第2章 熱砂の要塞 Act4 再臨 Part1
「あなたが第1王女ラル・・・そうなのね」
ミハルは睨みつける悪霊の如き姿に堕とした王女の魂に話す。
「だとしたら何だというのだ、魔法使いの娘」
赤黒く澱んだ瞳をミハルに向けて、ラルの怨霊が呪の言葉を吐く。
「我が父王は、国を滅ぼす。
我が望みを跳ね除けた国王は民を苦しめ続ける・・・
死をもって濯がねばならぬ。
我が呪いを邪魔する者は、その命を我に差し出せ」
黒い霧を発散する邪な魂は、既に闇へ堕ちていた。
「王女ラルの魂に告ぐ。
邪な怨念を捨てなさい。
呪いを解いて自分の魂があるべき所へ帰るのです。
さもなくば私がその魂を地獄へ堕とす!」
ラルの魂に向け指を差し、ミハルは言い放つ。
「地獄へ墜ちるのは、この国王だ。
自らの愚かさを棚に挙げ、国民を虐げ、苦しめ続ける・・・
こんな政治で国を治められる筈もない・・・
我は民の心を知る王女なり、民の願いを知る者なり。
我の望みは民の願いなり・・・」
王女ラルの怨霊が、ミハルに闇を吐く。
「王女ラル。
あなたの言う事が本当ならば、なぜ呪いを掛ける。
現実世界でその願いを適え様としない。
こんな術で国王を呪い殺して、その願いが遂げられると思うのですか!
あなたはなぜ生きて闘わないのです!
あなたは現実から逃げているだけです!」
ミハルはラルの魂に挑む。
いや、闇に堕ちた弱き魂を救おうと試みる。
「そなた・・・名をなんと云う?
我が魂に呼びかける、そなたの名をここへ示せ」
ミハルの気迫に動揺するラルの悪霊が名を求める。
「私はミハル。
オスマンの王女ラルの魂に告げます。救いの時を待つのです。
この<破邪なる者>ミハルが、必ず救って差し上げます。
この・・・石に賭けて」
ミハルは右手の魔法石を差し出して、ラルの魂に輝きを見せる。
「ああ・・・その光は。
神の光・・・神が放つ力を顕す聖なる光・・・」
ラルの瞳に映る碧き輝き。
「信じてみませんか王女ラル。
頼ってみませんか、神の力に」
ミハルは優しく諭す様に言った。
碧き輝きを放つ魔法石を見入っていたラルが、悶えるみたいに手を指し伸ばし、
「神よ・・・救いたまえ。
我よりも民を・・・我が国民の苦しみを救いたまえ。
我が身よりも、この国を救いたまえ」
ラル王女の願いは本物だった。
「そう・・・あなたは自分よりも民を救いたいと願うのね。
それがあなたの偽りの無い願いだと言うんだね。
・・・王女ラル・・・あなたこそ国王に相応しい。
だから生きるのです、邪な呪いを捨て。
一生を全うするべきです」
ミハルが諭す、生きて闘えと。
逃げずに向き合えと・・・それが生きると言う事だと。
「ミハル・・・あなたが私を救ってくれるの?
ミークや、シャルレットだけでなく・・・私も?」
邪な気配が薄れゆく中、ラル王女の魂が訊いてくる。
「勿論です、ラル王女。
そしてこの国をあなたが治めるのです。妹姫と力を合わせて。
生きて生きて、生き続けるのです。諦めてはいけませんよ」
王女の魂を諭すミハル。
「ええミハル。
どんなに苦しめられたって耐えて待っているから・・・
必ず救いに来て。
お願いします<破邪なる者>ミハル・・・待っているわ」
邪な王女の魂は、神の力で浄化され、再び闇の中へ閉じ込められていった。
「ええ王女ラル。必ず闇を打ち破って救い出してあげます・・・待っていて」
消えたラル王女の魂に、救い出す事を約束したミハルの瞳が鋭さを増し、
「そこの邪な者!
