クリスマスイブは首吊りで
初めての短編です。クリスマスの日にどうか読んでみてください。
ーーサンタクロースは架空の人物でホントはそんな人間は存在しないーー
幼い頃、酒に酔った父に言われたこの1言がきっかけで僕はいつしかクリスマスという行事が嫌いになっていた。子供が味わうにはあまりにも過酷な挫折だと今でも思うし飛んだ幻想砕きなのも今思う。
「いい子にしていればサンタさんが来る」
あぁ!なんて哀れな言葉なんだ!サンタさんはみんな往々にして自分の保護者であるというのに、夢を持つわんぱく盛りの子供には辛すぎる無理強いであり強制だ。いい子にしてれば来る?違うね、生活が苦しくなければプレゼントをやるの間違いだろう。
そんな掃きだめ以下の汚臭を放つ戯言を抱きながら、僕ーー葛城宗太(21歳)は大学のパリピどもと群れる訳でもなくただ1人、腐り果てた瞳で街灯照らす12月24日の街を練り歩いていた。
別に好きでこんな所歩いているわけではない。ただーーコマーシャルに流れてた某ファーストフード店のターキーが無性に食べたくなったからだ。だから今はそのお目当てのターキーが入った袋を右手に持ちながら1人寂しい家へと向かう際中なのです。クリぼっちも食欲には勝てないんだよ。
1刻も早く家に帰ってターキーにむしゃぶりつきたい僕は、近道のつもりで普段寄ることのない公園を通ることにした。昼はサンタを信じているであろう純真無垢な子供であふれる公園も、夜に切り替わると誰もいないものだーーーーそういないはずだった。
今思うと、この時の僕はひたすら賑やかなな喧騒から抜け出したいという一心で冷静さを欠いていたんだろう。だからそんな焦りが引き金となって、僕は”奴”と会ってしまったんだろう。そうその奴とはーー
真っ赤な服に白い眉毛と顎まで蓄えられた髭、180センチは優に超える身長とふくよかな体、顔たちは西洋風の中年男性、何かが大量に詰まっているであろう大きな袋、側に控えているのは本物のトナカイを括り付けたソリ。まさしくサンタクロースと表現するにふさわしいそいつはーーー
「もういやだ...死のう...私みたいなゴミ野郎がプレゼントなんか配っても意味なんかないんだ...」
ーーーーイヤに流暢な日本語を吐きながら首を吊ろうとしていたーーーーー
「ちょちょちょ!!!ちょっと!?何してんですかアンタ!!」
偶々通りかかったとはいえ、クリスマスイブに首吊り死体を拝んでターキーなんか食べたら堪ったもんじゃない!そう考えるより先に僕はそのサンタが縄をかけようとしている気に駆け寄り必死で止めることにした。
「あぁ!!放してください!!私はサンタをしてはいけない人間なんです!!」
「知るかんなもん!!いいから落ち着け!!今俺の目の前で死んだらターキーがマズくなるだろうが!!」
「あなた結構辛辣ですね!?」
夜中だってのに大の男が喚きあう姿は、まるで痩せ犬の餌の取り合いみたいに見苦しいものであったが僕は今日の夕食の為に、サンタは死ぬ為に熾烈な争いを広げるのであった。
ーーー閑話休題ーーー
ひとまず僕はサンタを落ち着かせて公園の冷たいベンチに座らせた。サンタも僕も互いにもみくちゃになったからお互い肩で息をしていた。見る人が見れば事後と勘違いしそうな光景を引き裂いたのは、意外にも僕の声だった。
「はぁ..はぁ...一応確認しますけど...あなたサンタクロースですよね..?」
僕の質問を聞くとサンタはギョッとした顔を一瞬したかと思うと唐突に答え始めた。
「はぁ..はぁ..?ソウデスヨーワタシサンタデスヨーホクオウシュッシンデスヨー」
「嘘つけぇ!!サンタがそんな日本語流暢で首吊ろうとする訳ねぇだろうが!!今更片言になるんじゃねぇよ!!」
「ヒィッ!!?スイマセン!!ホントは私熊本出身です!!」
「はぁ..やっぱりな。でぇ?そんなサンタさんが何でこんな公園で首吊ろうとしてんだよ?」
常人なら普通聞きたくなるであろう質問をした途端、サンタは唐突に泣き出し始めた。すすり泣きとかではなくガチの男泣きだ。なんだこの情緒不安定サンタ。
「VAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNN!!!!」
