第2章 熱砂の要塞 Act1忘却の彼方 Part3
ミハルは水晶に試される。
<光と闇を抱く者>たる魔法少女が、如何なる者かを。
そして・・・
その人が言った。
「 あ・・・」
声を呑んだ。
目の前に漂うのは。
「ル・・・シ・・・ちゃん?」
紅い毛玉が、ふわふわ空中を漂う。
「ミハル・・・諦めるな!どんな時でも。どんなに苦しく辛くとも」
毛玉の姿が徐々に人の姿に変わる。
闇の中で・・・。
「ルシ・・・ファー?」
人の姿となり、背を向けた男に手を差し伸ばす。
「闇の中から私を護って・・・魂を<無>へと、替えさせなかったのは。
私がミハエルさんの生まれ変わりだから?
それとも私の事が!?」
あの時には知らず、今となって気付いた想いをその背に訊くミハルに、
「さあなミハル。またどこかで逢う事もあるだろう。
その時まで余の力を授けるよ。
決して間違ったりするな。決して闇に負けるんじゃないぞミハル!」
「えっ!?」
僅かに振り返ったその瞳に、ミハルが驚きの声をあげた。
ー違う・・・記憶の中に居るルシファーは、紅い瞳だった。
今、私の前に居るルシファーの瞳は・・・神と同じ。
神の力を与えられし者と同じ金色-
「ルシファー?」
記憶の中に居る自分が、結界へ入るルシファーを呼び止める。
「ミハル・・・何れ解る時が来る。
闇の力を授かった意味が。
その時まで・・・さよなら・・・だ」
背中でミハルに話し終えたルシファーが、結界の中へと消えていった。
ー違う・・・違う。おかしいおかしい。
ルシファーは、そんな最期の言葉を言ってはいなかった。
何れ解るとは言ったけど。
それは私がミハエルさんの生れ変った姿だと気付く前の話。
私はあの時知らなかった、なのに記憶の中では知っている事になっている!-
ミハルは今見たルシファーの瞳に戸惑いを隠せなかった。
ーどうしてなの・・・ルシファー?
お願い教えて・・・私を愛してくれてたの?
ミハエルさんではなく・・・ミハルの事を?-
<ビシャッ>
「ミハル・・・善く聴きなさいよ。
あなたの力はあなただけの物ではないのよ」
神の使徒たる娘が教えた。
「あなたには、この世界を守る運命が与えられている・・・そう。
私の生まれ変わりではなく、シマダ・ミハルとしての運命が」
ーええ、ミハエルさん。私はその運命に立ち向かう事に決めたの。
それが私の宿命なのだと解ったから。
そうしまければお父さんもお母さんも救えないと解ったからー
自分の姿にそっくりな天使に、そう心で告げるミハルにミハエルは言う。
「善いミハル。
もし、父や母が邪なる者となり、災いを齎すのなら・・・救う事が出来ないのなら。
滅ぼしてしまうのよ・・・どんなに悲しく辛くとも」
ーまただ。
また、記憶と違う事を言っている。
ミハエルさんはどんな事があっても諦めるなと言っていた筈なのに・・・ー
ミハエルの言葉に、ミハルは確信めいたモノを心に持った。
ーこの記憶達は私の記憶ではない。
本当の記憶とは違う。書き換えられているー
目の前に居るミハエルを睨んで、ミハルは言い放った。
「あなたは私の記憶を変えて、何を企んでいるの!
私の何を調べているのよ!?」
ミハエルに向かって、水晶へと叫ぶミハルの前で碧い光が放たれた。
<ビシャッ>
ーそなたが何者で何を求めて力を使ってきたのか・・・
それが知りたかった。それ故に試していたのだ。
闇の力を受け入れ使う娘が、この先我等の仇と成り得るのかをー
再び現れた水晶が、ミハルに答えた。
「私がどう力を使おうとあなたには関係ないでしょ。
私は約束を果したいだけ。
弟の約束を。皆との約束を!」
水晶を見上げ抗うミハルに、
ー約束・・・そなたの約束とは何ぞ?-
水晶は問う。
「私の約束・・・それはお父さんお母さんを救い出す事。
そして皆と一緒にフェアリアに還る事。
愛しい人の元へ生きて還る事よ!」
ミハルの答えに水晶は一言返した。
ーそれがそなたの約束か。
ならば闇の者達はどうするというのか?
