111その頃魔王は
<Side:ヴィンリード>
草の間に力なく横たわっている小鳥の髪飾りと子兎のぬいぐるみ。
自ら歩く力すら持たないちっぽけな魔物を拾い上げ、歯噛みした。
「くそ…やられた!」
状況は既に髪飾りから伝わっている。
俺が離れてすぐ、アカネがファリオン・ヴォルシュに攫われた。
いつもは俺が常に側に居る。
アカネが奴と二人きりになったのはこれが初めてだった。
…ずっと隙を伺っていたのか。
ファリオンのことはもともと怪しんではいた。
なぜ急に戻ってきたのか。
行方不明中のアリバイをどうやって用意したのか。
あまりに疑わしいところが多かったから。
さっきの件で動揺していたとはいえ迂闊だった。
まんまとアカネと引き離されて何やってんだ、俺は!
すぐに追いかけはしたものの、見えたのは弾かれるようにこちらに飛んできた、この魔物二匹だけ。
もはやアカネの姿は見えない。
迷わず魔術を使って追いかけるべきだった。
万が一を考えて使うのを躊躇ったのが間違いだったのかもしれない。
塀の向こうで微かに聞こえたアカネの叫び声が耳に残っている。
「あの野郎…殺す」
感情のままに魔術を巻き起こしそうになって、慌てて気を静める。
落ち着け。
魔術を駆使すればアカネを見つけられる可能性はあるが、落ち合うより先に魔王化してしまうだろう。
そうなればこの王都を壊滅に追い込み、多くの人々を犠牲に、ひいてはアカネにまで被害が及ぶ恐れがある。
それを思ってさっきも使わなかったんだ。
…冷静になれ、また繰り返すつもりか。
深く息を吐き、体を巡っていた魔力を落ち着かせた。
鼓動は早いが、魔王の魂は静まっている。
…大丈夫そうだ。
シルバーウルフは地下に抜け道を持っている。
おそらく奴はそこを使って王都を抜け出すつもりだろう。
目的が何かは知らないが、おそらく命を脅かすような目にはあわせないはず。
…手を出されないとは、限らないが。
ぐっと眉間に力がこもるのを感じながら、この後どうすべきか思考をめぐらせていると…
「君、大丈夫か!」
学園の衛兵が数人こちらに走ってきた。
何で…ああ、そうか。
こいつらが反応したせいか。
手にした二匹の魔物化をこっそり解き、兵士たちに向き直る。
俺に怪我一つない事を見てとり、彼らは周囲を見回した。
「魔物用の結界がこのあたりで反応したようなんだが…何か知らないか?」
考えたのは数瞬。
一刻を争う事態ではないとはいえ、できるだけ事を早く進めるために、手を打たなければならない。
「妹のアカネ・スターチスがファリオン・ヴォルシュ様と共に何者かに誘拐されました。学園長にお取次ぎ願います」
ファリオン・ヴォルシュ、その肩書きをせいぜい使わせてもらうとしよう。
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「リード様!」
時刻は十八時、窓の外が既に暗く沈み、ランプの明かりに照らされた応接間。
そこに駆け込んできたのはいつもの面々だった。
ノックも無しに扉をあけ放ったロッテに、慌てた様子のドロテーア。
その後ろで困った顔をしているダニエル。
「王女殿下、お気持ちは理解できますが感心できない振る舞いですな」
三人を見渡した学園長は、驚いた様子もなく淡々とそう告げた。
「失礼。でもこの事態にマナーなど些末な事ですわ。ロッテにも状況を説明してくださいませ!」
王女にそう言われてはこれ以上窘めることもできず、学園長は側に控えていた秘書に指示してロッテ達の席も用意させる。
応接室内には学園長、アドルフ、シェディオン、そしてたまたま王都に来ていたと言うスターチス伯爵とフェミーナ夫人、さらに何故だかアカネの魔術の師匠、カルバンまで揃っている。
その面子に萎縮するドロテーアやダニエルを気にした風でもなく、ロッテは俺に視線を向けた。
「それで、シルバーウルフ盗賊団にアカネとファリオン様が攫われたと聞きましたが、本当ですの?」
「…随分耳が早いですね」
「とっくに生徒の間では噂になっておりましてよ」
そう言われて、俺や大人たちはひっそりため息をついた。
衛兵から漏れたか、この面子を集める過程で漏れたのか…情報の出どころなどもはやわからない。
広まった噂を回収することなど不可能だ。
ならばせめて不本意な情報が流れないように操作するしかない。
まずはこの三人に情報を流すところから。
既に学園長たちには説明済みの内容だが、もう一度話す必要がありそうだ。
「…俺たちは三人で魔術史の授業に向かおうとしてたんです」
