第2章 熱砂の要塞 Act3請う者乞われる者 Part1
「さあ・・・これでよし」
回復魔法を掛け終えたミハルがシャルに言って教えた。
「ありがとうございます、ミハル分隊長」
シャルの笑顔に頷いたミハルが立ち上がる。
「あ・・・あの。訊いてもいいですか?」
漸く起き上がったチアキがミハルを見上げて尋ねる。
「どうやってここへ?
闇の結界をどうやって破って入って来られたのですか?
どうやってここまで来られたのです?」
見上げて訊くチアキに背を向けたミハルは、答えを返さずシャルに、
「魂は皆に還ったようね。
先ずは来客に先程の魔獣は幻だったと思わせる事ね」
起き上がって周りを見回している客人達に、右手を翳したミハルが術を掛ける。
そう・・・アキレスの術を。
記憶を書き換える魔法を。
「客人達は何も覚えていないわ。
魔物に魂を奪われた事も。いえ、今ここで何があったかという事も。
だから、王女シャルレット・・・あなたが導きなさい、この後は」
それだけ告げると、ミハルは広間を後に歩き出した。
「ミハル分隊長、どちらへ行かれるのです?」
チアキがその後姿に尋ねる。
「私の質問に答えて下さいっ。
中尉は一体どこでこんな力を?
一体何があったのです!?」
だが、チアキの問いに答えは返っては来なかった。
広間を後に、ミハルは再び姿を消した。
「チアキ・・・今は式典を終えよう。
それからもう一度話を訊こうよ・・・ね」
チアキの手を握ってシャルが式典の壇上に戻る。
「う・・・うん。解ったよシャル。
続きを始めて・・・私は後ろに控えているから」
シャルを壇上に戻し、チアキはその後ろに立つ。
そして周りの気配を探りながら、ミハルが消えた処を見て思った。
ーミハル中尉はどうやって結界を破ったのかな。
どこから現れたのだろう。そしてあの力はどうやって手にしたのだろう。
凄い魔法力・・・いいや。
神の物とも想える力を -
見詰める先に、あの時見たミハルの微笑が過ぎる。
ーミハル中尉・・・ありがとうございました -
心で礼を告げるチアキの前で、再びシャルが話し始めた。
「ミハルぅ・・・あれで良かったのか?」
戻って来たミハルに、ぬいぐるみが言った。
「うん・・・教えていると話が長くなるから」
ふわふわ浮くライオンのぬいぐるみに、ミハルが微笑んだ。
「しかしなあ・・・まあ、逃げられちゃったんじゃあ、仕方ないが」
ライオンのぬいぐるみが、ミハルの肩に載りかかる。
「うん・・・闇の中に逃げられちゃったんだ。
やっぱり、あの娘はもう魔王の寄り代となっちゃってるんだ・・・悲しいけど」
微笑みの中に悲しみを含ませたミハルが言った。
「まあ・・・相手が魔王と言うのなら、普通の人間では抗えないからな。
な、そうだったろうミハルも・・・さ」
ぬいぐるみはミハルの気を紛わそうと軽口を叩いた。
「そうだね・・・って、グラン。ルシちゃんの事を悪く言うと怒るからね」
グランの気使いに感謝するように、ミハルは笑顔を向ける。
「で。話は変わるが、ミハル」
真顔になったグランが話す。
「ん・・・リーンの事?それとも魔王の話?」
此処へ来る途中で話せていなかった話題に触れた。
「いいや、違う。
ミハルのここに乗っているのが辛いんだが。
この魔法衣の力が・・・な」
真顔でグランが言ってきた。
「あ・・・そうなんだ。じゃあ上着を脱ぐから」
ミハルはするっと碧い上着を脱ぐと、
「はら、グラン。これなら大丈夫でしょ、おいで!」
左手を差し出しグランを求めた。
「う・・・うむ。ミハル・・・何か勘違いしてるだろ?
オレが言っているのは、今のミハルは前と違う。
つまり今のミハルに近寄れるのは、改めて契約しないと駄目だって事なのさ。
力を上げたミハルにオレなんかが傍に寄れるなんて・・・
身の程を弁えないにも程がある・・・からな」
羽根をパタつかせ、浮き上がるぬいぐるみが頭を搔いた。
「う~ん、そういうものなの?でも、また契約するって事は・・・」
ミハルがグランと契約した時のことを想い出して頬を紅く染めた。
「うむ。
オレに魂を晒して契る。
・・・別に変じゃないだろ?何か問題でもあるのかミハル?」
ぬいぐるみが不思議そうに訊くと。
「大ありよ・・・だってグランはいいよ、元々・・・毛で覆われているんだから。
モフモフなんだもん。
私は何も羽織る事出来ないんだから・・・恥ずかし・・・い・・・よぉ」
真っ赤になって困ってしまう<損な娘>。
「誰も見ている訳じゃないだろ?
結界でカバーしてるし、魂なんだから。
神でもなければ覗ける筈もないんだから。
再契約してくれないとオレが困る。
オレが困ると言う事はミハルも困る・・・だろ?」
半ば脅し文句のようにグランが言うのを上目使いに見るミハルが諦めた様に頷いた。
「しょうがないなぁ。
グランが来てくれなかったら、チアキ達の危機にも間に合わなかったんだから。
これからもグランのお世話が必要になるだろうから・・・
でも、グラン。私と再契約って、本当に必要な事なの?」
<ギクリ>
惚けたライオンのぬいぐるみが、飛び跳ねた。
「な・・・なにを言うんだミハル。
必要に決まってるじゃないか。
だってその上着を羽織られたらまだ魔獣なオレは、
その肩に乗る事は、ダメージを喰らうって事なんだぞ。
碧き魔法衣には神の力が宿ってるんだから」
慌てて言い繕うグランをジト目で眺めて、
「肩に載りたいだけ?もしかして・・・」
<ギクリ>
ミハルの一言に更に動揺するまぬけなぬいぐるみ。
「さ・・・さあ!再契約するぞミハル!」
グランはミハルに乞う。
「ミハル、肩に載る事よりも。
もっと大事な話なんだ。オレを・・・オレの事を。
魔獣から解き放ってくれ!
そして本当の下僕としてくれ。
リーン様の為にも、女神様を救う為にも!」
それは偽りの無い気持ち。
その瞳は真心を表している輝き。
「リーンの?
・・・そっか、グランは私の話をちゃんと聴いてくれてたんだね」
ぬいぐるみの瞳を信じて、ミハルが右手を差し出す。
「勿論さ。
だからフェアリアに残ったんだ。
女神様を護る為に・・・でも。
ミハルの事が心配で来てしまった。
予想していたよりずっと強くなっていたけど・・・な」
光の結界が張られる中、ミハルとグランが笑い合う。
「そう・・・力を授かったの、アキレス神の。
古の戦神の力を・・・ね」
「ああ・・・そうみたいだ。
だからオレもミハルの下僕となれれば、魔獣から使徒となれる。
そう・・・オレはミハルの獅子となって護り続ける事が出来るんだ。
もう、身を隠さずとも・・・もう闇に潜まずとも!」
請う者乞われる者の魂が一つになった・・・
グランの求めにミハルも応じる。
請う者と乞われる者の魂が一つに重なる。
闇に属していた者が、神の力を・・・ミハルの救いを求める。
2人の帰りを待つ者に現したその姿は・・・
次回 請う者乞われる者 Part2
君の見上げる瞳に映るのは・・・聖獣の勇姿!




