳ございません」



パニックを起こした頭はとりあえず叩き込まれた作法通りの動きと、短い社交経験で培った建前口上を繰り出した。

行儀見習いの先生に見られたらいくつも駄目出しを受けそうな挨拶だけど、盗賊団の皆さんには新鮮だったようで。

おおーっなんて感嘆の声が上がる。



「マジでお姫様じゃん。ファリオンすげぇな」


「俺今なんかお偉い人間になった気分だったわ」


「こういうとき俺らなんて返すのが正解なんだよ、貴族わからんわ」



そういってゲラゲラ笑う男たちは上品とは言えないにしても、ごく普通の人達だった。

ベルテンさんも部下らしき男たちの言葉に笑っている。

人殺しっていうワードは気になるけど、そんなに怯えること無いのかも?



「…いくぞ、アカネ」



緊張の糸が緩んだ私とは裏腹に、ファリオンが私を抱く手に力がこもった。



「いつもの部屋借ります」


「ごゆっくり。後で食事を運ばせるよ」



そう優しく言ってくれるベルテンさんに頭を下げて、心なしか足早になったファリオンについていく。

無言のままところどころ開いている穴をよけつつ階段を上り廊下を抜けて、目的の部屋に入った。

ベッドとテーブルが一つずつ置かれただけの質素な部屋だ。

背後に誰もいないことを確認してドアを閉めてから、ファリオンはずっと息を止めていたかのように大きく息を吐いた。



「…アカネ…どういう神経してんだよ…」


「え、何が?」



同じく体が強張っていたらしいヴェルナー君も隣で脱力している。

何だ何だ。



「屋敷入る前は震えてたくせに、何でベルテンさんの前ではあんな堂々と振舞っちまうんだよ…」


「いや、恐怖のあまりついかしこまっちゃったんだけど、まずかった?」


「怖がり方が斜め上すぎるわ。あー…ヴェルナーどう思う?」


「最後はちっと殺気向けられたけど、多分ちょっかい出すほどじゃねぇんじゃね?」



殺気!?

向けられてたの!?

全然分かんなかったわ。

魔力封じられてなかったら感じられたのかなぁ。

前にシェドの殺気みたいなのは感じられたし…うん、あれを何度も感じるのは嫌だな、分かんなくて良かったかも。

というか。



「なに、あの挨拶ってそんなに嫌われる感じだった?」


「嫌われるんじゃなくて逆。ベルテンさんに興味持たせちゃまずいんだよ。震えててくれりゃ良かったのに」



そういって溜息をつくファリオンの姿はくたびれている。

興味を持って、殺気?

ええっと…



「…あのさ、ベルテンさんって好きな子殺しちゃう系男子?」


「そんな系統初めて聞いたが間違ってない。あの人は恋人を殺したことがあるらしいからな。今でもその恋人のことは愛してるって言ってた。それ以降、気になる女性は殺したくなるとも言ってた」


「うわあああヘビーな方のヤンデレだぁぁぁぁ」


「…アニキ、俺こいつの言ってること時々よくわかんねんだけど」


「…安心しろ、俺もだ。貴族にしか分からん言葉なんだろ」



貴族にも分かんないわよ、馬鹿。

思わず頭を抱える。

いや、落ち着け。

ヴェルナー君もちょっかい出すほどじゃないって言ってたし、あの程度のやり取りでそこまで好かれるとも思えない。



「というかなんであれで殺気出されるくらい興味持たれるの…」


「人殺しが特技なんて自己紹介受けて平然と挨拶返す貴族のお嬢様とか面白すぎて俺でも気になるわ」



そう言われると…

沈黙が部屋に落ちて数秒。

不意にファリオンとヴェルナー君が顔を上げて身構えた。



「な、なに?」


「黙ってろ」



素早く口をふさがれて何事かと身構える。

しばらくすると廊下から足音が近づいてきているのに気付いた。

まさか、二人ともあの時点からこれに気付いてたの?

