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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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107私は探偵じゃない

「結局午後の授業は出られなかった…」



緊急の呼び出しと言うことで出席扱いにはしてもらえるらしいけど、実際に授業は受けられてないわけだから進んだ範囲の内容は後で自習しておかないと…

そんなことを考えながら寮に向かうと、部屋の前でロッテが待っていた。



「アカネ、大丈夫でしたの?」


「ロッテ、わざわざこんなところで待っててくれたの?大丈夫だよ」



笑顔で返したのに、ロッテは心配そうな表情をやめない。



「どうしたの?」


「…リード様の元気がありませんの。アカネのご来客と関係があるのかしら?」


「リードが…」



今度は私の表情が曇る。

多分、ヒナちゃん越しに話を聞いてたんだろう。

ファリオンはリードにとって鬼門。

だけど私には何て声をかければリードの気が晴れるのか分からない。



「…リードの事は、しばらくそっとしておくしかないと思う」


「そんなわけには参りませんわ」


「まいりませんって…いいや、とりあえず話の続きは部屋の中で…」



いつまでも廊下で話をしてたって埒が明かないと、ロッテを促しながらドアに手をかける。



「ええ、よろしくお願いいたしますわ」


「へ?」



何を?

と問う前に、部屋の中の人影に気付く。

リビングスペースのソファには仏頂面のリードが座っていた。



「え、何で?」


「アカネ、私は誰も入らないように見張っていますので頼みましたわよ」


「ええええ」



私を押し込んだロッテは、無情にも扉を閉めてしまった。

急に頼まれても困るんですけど!

ていうか…



「女子寮は男子禁制のはず…」


「知りませんよ。ロッテがどうしてもって聞かなかったんです」


「ロッテ…」


「断ると強引に連れ込まれそうだったので、窓からこっそり入りました」



リードの配慮が無ければスキャンダルになってるところだ。

男を連れ込む王女様とか国王陛下を巻き込む大問題になってしまう。



「後で叱っておくわ」


「そうしてください」



そう言葉を交わしたっきり、その場には沈黙が落ちる。

ええっと、何を言えばいいの?

確かにリードは元気がない…というか機嫌が悪そうだ。

だけどファリオン関係の話をこちらから振れば藪蛇になるし、無関係な話をして気晴らしできるほどリードは単純じゃない。

かける言葉に困っていると、大きなため息が落とされた。

思わずびくりと肩を竦めてしまう。

そんな私をちらりと見てから視線をそらし、リードは口を開いた。



「良かったですね」


「え?」



良かった?



「ファリオン・ヴォルシュが正式にヴォルシュ家跡取りとして認められれば、アカネ様とはれっきとした貴族同士。あちらもアカネ様に興味があるようでしたし…」



正式に結婚だって考えられますよ、と。

そう言われて、頭が真っ白になった。


きっとこの世界に来た直後の私なら、リードに言われる間もなくそう考えて舞い上がっていただろう。

いや、ファリオンにああして接近された時点で脇目もふらずに自分から抱き着いていたかもしれない。

だけど…



「二人の関係を聞かれた時…どうして誤魔化したりしたんですか?何か適当に…親の知らないところで親しくしていたとか、そんなことを匂わせておけば気を引けたかもしれないのに」



ファリオンに詰め寄られて…

私は結局、『話に聞いて一方的に知ってただけですごめんなさい!』と、事実を思いっきりぼかした言葉しか返せなかった。

もちろんファリオンは納得いっていなかったようだけど、『そろそろいいだろうか?』と学園長たちがノックしてきたので話は打ち切られた。

その後は今後のヴォルシュ家を再興するのにどうするかという、『私いる?』って感じの話が繰り広げられて、すっかり飽きてしまったファリオンがあくびをしだした頃にようやくお開きとなったんだ。

