第2章 熱砂の要塞 Act5奈落 Part3
リーンは追い求めていた。
自分が誰なのかを・・・
本当の自分は一体何者なのかを。
「そうだマーガネット・・・おまえはその事実をどうやって知ろうというのだ?
誰も・・・己さえも知らない事実を。
幼き日の記憶を失った者が、何をヒントにする事が出来るというのだ?」
ドートルが尋ねる。
「出来るかどうかは解らない。
だけど私は知らなくてはいけない。
自分が誰で、何の目的で此処に居るのかを・・・」
金髪の乙女が真実を求める。
「なあマーガネット。
人間は知る権利を持っている。
自分が生きている証を求める権利を持っている。
しかし、知ったとしてその後どう生きていくのかは、己が決めねばならない。
果しておまえに運命を切り開く事が出来るかどうか・・・
それは誰にも解らないのだ」
ドートルは真実を求める乙女へ、諭す様に言う。
「知るなとは言わない。
知った上でおまえがどの道を選ぶかが問題なのだ」
乙女の肩に手を添えて、
「王女としてこのまま生き続ける道も残されているのだぞ、マーガネット。
<リーン・フェアリアル・マーガネット>・・・」
乙女の名を呼んだ。
「それは、この墓に眠る幼き王女の名。
知ってしまったこの私には名乗るべき名は見つかっていないわ、ドートル叔父さん」
悲しげに答えたリーンだった者に、
「では今は何と呼べば良い?・・・宰相姫よ」
役名で訊くドートルにリーンだった乙女が答える。
「本当の名が見つかるまでは、リーンと呼べばいい・・・
それがこの墓に眠る王女の為にもなる・・・そう思うから」
金髪の乙女はリーンと名乗り、翳りのある笑みで白髪の中将を見た。
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「リーン王女殿下!どちらへ行かれていたのですか?
皇太子姫様がお待ちでございます!」
政務官補達がリーンの姿を見つけて呼びに来る。
「ええ・・・解りました・・・」
力無く答えたリーンは、そのまま王宮の広間へと向かう。
「まあ!リーン。今迄何処へ行っていたの?」
怒るより窘めるとでも言った口調で、ユーリが迎える。
「内閣の親任式に出席しないのは、この内閣を認めないって事と同じなのよ。
解っているのかしら、この娘は・・・」
困った顔を向けてユーリが話すと。
「すみません・・・皇太子姫様」
力なくリーンが謝る。
「い・・・いいえ。解ってくれるのならいいのよ」
余所余所しく謝罪を受けるユーリに頭を下げたリーンが、
直ぐにその場を離れようとする。
「待ちなさい、宰相姫。どこへ行くというの?」
ユーリが引き止める中、歩み続けるリーンが答えた。
「今一度、皇父様に尋ねたい事がありますので・・・」
振り返らぬリーンにユーリが走り寄り掴むと、
「待ってリーン。あなたは何をしようとしているの?」
問い質した。
< バ ッ >
その手を振り解くと、リーンが叫ぶ。
「皇太子姫には関係が無い事です。
私は自分を知りたいだけなのです。本当は何者なのかを!」
ユーリの顔を見ずに、リーンは再び歩み始めた。
「リーン・・・」
振り解かれた手を、その背に伸ばしてユーリは悲しげに妹の名を呼んだ。
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父王は娘の名を呼んだ。
「リーンよ、そなたは誰に知らされたというのだ。
その話を信じて今此処に居るというのだな」
金髪の乙女を前に、現王は話す。
「はい・・・墓石に刻まれた名を観た時から。
ですから教えて下さい。
私はどうしてリーンの名を名乗らされたのか。
そして私は一体何者なのかを・・・教えて頂きたいのです」
真実を求める瞳は、父王に願っている。
<私は何者なのか>・・・と。
「そうか・・・いつかはこの日が来るだろうと思ってはいたが。
出来るならば、そなたが女王となってから知って欲しかった・・・」
ポツリと呟く父王に、金髪の乙女が再び訊いた。
「最初に教えて・・・私の名を」
だが、父王は首を振った。
「それは、そなたが見つけなくてはならない事なのだリーンよ。
今、そなたに教えられる事といえば、
なぜそなたをリーンとして育ててきたのかという事だけなのだ」
名を告げる事を拒む父王に、
「名を告げられない理由が、その話に含まれているというのなら・・・教えて下さい」
少しでも自分を知りたい乙女が求めた。
「宜しい・・・では、心して聴きなさいリーン。
決して知ったとしても心を乱してはいけない。
・・・あれは今より11年前の事だった・・・」
父王が、語り始めた。
このフェアリアで起きた出来事を。
「リーンが・・・私の2番目の娘リーンが、ある日2人となった。
それはあの娘が<神の祠>に行った時の事だった・・・
その日、リーンは胸にそなたが今、身に着けている魔法石を携えていた。
リーンは<神の祠>に入ってしまった・・・そして。
中から出て来た時、リーンは2人になっていた。
いいや、正確には影を伴ってきたと言うのが正しいのかも知れない。
リーンという人間を神が・・・幼き王女リーンの姿を模った神が伴に出て来たとも言える。
何が祠の中であったのか・・・当のリーンに訊いても只一言だけ返しただけなのだ。
<私の身体を借りるって言ってたわ、あの人が・・・>
そう言って幼きそなたを指差したのだ。
その日以来、そなたはリーンの影となった。
あの日が来るまでは・・・」
そこで話を切った父王が、乙女を見る。
只呆然と話を聴き続ける乙女は、何かを求める様な瞳で父王を見詰めていた。
皇父の元で、話を聴き続けるリーン。
やがて自分を知るチャンスを得るのだった。
唯一人で其処へと向かう決心を告げたのだった・・・
次回 奈落 Part4
君は真実を追い求め続ける旅人なのか?




