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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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108トラウマ

「…ファリオン様?ここに来るまでに算術の勉強をしたことが?」


「さぁ。記憶が無くなってても読み書き計算はもともとできてたからな」



おそらくそれは行方不明以前から習っていたことだから体が覚えていたんだろう。

それはまだわかる。



「では歴史も覚えていらっしゃったんですか?」


「いや、全く。もらった教本読んで初めて知った」


「……お渡ししたの、一週間前でしたよね」


「一週間もあれば読み切れるだろ」


「いえ、そうではなくて…」



なんでどこの問題をだしても全部スラスラ答えられるのかって話なんだけど!

学園内のテラスの一角。

講義の無い時間帯は、ここでファリオンの勉強を見るのが日課になっていた。

もちろんいつものメンバーも、手が空いている時は来る。

リードは私とまったく同じ授業の取り方をしているから常に一緒。

ファリオンの側に居るのは嫌そうなんだけど…私と二人きりにするのはもっと心配らしい。



「教本、何度読み返されたんです?」


「読み返す必要あるか?」



一度読めば覚えるだろ、と不思議そうにする彼は、おそらく天然煽りスキルを持っている。

ああ…いるよね、一度見たら全部覚えちゃう人。

私は漫画とかでしか見たことないけど。



「…私からお教えすることはあまりなさそうです」


「冷たいな、アカネは」


「事実を言っただけですよ…」



授業に追いつけるように指導を始めて早二週間。

一か月半の遅れを、ファリオンはあっという間に取り戻してしまった。

本当に私から教えられることがない。

魔術は素人が教えるわけにはいかないから先生任せだし、座学はこの通りだし…



「リード様、剣術の方は?」


「…悪くありません。もともと剣を振り慣れてたように見えますし」


「おっと、珍しく褒められたな。どうも、センパイ」



視線を明後日にやったまま、不機嫌そうなリードが言う。

嫌味交じりの褒め言葉に、ファリオンは動じた様子も無く礼を述べた。


ファリオンが盗賊団出身であることを知っているのは、私とリードだけだ。

ロッテも会ってるはずなんだけど、あの日の事は私とリードの事以外頭に残っていないらしい。

ロッテはそういう嘘をつかないから事実だろう。

まぁ、都合がいい。

私とリードは示し合わせて、ひとまずファリオンの経歴は伏せることにしている。

今その情報を出したところで、何で知ってるのか聞かれても困るし、ファリオンが更生しようとしているのならそれを邪魔する意味も無い、ということで。



「それなら後はダンスとマナーくらいですね」


「その二つはどうも苦手なんだよなぁ…俺本当に貴族だったのか?」


「私に聞かれましても…」



ファリオンの苦手な教科はダンスとマナーらしかった。

まぁ、仕方ないね。

粗暴とは言わないけど優雅な動きとは程遠いもん、この人。



「アカネがダンスのパートナー役やるならやる気も出るんだけどな」


「もう少し足を踏まなくなるまで、うちの妹は貸せません」



リードがピシャリと切って捨てる。

確かに、ファリオンはダンスの授業で先生の足を踏みまくって涙目にさせていた。



「あんなゆっくり動いてたらすぐに迎撃態勢とれないだろ。かえって足をどう動かしていいか分かんなくなんだよ」


「喧嘩してるんじゃないんですから、音楽に合わせて動いてください」



身振り手振りで不満を訴えるファリオンに、リードは思い切り顔をしかめた。

ゆったりとした動きのダンスが特に鬼門らしい。

激しいステップのダンスは、相手が迫ってくるのを避けるノリでなんとなくできているっぽいんだけど。

とはいえそれも足運びや上半身の動きはめちゃくちゃ。

あくまで足を踏まないってだけだ。

相手をリードできる日は遠い。



「それに、食事なんて旨く食えればなんでもいいと思わないか?」


「なんでもいいと思わない人を不快にさせないために身に着けるのがマナーです」



零される愚痴を一つ一つ潰していくリードの目は相変わらず死んでいる。

そして視線を合わせない。

…よく心が折れないなぁ、ファリオン。

最近見慣れてきたやり取りを眺めていると、タイムリーなことにダンスの先生が近づいてきた。



「ここにいましたか。ファリオン・ヴォルシュ。大変です」



いつもはおっとりとした男性講師。

彼がこんなに深刻な顔をしているのは初めて見た。



「…何ですか?」



さすがのファリオンも表情を険しくし、私とリードも思わず身構える。



「国王陛下からあなたへ、来月開かれる王宮の舞踏会に招待状が届きました」



その場に沈黙が落ちた。



「大変だ!!」



そう叫んだのは私とリードだ。

耳を押さえながら、ファリオンが渋い顔をする。



「なんだよ、そんなにまずいのか」


「王宮の舞踏会ですよ!?今のファリオン様の腕前で踊ったりしたら何人の淑女の足をくじくか分かったもんじゃありません!」



あんまりな言い様にファリオンは口を曲げるけれど、ダンス講師は否定しなかった。



「じゃあ行かなきゃいいんじゃないのか?」


「それは一番ありえないでしょう!?」



今度は私が説教する番だ。

国王陛下直々に招待状が届くと言うことがどういうことなのか。

そしてこのタイミングでファリオンが出席することにどんな意義があるのか。

私でも分かることだ。

くどくどとした私の説明にうんうん頷いていた先生は、すっかり辟易しているファリオンに声をかけた。



「せめて初めのワルツくらいは踊れなければ話になりません。しばらくは空いている時間にダンスとマナーの補習をしたいと思います。今時間が空いているなら、さっそく今からでも始めましょう」