そこまでの流れを全て、リードは把握してるんだろう。



「まぁ、わざわざ盗賊団を抜けてまで追いかけてくるくらいですから、既に十分脈ありなんでしょうけどね」



淡々と語るリードは、そのくせ眉根に皺が寄っている。

まるでなじるような語調の言葉に、私はかえって冷静になっていった。

……リードは、なんて答えてほしいんだろうな。

何を求めているのかなんて、私には分からない。

だから…



「よしよし」



隣に座って、頭を撫でた。

驚いたように見開かれる真っ赤な瞳を覗き込めば、また私の心臓が大きく脈打つ。

その感覚に後ろめたいものを覚えながら、驚愕から非難に変わった視線を受け止めた。



「…何の真似ですか?」


「拗ねてる奴隷を宥めてるのよ」



私の言葉に、また赤い瞳が揺れる。



「リード…リードは私の奴隷なんでしょ?」


「…はい」


「奴隷は、ずっと主人の側にあるもの。いずれ結婚することになったとしても、リードは私の側にいる」



そういう契約だ。

ただの口約束。

拘束のための枷も、強制する呪いも無い。

だけどそんな意味合いを込めて、リードは私の奴隷になるとずっと言ってきたはずだ。



「…そうですね。俺は、アカネ様の奴隷なので」



剣呑だった瞳の光が落ち着き、睫毛の影が落ちる。

撫でる私の手を取り、その指先に唇が触れた。



「たとえどこに嫁いでも、離れたりしませんから」



強い意志をはらんだ言葉が鼓膜を撫で、逸らすことを許さない視線に瞳がからめ捕られる。

煽ったのは私なのに、顔が熱くて仕方がない。


どこに嫁いでも、たとえ離縁されても。

リードは私の奴隷で所有物だから、ずっと側から離れない。

これほど強い関係があるだろうか。

奴隷と言う物にこだわってきたリードの気持ちが、ほんの少しだけ分かった気がして…



「アカネ様」


「な、なんでしょうか?」



うっかり敬語で返してしまう私の動揺を気にかけた風でもなく、リードは淡々と続けた。



「ロッテへのサービスはこれくらいでいいですか?」


「へ?」


「さっきから覗かれてますが」



その言葉に首をぎこちなく動かすと、扉がうっすら…いや、結構な幅が開いていて、緑の瞳と目があった。



「はっ…!ろ、ろ、ロッテのことは、観葉植物とでも思ってくださいませ!」



扉に挟まってる観葉植物も十分気になる存在だと思うけど。

王女様であり天然ちゃんでもあるロッテは、エレーナ達より覗きが下手だ。

上手い方がいいとも思わないけれど。

リードの対応に必死で、全然気づいてなかったな…



「僕はそろそろ帰るよ。夕食の時間だし、ダニエルも心配してるだろうから」


「う、うん」


「ええっ!もう帰ってしまわれますの!?」


「ああそうだ、アカネ」



ロッテの引き止めを無視して立ち上がったリードは、懐から何かを取り出して私の手の平に乗せた。

ウサギの形をした手のひらサイズのぬいぐるみだ。

口元がチャックになっていて、今はぱっくり開かれていた。



「内緒話に使ってください。餌はアカネ様から漏れる魔力で十分です」



すれ違い際、こっそりそうささやかれた。

…内緒話?