「そういえば、ファリオン様のダンスの補習をしていたら、リード様がいきなりホールを飛び出していかれて、ファリオン様もそれを追いかけて行ってしまったと、ダンス講師が嘆いていましたけれど…」
「…アカネの身に危険が迫っていると虫の知らせがありまして」
そうだった。
ダンスの補習抜け出したんだった。
あの優しい講師の困り顔が脳裏に浮かび、ちょっと罪悪感を覚える。
俺の適当な言い訳にロッテが一人テンションを上げる。
「まぁ、流石ですわ!アカネの事なら不思議な力も働きますのね!ではリード様が向かわれた時にはもう不審者が…?」
「いえ、その時にはまだ何事もなく。その後ファリオン様も合流され、歩きながら三人で話しているうちに時間が経ち、そろそろ魔術史の授業に行かなければということになったんです。俺は少し前を歩いていたんですが、妙な物音がして振り返ると、数人の不審人物達がアカネとファリオン様を連れ去ろうとしていまして…その手に嵌めたグローブの柄には見覚えがありましたので、シルバーウルフだとすぐ分かったのですが」
「アカネはともかく、リード様もファリオン様も接近に気付きませんでしたの?お二人は剣術の腕も素晴らしいと聞きましたし、優れた剣士は人の気配に敏感だと聞いたことがありますわ」
王女様らしく話の種を聞きかじったレベルの知識を披露してくれる。
簡単にいうけど、それ出来るの本当に実力ある人間だけだからな…
まぁ、確かに俺もおそらくファリオンも、本当に不審人物が近づいて来れば気付く能力はある。
「それが目にするまで気付かなかったんです。二人は気を失っていたみたいですから悲鳴も聞こえず…たまたまアカネの髪飾りが落ちなければ音一つ立てなかったでしょう」
俺の言葉に、アドルフが鼻を鳴らした。
「全く、姑息なことですが…魔物除けの結界が反応していたことからしても、おそらく奴らの中に闇魔術の使い手が居たものと思われます。闇魔術を使えばある程度魔物を従えることもできますし、気配を消すことも可能。対象を眠らせることもできます」
相手が王女だからか、流石のアドルフも敬語だ。
…不遜な態度ばかり見てきたから、違和感があるな…
「魔物の侵入はされておりませんわよね?」
「もちろん、闇魔術で使役できるレベルの魔物が結界を超えることは不可能です。おそらく侵入、逃亡時の助けとなるような魔物を壁の外に待機させていたのでしょう。反応自体は小さかったようですが、二つ。侵入も逃亡も、目撃者がヴィンリードしかいないことから見て相当な手際の良さです」
アドルフの補足を受けて、学園長が大きくため息をついた。
「それほどの能力があるならば然るべき場所で活かしてもらいたいものですな」
「能力があれど日向で生きるのが不得手な者もおりますわ。そういった人間を受け入れているのがシルバーウルフという盗賊団ですもの。だからこそシルバーウルフはこれほどの巨大組織に成長してしまった…」
そう返したのはフェミーナ夫人だ。
いつものおっとりとした雰囲気は鳴りを潜め、翡翠の瞳が険しく細められている。
彼女を気遣わしげに見やった後、シェディオンがこちらに視線を向けた。
「リード、お前でも追跡できなかったんだな?」
「はい。手元に剣はありませんでしたので魔術と体術で応戦しようとしましたが、うまく躱されて撒かれました」
…と、まぁここまでの話はほとんどが嘘だ。
アカネを誘拐したのはファリオン。
奴がシルバーウルフに所属していた盗賊なのは事実で、俺の予想が確かなら未だに賊抜けしたわけでもない。
しかし既にヴォルシュ家の跡取りとして認知されたファリオンが誘拐犯であると知らせてしまえば、事が大きくなりすぎてかえって初動に遅れが出ると判断した。
むしろファリオン…次期侯爵も攫われたことにした方が、伯爵家の次女が攫われただけより周囲の協力も得やすい。
本来であればこうして雁首並べて話をしていたところでアカネの救出が早まるわけでもなし、とっとと単身救出に向かいたいところだ。
しかしアカネを後ろ暗いところなく連れ戻し、戻ってからの平穏を守る為には然るべき手順を踏む必要がある。
体だけでなく心も守ると誓った以上、妥協するわけにもいかなかった。
後はこの時間を極力短くするのが今の俺の仕事だ。
「ヴィンリードは剣、魔術ともにかなりの腕の持ち主です。俺が保証します。ヴィンリードですら追跡を阻まれたというのですから綿密に練られた計画の元実行されたのでしょう」
アドルフからの俺の評価が高くてむず痒い。
嫌味を挟まない褒め言葉とかやめろよな。
「事の次第は分かりましたわ。それで、アカネの行方は分かっておりますの?」
