第2章 熱砂の要塞 Act12 故郷<ふるさと>へ Part3
チアキはオスマンに残留する事になった。
憧れであったミハルと別れて。
<魔鋼騎士>の称号を手にして・・・・
オスマン王宮警護官服を身に纏ったチアキが、敬礼を贈ってくる。
「さすがに似合ってきたわね少尉!」
まだ幼さの残る少女の顔に、元上官だった魔法少女が微笑みかける。
「これもミハル分隊長のおかげだと聞きました、マジカ閣下から」
敬礼を解いて、異国の制服を着用したフェアリア陸軍武官補チアキ・マーブル少尉が、
引き締まった表情で答えた。
「ふーん、私より上官になってしまったか、チアキ少尉殿!」
半分冷かしの言葉を交えて、ミリア准尉が笑った。
「そんな小隊長。私はまだチアキのままです。
中身は昨日までのチアキのままなのです」
冷やかしに慌てたチアキが言い繕う。
「ははは、そりゃあ一兵卒が武官補なんかにはなれないものな。
任官すればそれなりに責任を持つ事にもなるんだから。
これで大手を振ってシャルレット殿下の護衛官としても働いて貰い、
我が国のメンツを保って貰わねばならない重責を担っていくのだからな・・・大変だぞ?」
マジカが心算を教える。
「はっ、はい!全力で務めさせて頂きます!」
大使の言葉に姿勢を正して答えるチアキに、周りの者が笑った。
「ではチアキ、大使閣下を宜しくね。
リンさんの身体が元気を取り戻せたら、2人でマジカ大使の補佐を頼んだからね」
ミハルが手袋を外し、握手を求めてくる。
その手を強く握り返したチアキは。
<ミハル分隊長の温もりが優しい。
優しさが温もりとなって伝わってくる>
心の優しさと、力の強さを感じた手を硬く握って、忘れまいと想った。
この<魔法少女>の想いを・・・
ゆっくり離した手を、額に着けて敬礼し、
「ミハル中尉。お世話になりました・・・ありがとうございます。
・・・神の使徒たる<魔鋼騎士>ミハル様・・・」
瞳に感謝の涙を湛えて、礼を述べる。
光を放つ瞳に頷いたミハルが、黙って答礼を返した。
「じゃあチアキ少尉、一足先に本国へ還るからな。
私達はお前が立派に任を果して戻ってくる事を待っている」
ラミル少尉の言葉にも敬礼を贈り、チアキが部下だった時の様に。
「はい、車長も!お元気で・・・いつまでも!」
別れの挨拶を返した。
「はははっ、今生の別れでもあるまいし。また逢えるさ・・・だろ、チアキ?」
マモルが一言添える。
「はいっ!必ずまたお逢いしますから!」
笑顔になっても瞳から涙が零れ落ちていく。
<魔鋼騎士>チアキの頬を伝って・・・
_________
王宮に別れを告げたフェアリア派遣隊要員達は、いよいよ帰国の途に就く為、
身の回りの整理に掛かりだした。
「おい、ミリア。お前、こっちでは随分活躍したみたいじゃないか。
枯葉付騎士章が貰えるんじゃないのか?」
ラミル少尉が部下達を監督しながら戦友に笑い掛けると、
「何を言っているのですか少尉。
私達の部隊を全力でサポートして下さり、
あまつさえたった2両で要塞を食い止められたのは少尉のおかげではないですか。
少尉こそ2階級特進ものですよ」
ミリアも自己小隊員達に眼を配りながら言い返した。
「ま、そこは・・・成り行きがそうさせただけだからな。
負傷者は出たが、全員が無事に還れるなんて・・・
これこそ奇跡というやつだなぁ」
ラミルが空を見上げてそう言うと、ミリアがポツリと零した。
「いいえ、ラミルさん。全員が無事還る事が出来るのは・・・あの人のおかげ。
ミハル先輩が隊長だったからですよ」
帝都の中で一際高く聳え立つ高級ホテルに視線を向けて呟いた。
「ミハルか・・・これで何もかも終るんだよな。
・・・御両親も無事救助出来て・・・
このままヤポンに帰らないのか?」
ラミルもホテルの方に向いて、ミリアに尋ねる。
「それは・・・あの姫を同道させなければいけませんし。
それがシマダ御夫妻の務めだそうですから・・・」
少し小耳にした話を教えたミリアの横顔を見たラミルが。
「そうか・・・ならばフェアリアまでは一緒に帰れるんだな」
ほっとした様な声で頷いた。
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ベランダでミユキとキャイキャイ騒いでいるリーン姫を観て、マモルが呟く。
「ねぇミハル姉。これからどうなるのかな?」
フッとした弟の疑問に小首を傾げて、
「どうなるって・・・何がよ?」
ミハルが逆に訊き返す。
母ミユキがリーン姫の伴をしてオスマン帝都を眺めているベランダを見てからマモルが話す。
「あのリーン姫をフェアリアに送った後の話だよ。
僕達はフェアリアからヤポンに還るのか・・・それとも」
話を区切ったマモルの言いたい事が、ミハルの心を揺さぶった。
<そう・・・私はフェアリアに還った後・・・リーンと別れる事が出来るの?
