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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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103王女様は恋をする

思わず驚愕を声に出してしまった私。

予想外の事に足を前に踏み出してしまい、リードの消音風魔術の範囲から出てしまった。

加えて動揺で姿を消す魔術も解いてしまったから、私の声も姿も周囲に認識されてしまう。

銀髪の少年が振り返り、こちらの姿を認めて驚いたように目を見張った。



「あんた…あの時の…」



ファリオンが私のことを覚えていてくれた!なんて喜んでいる場合じゃない。

混乱して背後を振り返れば、疲れたような表情をしているリードがいる。



「まぁ、こうなる気はしてましたけどね」



そんなことを言いながら、風魔術と闇魔術を解きながらこちらへ歩み寄ってきた。


え、予想してたの?

何で教えてくれなかったんだ。

あぁ、私がファリオンのこと好きって言ってるから悪く言えなかったのか。



「こいつら急に現れたように見えたが気のせいか?」


「お前の知り合いなのか、ファリオン」



仲間らしき男二人がファリオンにそう声をかけるけれど、彼は銀色の瞳を眇めてこちらをしばらく黙って観察していた。

男二人をかばうように前に立ち、ようやく口を開く。



「あんたら王女の護衛だったのか」



ファリオンが得心したようにそんなことを呟いた。

え、いや違いますけど。

思わず正直に否定しかけたけれど、涙目のシャルロッテが希望を見出したように目を輝かせてしまっている。

流石にあの瞳を曇らせるのは気が引けた。

そもそも助けようと思っていたのは事実だし。



「…ファリオン、彼女が誰か分かってるの?」



世間知らずのお嬢様を適当に拉致ってみようっていうノリならやめた方がいい。

流石に王族は洒落にならない相手だ。

もし誰か分かっていないのなら、彼女の正体を教えることでこの場は穏便に片付く可能性がある。

だけど私のそんな意図は言葉尻から分かっているはずなのに、ファリオンには動揺の欠片も見られない。


…つまり、シャルロッテ・カデュケートだと分かった上でこの行為に及んでいるというわけだ。



「どうして王女の誘拐なんて…正直割に合わない仕事だと思うけど」



身の上が高貴すぎる。

そりゃ彼女の救出のためなら王家はお金を惜しまないだろうけど、それが盗賊の懐に入ることにはならない。

身代金を要求したところで捕まらずに受け取るのは難しいし、王女を取り返せばすぐに総力を挙げてつぶしにかかられるはずだ。

帰さなければなおさら血眼になってシルバーウルフを掃討するだろう。


それなりに凶悪事件も聞く中シルバーウルフが国に潰されていないのは、規模が大きすぎて狩りきれない事、首領の正体・所在が掴めないことに加え、必要悪として見逃されている部分もある。

まっとうに生きられないならず者たちの受け入れ先になっているんだ。

だけど王女誘拐なんてしちゃったら、流石に見逃してもらえない。


そこらの浅慮な下っ端盗賊なら、そんなことも考えずに王女に手を出す可能性はある。

だけど目の前の彼は…そんな浅はかな男ではないはずだ。

だとしたら。



「…首領の命令なの?」


「あんたには関係ないな」



否定以外の回答は肯定を匂わせてしまう。

だけどそう答えるほか無かったんだろう。

一体どうして…


戸惑う私、そしてその横に並び立つリードに視線を走らせ、ファリオンは腰に下げられた剣柄へ手を触れた。

その瞬間、リードが私の手を握る。

これまで幾度も繰り返してきたことだから、私は反射的に繋がれたその手へ魔力を流した。

それを当然のように受け止めて、リードは目の前に手をかざす。



「っなんだ!?」



男たち二人の足元から氷柱が生え、その体の動きを止めさせる。

突然の出来事に驚いたらしい男たちがシャルロッテを取り落とした。



「シャルロッテ!」



肩に担がれていたわけだからその高さはせいぜい二メートル弱だけど、フォークより重いものを持ったこと無さそうなか弱いシャルロッテだ。

色んな骨がポッキリいっても私は驚かない。

思わず完全に呼び捨てで名前を叫んでしまった。

けれどその体は地面に着く前にふわりと浮かび上がり、逆巻く風に巻き上げられながらこちらへ飛んでくる。



「きゃ、きゃああ!」



なんて女の子らしい叫び方。

思わずそんな感想を抱いてしまいながらも、おっかなびっくり地に足をつけるシャルロッテに肩を貸した。



「大丈夫ですか?」


「は、はい…あの、お二人は…」


「アカネ様、そこを動かないでください」



シャルロッテが私と合流したのを見るや、リードは彼女の言葉も聞かずに私の横から離れた。

どこから取り出したのやら、その手には剣を携えていて、何をするのか問う間もなく鋭い金属音が響く。

気付けばリードとファリオンが剣を交えていた。



「り、リード!?」



シャルロッテはもうこちらの手に渡ったのだから、後は逃げればいい。

それなのに、何でわざわざ…しかもファリオンにだけ?