ちょうどよかった。

他の教科は問題なさそうだし、みっちり見てもらえばいい。

しかし、もちろんファリオンは嫌そうだ。



「いや、空いてな…」


「ファリオン様は私達と同じで次は魔術史の講義でしたね。まだ一時間以上ありますよ」



声にならないうめき声をあげて、ファリオンは逃げ道を塞いだ私を睨んだ。



「それならアカネに付き合ってもらう」


「ダメです」


「わかった。センパイ、頼むぞ」



即答されたファリオンは、その回答を知っていたかのように標的をしれっとリードに変えた。



「僕も行く必要ないと思いますが」



苦虫を噛み潰したように唸るリードに、思わぬところから追撃が来る。



「ヴィンリード・スターチス。私からも頼みます。ファリオン・ヴォルシュは貴方やアカネ・スターチスが居た方が大人しくなりますので…」


「……」



猛獣使いか何かのような扱いだ。

確かにファリオンはマナーやダンスの授業はすぐサボろうとするから…


結局、先生の前ではお利口にしているリードは説得に負けた。

私を連れていかれるよりマシだと判断したらしい。

ファリオンに嫌々ついていくリードに手を振り、苦笑しつつ見送る。


テーブルの上の教本や筆記用具を片付けながら、空いた時間をどう過ごすかしばし思案。

そういえば入学してからこっち、一人になる時間って無かったなぁ。

ロッテ達はまだ他の講義受けてるところだし…たまには一人でのんびりと学園内を散歩でもしてみようか。

そんなことを考えていると、ふと声が耳に入った。



「本当に、信じられませんわよね。いつもいつも男性を二人も連れ歩いて恥ずかしくは無いのかしら」



それは隣のテーブルから。

コロコロと鈴を転がすような軽やかな声が、ギリギリこちらに聞こえるくらいの音量で転がり落ちてくる。



「わたくしでしたら出来ませんわ。どんな醜聞が立つか分かったものではありませんし、相手方にも失礼ですもの」


「節度ある淑女の振る舞いとは言えませんわね。異性と二人きりになるだけでも避けるべきですのに、殿方二人と一緒にだなんて…」


「見目麗しい青年ばかり見つけて侍らせる女だと誹りを受けても何も思わないのかしら」


「まぁ、あまり言っては気の毒ですわ。その程度のことも理解できない頭の持ち主ですのよ」



視線は一切こちらに向いていない。

いかにも楽し気に話題の相手を貶める彼女たちは、みんな私と同じか少し年下の令嬢だ。

令嬢らしく磨かれた小綺麗な容姿に、教育された所作。

そのどちらもを損ねない振る舞いで、桜色の唇が毒を吐く。


…誰のことを言っているのか、分からないほど鈍くはない。


教本を持つ手が、気付けば震えてしまっていた。



「そういえばあのご令嬢って…ついこの間まで、恋人がいらっしゃったのではなくて?」


「半年ほどで破局したと聞きましたけれど、無理からぬことですわね」


「あの振る舞いではね。お相手の方もご苦労されたことでしょう」


「そうでしょうか。あの御方でしたら品性に欠ける女を本気で相手にされるとは思えませんわ。むしろその性根を知って懲らしめようとなさっていたのでは?」


「確かにそうですわね。けれどあの様子では何も改まってはいないようだわ」


「あの御方の手に負えないだなんてとんだ女ね。あの御方の経歴に傷がついただけですわ」



馬鹿にするな。

アドルフ様はそんな人じゃない。

たとえ改めるべき性質の令嬢が居たとして、それを懲らしめる為に付き合うだなんてそんな不誠実なことをする人じゃない。


