第2章 熱砂の要塞 Act12 故郷<ふるさと>へ Part4 <<最終話>>
新たな<魔鋼騎士>チアキ・マーブル少尉は、オスマンに残る。
新たな約束を果たす為に・・・
願いは必ず叶えられると信じて・・・
あっという間に、フェアリアへ帰還する日がやって来た。
大部分の備品と要員は、船で帰国の途に就いたのだが・・・
「えーっ!?本当なのですか?
我々はこの<船>に乗ってフェアリアへと?」
舫綱で繋留してある巨大な白い浮き船。
全長は200メートルを超え、こんな大きなモノが・・・
「空に・・・浮ぶというのですか、教授?」
ミリア准尉が思わずミハルの父、シマダ教授に尋ねる。
「ああ、これは飛行船って云ってね。
風船と同じ様に中にガスが溜めてあって・・・。
まあ、早い話が空を自由に飛ぶ為に造られた巨大なガスボンベって事さ」
喩え方が悪かったのか、シマダ教授が教えた<ガスボンベ>に乗る事に怖気ついた皆が
顔を真っ青にして仰け反った。
「わ・・・私。船に乗って帰っても良いですか?」
ミリアが眼を廻して断ってくると。
「でもミリア、
船より断然こっちの方が早くフェアリアに着くってお父さんも確約したから。
大丈夫だよ・・・きっと」
ミハルが手をパタパタ振って飛行船を見上げた。
巨大な白い繭の様な船体。
その下部にプロペラが着いたゴンドラ部があった。
「だいたい空中を30ノット(約50キロ)で移動出来る。
オスマンからフェアリアまで、凡そ1800キロだから。
気流にも依るが36時間程で着けるのだよ」
教授が追加で教えると、
「そっ、そんなに早く?船だと一週間はかかっていたのに」
聴いた皆が、その速さに驚いた。
「うむ、速力を上げれば・・・気流が善ければ今少し早く着けるかも知れないが。
急ぐ旅でもあるまいから・・・安全第1で運航する様に願っておこうか」
教授が乗員達の方に向かって笑う。
「それにしても・・・オスマンにこんな船があったなんて。
軍事利用はされないのですか?」
ラミルがさも不思議そうに訊くと、
「考えても観給え、こんな大きな物がノソノソと低空を飛んでいたら・・・
対空射撃の良い標的になるだけだ。
飛行船は旅客にしか向いてはいない。
純粋に平和利用されるべきものなのだよ」
教授の薀蓄に、皆が頷いた。
「さて、どうやら出航用意も整ったようだ。
それに主客も既に乗船しているみたいだから・・・」
下部デッキの乗客室に金髪の少女が居る事を知ったシマダ教授が皆を促す。
「さあ皆、乗船したまえ。
ここから一気にフェアリアまで長躯空の旅だ。忘れ物の無い様にな」
リーンとミユキの乗っている客室に手を振って応えたシマダ教授が、乗船口へと歩き出した。
「チアキ・・・リンとマジカさん、そしてシャルレット王女を頼んだわよ。しっかりね」
口に出して新たな<魔鋼騎士>となった銀髪の娘、チアキ・マーブルに別れを告げた。
「ミハル先輩、アイツなら任せておけますよ。
<剣聖>となり、護るべきモノを知ったチアキになら絶対果せますよ新たな約束を」
振り返ったミハルの背に、ミリアの声が掛けられる。
「そうだね・・・そうだよね」
ふっと息を吐いたミハルが頷いた。
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空を白い飛行船が飛び去っていく。
「還ってしまわれたんだね、チアキ。寂しくないの?」
シャルが横に佇む警護官に尋ねる。
「うん、寂しくなんてないよ」
答えたチアキの左髪に蒼い宝珠が着いている。
「私、ミハル中尉と約束したの。新しい約束を」
飛び去っていく飛行船を遠目に追いながら、シャルに答える。
「そうなの?・・・新しい約束って?」
どんな約束を交わしたのかを、
若き王女が他国の人間でありながら自分を護る役目をも務めている魔法騎士に尋ねた。
「必ず祖国に戻り、母に私の口から報告するの・・・<魔鋼騎士>になれたよって。
シャルを護り抜いて仲間を助けて・・・お父さんの汚名は拭い去ったよって・・・」
微笑んだ顔が大切な人へと向けられる。
「そうか・・・チアキはフェアリアへ帰るんだよね。いつの日にか・・・必ず」
シャルの言葉に頷いたチアキが、今迄なら暗い表情になって悩んでいただろうに、
「そう、帰る日が来る。
その日が必ず来ると信じているの。
あなたと一緒に・・・シャル王女と共にフェアリアへ行ける日が来ると信じているから」
力強く、自らの信念とでも言うべき約束が果されると言い切った。
「ボクとチアキが?フェアリアへ?」
不思議そうに訊くシャルレット第3王女に、
「そうだよシャル。
平和が続けば外遊にだって行ける様になるんだから。
広く世界中を巡る事だって出来る様になるんだから。
きっと遠くない未来に・・・ね」
ミハル達を載せた飛行船は、遥か北方の空へと消えていく。
白き飛行船は蒼い空に小さくなって見えなくなってしまった。
「そうだねチアキ・・・遠くはなれた国にも、行く事が出来る・・・
争いの無い平和な世界なら・・・2人で行く事が出来るんだよね」
忘れていたモノを手に掴もうとするかの様にシャルが、消えた飛行船に手を振る。
「うん、2人でなら・・・どんな遠い国へでも!」
チアキも蒼い空へ向かって手を振った。
砂漠の国に真の平和が訪れるのは・・・いつの日なのか?
果して2人はフェアリアへ訪れる事が出来るのか・・・
砂嵐が去った<<約束の地>>の空は蒼く澄み渡っていた。
END
フェアリアへと帰途に着いた派遣隊。
奇跡とも言える作戦を遂行し終えたミハル達は懐かしい祖国へと戻るのであった。
誰一人として喪う事が無かったオスマンでの戦闘記録。
誇り高い魔砲少女ミハルはきっと待ってくれているであろう人へと想いを馳せる・・・
時にフェアリア暦新皇紀177年・・・夏の事であった。
魔鋼騎戦記 熱砂の要塞 <闇の逆襲> 完
引き続きエピローグをお楽しみください