「うぉいうぉい!!急にどうしたんだよアンタ!?落ち着けってば!!」
それから約10分間...サンタの男泣きは寂れた公園に木霊した。正直もう帰りたかったが、ここで帰ったらまたこのサンタ首吊りそうな気がしそうな気がしたので、心底嫌な顔で僕はサンタが泣き止むまで待ったやることにした。
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「ヒグッ...ウグッ...わだじ..ホントにザンダグローズなんです..」
10分後、サンタは鼻をズビズビ啜りながら独白を始めた。袋の中のターキーはすっかり冷めていたがもうそんなこともどうでも良くなっていた。このサンタが何を思って首を吊ろうとしたのかで頭の中が一杯になっていた。
「熊本の天草で..この横にいるトナカイと一緒に空を飛んでプレゼント配っていたんです..」
サンタの言葉を聞いた途端僕はたまらず吹き出してしまった。どうやらこのおっさん随分と自分がサンタであることの設定を凝っているようでそれが随分滑稽だった。
「クッハッハッハッ!!何だそれ!!サンタなんかいるわけねぇし、空を飛ぶなんて冗談だとしても下らなさすぎる!!」
僕の嘲りを聞くとサンタは、少しムッとしたかと思うと唐突に立ち上がった。座っていたベンチからミシッ言う嫌な音が聞こえてきたが、それよりも僕はサンタのほら話がどこまで通じるのか見てみたくて好奇の目でサンタを見つめることにした。
「いえ...ホントです。証拠見てみますか...?驚かないでくださいね?」
そう言うとサンタは涙を溜めた瞳で側で退屈そうに控えてたトナカイを連れたソリに騎乗した。--直後目を疑う光景が広がった。ひとたびサンタがトナカイに鞭を打つと、ごく当たり前のようにソリがーーー
「浮いたぁ...」
おいおいマジかよ、浮いちゃったよ。種も仕掛けもなく浮いちゃったよ。嘘でしょ、生まれて21年間サンタの存在を否定されて以降、クリスマスを嫌悪し続けた僕の目の前に本物サンタさん来ちゃったよ。なにこれ僕殺されるの?サンタさんに直々に殺されるの?
「分かっていただいたようですね..?では話を戻しますね...二十年間田舎町である天草で子供たちにプレゼントを配達し続ける日々は幸せでした..。なんせ彼らは私がいることを信じて疑わなかったんですからね。言ってしまえば私は彼らに存在を信じてもらえたからここまで生きてこれたんです..」
「はぁ..因みにあなた今何歳なんですか?」
「58歳です。」
「意外とお年をめしてた...」
しかし存在を信じてもらえたからここまで生きてこれた...ねぇ..。その言い方は言いすぎなんじゃないのか?今の時代、サンタの存在を信じている子供もそうおらんだろ。僕とかその典型的なパターンだしな、子供じゃないけど。
「ですが...そんな充実した日々は突然無くなりました..。あれは8年前の事です。それまで熊本で穏やかにプレゼント配りをしていた私は急遽、東京への移動を食らいました。環境が変わることは不安でしたが、それでも頑張ろうと思いました。」
「...いろいろ突っ込みたいところだけど我慢するわ」
「ですが東京での生活は地獄でした。なぜなら子供たちがが全然サンタを信じていなかったんです..!私のこの格好を見ても..サンタのコスプレをした痛いおっさんとしか見られないんです...!この苦しみが分かりますか!!自分自身を否定されるこの感覚が!!」
急に叫び訴えかけてきたサンタに思わず物怖じするが、それでも僕のひねくれた減らず口は黙らなかった。けれど、黙らない減らず口が僕自身のサンタに対する興味を示していたのは紛れもない事実であった。
「でもさぁ..?その自分自身を否定されるだけで地獄ってもんか?考えすぎだと思うんだけど..?」
「いえ..私達サンタにとって人々から否定されるというのは言わば精力がなくなることと同じなんです。ご存じないと思いますが..私たちにとってサンタであると信じられること、つまりは信仰ですね。信仰が足りないと私達サンタは存在意義を失い..最終的には自ら死にます」
「死ぬの!?」
