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ほな、さいなら  作者: 古川ムウ
5/11

〈五〉

 終業式が十二月二十四日にあるというのは、果たしてどうなんだろうか。

 真由は自分の机に向かいながら、そんなことを考えていた。


 (もう少し早く、二学期が終わらへんもんやろか)


 終業式には通信簿を渡される。

 成績が優秀な生徒は、別に何ともないだろう。だが、成績の悪い生徒は嫌な気持ちになる。まあ最初から諦めたり開き直ったりしている人間もいるだろうが、そういうケースはひとまず置いておくとしよう。

 ところで、大抵の子供というのは、クリスマスを楽しみにしているものだ。

 だが、もしも成績が悪ければ、そのことで親から叱られる可能性が高い。

 そうなると、せっかく楽しい気持ちでクリスマスを迎えたいのに、その前に憂鬱な気分になってしまう。

 夏休みを少し減らしても構わないから、その分、冬休みが始まるのを早くしてくれないだろうか。

 それが無理なら、終業式の何日か前に、通信簿だけ渡してもらえるような形にならないだろうか。

 そんなことを、真由は本気で思っている。

 まあしかし、自分の要望が叶えられるはずがないことも、良く分かっている。


 (そんな都合のエエことを、学校がやるわけがないわな)


 今回の成績が悪かったからといって、それで急に、そんなことを考えたのではない。以前から思っていたことだ。

 とは言え、今回の通信簿に真由が少なからず落ち込んだことは、紛れも無い事実である。


 (自分が勉強の出来る子供やなんて、思ってないけどさ)


 ただ、それでも、もう少し上だろうと期待していた。

 どの教科にも五段階評価の五が無いのは今までと同じだが、今回は四も無くなってしまった。

 一学期は、国語だけは四だったのに、今回は三に下がっている。

 自分はここまで馬鹿だっただろうかと、真由は軽く落ち込んだ。


 (たぶん日頃の行いが悪いんやろ。そうそう、アタシはクソガキやからな。って、なんでやねん)


 真由にとって救いなのは、母が家にいないことだ。

 成績が悪いと、今までは裕子にクドクドと説教をされていた。その点、泰彦はそういうことを全く気にしない。

 真由は、母が出て行ってくれたことに感謝した。


 (って、そんなことに感謝してたら、冗談でも怒られそうやな)



 「真由ちゃん、どうやった、通信簿?」

 そう言いながら、タエボンが近付いて来た。

 「頼むわ、聞かんといて」

 「そんなに悪かったん?」

 「せいぜい歩ける程度やな」

 「どういう意味?」

 「一ばっかりやったら歩かれへんやろ。一、二、一、二って歩ける程度はあるよ」

 「そんなこと言えるぐらいやから、余裕あるやん」

 「開き直ってるだけや」

 「そんなに落ち込むこと無いって。私もそんなに良くなかったし」


 「エエねん、別に。もう成績のことは完全に忘れた。どうせ私立を受けるわけでもないし、何もせんでも中学には行けんねんし」

 「そや、私立で思い出した」

 タエボンが急にハッとした表情になった。

 「真由ちゃん、やっぱりホンマやったわ」

 「何がホンマやねんな?」

 「ヒロヤくん、やっぱり私立の中学を受けるんやって」

 「ああ、そうなんか」

 「なっ、真由ちゃん、ホンマやったやろ」

 タエボンが顔を近付け、真由の手を掴んだ。


 (なんで手を握るんかな。その意味が分からんわ)


 「タエボン、『なっ』とか言われても」

 困惑の顔で、真由はそっと手を離す。

 「ヒロヤくんやったら、絶対に合格すると思うねん」

 タエボンは構わずに話を続ける。

 「そうやな、合格するかもな」

 「だから、やっぱり中学生になったら会われへんようになると思う」

 「まあ、そうかもしれんな」

 真由は当たり障りの無い言葉を返した。


 (だって、他にどうしようもないし)


 するとタエボンは、すごく悲しそうな目で真由を見つめ、またギュッと手を握ってきた。しかも無言で。


 (キツいわあ。せめて、なんか喋ってくれんと)


 真由は思わず視線を外す。

 自分の態度に少し意地悪な部分もあったが、それにしても、タエボンの反応はキツかった。

 タエボンの言いたいことも分からないではないが、その気持ちをぶつけられても、どうしようもない。


 (アタシはヒロヤでも無ければ、ヒロヤの身内でも無いんやから)