リーンを残してヤポンへ還るなんて事が出来るというの?
今のチアキみたいに大切な人の元に残る事が出来ずに?>
黙って考え込んだミハルに、
「姉さんだけをフェアリアに残してヤポンに帰るなんて事、僕には考えられないよ。
もし、姉さんがフェアリアに残るというのなら、父さん母さんを説得してみる・・・
家族が別れ別れになる不幸を繰り返したくなんてないから」
真剣な顔でマモルが言った。
「う・・・うん。ありがとうねマモル。
でも実際その時にならないと私にも判らないの。
リーンが私の事を本当に大事に想ってくれているのか・・・
今は、逢う事だけが願いだから・・・」
自信無さ気に小声で答えたミハルへ、弟がポンと肩を叩いて、
「あれアレ?いつものミハル姉らしくないじゃないか。
いっつもリーン様の事を一番に想ってるって言っていたのは何処のどなたでしたっけ?」
茶化す様に励ましてくる。
「えっと・・・それはその・・・」
言葉を濁すミハルに。
「じゃあ逢って、(はいさよなら)って別れても善いの?」
素知らぬ顔で訊くと。
「そんな・・・嫌だよ別れるなんて!」
咄嗟に出た声に、ミハルは自分で驚く。
姉の心の内から出た答えに、弟は笑って教えた。
「ほらね。
それがミハル姉さんの結論なんだよ。
僕達が別れ別れにならない方法は唯一つ。
僕達家族全員がフェアリアに住む事なのさ。
・・・はいっ、コレ決定事項ね!」
これ以上の話はもう必要無いとばかりに、マモルはミハルに指を突きつける。
「マモル・・・あなたって弟は!」
瞳に涙が溢れてきたミハルに気が付いたマモルが、
「あ、その涙はリーン様に逢った時まで残しておくように!」
ミハルのオデコをツンと突いて笑い掛けた。
「あ・・・やったなぁマモルぅ。
覚えておきなさい、きっと・・・きっと。
ルマに言ってやるんだからっ、マモルが好きだって!」
紅くなったミハルが思いっきり関係ない話に挿げ替える。
「げぇっ!?ミハル姉っ、そりゃないよ!」
慌てたマモルがミハルに言い募ると、
「えへへっ、紅くなったよマモルが!」
勝ち誇ったミハルが笑う。
「告白は自分がするものだろ、ミハル姉は黙っててよ!」
図星を突かれて紅くなったマモルが抗議したが、
「にひひっ、イイじゃない減るモノじゃなし」
滅茶苦茶な事を言って笑う。
「あははははっ」
「あーはっはっはっ」
姉弟は揃って笑いあう。
漸く訪れた平和を祝うように・・・
別れは新たな物語を紡ぎだす。
少女は願いを果たす為<故郷>へと帰るのだった・・・
平和を齎した友と一緒に。
次回 故郷へ Part4
魔鋼騎戦記 熱砂の要塞 <闇の逆襲> 最終話
君は願いを果せた・・・大切な人とも出逢えた。
若き<魔鋼騎士>チアキ・マーブルの物語は・・・まだ始まったばかりであった。