第2章 熱砂の要塞 Act1忘却の彼方 Part1
砂漠に砲火の嵐が吹き荒れる。
「第2小隊隊長車被弾!行き足停まったっ!」
操縦手のタルトが叫ぶ。
「脱出指示! 急げっ!!」
ミリア先任搭乗員が即座にアルムへ命じる。
MHT-7重戦車は、砂漠を駆ける。
「敵<魔女兵団>重戦車隊、隊列を解いた。包囲する気だ!」
砲手のマモルが振り返ってキューポラに叫ぶ。
「右か左か?どっちの敵を叩きますか!?」
ハンドルを握るタルトがマイクロフォンを押して命令を求めた。
<シュオオオオオオ>
魔鋼機械の唸りが高まる。
「姉さん!」
「車長!?」
マモルとタルトが求める、命令を。
ヘッドフォンから聴こえてきたのは・・・
「タルト、全速で突撃!
ミリア、魔鋼弾装填!
マモルっ、撃つのよ!」
MHT-7のキューポラでマイクロフォンを押し、命じているのはミハル。
フェアリア皇国陸戦騎中尉ミハル・シマダ。
その瞳は金色の輝きを放ち、敵を睨む。
「目標、重戦車から遠ざかります。
平文で感謝の意を送ってきました!」
アルムがヘッドフォンを押えてミハルに教えた。
「そう・・・善かった、逃げられたのね。
私達の戦いは無駄ではなかった・・・そうだよね」
金色の瞳で敵戦車部隊から離れて行く、
一両の軍用トラックに視線を巡らせてミハル中尉は呟いた。
「でも・・・まだ終っちゃいない。
私達は生き残らないといけない。 闘ってくれた仲間達と共に。
・・・誰も犠牲を出さない為にも」
今、砂漠の中にあるのは敵味方の戦車の姿。
動ける者は砲撃を続け、動けぬ者はその姿から煙を噴き上げ続けている。
フェアリア皇国オスマン派遣先遣隊所属の戦車部隊は、
ミハル分隊長指揮の元、<魔女兵団>と交戦していた。
発見した軍用トラックには、反乱軍の女性兵士達が閉じ込められていた。
ミハル中尉は独断でその敵軍の女性達を救う為出撃を命じ、
現れた<魔女兵団>の重戦車部隊と闘っていた。
味方8両に対して、敵は重戦車Js-2。
90ミリ砲を搭載し、厚い装甲を誇る難敵だった。しかもその数40両。
5倍の敵を相手にフェアリア側は果敢に戦い、
斯座する車両を出しつつも、何とか目的を果せた処だった。
だが、敵<魔女兵団>の攻撃はフェアリア側を壊滅させるまで止まなかった。
「車長!残り1両のパンター、3小隊長車から連絡っ、
<後退されたし。我、敵弾の盾とならん>です!」
アルムの叫びがミハルの届く。
気付いたミハルが思わず横から追い抜いていく第3小隊長車に手を伸ばして停める。
「辞めなさいマッカム軍曹!」
声の限り叫んだミハルの前でマッカム軍曹のパンターに砲撃が集中する。
何発かの90ミリ砲弾に車体を射抜かれた瞬間、
マッカム軍曹のパンターは、薄い煙を上げて斯座してしまった。
「アルムっ!マッカム軍曹に脱出指示を!」
先任のミリア准尉が命じる。
その無線より早く、パンターから5人の脱出者の姿が見えた。
「姉さん、これでとうとう僕達だけだね」
マモルの声がヘッドフォンを通して聞えた。
「ええそうねマモル。
ここからは私達が食い止めなければね。
脱出した仲間達を安全な処まで逃げ延びさせる為に」
ミハルの瞳が紅く変わる。
その変化に気付いたマモルが叫ぶ。
「姉さん!まさかあの術を!?辞めるんだ!」
必死の形相をしたマモルがミハルに求めた。
「そう・・・マモル。
私がこのMHT-7に同化すれば、少なくともマモル達を護る事が出来るの。