え、もしかして、ベルテンさんが来たとかそういう…

しかし緊張する私とは逆に、足音が近づくほど二人は警戒を解いていった。

ドンドン、と荒っぽいノックが聞こえて、ファリオンが私の口から手を離す。



「ノックなんて珍しいな、ドーマ」



笑いながらそう言ってドアを開けるファリオンはホッとしたようだった。

ドアの向こうには大きな鍋を抱えた男が一人。

あの場にいた人々の中では一番大柄で、顔もちょっと怖めの人だ。



「お姫さんがいんだから気を付けてやらなきゃ脅かしちまうだろ」


「そんならもっと静かにノックしろよ。借金取りみたいだったぞ」


「おう、そっか。すまんな姫さん」


「い、いえ」



ニカッと笑われて、私もへらりと笑い返す。

室内に男がのしのし入ってきて、テーブルの上に無造作に鍋を置いた。

色んな食材を乱暴にカットして放り込んでとにかく煮込みましたって感じのスープが入っている。



「お姫さんの高貴な口に合うかはしらんが、ベルテンさんの手作りだ。食べてくれ」


「ありがとうございます」



ベルテンさん手作り…意外と男らしい感じの料理するな。

ていうか食べて大丈夫なんだろうか。

不安げにしている私に気付いたか、ドーマさんが『おお』と声を上げた。



「そうか、お姫さんってのは毒見されんと食えんのだったな」


「え、いえいえ」



国王陛下や王太子殿下ならともかく、底辺伯爵令嬢を暗殺しようなんてそうそう無いんで大丈夫です。

しかし私の否定を遠慮と受け取ったらしいドーマさんは一緒に持ってきてくれたお皿で直にスープを掬い、ぐいっと飲み干して笑った。



「うめぇぞ」



その豪快な毒見に思わずこちらにも笑みが浮かぶ。

うん、なんか怖い人じゃないってことだけは伝わってくる。

ファリオンとヴェルナー君がリラックスしてるのも納得だ。



「有難うございます、ドーマさん」


「おお、なんかこそばゆいな。ファリオン、お姫さん大事にしろよ!」


「大きなお世話だ」



ガハハと笑いながら去っていくドーマさんを見送り、ファリオンはそっとドアを閉めた。



「とりあえず、飯にするか」



ドーマさんが使ったお皿をさりげなくヴェルナー君に回しながら、ファリオンがスープをよそいだす。

口を歪めつつも大人しくお皿を受け取るあたり、ヴェルナー君っていい子だな。

私もスープを受け取り、スプーンなんか無いようなので直接口をつけた。

…お、思ったよりおいしい。

具材から出汁が出てるし、ハーブも使われてるみたいで謎のお肉の臭みが和らいでいる。

やるな、ベルテンさん。

ごろごろ入っている具材をスプーン無しで食べるのに苦戦しているうちに、慣れているらしいヴェルナー君とファリオンはさっさと食べ終えていた。



「さて、アニキ。俺はそろそろ寝る。明日は夜明け前に出るってことでいいんだよな?」


「ああ。おつかれさん」



そんな言葉を残して部屋を出て行こうとするヴェルナー君に首を傾げる。



「あれ、どこに行くの?」


「どこって…俺は他の部屋借りれることになってるからそこに行くだけだ」



不思議そうにそう返されて、私は瞬きをする。

…あれ、もしかして。



「えっと、この部屋は?」


「あんたとアニキの部屋だ」



…改めてこの部屋の内装をおさらいしよう。

ベッドとテーブルが一つずつ置かれただけの、質素な部屋である。



「えっ?」



戸惑う私に構うことなくヴェルナー君は退室し、目の前に突き付けられたのは閉ざされたドア。

思わず振り返った先で、ファリオンは満足げな笑みを浮かべて困惑する私を眺めていた。

いつもご覧いただき有り難うございます

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