 「おい、レズビアンども。何をイチャイチャしてんねん」

 真由がタエボンにどう話し掛けようか悩んでいると、ゴイラが乱入してきた。

 珍しく、真由はゴイラに感謝した。彼のおかげで、気まずい空気から逃れることが出来る。

 「アンタ、ようレズビアンなんて難しい英語を知ってたな」

 真由は言った。

 今回に限っては、ゴイラと喋ることにも疎ましさは感じない。

 「お前とは頭の中身が違うからな」

 「自分のことをそんなに悪くいうモンやないで」

 「どういう意味や?」

 ゴイラは首をかしげる。


 (アタシの嫌味が理解できひんとは、さすがゴイラや)


 だが、そんなゴイラでも、切ない雰囲気を過剰に振り撒くタエボンの相手をしているよりは、遥かに楽だった。

 「いや、意味が分からんのやったら別にエエわ」

 「なんや、もしかして今のは悪口を言うてたんか?」

 「それが悪口かどうか分からん奴には、説明しても無意味やろ」

 「やっぱり悪口やったんやな」

 「それぐらい自分で考えろや、ゴイラ。ちょうど冬休みで、時間もたっぷりあるし」

 「そんなんで時間使うか、勿体無い」


 (そうや、時間が勿体無いんや)


 真由はゴイラの言葉で、大事なことを思い出した。

 (またまたサンキューやでゴイラ、今日のアンタは冴えてるわ)

 「悪いなゴイラ、アンタに付き合ってる暇は無かったわ。今日は早く帰らんと」

 「なんや、逃げる気か」


 (そんなんばっかりやな、ゴイラは)


 真由は呆れる。

 逃げるとか逃げないとか、そんな低レベルの話は、彼女にとってはどうでも良かった。


 (せっかく心の中で誉めたったのに、すぐにボロを出しよるんやから)


 「ゴイラ、今日はなんの日や?」

 「そら、終業式やんけ」

 「それはさっき終わったやろ。もっと大々的なことで、他にもなんかあるやろ」

 「クリスマスイブとか?」

 「そや。せやから、はよ帰って、サンタクロースを迎える準備をせんとな」

 それはジョークのつもりだったが、言った相手が悪かった。

 「うわっ、何言うてんねん。お前、まだサンタとか信じてんのか?恥ずかし」

 ゴイラは馬鹿にしたように笑う。


 (アカン、単純バカや)


 真由は嘆くように頭を振る。

 「頼むわゴイラ、ジョークぐらい分かってくれんと」

 「いや、今のはジョークやないで。お前、本気で言うてたやろ。急に嘘ついてもアカンぞ。うわぁ、恥ずかし」


 (しもたなあ、こいつが本格的にスペシャルなアホやっちゅうことを忘れてた)


 真由は自分の言葉を悔やむ。その手の冗談がゴイラには通じないことを、理解しておくべきだった。

 「なんでもエエわ。勝手に言うとき」

 誤解を解くことは諦め、真由はゴイラに背を向ける。

 「タエボン、アホはほっといて帰るで」

 「う、うん」

 「おっ、恥ずかしくなって逃げるんか」

 ゴイラは調子に乗って、声高になる。

 (まだ言うとる。付き合いきれんわ)

 真由はゴイラを無視し、タエボンと一緒に教室を出た。


 *****


 サンタクロースが来ようが来るまいが、やはりクリスマスイブというのは、特別な日だ。

 まだ両親が離婚する前、裕子は御馳走を用意していたし、泰彦はケーキを買ってきた。二人とも、なるべく早く帰宅するように心掛けていた。


 (それは自分達のためじゃなくて、アタシのためやったんやろうな)


 真由は思う。

 若いカップルならともかく、いい大人になった両親が、クリスマスを祝う気にはならないだろう。


 (しかし、キリスト教の信者とは違うのにクリスマスだけ祝うっちゅうのは、ホンマはズルいんやけどな)


 それと、クリスマスよりイブの方が盛り上がるのも、良く考えれば変な話だ。


 (まあ、とりあえず、そんなんもアリということにしてや)


 真由は台所にいる。

 晩御飯の準備をするためだ。

 クリスマスだからと言って、ものすごく豪勢な料理を作るつもりは無い。


 (というか、作られへんし)


