104お友達
カデュケート王立学園。
赤レンガが特徴的なその建物が、今日から私が通う学校だ。
寮も併設されているからほとんどこの敷地内で過ごすことになる。
まさかこの世界でも学校に通うことになるとは…
「お嬢様、そんなため息をつかれるほど学園に通われるのがお嫌ですか?」
そう声をかけてきたのは付き人としてついてきてくれたティナだ。
今日これから入学式があって、その後入寮できるようになる。
寮に入ってからは使用人の手を借りずに過ごすのが基本になるけれど、入寮準備には人手がいるということで今日だけは使用人を連れてくることが許されていた。
もちろんエレーナもついてきているし、リードの為にエドガーとアルノーもいる。
「アカネが不安なのは同室者とうまくやれるかでしょ?」
リードにそんなことを言われて思わず渋面を作った。
「…まぁ、それもある」
寮は基本的に二人部屋。
他人との共同生活から学ぶこともあるとか何とか、そういう建前はあるものの、一番の理由は世話役だ。
高貴な身分の子女がいきなり使用人なしで生活しろと言われても難しいのが実態。
そんな中で、侍女や侍従を希望している生徒や比較的自活能力があると判断された生徒が、世話役となるのだ。
つまり、世話される側と世話する側の二人一組で生活することになる。
そしてあろうことか私は世話役として認識されているらしいことが、つい先日発覚した。
「高貴な身分のお嬢様のお世話とか無理…何話せばいいかわかんないし…」
「無理に話を弾ませようとしなくていいと思いますよー?アカネ様は口開くと伯爵令嬢っぽくないですし、優秀な世話係は余計な事を言わないものです」
「エレーナが優秀な世話係じゃないってことでいいのかな?」
余計な事しか言わないメイドである。
「ですが、特に何もご指導していないにも関わらずアカネ様はご自分の事をご自分でなされる能力がおありですからね。同室の方はおそらくほとんどご自分のことをなさったことが無い方になるのでしょうから、アカネ様ができることをお手伝いしてさしあげれば問題ないと思いますわ」
ティナが問題児を見るような目でエレーナを見ながらフォローしてくれたけど、ティナもたいがい余計な事言うタイプだからね。
主にシェド関連で。
言ったところで無駄だろうから言わないけどさ。
「リードは不安じゃないの?」
「僕は世話役じゃないので」
そう、何故だかリードは世話役じゃない。
世話される側だ。
「納得いかないわ…」
「おそらく僕の経歴に気を遣われたんでしょう」
「…そうね」
いくら自活能力があるとはいえ、下手に世話役をさせると奴隷時代のトラウマとかうっかり刺激しかねない。
リード本人を知っている身としては大丈夫な気がするけど、経歴だけを見れば腫物扱いしたくなるのもわかる。
反応に困る発言だったのか、これまで私達を微笑ましげに見守っていたエドガーが口を挟む。
「お二人とも同室の方がどなたなのかは知らないんでしたか」
「うん。実際に寮に入ってみないと分からないみたい」
「そうですか、事前に分かっていると余計な圧力をかける家もある為でしょうね」
「…うちの子の世話係にこの子は相応しくない!とか?」
「まぁ、そういうことです」
伯爵令嬢なんて身の上になってはいても庶民根性が抜けない私にはよく分からない感覚だ。
本人同士の性格で相性が悪いとかは分かるけどさぁ。
渋い顔をする私に、ティナが咳払いをした。
「始まる前から余計な心配ばかりしていては身が持ちませんよ、お嬢様。さぁ、入学式までもう時間がありません。私共は先に寮へ向かっておりますから、後程そちらで合流いたしましょう」
「それもそうだね、それじゃ後で」
もしかしたら同室の子とめちゃくちゃ仲良くなれるかもしれないし、変に気負い過ぎても良くないか。
ティナ達と別れ、リードと二人で学園内へ入る。
係員の指示に従って歩いていくと、大きなホールにたどり着いた。
何かのイベントがあるごとに使用すると言うそこは、大きなシャンデリアがいくつもぶら下がり、真っ赤な絨毯が敷かれた豪華な場所だった。