・・・少なくとも、護ってみせるから・・・」
紅き瞳で闇の力を使おうとするミハルに、マモルが砲手席から飛び退いて掴む。
「やめてよ姉さんっ、その術だけは。
戻れる保障、無いんだろっ!」
マモルがミハルに叫んだ時。
「前方から一両が突っ込んで来るっ、
あれはJs-2重戦車ではないっ、それ以上の車両と思われるっ、速いっ!」
タルトが前方を睨んで報告する。
「マモル・・・相手が相手なの。
このままでは、勝つ事も逃げる事も出来ないわ。
・・・お願いだから停めないで・・・」
マモルの顔に微笑んだミハルが言った。
自分の決意を。
皆を守ると心に誓った約束を。
「何と言っても嫌だ、ミハル姉!」
ミハルを掴んでマモルは首を振り続ける。
<ショオオッ>
魔鋼機械の唸りが更に高まる。
唸りの意味は・・・
「ミハル姉っ!」
「ミハル先輩っ、駄目ですっ!」
マモルの叫びと、ミリアの絶叫が重なる。
「必ず皆を護るから・・・必ず戻るから・・・」
ミハルの声が小さくなっていき、紅き瞳が閉じられていった。
「やめろおぉぉぉっ!」
マモルの叫びが車内に響いた。
<オオオオオンッ>
ーそうか・・・この娘は皆を守る為に闇の力を使うというのか・・・-
碧き光の中で<意思>が語った。
ー仲間を護る・・・その為にー
光の中で一人の少女を見詰める<意思>は、黒い瞳を覗き込んでいた。
黒い瞳の少女は身動き一つせずに立ち尽くしている。
ーこの娘は<光と闇>の力を持っている。その力は確かに強力だ。
神と悪魔・・・どちらが真実の姿なのか。この娘の・・・-
碧き光の<意思>」は、瞳を開けたまま動きを停めている娘を計っていた。
ー闘うだけの人間・・・抗う術にしか力を出さぬ娘。
この娘に耐えられるだろうか・・・運命に・・・-
碧き意志は計りかねる。
ーならば・・・受ける事は叶わぬ。
我が力を、闇に抗う知恵と力を・・・-
碧き意志は娘の力を探ろうと記憶を覗いていた。
ー仲間を護る為に、我が身を闇へ貶めた事もある・・・
だが、己の力ではなく、より多くの友に助けられてきた。
決して己の力だけで生き残って来た訳ではない。
死の恐怖に怯える普通の人間。
弱き魂の持ち主・・・そう、人間なのだ・・・この娘はー
黒い瞳の少女を見ながら、碧い意志はもう一つ知った。
ーだが・・・その魂は計り知れぬ可能性を秘めているようだ。
神の使徒たる者・・・闇の魔王たる力。
そのどちらをも兼ね備えた未知なる可能性をー
覗き込む碧き意志は、興味を持った。
この娘が一体何者なのかと。
<光と闇>の力を兼ねた者など、知りはしなかったから。
ーでは、黒き瞳の娘がどちらに行くと言うのかを調べねばならない。
もし、闇へ向かうのであらば、ここで終えなければならない。
その生涯を・・・・-
「ん・・・あれ?私。確か門を潜って・・・それから・・・」
黒い瞳を瞬かせて、見上げた先には。
「碧い光を放つ・・・水晶?」
ミハルが見上げた先には、碧く輝きを放ち続ける水晶が空中に浮んでいた。
「これは?ここは一体?」
見上げ見詰めるミハルが気付いた。
「結界の中・・・私はいつの間にか誰かの魔法力に捕り込められていたんだ」
ミハルが呟き見上げる先に浮ぶ碧き水晶。
水晶は何を語ろうとしているのか・・・
「魔鋼騎戦記Ⅱ」熱砂の要塞をお贈りします。
オスマン帝国に派遣された戦車部隊分隊長ミハル。
彼女に迫るのは光か。
それとも・・・闇なのか?
次回 忘却の彼方 Part2
君は記憶の中で何を観るのか?