けれど私の困惑の声に応えてくれることもなく、二人は鍔迫り合いをしたまま何か言葉を交わしている。

おそらくほんの数十秒の間の事だ。

それでも私の寿命を縮めるには十分だったけど、話は終わったとばかりに二人がそろって剣を下す。



「っち、どうすんだファリオン!」



それを見て、氷柱に行く手を阻まれたままの男の一人がファリオンにそう問いかける。

ファリオンは何故だか私を意味ありげにチラリと見てから、首を振った。



「…下がるぞ。相手が悪い」


「相手は宮廷魔術師…いや、魔剣士か?若く見えるが結構な腕前だろ。逃がしてくれるとは…」


「いや、逃がしてくれるそうだ」



そうだな、と確認するようにファリオンがリードを見やると同時に、男たちを捉えていた氷柱が瞬く間に溶けていく。

それを肯定と受け止めたのかファリオンは踵を返し、男二人もこちらを警戒しつつ路地の奥へと消えていった。



「…あ、あの、リード?今の何?」



打ち合わせにも無かった動きだった。

そんな私の問いかけに振り返ったリードは…大嫌いな野菜を前にした子供のような表情をしている。



「いや本当にどうしたのよ」


「…アカネ様」


「なに」


「疲れました」



そりゃあんな力比べみたいなことしてればね、なんてツッコミそうになるけれど、それがいつもの符丁だと気付いて慌てて駆け寄った。

手を取り魔力を流し込むと、ホッとしたようにリードはその場にしゃがみこむ。

けれど私の手を額に当てて目を閉じる姿は辛そうなまま。

魔王化しそうなのを耐えている、とかそういうのではないだろう。

魔術を使っている間はほとんど私と手を繋いでいたし、離れた状態で使った魔術は氷柱の解除くらいのはずだ。


疲れたって言って見せたのは念の為と…気持ち的に辛かったから、なのかもしれない。

リードにとってファリオンは鬼門。

出会ったばかりの私に向かって、『あいつが勇者?』と表現してはばからなかった人物だ。

それでもなおあれほど接近したのは、よほど交わしたい言葉があったのか…


そんなことを考えていた私は。



「す、素敵ですわぁぁ!」



そんな場違いな声を聴いてようやく、彼女の存在を思い出した。

エメラルドのような瞳をキラキラさせて両手を組み頬を染めながらこちらを見つめている少女。

シャルロッテ・カデュケート。

この国の第一王女であり、国王陛下にとっては唯一の娘。

そして血縁関係上は、私のいとこにあたる。


とはいえ方や国王陛下の娘で王女様、方や降嫁した王妹の娘で現伯爵令嬢とあっては立場が違い過ぎて、これまで顔を合わせたことは無かった。

私が知っているシャルロッテは、本の中のヤンデレ悪役王女様だけだ。

そして今の彼女のセリフは本の中であったのと同じもの。

盗賊にさらわれそうになった自分を助けてくれたファリオンに一目ぼれした彼女が放った一言だ。


…嫌な予感がする。

確かにファリオンはシャルロッテを助けてない。

だけど代わりにリードが彼女を助けたわけで。

軽い足取りでこちらへ歩み寄ってきた彼女は、勢いよく…



「ロッテは感激いたしました!お二人はロッテの命の恩人ですわ!」



…私達二人に抱き着いた。

命の恩人。

その言葉は事実だろうと思う。

こうして感謝を、感情をぶつけてくるのも分かる。


だけど何でうっとりしたように目じりを下げて頬を染めているのか。

完全に恋する乙女の目だ。

そしてその目を向けられているのはリードじゃない。

私でもない。

私とリードの()()()である。



「しかもお二人はまるで物語の中のお姫様と騎士のよう!ロッテの胸がこんなに高鳴ったのは初めての事です!そう…きっとこれが恋ですのね!」



違うと思う。


彼女が目上の人間でなければそうツッコむところだ。

箱入り娘の王女様だから思考がズレているだけなんだろうとは思うけど、ちょっと呪いじみたものも感じてしまう。

本の中でのファリオンといい、私達といい…彼女は誘拐犯から助けてくれた人物にときめくよう定められているのだろうか。


二人で助けた場合はセットで好きになる。

ここで騎士が助けに入れば身分違いの恋が生まれていたかもしれないし、救出者が男性二人だった場合は…あれ、もしかしたらエレーナの仲間が増えるのかも。

いや、もし私たちに対する感情が推しカプ的なものなら、今の状態もエレーナの仲間ってことになるな。

団体の救出チームが来た場合どうなっていたのかちょっと気になる。


そんな馬鹿な事を考えている間に、シャルロッテはパッと顔を上げた。



「お二人は噂のヴィンリード様に、アカネ様ですわね!」


「噂?」



思わず問い返す私に、シャルロッテはにっこり微笑んだ。



「アカネ様はフェミーナ様のご息女、わたくしとは血縁関係があるとうかがっておりますわ」


「え、ええ。その通りです、シャルロッテ王女殿下」


「まぁ、先ほどのようにシャルロッテと…いえ、ロッテとお呼びくださいまし。わたくしたちは家族なのですから!」


「ええええ」



うっかり呼び捨てしたのがまずかったのか。

いや、それが無くてもきっと彼女はそう言っただろう。

あと、血縁関係があるだけで家族と呼びだしたら貴族社会のあらゆる人物が家族になってしまうと思う。

王家から降嫁した女性は長い歴史の中で何十人といるのだから。

なんならお母様の姉妹だけで十人以上いる。



「そしてヴィンリード様、いえ、リード様と呼ばせてくださいませね。噂に違わぬこの美貌と剣の腕前!そしてアカネ様に忠誠を誓っていらっしゃると言うのも本当でしたのね。今でこそ書類上お二人はご兄妹となっていても、リード様はアカネ様の従者という立場を望んでいて今でもそのお気持ちを忘れていないと言う話は聞いておりましたの!」