 それでも、いつもと少しぐらいは違うメニューにしてみようと、真由は考えた。

 母が出て行ってからは、ほぼ毎日のように料理を作っている。まだ期間は短いが、少しは腕前も上達したと自負している。

 今日のメニューは、クリームシチューにシーフードサラダ。ここまでは、いつもと大して変わらない晩御飯だ。

 しかし今回は、さらにアップルパイに初挑戦することにした。デザートぐらいは作ってみたくなったのだ。

 ただしデザートを作るにしても、例えばデコレーションケーキなどは絶対に不可能だ。そこで、料理本を調べていたら、「簡単アップルパイ」という項目を発見し、それを試してみることにしたのだ。


 (でも、ホンマに簡単かどうかは、作ってみんと分からんトコがあるけどな)


 パイ生地の部分は、出来上がったものを既に購入してあった。それを使えば簡単に作れると本には書いてあるのだが、オーブンは今まで使ったことが無いので、そこが不安だ。家にオーブンレンジはあるが、普段は料理を温める機能しか使っていない。

 クリームシチューに関しては、昨日の晩の内に、準備をしてある。シーフードサラダは、前にも作ったことがあるので、それほど難しくないだろう。

 なので真由にとって問題なのは、“簡単”アップルパイだ。


 (ホンマに簡単なんやろな)


 料理本に書いてある作り方を読んでいる分には、確かに簡単そうに思える。

 だが、その本を書いている人はプロだ。プロにとっては簡単でも、素人には難しい場合もある。


 (失敗したらシャレにならんからな。いくらなんでも、捨てるわけにもいかへんし)


 しかし、グダグダ言っていても始まらない。

 「よっしゃ、やるか」

 真由は気合いを入れ、アップルパイとの格闘を開始した。生まれて初めてオーブンも使った。

 アップルパイを焼いている間にシーフードサラダを作り、そしてオーブンのタイマーが終了時刻を告げた。

 不安と期待の入り混じった気持ちで、真由はオーブンを開ける。

 「おおっ、なんか上手いコトいったんちゃうん」

 アップルパイは、いい具合に焼けていた。やや形に歪みはあるものの、初めてにしては上出来だろう。味に関しては失敗する要素が思い浮かばないし、まず大丈夫だろうと真由は自信を持った。

 「うれしいじゃ、あーりませんか」

 ちょっと浮かれ気分で、真由は独り言を口にする。


 アップルパイを皿に移していると、電話が鳴った。掛けてきたのは泰彦だった。

 「真由、今日の晩御飯、もう作ってしもたかな?」

 泰彦はそう切り出した。


 (なんか気になる言い方やな)


 「全て完成してまっせ。まさか、遅くなるとか言うたら怒るで」

 「いや、それは大丈夫や。今から帰る。ただな」

 少しためらいがちに、泰彦は言った。

 「森川さんが行きたいって言うてるんやけどな、家に」

 「はあっ?」

 真由の声が上ずった。

 「あのさあ、いまいち意味が分からへんねんけど、どういうことや?」

 「森川さんって、ほら、前にキムチを届けてくれた人がおったやろ」

 「それで?」

 「家に行ってもいいですかって聞かれたんやけど」


 (やっぱり意味不明や)


 真由は苦々しい表情になった。

 「家に来たいって、なんでや?」

 「クリスマスイブに一人やから、寂しいらしいよ」


 (それは全く理由になってないぞ)


 「クリスマスイブやで?一緒に過ごす恋人とかおらんのかいな」

 「お父ちゃんも同じこと聞いたんやけどな、おらへんらしいよ」

 「ほんなら、友達とか家族と過ごしたらエエやんか」

 「友達は彼氏とデートらしいよ。家族っていうのも難しいみたいやで。親と離れて一人暮らしやから」

 「それにしたって、なんでウチやねん?」

 「また真由の顔が見たくなったって言うてるけど」


 (あの女め、バレバレの嘘はやめい)


 真由は眼前に富美恵がいるかのように、受話器を睨み付けた。

 なぜ彼女が家に来たいのか、真由は感付いていた。

 だが、そんなに強引なやり方をしなくてもいいだろうに。


 (ちょっと無理がありすぎやろ。来るにしても、もうちょっと上手い理由は無かったんかい)