ロッテが核心に切り込み、大人達は黙って目を伏せる。
「リードの目撃情報から、学園の裏にある塀を超えて逃げたことは分かっています。しかし、その時近くで小火騒ぎが起きておりまして、そちらに人が集中していたためか目撃者がほとんどおりません」
シェディオンが重々しい口調でそう告げ、アドルフが大きく溜息をついた。
「たまたまでは無いんだろうな」
「その程度の小細工、シルバーウルフなら造作も無いでしょうな。食堂裏のゴミが燃えただけで済んで幸いでした」
アドルフに同意する学園長。
それまでずっと黙っていたカルバンがフェミーナ夫人を見る。
「事を小規模に抑えようとするこの動きを見るに、首領直々の命令と見えます」
「そうね、私もそう思うわ」
それに首を傾げたのはロッテだ。
「シルバーウルフは…首領が主導の事件は特に残忍だと聞いたことがありますわ。違いますの?」
「ロッテ、それは噂にすぎません」
そう答えたのは意外にもドロテーアだった。
「確かにシルバーウルフ盗賊団首領は大きな事件をいくつか起こしていますが、それはいずれも幹部を起用したスマートなものが多いのです。残忍で卑劣な事件ほど末端によるものらしいのですが、やはりインパクトが大きいだけに残虐性と首領を結び付けて語る人がいるようで…義賊とまではいいませんが、シルバーウルフは不要な殺生を禁じている珍しい盗賊団だと聞いております」
「詳しいね、ドロテーア」
「耳は良いもので」
思わず声を上げる俺に、ドロテーアがにっこり微笑む。
「なるほど、お父様がシルバーウルフの討伐に気乗りでないのはそういった理由でしたのね」
ロッテ、さらっと国王の方針口にするな。
しかも表立って言えないやつ。
場が場なら大問題だぞ。
「首領が何故アカネ・スターチスやファリオン・ヴォルシュを攫ったかは不明。しかし、少なくとも命の危険は無いと考えて良いというわけですな」
「学園長のおっしゃる通りですが、悠長にできるわけでもありません」
「無論だ。我が校の子供たちの身の安全を守るのが私の一番の務め。それを果たせなかったことを悔やんでも仕方がない。二人の救出のためには力を惜しまないと誓おう」
そう返す学園長は俺から視線をそらさない。
「さて、王女殿下がおいでになる前の話に戻ろうか。ヴィンリード・スターチス。策はあるのかね」
ロッテが来る直前と全く同じ言葉を振られて、俺は笑顔で受け止めつつも心の中でため息をつく。
…だから、何で俺に方針決めさせようとしてんの?
いや、正直俺は自由に動きたいから、本当に俺の好きにしていいなら助かるんだが…
何かを計ろうとされているのか。
大男の瞳からは謀略の意図は見て取れない。
一番わからないのは、この場に居る中で一番口を出してきそうなアドルフまでもが俺の意見を待つ姿勢を見せていることだ。
スターチス伯爵、フェミーナ夫人、カルバンですら俺の様子をうかがっていた。
何でなんだ。
ドロテーアも不思議そうにしている。
ロッテはいつもぽわぽわしているからか疑問を持っていなさそうだし、ダニエルは困ったような笑みを浮かべたまま部屋の隅で大人しくしていた。
…俺が何か言わないと場が進まないようだ。
シェディオンに視線を向ける。
「そうですね。まず、この件において騎士団のご助力はいただけると考えてよろしいのでしょうか」
「ああ。今の俺はアカネの身内としてだけではなく、王国騎士団第六部隊長の代理として来ている」
まぁ、次期侯爵を含めた貴族が二人もさらわれているんだから当然か。
スターチス家にも騎士団があるとはいえ、事件現場が王都なら兵士を差し向けるわけにもいかないしな。
王国騎士団に動いてもらうしかない。
「あまり大きな騒ぎになっては周囲を不必要に刺激します。小隊規模で構いませんので王都内のパトロールおよび捜索をしていただけますか?」
「その程度の規模では王都内を見回りつくすのに時間がかかるが…」
「はい。率直に申し上げまして、アカネ達はすでに王都の外へ連れ出されている可能性が高いと考えます」
「…騎士団の働きはあくまで牽制と建前か」
ハッキリ言うなよ。
眉間にしわを寄せたシェディオンは今にも俺に斬りかかりそうな形相だが、おそらくただ考え込んでいるだけだ。
「二人の救出に国が動いていると言う事実があれば十分です。そうですね…可能であればスターチス家から国王陛下へ直接嘆願していただき、お言葉を賜れると最高です」
「捜索そのものよりも後始末の時に王家の力を借りたいのね。いいわ、私から陛下へ上申します」