ラル王女は抗う力を取り戻したわ!諦める事ね。
それに私があなたの事を気付かないとでも思っていたの!」
隠れている者に言い放った。
「神の力を持つ娘か・・・なるほど。
こいつは手強そうだ・・・だがな・・・」
寝所の隅から現れてミハルを見詰める者が言う。
「国王の命は我が手にある。
今ここで殺してしまえば、お前がラル王女を救う前にこの国は滅び去る事となるぞ」
影の様な薄暗い姿の悪魔が、ミハルを睨んで凄むが。
「あなたがラル王女をここへ連れて来た悪魔なの?
この国を滅ぼすのなら、初めっから王を殺していた筈。
こんなまどろっこしい事をするには訳があるんでしょ。何が目的なのよ」
ミハルは意に介さず問う。
「くっくっくっ、訳だと?
神の力を持つ者といっても、所詮は小娘というところか」
嘲笑う悪魔がミハルを小馬鹿にしたのを聞いて、グランがミハルに尋ねた。
「ミハル・・・消し去っていいか?この小悪魔を」
主人を馬鹿にした者に、怒りを向けた白獅子を宥めるようにミハルが停める。
「待ってグラン。もう少し調べたいの」
諌めたミハルが、一歩前へ進み、
「じゃあ小娘が訊くわ。
国王を直ぐに殺さずにいたのは、ラル王女を貶める為。
自らの呪いで父王を亡き者として、完全に闇の者とする為。
そしてその闇の魂のまま身体に戻す。
そうすればこの国は一層悲惨な事となる・・・王女によって。
どう?違うかしら」
静かな口調で悪魔に告げて、
「あなた達悪魔は、より多くの魂を奪う事が出来る。
内乱なんかではなく、他国との戦争によって・・・ね」
右手を翳し、睨みつける。
「・・・。小娘・・・貴様・・・」
うろたえた様に後退る悪魔。
「そう・・・やはりね。
良く解ったわ、悪魔さん。
あなた達は事を急ぎ始めたっていうのが。
大量の命を奪う方法をこの国だけではなく、世界中に広めようとしているのが」
ミハルの瞳が鋭く悪魔を射る。
「くっくっくっ、我々は最早待っておられない。
あの人間如きの指図で動いていては望みなど、到底果せられない。
我々闇の願いの為には人間の魂が要る。しかも大量にだ!」
ミハルに抗う様に、悪魔が教えた。
その言葉にミハルが頷く。
「そう・・・クワイガンの指図ではなかったのね。
別の邪なる者があなたの主人って訳なんだ。
その主人って、何者なの?」
掲げた右手のブレスレットが輝きを放つ。
「言うと思うか小娘。
我が主の名を下僕などが口に出来ると思うか!」
悪魔はその輝きに照らされ、本性を現した。
それは醜い豚の様なブヨブヨとした獣の姿。
「うえっ・・・不味そうな悪魔だ。喰らうのも躊躇うな・・・ミハル」
グランが心底嫌そうな顔で悪態を吐く。
「そうだね・・・」
答えたミハルの声色がおかしい事に気付いたグランが、
ミハルの顔を覗きこんで口を噤む。
その表情は驚きと悲しみが交じり合って、影を落としていた。
「ミハル?」
グランの声に、我に返ったミハルが、
「もう、この悪魔に訊く必要がないから。
・・・グラン、お願いするわ」
右手の人差し指を悪魔に向けて、聖獣に下命する。
「邪なる者を喰らい破れ、我が聖獣よ!」
ミハルの命に、グランは躊躇う事も無く悪魔に踊りかかる。
「ひっ!まっ、待て!まだ何も・・・」
逃げる事も、構える事さえも間に合わず、悪魔はグランの牙の前に一撃で葬り去られる。
<グルオオオオォッ>
悪魔を喰らい地獄の底へ堕とす聖獣。
神のみが下僕と出来る、その気高き獣に因って悪魔は消し去られた。
叫び声一つ上げる事も叶わず。
グランですます。
悪魔を地獄に堕とした後、私めが気付いたのは主人ミハルの顔色。
深刻なその表情・・・悲しげな瞳の色・・・
私めに出来る事は・・・?
次回 再臨 Part2
君の観た者は・・・まさか!?