入学式といったら体育館のイメージがある元女子高生としては面食らってしまう。
並んでいる椅子ももちろんパイプ椅子なんかじゃなくて革張りの高そうな椅子だし…
今年の新入生は二百人くらいっていう話だから、それだけの椅子がズラリと並んでいる様は圧巻。
既に何十人かの生徒が座っていて、前から詰めていくような形で席に着く。
座る順番に身分の考慮は無い。
学び舎は身分にこだわる場では無いと言うのが学園の理念だからだ。
とはいえ世話役の概念があったり、侍女や侍従としての技術、作法を学ぶ授業があったりするんだから、あくまでも『基本的には』の話なんだろうけど。
「あら、アカネ様?」
「へ?」
席についた途端、既に座っていた隣の生徒から声をかけられた。
そばかす混じりの肌に丸眼鏡をかけ、赤毛を三つ編みにした地味な雰囲気の女の子。
…やばい、誰だかさっぱり分からない。
ポカンとしている私に彼女は小さく笑い、眼鏡を外した。
「私です、ドロテーアです」
「え、ドロ…ええ!?」
思わず大きな声が出て、ホールに控えている先生ににらまれる。
慌てて口を押さえ、隣の少女をまじまじと見た。
ドロテーア。
その名前には覚えがある。
騎士団主催の舞踏会、アドルフ様と最後に踊ったあの夜に出会った少女だ。
そう、私の制服萌え発言に共感して声をかけてきてくれた子である。
王都の外れに邸宅を持つ男爵家の娘さんで、年は十三歳。
この学園における貴族の入学資格は十三歳以上ということだけだから、貴族の入学者はこれくらいの年の子が多い。
男爵家はあまり金銭的な余裕が無くて家庭教師を雇えない家も多いから、考えてみれば彼女が今年入学するのも当たり前のことだった。
だけど私が驚いているのはそこじゃない。
「ど、ドロテーア?…雰囲気、違わない?」
私の記憶が確かなら、ドロテーアは白磁の肌に青い大きな瞳が印象的で、緩いウェーブの赤毛を背に流した年の割に大人っぽい垢抜けた美少女だった。
断じてこんな昔の委員長イメージみたいな芋っぽい子ではない。
私の正直な感想に気を悪くした様子も無く、ドロテーアは笑う。
「あれは夜会用の装いです。私はご覧のとおりそばかすも多いし、髪も結構癖が強くて。メイドが何時間もかけて化粧をして髪を梳いてくれてようやくああなれるんです。視力も授業を受けるなら眼鏡が無いと厳しくて。これから寮に入るとメイドが世話してくれるわけでもありませんし、毎朝準備に何時間もかけられませんから。この学園でのお婿さん探しはもうあきらめました」
入学式初日だけバッチリ決めていってもすぐにボロが出るのだから最初から素で行くことにした、と。
確かにそばかすが目立つ肌や重たげな瞼は、この世界の貴族社会においては男性受けする容姿ではない。
だけどあっけらかんと笑って見せるドロテーアは卑屈っぽくもなく、変にプライドの高い貴族の令嬢よりよほどいいお嫁さんになりそうだ。
「お婿さん探しをあきらめるのは早いと思うなぁ。卒業パーティーの舞踏会には参加するんでしょ?」
「ええ、もちろん」
この学園では卒業式の夜には舞踏会が行われる。
そこでメイクとかバッチリきめたドロテーアが現れたら…
「一年以上の伏線を経て美少女ドロテーアが現れた時の男性陣の反応が見ものだわ…」
『こいつこんなに綺麗だったのか…』展開を生で見れるかもしれない。
わくわくしちゃう。
こういうシンデレラストーリー的なの好きなんだよね。
一人妄想にニヤつく私を見て、ドロテーアは目を瞬かせた。
「アカネ様は変わった感想をおっしゃいますね」
「あ、ごめんね。つい」
「いえ、馬鹿にされるでも気を遣われるでもなくそんなことをおっしゃる方は初めてです」
そう言ってドロテーアはふんわり笑った。
「ところで、アカネ様も入学されるんですね。驚きました」
「あはは、ちょっと色々あってね…」
伯爵家の令嬢で、しかもこの年になってわざわざ入学というのは目立つ。
まぁ、中には二十歳超えてそうな人もいるから比較的っていうだけだけどね。
とはいえ同級生のほとんどが年下だろう。
