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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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109逃避行

木々に囲まれた人気のない場所についてからようやくリードは足を止めた。

一体何を言われるのかと身構える私を、感じ慣れた体温が包み込む。



「…リード?どうしたの?」


「どうしたのって…ああ、もう!」



私の問いかけにますます苛立ったように、リードは抱きしめる力を強くした。



「ちょ、リード…苦し…」


「そんな真っ白な顔して!平気じゃないくせに、何でそんな何も無かった振りするんだよ!」



こんな風に感情をあらわにするリードを久々に見た。

こうして対等な言葉の交わし方をするのも久しぶりだ。

そしてようやく、彼が何を言わんとしているのか気付く。


…ああそうか、髪飾り(ヒナちゃん)付けたままだった。

きっと異常に気付いたヒナちゃんが、リードに声を伝えてしまったんだろう。

元の世界では隠せたのに、この世界だとリードに限っては隠せない。



「…ごめんね、心配して抜け出してきてくれたの?」



ファリオンも先生も怒ってるだろうな。

苦笑して問いかける私の頬を、リードの指が撫でる。



「何で笑ってんだよ」


「何でって…」


「そんな顔で笑うくらいなら、泣けばいいだろ!助けてくれって何で言わなかったんだ!」



一体私はどんな顔をしているんだろうか。

猫を被るのが上手いと言われたはずなのに。

元の世界では、家族にだって気付かれなかったはずなのに。

ああ、そういえばこの世界に来てからは、よく顔に出るって言われたっけ。

…すっかり隠すのが、下手になってたのかな。


大きな掌が私の頬を包み込み、真っ赤な瞳が私の顔を覗き込んだ。

動き方を忘れていた心臓が大きく脈打って、冷たくなっていた私の指先に血をめぐらせていく。



「泣いてくれよ、頼むから」



自分が泣きそうな顔で、リードはそんなことを言う。

…私の心を一番かき乱すような、言葉を。

だから私は、思わず口を開いていた。



「…ねぇリード。いつだったか…私が真っ暗な世界に閉じ込められたら助けてくれるって言ったの、覚えてる?」



リードは一瞬訝しげな顔をして、だけど思い至ったように頷いた。



「……真っ暗な世界だろうとなんだろうと、絶対迎えに行って俺が手を差し伸べる」


「…きっと私は、その手を素直にとれない」


「無理やりにでも腕を引っ張ってやる」


「…動くことが怖いと言ったら?」


「アカネが納得するまで側にいてやるよ」



ひどく抽象的な言葉なのに、リードは淀みなく言い切った。



「だから、俺の前では猫被るなよ」



その一言で、蓋をされていた感情が決壊した。

溢れないように溢れないように、その為に感情を押し殺す。

それが私の自衛方法だった。

そうしていれば家族にだって気付かれなかったし、家の中では束の間の平穏を保てたから。

だけどその代わりにずっと気を張っていたし、傷ついたプライドを癒す暇も無かった。


そんな鬱屈した過去の記憶を紐解くように、リードは私の髪を梳く。

自分のシャツが濡れることも厭わずに、私の頭をすっぽり胸に収めて。



「アカネがどういう人間かは俺が知ってる。何百人の人間がお前の事を貶めようとしても、お前の誇りは俺が守る」



有り触れた優しい言葉、だけど誰にもかけられたことの無かった言葉。



「俺がずっと側にいるから」



自分の嗚咽がうるさい。

リードの言葉を一つも聞き逃したくないのに。



「…アカネ…」



私の名前を呼ぶ声が、もどかしげに言葉尻を切る。

まるでその後に続けたい何かがあって、だけど言うのを躊躇うように。



「…リード?」



強引に目をこすって顔を上げれば、ひどく切なげな表情がそこにあった。

リードが何を言おうとしているのか、なんとなく分かった気がして、私は知らず息を飲む。



「俺は…」


「センパイ、いちゃつく場所間違ってないか?」



思いがけない声が足元から聞こえて、私とリードは飛びのいた。

さっきまで私たちが居た場所のすぐ近くにしゃがみこんでいたのは、金髪の美青年。

ファリオンが意地悪く笑いながら私達を眺めている。

リードも気づいていなかったのか、珍しく動揺していた。



「な、なんでこんなところに…」


「それはこっちのセリフだ。いきなりホール飛び出してどっか行ったと思ったらアカネといちゃつく為かよ」


「い、いや…」


「まーいいけど。面白いもん見れたし」



下世話な話だ。

ファリオンは明らかに私達をからかっているだけなのに、うっかり顔が熱くなる。



「それより、そろそろ次の授業始まるぞ」


「あ」



忘れてた!