これには驚かざるを得なかった。サンタが人々の信仰によって成り立っているなんて妖精というよりまるで神様じゃないか。正直そんなこと考えたこともなかったし出来れば信じたくもないけど、今自分の真横に本物のサンタがいるんだからどうしようもない。
確かに時代が変わるにつれ、僕らはいつの間にかサンタさんにプレゼントをお願いする事をひどく幼稚なことだと思い込まされていた。汚い大人に汚い現実を突きつけられて、それを鵜呑みにする...それだけの行為がこの目の前のサンタ一人の心を痛めつけていたのだと感じると何故だかどうしようもなく空虚な気持ちになっていた。
暗闇と静寂が張り詰める中、涙目のサンタを見る僕の視線はいつしか同情とも悲しみともとれる複雑な目に変わっていた。
「あ、あのさ...その袋の中って何が入ってるんだ?」
「...あぁ..これですか。捨てようと思ってたんですけどね...」
自嘲気味の笑いを浮かべながら、サンタは袋を紐解くと僕の方に見せてくれた。そこにあったのはーーー
古ぼけたテディベアの人形、今じゃ持ってる子も少ないであろうDSライト、作るのが異様にめんどくさい記憶があるMGガンプラ、真っ黒なウォークマン、アニメのVHS、リカちゃん人形...いずれもあまり時代に沿っているとは言い難い代物ばかりが顔を覗かせていた。
「これでも頑張って子供たちの喜ぶものを考えたんですけどね...今の時代の子供の事はよくわからないものでですね、ニンテンドースイッチだとかPS4などと言われても私のような爺にはどうにも分からないものなんです。」
「過去を尊ぶつもりなんて毛頭ないんですが、今の子供たちは皆両手では抱えきれない欲を抱いてしまっているのが私は悲しいですしそのニーズに応えられない自分の不甲斐なさにもまた悲しくなるんです...」
そう言うとサンタはまたグズグズ鼻を鳴らし始めた。それが冬の寒さによるものなのか、何の期待にも応えられない自分自身のやるせなさによるものなのか...僕には分からなかった。
空回りする努力がいかに空しいのかを僕は真の意味ではまだ知らない...。けれどもこのサンタが8年間そんな虚しさによる苦しみを味わっていたのかと考えると、それがどれほど自身の無力さを味わうのかは想像に難くなかった。子供を笑顔にするのが仕事なのにそれができない...なんて悲劇なんだ。
雪のように冷たく重い空気が張り詰める中、僕はサンタにかける言葉を必死で探していた。会って間もないし僕よりずっと年上で僕よりずっと悲しみを背負っているその人が、どうにかして生きる活路を見出してくれないかと気付けば僕は必死になって模索していた。
今このサンタは誰かに必要とされていたい、誰かに自分がいらない存在であることを否定してほしい、自分のやったことが無駄ではないと言われたい...でもそんな言葉を、こんな僕が言っていいのか?つい最近までサンタどころかクリスマスを嫌悪していたこの僕が。それを言っても薄情な僕の言葉がサンタを逆に傷付けてしまうのではとも考えた。
「...スイマセンね、勝手に話し込んじゃって。それじゃ私はもう行きますので...こんな老いぼれサンタの話を聞いてくれてありがとうございました。」
ーーーダメだ!行かないでくれ!あなたは僕のもとを去ればまたどこかで死ぬつもりなんだろう!?それだけはダメだ!!ーーー
思いついた引き留めの言葉は、けれど口の中でもごもごと螺旋するばかりで言葉として出ることはなかった。あぁ...サンタがベンチを立って一歩ずつ一歩ずつどこかへ行こうとしている..。何か!何か!?何か彼を引き留める言葉は...!
「あっ!あの!!」
「ん?何ですか?」
「ぼ、僕とっ!!!!」
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ご拝読ありがとうございました。今回オチはあえて付けませんでした。何故かって?この物語にトゥルーエンドもなければバッドエンドもないんです。主人公がサンタに何を言ったのか...その結果どうなったのかは読者の皆さんの想像に委ねる事こそが正しいと思いました。
またいつか暇ならこうして短編を綴ろうかなと思います。次はきっとオチをつける(多分)
それではまたどこかで会いましょう!また来年!!