102誘拐犯
「アカネは建国祭に来たことがあるの?」
前にエドガー、後ろにティナとエレーナ、アルノーを引きつれながらリードと二人、浮かれ切った街の雑踏を歩く。
「無いなぁ。カッセードに居た頃はちょっと遠かったし、セルイラに来てからは毎年八月にお姉様が帰って来るようになったでしょ?建国祭の頃にはもう居ないんだけど、お父様たちはお姉様の帰郷に合わせて仕事をセーブしたりするから、そのしわ寄せで忙しくしてるんだよね」
もちろん貴族の一人として王城で行われる式典には夫婦で顔を出しているみたいだけど、用事が済んだらすぐセルイラへ戻って来る。
一緒について行ったところで建国祭を満喫なんてできそうもなかった。
まぁ、お祭り自体はセルイラ祭で十分満足してたから不満なんか無いんだけど。
私の声色でそれを察したらしく、リードは納得したように頷いた。
「それじゃあ初めての建国祭なんだ」
「うん。こうして来てみると、王都のお祭りもいいね。セルイラ祭とは雰囲気が違うし、露店の数も全然違う」
セルイラ祭にも出店や露店はあるけど、大通りだけだ。
だけど王都は脇の小道にもびっしりと店が並んでいる。
「アカネ様、この大通りから見える範囲のお店はいいですけど、奥まったところにあるお店は利用しちゃダメですよ」
後ろからエレーナが明るい声でそんなことを言う。
驚いて振り返ると、目があったティナが首を振った。
「大丈夫ですよ、お嬢様。そもそもそういった道に立ち入る必要はございません。祭の主な催しは全て大通りか広場で行われますので」
「いや、そこじゃなくて」
聞きたいのは理由だ。
「闇市が紛れてるからだよ。商売手形を持たない人間がやってる店だったり、うっかり購入するとそれだけで犯罪者になっちゃう物が売ってたり、ね」
私の疑問を正確に打ち抜いてくれたリードの回答は、大変穏やかじゃなかった。
「…なんで」
何でそんな店が、何でそんなことをリードが。
私は言葉に困ってその三文字だけを呟いたけど、きっとどちらの問いかけをしても同じ答えが返ってきたんだろう。
「人が集まればそれだけ良くない人間が混ざるものだよ」
リードの経歴には闇が多すぎて不用意に突っ込めない。
私は思わずため息をついた。
「平和な世界で生きていたいわ…」
「ご安心ください、お嬢様は俺達がお守りしますよ」
私の力ない呟きに、エドガーが振り返ってそう言ってくれた。
白い歯が眩しい。
しかし私の隣を歩くリードからは、小さく鼻で笑うような音が聞こえた。
チラっと視線をやれば、呆れたような視線を返される。
言葉を交わさなくてもわかる。
『どの口が?』って言いたいんでしょうよ。
今晩荒事にわざわざ自分から飛び込みに行く人間の言うことじゃない、と。
シャルロッテが誘拐されるのは今夜、建国祭初日の夜だ。
昼の開会式に参加した彼女は、そのままお付きの人間達と王都を視察(という名のお姫様の我儘)するべく歩き回る。
そして日が暮れかけてそろそろ帰りますよなんていう頃に、我儘お姫様らしく途中でお付きの目を掻い潜って一人抜け出して自由を謳歌しようとするのだ。
まんまと治安の悪いエリアに入り込んだシャルロッテはちょっと怪しい酒場に立ち寄り、そこで盗賊に目をつけられてしまう。
その酒場というのが実はファリオンが盗賊時代から通っていたところで、その日もたまたま来店していた為に難を逃れるわけである。
…まったく…頭の痛くなるほどテンプレなお姫様だわ。
国王陛下、ちゃんと教育して。
私が言えることじゃないけど、ちょっと視察とか言って町中を歩くだけでも護衛や世話係の人達に負担を強いるし、目を盗んで離れるなんて、その人たちがどんな罰を食らうと思っているんだろうか。
…あれ、わたし人の事言えるのかな…
いやでも護衛達の負担は私みたいな伯爵令嬢より王女様の方が段違いだし、私は抜け出しても(多分)バレてないし…
…うん、まぁあんまり偉そうなことは言わないでおこう。
本当ならそもそも護衛達から離れること自体阻止できた方がいいんだろうけど、それは流石に難しい。
王女様達ご一行に気安く近づけないし、『離れるな』なんて声をかけるわけにもいかない。
この世界のシャルロッテもそんなことするつもりがあるかは分かんないし、あったとしても無礼過ぎるからね。
それに彼女は一度さらわれて痛い目を見たおかげか、それ以降は常にだれか護衛を側に置くようになった。
もちろん悪いことをするときにはエルマンとかがその役割。
どちらにせよ誘拐とかが発生しないぶん国にとっては平和なことだ。
そんなわけで、シャルロッテには一度痛い目を見てもらった方がいい。
とはいっても、どちらにしろ本の通りなら彼女がさらわれるのは日暮れ以降のことだ。
本の通りに行かない可能性もあるけど、そうなると足取りを追いかけることもできないわけだから考えたって仕方ない。
