第2章 熱砂の要塞 Act1忘却の彼方 Part2
碧き水晶が語り掛けてくる。
そう。
<光と闇を抱く娘>ミハルに・・・
ー娘よ・・・<光と闇>の力を持つ者よー
<碧い意志>がミハルの心に届く。
「え!?」
耳に聴こえないその言葉にミハルが水晶を見詰める。
ー娘よ・・・汝の力は何に使うというのか。
<光と闇>の力は何を欲する為に使うのか?-
心に届いた問い掛けに、ミハルは聞き返す。
「あなたの問いに答える前に訊きたいの。
私に問い掛けるあなたは誰?私に何をしようとしているの?」
碧く輝く水晶が話しかけていると確信し、逆に問い掛けた。
ー我はそなたに訊いたのだ娘よ。答えるがいいー
ミハルの問いに答えず水晶が促すが、
「一方的な問いね。
正体も解らない者に答える気なんてないから」
ミハルは水晶に答える事を断わり、横を向いて拒否の姿勢をみせる。
ーならばよかろう、話さぬとあらば・・・娘よ。
調べてみるだけだ。
そなたの力が<光と闇>・・・どちらに向かうかをー
ミハルの態度に業を煮やした水晶が輝きを増しだした。
「何をするつもりなの?
私の何を調べれば解るというのよ。聖か邪かなんて・・・」
輝きを増した水晶に身構えたミハルが目にしたモノは。
「え!?うそっ!」
そこに有る筈が無い物を見て、ミハルは戸惑いの声を上げた。
「そんな・・・ここは。
いいえ、これは・・・闇の中」
ミハルの前に現れたのは記憶の中に閉じ込めている筈の禍々しき場所。
暗黒の中にある魔物達の巣窟。
その場所こそが、ミハルの中にある消し去りたい記憶の一つだった。
「そんな・・・こんなの嘘よ。幻よ・・・」
思わず後退って首を振り、
眼前に拡がる空間から逃れようとするミハルの耳に聴こえたのは。
「くっくっくっ、まだ<無>になる事を拒むのか、ミハルよ。
・・・ふふふっ、まだ苦痛を与えて欲しいか」
記憶の中に残っている残忍な一言。
「うっ・・・うわぁっ、嫌っ、嫌よっ!こんなの幻よ。
私は救われたの、仲間達に、友に!」
絶望の中、悪鬼達に嬲られ続けた記憶がミハルを苦しめる。
「救われただと?何を言っているのだミハルよ。
お前は我々の前に居るではないか。
<無>に染まる事を拒み続ける限り、永遠に苦しみを与えてやろう。
何度でも死ぬ程の苦しみを与え続けてやるぞ・・・ミハルゥ」
呪われた声がミハルを苛む。
「う・・・嘘だ。私は闇から抜け出したんだから・・・」
瞳を閉じて耳を押えるミハルが、その声を否定する。
「抜け出せた?ならば己が瞳を見るがいい、その瞳に宿る色を・・・」
呪われた声にミハルはそっと眼を開く。
「観るが善い、己が瞳を。観るが善い自分の周りに居る闇達を」
ミハルの前に闇を映す鏡が現れる。
「あ・・・ああ・・・」
見開いた瞳に写るのは、マモルの身替りとなって闇に堕ちた時の姿。
<無>になる事を拒み、抗い続けていた時の姿のまま。
そして・・・
「いやあああぁっ!」
その瞳の色は、紅く妖しく澱んでいた。
ーどうだ娘。そなたは今、邪な瞳と化しておるぞ。
その魂に受け継いだ力のように、そなたの瞳は紅く染まっておるぞー
水晶からの声に我に返ったミハルが恐怖に見開いた瞳を呆然として向けた。
「はあっはあっ、やっぱり幻覚だったのか。
何て酷い幻を見せるのよ!」
呆然としていた瞳に怒りを込めて、水晶を睨んだミハルが、
「あなたに私の記憶を善い様に使われるなんて!
勝手に他人の記憶を覗かないで!」
声を荒げて叫んだ。
ーでは、今一度訊く。
そなたの欲するのは<光か闇>か。どちらなのだ?-
静かな言葉が心に届く。
「違う・・・欲した訳ではない」
再びミハルが否定した。
ー欲した訳も無く、力を手にしたというのか娘よ。
力は欲する者にしか与えられぬ。そなたの否定こそ認められぬー
心に届いた水晶の言葉に、
「欲した訳ではないの、私は。
気付きたくなんてなかった・・・私に魔法力が備わっているなんて。
母から受け継いだ魔法の力があるなんて・・・」
ミハルは水晶に話す。
自分が決して力を求めていた訳では無いと。
ー求めずして与えられたというのか娘。
その言葉が真実であるのか・・・知らねばならぬ。
そなたの力が如何にして与えられたか、調べる必要がある・・・-
<ビシャッ>
水晶から光が放たれた。
・・・ミハルの記憶に・・・
「ねぇ、お母さん。ここが新しいお家がある処なの?」
紅いリボンで髪を結った少女が母親を見上げて訊いた。
「どんな事が待っているんだろうね。楽しい事が沢山あったらいいね、お母さん」
処女はにっこりと笑って周りを見渡した。
港の桟橋から大地へ降り立った少女が母親を見て、
「どうしたのお母さん?
どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
不思議そうに母親を見上げる少女に母親が何かを答えた様だが、
その声は聞き取れなかった。
「そうなんだ・・・でも。
お父さんもマモルも一緒だからきっと大丈夫。きっと護ってくれるよ!」
微笑んだ少女が母親を求めて手を差し上げる。
また母親が少女に何かを告げたようだが、声は何も聴こえてこない。
ーなんて言ったの・・・お母さん。何を教えてくれたのお母さん・・・-
幼き日の面影にミハルは問う。
「お母さんっ私。私に声を聞かせて!なんて言ったの、何を教えてくれたの?」
<ビシャッ>
ミハルの求めに答えは返ってこず、再び光が記憶を途切らせた。
眩い光に視界を失い、その光がやがて薄れてゆくと。
「あっ!」
目の前に拡がるのは、学徒達が集う兵営。
「ミハル姉。約束だよ、必ず僕の元へ還って来るって・・・絶対守って!」
目の前に弟のマモルが居た。
あの時と同じ言葉を、あの時に誓った約束を告げる弟の言葉が。
「う・・・うん。約束するよマモル。
私はきっとマモルの元へ生きて還る」
ーあ・・・ああ・・・。その約束は・・・私の運命を決めてしまった。
マモルとの約束が私を生き残らせてしまった・・・-
マモルが差し出す指にそっと自分の指を重ねてしまうミハル。
ーあ。アルミーア・・・-
瞳の端に同級生の姿を見つけたミハルが、今は亡き友の面影を追う。
人影に混じりながら自分を見ているその友へ思わず駆け出そうとすると、
アルミーアは悲しげな表情を浮かべて離れて行く。
ー待ってアルミーア!行かないで!-
手を指し伸ばし、友を求めて叫んだ。
<ビシャッ>
碧き光が再び。
「ミハルっ!早く行くのよっ、振り返らずに!」
ー嫌だ・・・嫌だ。もう・・・嫌だ・・・-
それは2度と観たくは無い光景。
もう思い出したくも無い悲劇の始まり。
今のミハルがここに居る事のなった悲劇の戦場。
「ターム・・・ごめんなさいっ!」
ー駄目・・・逃げないで。
一緒に最期を迎えるの・・・タームとー
3号E型軽戦車を飛び出して逃げる自分に悲しみの叫びをあげる。
周りをロッソア軍の砲火が飛び来る中、
ミハルは味方陣地へ転げる様に逃げる。
自分達の乗った戦車を斯座させた重戦車に追われて。
ーああ・・・まただ。
私は逃げてしまった。友を、大切な人を置き去りにして・・・
誰一人生きて還れなかった戦場から。
ターム・・・ごめんなさい。一緒に死ねなくてー
<ビシャッ>
たった一人生き残った黒煙棚引く戦場から、明るい陽の当る草原へと視界が変わる。
ー あ -
その長く美しい髪。
マリンブルーに輝く瞳。
陽の光を受けたその姿は、まるで女神の様。
「どうしたのミハル。
私の顔に何か付いてる?」
明るく微笑むその人に。
「いいえ、リーン少尉。
そんなに優しくしないで下さい。そんなに近寄らないで・・・
だって私は<死神>って、呼ばれてますから・・・」
ミハルが小隊長に抗った。
「馬鹿ね、ミハル。
もうあなたは<死神>なんて呼ばれはしないのよ。
あなたは立派な陸戦騎乗り。いいえ、<魔鋼騎士>なのだから」
リーン少尉がいつの間にか中尉の襟章を着けて言った。
「私が・・・魔鋼騎士?」
フェアリア軍の中で、その呼称が意味する事は。
「そうですミハル先輩!センパイは武功抜群の砲手ですからっ!」
「だな。ミハル!」
「俺より先に騎士となったか!」
「ミハルとは良く喧嘩したけど。頑張るお前の事が好きなんだ私は!」
ミハルの前にミリア、ラミル、バスクッチ、キャミーの姿が現れる。
ー皆・・・皆が居てくれたからこそ。
私は生き残る事が出来た。
マモルとの約束を果せられたー
<ビシャッ>
懐かしい小隊の顔が光に溶け込み消えた。
ミハルの記憶は光を見続けていた。
だが。
闇の者として現れた者の姿に戸惑う。
その影に愛おしさがこみ上げてくる。
やがて水晶はミハルを試す。
一番愛おしい者を使って・・・
次回 忘却の彼方 Part3
君は愛しい人に別れを告げられた時、何を想うのか?