その約束が果された時、そなたは”力”をどうする気なのだ?-
「・・・いらない・・・」
ミハルは答える、唯一言。
ーなんと・・・?-
間髪を入れず水晶は問う。
「・・・いらない・・・こんな力なんて。
皆が無事に故郷へ還れたら。
リーンの元へ還る事が出来たのなら。
もう・・・魔法力なんて欲しくない・・・」
心の底からそう願うミハルが、水晶へ答える。
ー娘よ。
そう願うのならば、そなたの宿命を放棄するのと同じ意味と採れるが。
どうなのだ?-
碧き輝きがミハルを照らす。
「宿命を放棄した訳じゃない、むしろ逆」
ー逆?-
「そう・・・私は私の宿命に抗うだけ。
邪な者達からお父さんお母さんを救い出し、皆と共に生きて還るの・・・故郷へ。
それがどんな闘いを生む事になるのか解らないけど。
きっと私は抗ってみせる、きっと約束を果たしてみせる。
だって私はリーンに約束したんだモノ。
皆を連れて必ず戻るって・・・
その約束を果せればこんな力なんてもう要らないからっ!」
思いの丈を水晶に叫ぶミハルに、返って来る言葉は無かった。
一瞬の沈黙が流れる。
<ビシャッ>
再び光がミハルを包む。
「あなたは還っては来ない・・・そう。
もう私の元へは還って来てはいけないの」
目の前でリーンが言った。
「え?リーン・・・どうして?」
リーンの言葉に戸惑い、
「なぜ私はリーンの元へ還ってはいけないと言うの?約束したよね私達」
思わず訊き直す。
「なぜですって、ミハル。
そう・・・あなたは知らないのよね、私が何者なのかを」
悲しげに話すリーンが眼を閉じる。
「知らない?
何を知らないと言うのリーン?」
手を指し伸ばし答えを求めるミハルへ、リーンの返事が絶望を与える。
「私も知りたくはなかった。
でも・・・知ってしまった。
・・・私は・・・私はこの世界を破滅へと導く者。
そう・・・破壊神、救世主たるあなたの・・・敵」
リーンの言葉にミハルは瞳を見開く。
「あ・・・あはは。リーン?リーン??
ねぇ・・・何を言ってるのか解らないよ。
敵?
私がリーンの敵だなんて・・・ねぇ・・・嘘でしょ?」
ミハルの瞳が絶望の色へと染まる。
「さよならミハル・・・
あなたと再び会えば闘わなければならない。
だからもう、還って来ないで・・・この世界を壊すまで。
それが、あなたを愛した者の最期の願いと覚えておいて」
リーンはそう告げるとミハルから離れて行く。
「う・・・嘘っ。そんなの嘘よ!」
絶望に瞳を曇らせたミハルは頭を抱えて拒絶する。
・・・壊れそうな想いを保つ為に。
<ビシャッ>
瞳を虚ろに曇らせたミハルの前に、数十数百の記憶が鏡のように映されていた。
ー娘よ・・・運命に逆らう事は出来ぬ。
抗う事など出来ぬのだ。
だが、そなたが望むのであれば断ち切ることは可能 -
「ねぇ・・・どうすれば断ち切れるの?
どうすればリーンと闘わなくて済むの?・・・教えて」
絶望に打ちひしがれたミハルが望む。
ー<光と闇を抱く者>よ。
その方法とは、唯一つ。
全ての記憶を書き換える事だ。
そうする事で、そなたはそなたではなくなる。
愛しい者の記憶さえも失い、自らの生きる目的も・・・大切な想いさえも失うが。
記憶を書き換え、力を失えば生き続ける事は出来よう。
・・・生きる屍となって・・・・-
碧き水晶はミハルの心に最期の試練を与えるのだった。
「ねぇ、訊いても善い?
本当にリーンは破壊神なの?
