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幼きころ、僕は恋を知らなかった

作者: 鶏肉

 僕が幼稚園だった頃、仲の良かった女の子がいた。今では遠い思い出だが、その頃の記憶は未だに覚えている。

 彼女は幼稚園の中では人気者で、男の子たちからモテモテだった。

 今では顔もぼやけているくらいにしか覚えていないが、おそらく可愛かったんだと思う。正直、性格はあまり良い印象ではなかったということははっきりと覚えている。


 そんな彼女は、何故か僕とよく遊んでいた。幼稚園の中ではいつも僕と一緒に居た。

 他の男の子から何度も遊ぼうと声をかけられているのを見たことがある。

 だが、彼女がそれを素直にうんと言ったことはなかった。


 彼女はいつも僕と一緒に居ることが一番優先だったのだろう。その頃の僕はマヌケで、相手のことを考えるなんてできなかったため、ただひたすらに彼女に振り回されていた。

 まあ、周りに流される性格は今となっても変わっていないのだが。


「ケイちゃん一緒に座りたいけん、イスとっとって!」


 彼女がそう僕に言った日、事件は起きた。

 因みにケイちゃんとは、幼稚園の頃の僕のあだ名だ。小中学とあだ名は変わらなかったため、頭の中にしっかりと根付いている。


 僕は、彼女が言った通り隣が空いているところに座り、彼女が座るまで大人しく待っていた。

 だが、彼女が座る前に一人の男の子が隣に座ってしまったのだ。


 この時の僕は、そのことに対しまあいいか程度にしか考えてなかった気がする。

 一応、隣の男の子に彼女が座ることを伝えた覚えがあるが「俺が先に座ったもん!」と言い返され、それもそうだなと僕は口をつぐんだ。


 僕の隣は空いていなくても、斜め前の席は空いている。軽い考えをしていた僕は、それでいいだろうとそのまま彼女が戻ってくるのを待っていた。


 が、案の定彼女は大激怒。

 隣に座っている男の子に対し、自分が隣に座ると駄々をこね、幼稚園の先生まで呼びつけるまで事態は悪化してしまったのだ。

 ここまで彼女が怒るとは思っていなかった僕は混乱していて、その時のことはあまりよく覚えていない。

 だが、最終的に先生が落ち着かせてくれたようで、彼女は大人しく僕の斜め前の席にちょこんと座っていた。


 そして、その日を境に、僕と彼女が一緒に遊ぶことはなくなった。


 最初はまだ怒ってるのかなとずっと彼女の様子を見つめていたが、いつのまにかそれもなくなり、僕も他の友達と遊ぶことが次第に多くなっていった。

 

 彼女の姿を見るたびに、小さいながらも気まずく感じることが多々あった。

 同じ組の友達と遊ぶときに何度か誘ったのだが、その時の彼女は今まで一緒に遊んできた彼女とはまるで別人のように感じた。

 まるで、今までいつも一緒だったことがウソだったかのように……、僕はこの頃、初めて後悔というものを知ったんだと思う。




「かたらせてー!」


 元気な声で、集団で遊んでいる友達に手を振る。因みに『かたらせて』とは、仲間に入れてという意味である。

 月日は流れ、僕は彼女のことを意識することすらなくなっていた。

 

 そんな日が続いたある日、珍しく彼女は僕に話しかけてきた。

 もう一緒に遊べない、そう思っていたせいかとても嬉しかった。僕は笑顔で彼女のあとをついていく。


 みんなで遊ぶことは何度かあった。けど、2人で幼稚園の中を駆け回ったのは、相当久しぶりで、この時の僕は楽しさでいっぱいだった。

 一緒に駆け回るだけで楽しくて、これからまた一緒に遊べるんだろうと思った。

 だけど、その時の彼女の表情は何故だか寂しそうで、まだ相手のことを理解するのが苦手だった僕でも、彼女に違和感を感じた。


「……どうしたと?」


 鉄棒にぶら下がりながら、そう聞いたと思う。

 下手したら泣き出しそうな表情をしていた彼女は、その一言に作り笑いを浮かべる。


「なんでもない! 次はあれで遊ぼう!」


 小さなジャングルジムを指差し、そのまま走っていく。

 そんな彼女を不審に思いながらも、僕は彼女を追いかけていた。今自分は楽しいから、彼女もきっとそうなんだって、無理やり心に言い聞かせていた気がする。


 その次の日、彼女は家の都合で幼稚園が変わることになったというのを、先生から聞いた。

 みんなの前でお別れ会が始まり、わけもわからぬまま、時間だけが過ぎていったのを覚えている。


 気づけば僕たちは先生の指示に従って列に並んでいて、彼女を見送る形になっていた。

 彼女は笑顔で握手を交わしていく。

 最後に僕と握手をする際も、変わらない笑顔で、ぎゅっと握手を交わしてくれた。


 僕は泣きもせず、笑顔でもなく、ただ呆然と彼女を顔を眺めていたと思う。

 だが、最後の最後に僕は口を開き、しっかりと彼女の目を見た。


「メグちゃん、またね……!」


「うん……」


 あの時僕が何を思ってそう言ったのかは、はっきりと覚えていない。その時はまだ彼女が居なくなるという現実を受け止められていなかったし、理解してすらいなかった。

 

 ――だけど、後悔はしたくなかったんだと思う。


 最後に手を振りながら幼稚園を出て行く彼女の姿はよく覚えていない。

 泣いていたのだろうか、それとも最後まで笑っていたのだろうか。


 今ではもう会えないし、聞きたくても聞けないことだ。

 だけど、おそらく泣いてはなかったと思う。気の強いあの子が泣いている姿なんて……、あの一件の時以来見たことなかったから。

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