変な噂が流れてしまっているらしい。

リードの保護や、その後の立場についてお母様は王家にも相談していたようだからそこから話が漏れているのかもしれない。

あと、ロッテが近くにいるのに『アカネ様』とか言っちゃってたしね。

さっきのポーズもリードが私に跪いているように見えたことだろう。


大興奮しているロッテは誘拐されそうになったと言うのに心の傷など全く見えない。

本当に反省するのかな、これで。

元気そうなのは結構だけど…この状況、どう収拾を付けたものか。


当初の予定では姿を隠したまま魔術を駆使してサッと助け、ロッテを風魔術で飛ばせて王城へ送り届けるつもりだった。

誰もいないように見えるから本人は訳が分からない上に怖いだろうけど、私たちは仮にも伯爵家の子女だ。

『裏路地の店の前でバッタリ王女の誘拐現場と遭遇したので助けました!』なんて胸張って言えるはずないので仕方ない。

リードにちらりとアイコンタクトをするも、彼は疲れたように首を振り、私に丸投げの姿勢を見せてくる。

ロッテのテンションが苦手らしい。



「あ、あの、ロッテ様」


「まぁ、様なんてつけないでくださいな、アカネ」


「…そういうわけには参りません。ロッテ様とお呼びするのも今この場だからこそできることですし」


「この場だから許されると言うのであればロッテと呼ぶのも変わりませんでしょう?わたくし敬称をつけずに呼び合えるお友達と言う物が欲しかったんですの。あ、敬語も不要ですわ。わたくしは上手く話せませんけれど、お友達同士はもっと砕けた話し方をするものなのでしょう?アカネはお出来になりますかしら?できればアカネの話し方を聞いて勉強したいのだけれど」



…ダメだ、話が進まない。

家族なのか友達なのか分からないけど、とりあえず彼女の要求を呑むしかあるまい。



「分かった、ロッテ。この後どうするか相談したいんだけど」



そう話し出すとロッテはワクワクしたように体を揺らしながら、満面の笑みを浮かべた。



「うふふ、これ、これですわぁ」


「…ロッテ、話を進めていい?」


「うふふ、そうでしたわね。単刀直入に確認いたしますが、お二人の従者は近くにおりますの?」



笑顔で痛いところを聞いてくる。

答えに窮する私の様子を見て、納得したようにロッテは頷いた。



「やっぱり秘密の逢引き中でしたのね。わたくしの粗相のせいでお二人の仲が露見するだなんてことがあってはなりません。お二人の事が伝わらないよう、護衛たちの元へ戻りたいと思います」



話が早い。

早いけど多分に妄想が混じっているようだ。

だけど私は知っている。

こういう時に『そんなんじゃない』と否定したところで、『うんうん、私は分かってますから』みたいな反応されるだけだ。

ティナとエレーナのおかげで学べたことだ。

もちろん感謝はしていない。



「…では護衛の元までこっそりお送りします。僕たちのことは伏せておいていただけますね?」



リードも同じことを考えていたようで、特に否定することも無く疲れた声でそう言うだけだった。

満面の笑みで了承してくれたロッテの頭の中では、ありもしない私たちのラブストーリーが繰り広げられているんだろう。

かわいそうなくらい焦っている護衛を探し出してロッテを届けるまでの間、彼女は従者の苦労を知りもしない能天気かつ見当はずれな妄想を繰り返し口にしては、大変機嫌が良く歩いていた。

…これ反省してなくない?


もう二度と勝手な事しないようによくよく言い含めておいた。

こういうことをすると護衛と従者が罰を受けることも教えておいた。

するとロッテは少し困った顔をして、『彼らは悪いことをしていないのに?』なんて言っていたから、やっぱり根は悪い子じゃないんだろう。

これなら城に戻った後、ロッテがかばってくれるかもしれない。

彼らの処罰が軽いことを祈る。

まぁ、まんまと撒かれる側にも責任が無いとは思えないから、ちょっとはお叱りがあるだろう。

それで気を引き締めて、二度と彼女が暴走しないように手綱を握ってほしいものだ。

なんせエルマンがいないからなぁ、心配だ。


ともあれ王女様のロッテと一介の伯爵令嬢である私のつながりは結局ほとんど無いまま。

彼女のストッパーなんて私が気にすることじゃない。

そんなことを考えたのがいけなかった。

一週間後、私はフラグと言う言葉を思い出すことになる。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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