「でも良かった、知り合いがいないんじゃないかと思ってたからドロテーアが居てくれて安心した」
「ふふ、私もです。アカネ様、私は家の為にも早く卒業したいんです。アカネ様が手伝ってくださると助かります」
「…私に分かる範囲なら教えるわ」
「有難うございます」
実際私は家庭教師に基本的なことは教わっているから、少しくらい役に立つだろう。
私との雑談が一区切りついてからリードとドロテーアが形式的に挨拶を交わす。
あの夜にも一応顔合わせはしていたけど、ほとんど話をしていなかったせいかドロテーアがめちゃくちゃ緊張していた。
…あぁ、リードが余所行きの微笑みしてるからか。
顔だけはいいからなぁ、顔だけは。
そうこうしている間に生徒が集まったようで、入学式が始まった。
「諸君、私がカデュケート王立学園の学園長を務める、アイリヒ・デレートである」
そう言って壇上に現れたのはギョロリと大きな目を吊り上がらせ、グリフォンですら素手で絞殺してしまえそうな体躯を持つ大男だった。
蓄えた髭や目じりの皺を見るに年は中高年の域に見えるけれど、首から下が時の流れを拒んだかのようだ。
おそらく彼のようないかつい大男とは無縁に生きてきたのであろう一部の子女が慄いている。
カッセードで多くの戦士にもまれてきた私は平気だ。
推し騎士がいるらしいドロテーアも平然としている。
…多分、私とドロテーアは令嬢としては少数派だ。
この学園には剣術の科目もある。
あるけど、剣術と魔術の科目を除けばほとんどが座学系だ。
なのに剣士を育成する学校だったかな、と一瞬思ってしまう程度にはマッチョな学園長だった。
「自らを高めるためにある学び舎において、己の生まれにこだわり相手を見くびることほど愚かしいことはない。学生同士、身分の貴賤を忘れてともに語り合い、研鑽を深めてくれたまえ!」
生徒のほとんどが貴族。
とはいえ二割程度平民がいるし、貴族間にも明確な身分差がある。
名目上とはいえしっかり言っておかないと、自分より家格が下の相手をいじめたり召使のように扱う貴族がいるんだろうなぁ。
…まぁ、そういう貴族はこんなこと言われたところで態度を変えない気もするけど。
私の同室者がそのタイプでないことを祈る。
そして学園長挨拶はその一言で終わりだった。
話の長くない先生、好感が持てます。
その後、来賓挨拶を経て各教科の先生も紹介され、そろそろ終わりかなと思った頃。
再び学園長が登壇した。
「最後に。諸君に紹介したい方がいる。本来異例の事ではあるのだが、ご本人の強い希望により本年度からこの学園の生徒となるお方だ」
その言い回しからして、そうとう高貴な身分の人のようだ。
身分の貴賤を忘れろと言った直後にこの気の遣いようなのだからよほどだろう。
そして学園長をはじめとした教師陣の視線が広間の扉へ向く。
新入生だと言うのにそれまでこの場に居なかったのか。
相当特別待遇をされている大人物らしい。
誰だろうなぁなんてのんびり構えている私の笑顔が、次の瞬間凍り付いたのは言うまでもない。
「シャルロッテ・カデュケートですわ。皆様よろしくお願いいたしますわね」
広間に入ってきた美少女が綺麗な礼を取ってそう言った。
彼女は生徒たちを見渡し、おそらく意識的にだろう、こちらに微笑みかけた。
きっと私の近くに知り合いがいるのね、なんて考えるのは無理がある。
ロッテは私達を追いかけてこの学園入りを決めたんだろう。
だって私は知っている。
誘拐から助け出された彼女がその救世主にどれほど執着するのかを…
そして私の同室者が誰なのか、この瞬間察してしまった。
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「まぁね、仮にも私、伯爵令嬢だし、私がお世話することになるとしたらうちより家格が下ってことないだろうなと思ってはいたよ。それでなおかつわざわざ学園入りするなんて、どんな事情のご令嬢だろうなぁとか不安に思ってたんだけどさぁ…」
「まぁ、そんなご不安に思っていただく必要ありませんでしたのよ。驚かせたくて秘密にしておりましたが、先にお知らせするべきでしたわね」