すぐに俺の意図をくみ取って頷いてくれたのはフェミーナ夫人だ。
さすが、話が早い。
「できればパラディア王家へも協力を要請してください」
「あら、どうしてかしら?」
驚いたような声で、驚いていなさそうな顔をしたフェミーナ夫人が問いかけてくる。
「…シルバーウルフは東へ進む可能性が高いと考えます」
「理由を聞きたいわ」
「勘です」
キッパリ伝えると、フェミーナ夫人はうふふと笑って頷いた。
「そう、では可愛い息子の勘を信じましょう。陛下にお許しを頂いた上でスターチス家からパラディア王国へお願いしてみるわ」
「お願いいたします」
「それで、私の可愛い息子はじっとしていてくれない子だと思っているのだけれど、お母様の勘は当たっていて?」
緑の瞳が細められ、俺はひっそり息を呑む。
まぁ、そうだよなぁ。
「…当てがあります」
「そう、教えてはくれないのね?」
「お伝えすれば事が大きくなります。それに一人の方が動きやすい」
そんなことだろうと思ったと言わんばかりにため息をつくフェミーナ夫人。
しかし、学園長が低い声で待ったをかけた。
「スターチス伯爵。お言葉ですが…ヴィンリード・スターチスは学生であり未成年。一人で捜索に向かうなど危険極まりない」
…っち、フェミーナ夫人からの妨害は想定していたが、学園長は予想外だ。
これまでずっと黙っていたスターチス伯爵は、話を振られてふむ、と顎を撫でた。
「確かに、捜索するとなれば他領…さらにはリードの勘が確かならばその行動範囲が他国にまで及ぶ。その責任を取るにはその身では足りないな。東方に向かうとあればそれなりに私達のフォローが必要だと思うけど、根拠がなければ動けない」
いつも通りの穏やかな表情で、伯爵は微笑んだ。
「リード、周囲を納得させるだけの理由を上げられるかい?」
……ああもう、めんどくせーな。
俺はさっさとアカネ探しに行きてーんだよ、これだから貴族社会は嫌いなんだ!
こめかみが引くつく感覚を覚えながら俺は微笑んだ。
「みなさま、少し休憩を取られてはいかがですか?三十分ほどお時間をください」
そうして大人共がお茶を飲んでいる間に…
地理、歴史、魔術理論、これまでのシルバーウルフの活動情報や王国内の警備体制、怪しまれない程度の情報を駆使して三十分でそれらしいレポートにまとめ、叩きつけてやった。
「以上のことからシルバーウルフ盗賊団の行方は東方にあると思われますが、大規模に動けば警戒を招きかえって推測を困難にします。僕は奴隷だったころの経験からいくつか裏道を知っています、が、明らかに騎士や兵士、冒険者等の武力を持つと分かる連れが居ては他領や他国へ渡る際にも受け入れ姿勢を硬化させるおそれがあります。旅をする限りにおいての実力はあると自負しておりますので僕一人で向かうのが最善と考えます」
パラパラと目を通したレポートをテーブルに放り投げ、アドルフが絶句している。
「…ヴィンリード…お前、馬鹿か…」
「ご指摘は具体的かつ端的に願います、アドルフ様」
「ああ、ああ、それなら言ってやろうじゃないか。おそらくお前これでも情報絞ったつもりなんだろう。それにしても酷い。王都内の警備体制や巡回スケジュールみたいな機密情報をしれっと論拠に盛り込みやがって、何考えてんだ!?」
「何をおっしゃいます。警備の人間も巡回している姿もこの目で見ることができるんですよ。ある程度のデータが集まれば後は予測できます」
「予測できちゃまずいんだよ、馬鹿野郎…後でどうやってこれを導き出したのか追及受けるのはお前なんだぞ」
頭を抱えるアドルフはどうやら俺の心配をしてくれているらしい。
雨が降るんじゃないだろうか。
隣では騎士団の当事者であるシェディオンも険しい顔をしていた。
学園長は相変わらず表情の読めない強面で、アドルフから放ったレポートを指で繰りながら呟く。
「…その他のデータに関しても、この学園の教師陣に見せれば色めき立ちそうなものばかりですな。各分野の研究者から離してもらえなくなるぞ、ヴィンリード・スターチス」
「それは後ほどに。今は二人の救出以外に労力を割きたくは無いので」
「なるほど。君の方針の根拠はよく分かった。しかし王国内外を動き回るとなれば、貴族の子息である君では多くのしがらみがあるだろう」
結局そこに話戻るのかよ…
いつまでも否定の材料ばかり並べるられ、そろそろ建前とか跳ねのけて飛び出してしまおうかと本気で思い出したころ。
パン、と甲高い音が響き、全員が口を閉ざした。
「…ロッテ」
愛用の扇を机に打ち付けたらしい彼女は、全員の視線を自らに集めて満足げに微笑んだ。