結構歩いたから、教室までだいぶ離れてしまった。

急いで戻らないと。

慌てて踵を返す私達に、ファリオンが声をかける。



「あ、待て。アカネとセンパイは一緒に戻らない方がいい」


「え?」


「あんたらのことを噂してる奴らがいる。兄と妹にしては距離が近すぎるって。なんせロッテもあの通りあんたら二人の仲応援してるみたいだしな。そりゃ話題にもなるさ。ま、どうも眉唾の話でもなかったみたいだけど」



ファリオンの冷やかしに、私は顔を赤くすることは無かった。

むしろその逆だ。

…さっきの令嬢達?

私が何も言い返さなかったのに気を良くして、話を広めてるんだろうか。


いや、もともと彼女たち以外のところにも噂の種は撒かれてただろう。

ファリオンの言うとおりだ。

リードはただでさえ人目を集める。

そんな彼の側にずっと居る私も嫌でも目に入るし、私たちが常に一緒に居ることに違和感を持つ人はいるだろう。

さらにロッテまで加わればどうしたって注目を集めるグループになる。

どんな話をしているのかも、聞き耳を立てられていて当然。


ロッテの焚き付けなんてエレーナ達に比べれば可愛らしいものだと思っていたけれど、周囲からはそうじゃない。

王女に応援されている兄妹の恋なんて、面白がられて当然だ。

むしろよく今まで静かにされていたものだとすら思う。



「あんたらが気にしないならそれでもいいけど。俺は気にしないし」


「……」



リードが気遣わしげに私の様子をうかがう。

たぶん、リードはどんな噂をされていたって胸を張って教室に入っていけるだろう。

気にしているのは私のことだけだ。



「…大丈夫、行こう」


「いや、やめておこう」



気を遣わせるのが居た堪れなくて、何とか頷いたのに。

その決意をあっさりと覆された。

思わず非難の視線を向けてしまう私に、リードは困ったように笑う。



「僕は可愛い妹に無理をさせたくない」


「無理なんて…」



私の弱々しい反論を無視して、リードは先に一歩足を踏み出した。



「ファリオン様、俺は先に行きます。アカネ、ファリオン様をちゃんと教室まで連れてくるんだよ」


「おいおい、普通はここで俺にアカネのエスコート頼むんじゃないのか?」


「貴方は一人だとサボりそうなのでアカネに頼んでるんですよ」


「魔術史はサボったことないだろ」


「どの授業もサボったこと無いのが普通です」



きっちりファリオンを言い負かしてからリードは足早に歩いて行った。

その背中が見えなくなったのを確認してから、ファリオンは頭の後ろで手を組み、やれやれと言った様子でため息をつく。



「…過保護な兄だな」


「……優しいので」


「ふうん」



ファリオンがニヤリと笑って私の顔を覗き込む。



「でも、無防備だ」


「え?」


「本当ならもうちょっと遊ぼうかと思ってたんだけどな。王宮からの招待状なんて面倒なモンまで来ちまったし、そろそろトンズラするかね」



犬歯をむき出しにして狡猾な笑みを浮かべる様を見て、彼が元盗賊であったことを思い出す。



「とんずら…って…ファリオン、まさか逃げ出すつもり?」


「おお、アカネの敬語が取れた。そっちの方がいいぞ」


「話を逸らさないで!今やもうヴォルシュ家として認められた貴方が姿をくらませたら、どれだけの人が困ると思ってるの!?」



一番困るのは後見人として立っているアドルフ様だ。

彼は私の元彼であり、今でも気持ちとしてはいい友人。

彼を窮地に立たされるわけにはいかない。



「なんだ、引き留めたいのか?」


「当然でしょう!」


「そんなに俺と離れたくないと、なら仕方ない」



そんな話はしていない、と否定する間もなく、私の足が浮いた。



「ひゃ!?」


「あんたも連れてってやることにしよう」



担ぎ上げられていると気付いた時には、既にファリオンが藪の中を突っ切っていた。



「ちょ、ちょ!?なにっなに!?どういうこと!?」


「あんま耳元ではしゃぐなよ。うっかり落としたらどうすんだ」


「落と…」



人を荷物か何かのように言う軽い調子に言葉を無くす。

私の抵抗が止まったのを良いことにファリオンは迷いなく走り、間もなく学園の敷地をぐるりと囲む高い塀が見えてきた。

不審者対策に五メートル以上の高さで設えられているそれは、間近で見ると圧迫感を感じるほど。

しかしファリオンは速度を落とすでもなく、真っ直ぐ塀に向かっていった。



「え、え!?ぶつか…」



私の悲鳴を地面に置き去りにして、長い脚が壁を蹴りながら駆け上がっていく。

…忍者かな?