この世界を壊す神・・・いいえ、悪魔なの?」
俯きか細い声で訊くミハルに水晶は、用意された答えを告げる。
ー悪魔ではないが、あの娘が求めるのはこの世界の終焉。
つまり今の秩序の破壊。世界の混乱・・・-
澱みなく告げる水晶。
「そう・・・なんだ。
あなたが造った幻影ではないのね。
それが真実だと言い切れるのね」
震える声でミハルが確かめる。
ー信じるかどうかは、そなたの心が決める事だー
碧い光の中で、一瞬の静寂が流れた。
「リーンの元へ還る事が出来ないのなら。
約束を果たす事が叶わないと言うのなら。
私が愛しいリーンと闘わなければならなくなるのなら・・・力なんていらない。
記憶も何も全て消して。
私を運命から解放して・・・」
絶望に心まで壊したミハルが求めてしまった。
ーやはり・・・この娘では無理であったか。
人の弱き魂のままでは、現実さえも抗う事が出来なかったかー
碧き水晶は失望する。
ーでは、この娘をこのままにしておくのは危険だ。
喩え記憶を消したにせよ、力は宿ったままだ。
邪なる者に利用されれば、この娘こそが破壊神にも成り兼ねん。
ならば、やはり記憶と共にその生涯を終えねば。
後々の災いともなろう・・・-
水晶は決断した。
ーこの娘から記憶を消し、幸せな記憶を与え・・・
幸福の内に、その一生を終えさせよう。
そうすれば魂だけは救われる事となろうー
碧き水晶から光が注がれる。
ー娘よ、その求めに応じよう。
そなたの記憶を書き換えて終らせよう・・・運命を。
諦めた・・・宿命を・・・-
<ビシャッ>
ミハルに碧き光が放たれた。
「あ・・・ああ・・・これでリーンと逢えなくなる。
でも・・・でも、闘わなくて済むのなら。それでいいんだ・・・」
ミハルの前に数々の想い出が映し出される。
その一つ一つが消え、友の顔が失われていく。
「私が・・・私でなくなってゆく。
私の記憶と共に懐かしい人も・・・そして悲しい出来事も」
ミハルの前でタームが消え、アルミーアが消えてゆく。
「私の為に死んでしまった人達・・・
魂と成っても私を守ってくれている人達。
それさえも失っていく・・・もう私はミハルではなくなる。
そう・・・私はミハルではない・・・」
澱んだ瞳で消えゆく記憶を眺めて、心までもが壊れてゆく。
瞳の前で悲しく辛い記憶だけが消え行く。
残るのは綺麗で優しい記憶だけ。
まるで天国の中に居る様にも思える程、幸せな記憶。
・・・それだけが残されていく。
「ああ・・・なんて優しい記憶なんだろう。
私にもこんなに幸せな時があったんだ。
こんなにも愛おしい記憶が・・・」
瞳を潤ませて見ている記憶の中に、その人が居た。
「リーン・・・リーン・・・。リーンに逢いたい・・・」
その人は記憶の中で笑っていた。
<フッ>
消えた。
幸せな筈の記憶が。
「あ!あ・・・あ・・・。リーンが。
リーンが消えてしまう。リーンの記憶が・・・」
思わず映っていた記憶の鏡に手を伸ばし、その人を求めてしまう。
「い・・・や・・・嫌だ。
リーンを失うなんてやっぱり私には出来ない。
リーンを失うくらいなら死を選んだ方が良い。
いっそ、死んでしまった方が!」
消え往く記憶達の中、幸せな筈のリーンの面影も消えてゆく。
「い、嫌ぁっ!リーンを消さないで!リーンを忘れさせないで!
これ以上私の記憶を奪わないで!
これ以上リーンの記憶を奪うのなら・・・
それならいっそ・・・私を殺してぇっ!」
絶叫するミハルの前に一つの記憶が過ぎった・・・
ミハルは壊れていく。
徐々に大切な人を失い、記憶を消されて。
ミハルは最期の一言を叫んだ。
愛しい人が奪われる事を畏れて。
それは人間ミハルの本当の気持ちだったのかもしれない・・・
そして・・・審判は下される!
次回 忘却の彼方 Part4
君はその瞳に何を映すのか!?