その時間になるまではお祭りを満喫することにしよう。
昼過ぎには一度屋敷に戻って、頃合いを見計らって抜け出す予定だ。
はてさて、どうなることやら。
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夜闇が路地を暗く染め出す頃、私とリードは怪しげな通りを二人で歩いていた。
「リード、大丈夫?」
「…問題ありません」
まだシャルロッテと接触してすらいないと言うのに、リードは何だかげっそりしていた。
おそらくは、私達がこうして抜け出すためにしてくれた工作が大変だったせいで。
私とリードはお祭りではしゃぎすぎておねむになった為、早い時間だけどベッドに入った、ということになっている。
もちろんそれだけだと様子を見に来たメイド達がベッドを覗けば嘘だとバレてしまう。
そこでリードがいつぞやと同じように、闇魔術で幻術として私とリードが眠っているような光景を作り出しているんだけど…
「やっぱりコゼット様はおかしい。疲れたから休むっていう妹を心配して様子を見に来るってとこまでは分かる。でもそこで、アカネ様の睫毛がいつもより多い気がするなんてところに引っかかって首を傾げたり、小さい頃から続いてるはずの寝相の癖が無くなったとか言って心配しだすとか何なんだ!?ストーカー気質変わってねーのかよ!」
「リード、落ち着いて。一言ずつキャラが剥がれてってるから」
私の部屋に置いてきた髪飾り魔物のヒナちゃん越しに屋敷の様子をうかがっているらしく、お姉様のそんな発言が聞こえて来てはハラハラしているようだ。
私に宥められたリードは額を抑えて大きく溜息をついた。
「俺もアカネ様の寝姿は幾度となく間近で見てきましたけど、流石にそんな細かいところまで覚えてませんよ」
「……」
ぶつくさ愚痴るリードに他意は無いのかもしれないけど、私は思わず口を歪ませてしまった。
そりゃ、悪夢の度に来てもらってるから何十回と寝顔は見られてるけど、改めて言われると…
それにあの口ぶりだとリードの記憶を頼りに幻術は作り出されてるみたいだし、それくらいリードはしっかり私の姿を把握してるわけで…
睫毛の量にすら引っかかるお姉様がそれくらいしか突っ込まないってことは結構正確だというわけで…
…うん、深く考えちゃダメだな。
リードの顔を見れなくなりそうだ。
だけど何となく居たたまれないからわき腹をつねって抗議することにする。
「わっ、何ですか?」
「…何でもない」
掴めるお肉が無かった…
そういえばリード結構引き締まった体してるんだったね。
魔物の群れに突撃しても平気なくらいの剣術とか持ってるんだし。
ただ服を引っかかれただけみたいになったリードは訝し気にしつつも、ちょうど辿り着いた酒場に意識を向けることにしたようだ。
暗い路地に佇む看板には『ベルロッサの酒場』と薄汚れた文字が書かれている。
だいぶ読みにくくなってしまっているが、どちらにしろここを利用するような人間は文字が読めないか、看板を見なくても店のことを知っているんだろう。
だけど私にとっては大切な情報だった。
本の中には具体的な場所まで書いてなかったから、この店の名前をリードに伝えてあらかじめ探しておいてもらわなければたどり着けなかったと思う。
シャルロッテがさらわれるのはこの酒場から出てきて間もなくのはず。
護衛を撒いてこの酒場にやってきた彼女は、世間知らずのお嬢様よろしくとんでもなく高価な宝石を対価に料理を楽しみ、この店に集まるならず者たちにまんまと目をつけられるわけだ。
この酒場の主人は店名の通りベルロッサという名前の女性。
彼女は盗賊時代のファリオンとも交流があって、冒険者になった後もファリオンは度々この店に顔を出していた。
ベルロッサはサバサバした性格で、店の中でのもめ事は止めるけれど一歩店の外を出れば何が起きても自己責任と考える人。
しかし非情な人でもないし、シャルロッテがただの世間知らずのお嬢様ではなく出自が洒落にならないと気付ける勘の良さもあった。
もともとシャルロッテの言動を心配して見ていたファリオンは、ベルロッサに頼まれたこともあって彼女の後を追いかけ、誘拐を阻止するのだ。
「それで、中の様子はどう?」
リードがちょうど近くにいたネズミを魔物化させて、中に侵入させている。
情報を送られているらしいリードはしばらく黙って様子を伺ったあと、私の問いかけに頷いた。
「アカネ様の話の通り、王女らしき人物がいますね。まぁ…ご想像通り目立ってます」
「だよねぇ…」
見つけられたのは良かった。
これで少なくとも知らないところでシャルロッテが誘拐されるということは無くなる。
だけど大事なチェックポイントがもう一つ。
「…そこにファリオンはいる?」
私の問いかけにリードは眉根を寄せた。
「…います」