なんて冷静なツッコミを口にする余裕はない。



「ひええええええ!?」



リードの魔術と違って絶対大丈夫と言う安心感が無い。

その状態で高い塀を生身で駆け登られるのは生きた心地がしなかった。



「アカネ、うるせー」



こんな無茶されればうるさくもなる。

けれどそう反論をしようとしたその時。

上りきった塀からファリオンが飛び降りる瞬間に、強い静電気のような衝撃が走った。



「いっ…!?」



髪が引っ張られ、ポケットから何かが引き抜かれる感触が一瞬で通り過ぎる。

落下の浮遊感に襲われながら目を白黒させつつ上を見上げれば、塀の向こう側に弾かれたように飛ばされる二つの影が見えた。



「ヒナちゃん!ウサ吉!」


「…誰だよ」



私の叫びに冷静なツッコミを返すファリオンは、しかし足を止めてくれる気配が無い。

…まずい。

たとえ何かあっても、ヒナちゃんがいればリードに連絡が取れた。

ウサ吉が居ればその会話だって聞こえなかったのに。



「…魔物対策だ…」


「魔物?どっかにいんのか?」



ファリオンの問いを無視して頭を抱える。

王城や学園、図書館。

国が管理している施設には、だいたい魔物対策の結界がされている。

ヒナちゃんを連れてくる時だって、私は一度リードに髪飾りを返していた。


結界は塀に沿って張られているものらしく、一度敷地内に入ってしまえば作動しない。

敷地全体を監視するのはコストが高すぎるからだとかなんとか。

だからリードは境界を超える時だけヒナちゃんを一度ただの髪飾りに戻す形で持ち込み、また魔物にしてから私に返してくれていた。

いつだったか舞踏会の前に私のネックレスを魔物化させた時、人目につくような馬車の待合場所でそれをしたのも、半分はきっとそれが理由だ。

…もう半分はアドルフ様へのあてつけだと思うけど。


とにかく、学園にも魔物用の結界があって、それは出る時にも作動する。

塀を超えた瞬間に結界にぶつかって、ヒナちゃんとウサ吉は出られなかったんだ。

結界に魔物が検知されればすぐに警備に連絡が行ってしまう。


あ、いや待ってよ。



「ファリオン様!すぐに止まってください!」


「無理だ。つか何でまたその堅苦しい話し方に戻ってんだよ」


「リードが追いかけてきますよ!絶対怒ってますから早く戻って謝った方がいいです!」



ヒナちゃんは私に何かあればリードに連絡する。

きっと私がファリオンに連れ去られようとした瞬間にはもう、リードが異変に気付いていたはずだ。

おそらく既にこちらを追いかけているはず。

ヒナちゃんやウサ吉も警備より先にリードが回収してくれるだろう。

しかし私の警告に動じた様子も無く、ファリオンは笑みを浮かべた。



「ああ、あの過保護ならそうだろうな」


「分かってるなら…」


「追えるもんなら、追ってもらおう」


「は…」



言いながら路地裏に走りこんだファリオンは、石畳を不規則なステップで踏んでいく。



「よ、っと」



そして最後に突き当たりにある大きな木製の下水蓋を踏み抜き…



「え?」



壊れるでも外れるでもなく、下水蓋はくるりと回って足の持ち主をその階下に誘う。



「ひゃあ!」



予想外に訪れた落下の間隔にまたも悲鳴が上がる。

ファリオンがその場に降り立ったとき、頭上は一部の光も漏れずに締め切られていた。

…何このギミック。


ファリオンが慣れた様子で壁をいじると、薄暗い通路にほんのり明かりが浮かぶ。

魔術具の一種だろうか。

相当手がかかってそうだけどこれは一体…


呆然としている私に、ファリオンはニヤリと笑った。



「さて、シルバーウルフの秘密の抜け道を知っちまったからには、もう帰せないな。覚悟決めろよ、アカネ」


「は!?」



知りたくなんか無かったのに!?


私がどんなにジャンプしても届かないほど天井は遠く。

それなりに平穏だったはずの日常が、同じくらい遠のいて行った気がした。

いつもご覧いただき有り難うございます。

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