怒りがわくのに口が動かない。

睨みつけることすらできない。

息を潜めて存在感を殺し、嵐が過ぎるのを待つようにじっと耐える。

…ずっと昔についていた癖が、鮮明に蘇って私の体を縛りつけた。


今、声を発すれば喉が詰まる。

身動きすれば足の震えに気付かれてしまう。

ちっぽけな最後のプライドを守る為に、せめて動じていない風を装おうとしてしまう。

誤魔化すように教本を開き、上滑りする文字を目で追う私は、傍から見ればひどく滑稽だろう。

だけど"自分"を壊さないためには必要なことだった。



「本当に、よく堂々と学園に顔を出せますわよね」



ひとしきりさえずった彼女たちはそう一言言い残し、飽きたように立ち去った。


…ああ、どこの世界でも一緒なんだな、やり口って。


心のどこかで冷静な部分がそう思う。

知ってるんだ。

あそこで言い返したって、『別にあなたのこと言ってたわけじゃない』って笑顔で交わされるだけ。

ああいう陰口をたたく人達は、私が何をしても落ち度を見つけてはあげつらうし、興味がうつれば他の人を悪く言う。

それは憂さ晴らしであり、マウンティングであり、彼女たちなりの防衛行動だ。


そう分かっているのに、私の体は震えていた。

走ってもいないのに、心臓の音が乱暴に頭を揺さぶる。

舞踏会の場で噂話をされた時はまだ平気だったのに。

学校っていうのがダメだ。

いつかの光景がフラッシュバックして、私に過去の行動をなぞらせる。


…ああ、またあれが始まるのかな。

陰口に気付かない振りをして、話をしないといけない時は笑顔を引きつらせながら何でもないように装って、話が終わって踵を返した途端に小声の嘲笑を背中に受けるような…


やましいことなんてないんだから、堂々としていればいい。

そう思うのにどうしてできないんだろう。

口から小さく、乾いた息が漏れた。



「…教室…ああ、次の授業、あの子たちも一緒か…」



鉛玉が詰まったような体を持ち上げ、ぐっと唇を引き結ぶ。

行きたくない。

だけど行かなければ周りに心配をかけるし、彼女たちは増長する。


まだ始まるまで四十分以上あるな。

既に教室は入れるはずだけど、今私が一人で行ったところでさっきと同じ光景が繰り広げられるだけだ。

もう少しここで時間をつぶしていこう。

いくらか落ち着いた胸を押さえて背もたれに寄りかかった瞬間。



「うわっ」



背後から腕が伸びてきて手首をつかまれた。

心臓が飛び出るかと思ったけれど、その手の持ち主を見て力が抜ける。



「リード?」



険しい顔でこちらを見下ろしているリードは、猛ダッシュでもしてきたのか息が乱れている。

私の顔を見るなり、ますます表情をゆがめた。



「ど、どうしたの?」


「っ、こっち来てください」



強引に立たされて引っ張られる。

慌てて周囲を見回したけれど、今は誰も居なかった。

ほっと息をつく。

こんなところを見られて噂を流されたら、また何を言われるか分からない。



「そんなビクビクしなくても誰も居ません。確認済みですから安心してください」



リードが低い声でそう言う。

ビクビクって……してるか。


ていうか、何で怒ってんの?


それっきり言葉を発さないリードに戦々恐々としながら、後をついていった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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