「…そっか」
驚きとも落胆ともつかないため息が漏れた。
ファリオンが盗賊時代から通っていた店とはいえ、本の中の彼とこの世界の彼は進んでいる道が変わってきている。
この場にいない可能性もそれなりに高かった。
でもそっかぁ…居るのか…
テンションが上がらない私の様子を見て、リードは意外そうに眼を向けて来たけれどすぐに反らした。
「…まぁ、彼が王女を助けるとは限りませんね」
そこを心配してテンションが低いのだと受け取ったらしい。
もちろん私もそれは考えてる。
だけど私が一番心配してるのはそこじゃない。
むしろ逆だ。
「もしファリオンが動いたとしても、できれば私達が先に助けよう」
そんな私の言葉に、リードは目を丸くした。
シャルロッテの誘拐を阻止したいという話しかしていなかったから、本の中の通りにファリオンが動けば静観すると思っていたようだ。
「それはまた、何故?」
「何故って…」
むしろ何故分からないのか。
「言ったでしょ、本の中ではこれをきっかけにファリオンは勇者になったんだよ。今は盗賊のままだけど、さすがに王女を助けるなんてことがあったら王宮に招かれる可能性はあるし、そしたら聖剣を手に取る流れにならないとも限らない」
「…まるで、彼が勇者になるのを阻止したいような口ぶりですね」
この期に及んで何を言っているんだ。
目を丸くしているリードにこちらが驚く。
「当たり前でしょ、ファリオンが勇者になったらリードが討伐されるかもしれないんだから」
今の世界は本の世界とは違う。
だけど本の中では勇者ファリオンが魔王ヴィンリードを打ち倒したのは事実で、できるだけ不安の芽は取り除いた方がいい。
けれどそこまで説明しても、リードはポカンとした顔のままだ。
「俺の身の安全を優先するんですか?」
「…あのね、私のことどれだけ薄情な人間だと思ってるわけ?」
確かに私のファリオンへの執念を見せつけてしまってるから偉そうな事は言えないけどさぁ。
勇者にならないとファリオンが死ぬとか世界滅亡とかでもないのに、リードが殺される危険性を高めてまで勇者ファリオンを見たいなんて思っていない。
「ファリオン・ヴォルシュがお好きなんでしょう?」
「…私が本の中のファリオンを好きなのは事実。で、そのファリオンが勇者だったってだけで私は勇者が好きなわけじゃないの。勇者だろうが魔王だろうが、私はファリオンのこと好きになってたよ」
私が胸打たれたのは勇者ファリオンとしてのカッコよさ…
も、まぁ影響が無かったとは言わないけど、その真っすぐな信念とかマリーにかけてくれた言葉の暖かさだ。
そんな私の返答に、リードは何だか口をもごもごさせて複雑そうな表情をした後、『そうですか』と小さく呟いた。
私も勢いで口走った内容がなかなかのものだったことに気付いて居たたまれなくなる。
さんざん大声で話してしまったけれど、大通りから人がやって来ることもなければ、この薄暗い路地を通りかかる人がこちらに視線をやることもない。
リードの風魔術による消音のおかげだ。
更にお互い姿を消す闇魔術もかけているから、周囲に私達の姿が見つかることは無い。
私達と同レベル以上の魔力の持ち主でなければ見破れないから…
私達を見つけられるとしたらマリーくらいかな?
気まずい沈黙が落ちる私達を助けるかのように、酒場の扉が開いた。
そこから出てきたのは黒髪の美少女。
大きな緑の瞳に重そうなほど長い睫毛がかかり、濃い影を落としている。
桜色の唇は機嫌よさそうに弧を描き、真っ白な肌が薄暗い路地では輝いて見えた。
さらに、地味な服装をしてはいても、どうしても近くで見ると上質な布であることが分かってしまう。
…どこからどう見ても高貴な身分のお嬢様。
だけど本人はうまく隠せているつもり。
もちろん、彼女こそこの国の王女様、シャルロッテだ。
しっかり手入れされていることが分かる癖一つないストレートの黒髪。
それだけでも育ちの良さが分かってしまうことなど知る由もない彼女は、機嫌良さそうに暗い小道を歩きだす。
もちろんこちらに気付いている様子は無い。
そしてその後を追うように静かに酒場の扉が開いた。
いかにもならず者と分かるような下卑た笑みを浮かべる男二人と…
その中では浮いてしまうくらい精悍ながら綺麗な顔立ちをした、銀色の髪の美青年。
…あれ、ファリオン?
その姿を見てときめくより先に戸惑う。
ファリオンは誘拐を止めに来たんだろうか。
だけど、それにしては他の男たちと距離が…
…ん、待ってよ、まさか。
シャルロッテの後を追うように、ファリオン達三人は素早く駆け出してその細い体を抱きこみ、口元を抑え込んだ。
「ええええええ!?」
そっち!?
いつもご覧いただきありがとうございます。
予想していた方もいらっしゃるかもしれませんが、盗賊なのでそっち側です。