立ち去るリードを見送って、ロッテは不満げに唇を尖らせる。



「ねぇアカネ。何を話していましたの?リード様はお元気になられたようですけれど、声が全く聞こえなかったせいでロッテには分かりませんでしたわ」


「…ああ、なるほど」


「何がなるほどですの?」



手元のウサギに視線を落とす。

おそらくこの子はリードによって作られた魔物だ。

消音の能力を持ってるんだろう。

魔術の使用に私のフォローが必要なリードは、よく使う魔術の代わりになる魔物の創造を試みているらしかった。

この子もその一匹だと思う。


口のチャックを完全に閉じれば私の言葉は誰にも聞こえないし、開き具合によって声が聞こえる範囲の調整ができるようだ。

便利だなぁ、この子。

ご飯も私の側にいればそれでいいとか、なんてエコ。

小さいし、出来るだけ連れて歩こう。

ロッテの抗議を無視しながら実験した結果、そう結論を出した。


ちなみに、拗ねたロッテはリードにしたように頭を優しく撫でただけで、『そんなことで誤魔化されるとお思いですの!?』と言いながら口元をニヤニヤさせていた。

ロッテのこういうところ、可愛いと思います。




==========




「アカネ……アカネ」



何度聞いたか分からないその声。

ゆっくり目を開ければ、汗ばんだ体が冷えていく気配を感じてぶるりと体を震わせる。

それを温めるように、私より太くたくましい腕が抱き寄せる力を強くした。



「今日はヘアバンドを使ってないんですね」


「…うん…」


「俺のあげた魔物をさっそく使ってくれたんですか」


「…ん」



悪夢の余韻で返事がおざなりになるのはいつものこと。

細く息を吐き、目の前の体温に縋り付いてしまいたくなる衝動をこらえる。

自分の肩をぎゅっと抱きしめる私に目を眇め、リードは囁いた。



「アカネ様。俺は貴女の奴隷なんですよ」


「…ん?」


「貴女もそう言ってたでしょう?なのにいつまでそうやって甘えるのをやめてるんですか」



肩を掴んでいた手を取られ、強引にリードの背へ回される。



「…甘えてください。俺はその為にここにいる」



あの頃。

リードとの関係に悩んでいた時から空けていた距離。

奴隷と主人という関係に落ち着いてからも崩さなかったそれを、リードが急に詰めてくる。

悪夢の余韻に戸惑いが打ち勝ち、縋り付くでもなく困惑の表情を隠せない私。

それに焦れたように、リードはなおも何かを言い募ろうと…



「アカネ様、俺は…」


「うぅん…」



室内に響いた艶めかしい声。

思わず二人して肩を竦めた。

ロッテのベッドがある方に揃って目を向ける。

私のベッドの天蓋は下され、秋冬用の分厚いものになっているから外の様子は伺えない。

つまり、ロッテの方からも姿は見えていないはずだ。


慌てて視線を走らせて枕元のウサギ型魔物、ウサ吉(命名私)を見れば、口は四分の一くらいしか空いていない。

この距離なら、ロッテには声も聞こえていないはずだ。

多分、ただの寝言だろう。



「………」


「…えーっと…」


「……帰ります」


「う、うん。今日も有難う」



ぎこちない挨拶を交わして、リードはいつものように窓から出て行った。

この寮に来てからは同じ部屋にロッテがいるから気を遣う。

ウサ吉が来るまでは私はヘアバンドを使い、リードは私を起こす前に風魔術で消音障壁を張ってくれていた。

だから落ち着いた後には魔力を流してあげなきゃいけなかったんだけど、その手間が無くなった。

…無くなってしまった。

便利な魔物が増えるほど、私からリードに触れる口実が減っていく。



「…減らしたいのか、増やしたいのかどっちなのよ。馬鹿奴隷」



今更あんなふうに迫って来るなんてずるい。

綱引きのように行き来する境界線に、私は振り回されっぱなしだ。

秋の空気に冷え込む寝室に、私のため息が一つ零れた。




==========




「…不本意です」



そんな私の言葉を、目の前の青年はニコニコしながら聞いている。



「仕方ないだろ?俺は貴族に必要な教育受けてないんだから」



悪びれることも無くそう言い放ったのは、金髪の美男子。

今まさに食堂で周囲の視線を独り占めにしている…ファリオン・ヴォルシュ、その人だ。

ヴォルシュ家の生き残りが発見されたと言うニュースは、私が知った翌日には学園内に広まっていた。

何故だか私が見つけたことまで知られていて、『行方不明美男子探偵』とかいう不名誉な二つ名まで耳にしている。


リードを見つけたのはたまたまだし、ファリオンは勝手に見つかりに来たんだ、私のせいじゃない…

いや、確かに初めて顔を合わせた時のあれは、奇跡的な確率だったと思うけど。


まぁそこはいいんだ。

問題は…



「なんで私が貴方の世話係に任命されるのでしょうか?」


「それは俺が指名したからだな」



ヴォルシュ家の生き残りとして正式に認められたファリオン。

現在十六歳の彼は、来年の夏には成人する。

それまでに基本的な教養は身につけるべきと言うことで、後見人のアドルフ様によって急ぎ学園に入学させられた。

すでに十月も半ばだから、授業は一月半遅れとなる。

さらに貴族としての常識もかなり疎いから学園生活をフォローする生徒が必要だ。

そこで指名されたのが、何故だか私。



「普通そこは男子生徒同士だと思うのですが!」


「だから、生活面のフォローとか紳士?のマナーとかを教えてもらうセンパイはこっちを指名したんだろ」



ファリオンが親指で指し示す先には、かつて見たことが無いほど眉間に皺を濃く刻んだリードが居た。

目から光が消えている。

今にも魔王が降臨しそうで私は気が気じゃない。



「…ファリオン様、人を指で示すのはマナー違反です」


「フォークで皿をガツガツつつくのもマナー違反だって聞いたぞ、センパイ」



しれっと返すファリオンに、荒ぶっていたフォークを手で押しとどめるも、リードのこめかみには青筋が浮いている。



「リード様、負けないでくださいませ!恋路には障害がつきものでしてよ!」


「ロッテ、今は黙っていましょう。私たちが口を挟むとややこしくなるわ」


「僕らの部屋にもう一つベッドが運び込まれた時は驚きましたわ。人が増えるんはええけど、この空気が部屋まで続くんは嫌やなぁ」



頭を抱える私、静かにキレるリード、一人興奮しているロッテと、それを窘めて空気になろうとするドロテーアに、ある意味一番の被害者であるダニエル。

不穏な空気に気付いていないはずも無いのに、金髪の美青年は傲然と微笑んだ。



「これからよろしく」

いつもご覧いただき有り難うございます。

プロットを大幅に練り直すことにしましたので、少しお休みします。

すみません。

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