いや、先に聞いてたらなんとしても入学拒否してたところだから。
しかしそんなこと思いもし無さそうな王女様は、目の前でにこにこしていた。
入学式後、案内された寮の部屋は想像以上に豪華なもので、案の定ロッテとその侍女がそこに居た。
私の入寮準備の為に先に来ていたティナとエレーナが、珍しく動揺した様子で私に説明を求めるような視線を向けてきたけれど、私に何か言えるわけがない。
だって私とロッテは初対面のはずなんだ。
なんとか宥めすかして帰したけれど、大変だった…
想像以上に高貴な身分の同室者に、呆然としていた二人を思い出す。
「まさか、アカネ様の同室者が王女様だったなんて…」
そうこぼしたのはエレーナだった。
「エレーナ、殿下の御前です。黙りなさい」
そんな彼女をティナが窘めるも、ロッテは笑顔のまま首を傾げたのだ。
「まぁ、お気になさないで。エレーナと言ったかしら?お話を聞かせていただきたいわ。そう、できれば…アカネ様とヴィンリード様の」
この一言を聞いた瞬間、エレーナの瞳がギラついた。
「…王女様…お二人に興味があるんですか?」
「ええ、とってもありますわ。奴隷の身に落ちた少年と、それを助けたご令嬢…ロマンスを感じますわね。できればずっとお二人が揃っているところを見つめていたいくらい」
「そうですか!実はわたくしリドアカ同盟という…」
「エレーナ、やめて」
いらんことを口走ろうとしているエレーナを慌てて止めたけれど、ロッテは既にエレーナと同じ目をしていた。
「詳しく聞かせていただきたいわ」
そうおっしゃる王女様を止められる人物などこの場にいない。
エレーナが説明する様を嫌そうに見ているティナも、流石に口を挟めないようだ。
リドアカ同盟の活動内容とやらは私が聞いていても頭を抱えたくなったし、できればロッテの侍女さんの耳をふさぎたかった。
私は見ないふりをしているだけであって、決してその活動を認めているわけではないんです!
けれどしっかり教育されているらしい侍女さんは、とんでもない話を聞いても眉ひとつ動かさずにじっと静かに待機していた。
それはそれで居たたまれない。
そしてそんな侍女に反してロッテはテンションが爆上がりである。
「まぁぁぁ!なんて素敵な活動でしょう!」
「ご支持いただけますか!」
「もちろんですわ!」
「有難うございます!それでは王女様をリドアカ同盟の名誉会長に任命いたします!」
「光栄ですわ!」
嘘でしょ!?
説明するだけならまだしも、普通そこで巻き込もうとするかな!?
目を剥く私とティナの方へ振り返り、エレーナは渾身のドヤ顔を見せた。
「ついに王家の後ろ盾を得ました!」
一体誰が得する後ろ盾なんだろうか。
その後大盛り上がりするエレーナとロッテを引きはがすのが大変だった…
数分前のやりとりを思い出して大きなため息をつく私に、ロッテが不思議そうな顔をする。
「アカネ、ロッテと同じ部屋は嬉しくありませんの?」
「え?えーっと…」
また答えにくいどストレートな質問してくるな。
回答に困る私に、ロッテは微笑んだ。
「ロッテは嬉しいですわ。お友達と一緒に生活できるだなんて夢のようですもの」
無邪気なその一言に毒気が抜かれる。
確かにちょっとズレているけれど、この世界のロッテは本の中のロッテのような悪行に手を染めていない。
まぁ、この学園入りはなかなかの我儘強権を発動したんだろうけど…王女様の我儘としては許容範囲だろう。
本の中のロッテの姿を引きずって苦手意識を持ったままなのは失礼だ。
「…私も嬉しいよ、ロッテ」
少なくとも彼女は私と仲良くなりたいと思ってくれている。
私も純粋な気持ちで彼女と友達になっていこう。
しかしその意志を砕くように、ロッテは笑顔でこう言った。
「アカネ、こっそり抜け出したいということがありましたら協力致しますからね!」
「あ、うん…」
……それは結構切実に助かるな…
下心なんか無いと自分に言い聞かせるのに苦労した。
いつもご覧いただきありがとうございます。