 「真由、聞いてるか?ほんでさ、他に予定も無いって言うてるし、強く断るのも可哀想かなあと思うんや。どうやろ?」


 (どうやろって、アタシに任されても困るっちゅうに)


 しばし真由は黙り込む。父が受け入れているのに、自分が断ったとしたら完全に悪者だ。


 (まあ、悪者でもエエけどさ)


 「せやけど、晩御飯は二人分しか作ってないで。どうすんの?」

 「そこを、なんとかならんか?」


 (なんやねん。お父ちゃんは、あの女を来させたいんかいな)


 しかし、「なんとかならんか」と問われると苦しいものがある。

 実は、何とかなったりするのだ。

 やや多めに作ってあるし、数が決まっている料理でもない。

 「なんとかしてくれって言うんやったら、なんとかするけどさ」

 渋々といった感じで、真由は返答した。


 (アカンなあ、アタシも甘いわ)


 「そうか、ほんなら頼むわ。そしたら、来ても大丈夫やって、森川さんに言うで」

 「言いなはれ、言いなはれ」

 投げやりな調子で、真由は告げた。

 「そしたら、今から帰るからな」

 泰彦は電話を切った。



 「あーあ、あの女がまた来るってか」

 受話器を置くと同時に、真由は大きくため息をついた。

 「ちょうど雪も降ってないし、これがホンマのブルー・クリスマスやな」


 (いやいや、そんな上手いこと言うてる場合とちゃうねん)


 真由の中では、父に対する不満があった。

 富美恵を招くというのは、優しさゆえの行動なんだろうとは思う。ただ、そこまで他人に同情する気持ちがあるのなら、娘の気持ちも察して欲しかった。


 (アタシの声のトーンとかで、来て欲しくない意思を読み取ってくれてもエエんとちゃうんかなあ)


 富美恵が急用で来られなくなるとか、そんな事態にならないものか。

 「まあ、ならへんわな」

 すぐに真由は、自分の期待を打ち消す。

 ふて寝でもしてみようかと思ったりもしたが、それも無理だろう。

 というか、意味が無い。

 結局は憂鬱な気持ちのままで、父が帰るのを待つことになった。


 *****


 インターホンが鳴った。


 (お父ちゃんやな)


 真由は玄関に向かうが、その足取りは重い。待っているのが父だけではないと分かっているからだ。

 しかし、父も家の鍵は持っているので、仮に放っておいても入ってくることは出来る。

 牛歩戦術の無意味さを、真由は分かっている。

 玄関のドアを開けると、富美恵が立っていた。

 「こんばんは、真由ちゃん。メリークリスマス」

 招かれざる客が、満面の笑みで言う。


 (憎たらしい顔をしやがって。そんなにニコニコしてたら、最初からウチに来る気満々やったのがバレバレやぞ)


 「ただいま、真由」

 富美恵の後ろから、泰彦が顔を出した。


 (おかしいやん。我が家の人間が後って、おかしいやん)


 「森川さん、とにかく上がってください」

 泰彦が中へと促した。

 「はい、じゃあ失礼します」

 富美恵が靴を脱ぎ、廊下に上がった。

 「そうそう真由ちゃん、お姉ちゃん、ケーキ買って来たんよ」


 (誰がお姉ちゃんやねん。お前の妹になった覚えは無いぞ)


 「お邪魔させてもらうのに、手ぶらでは失礼やと思って。駅前に美味しいケーキ屋さんがあるんやけど、真由ちゃん知ってる?」

 「知らん」

 真由はスパッと短く告げた。


 (ホンマは知ってるけど)


 「お姉ちゃん、あそこのケーキが大好きやねん。チョコレートケーキやねんけど、真由ちゃん、好きかな?」

 「嫌いではない」


 (ホンマは大好きやけど)


 「お父ちゃんは、何も無くても大丈夫って言うたんやけどな」

 泰彦が口を挟んだ。

 「森川さんがどうしても何か持って行きたいって言うから、じゃあケーキでもって、お願いしたんや」

 泰彦が案内する形で、富美恵は台所へ行く。

 真由も仏頂面で後に続く。

 用意されている料理を見て、富美恵が目を丸くした。

 「うわぁ、これ真由ちゃんが作ったん?すごいやん」


 (わざとらしい女やで。子供を誉めて、自分の好感度をアップする作戦かい)


 「デザートまであるやん。これは、アップルパイ?」

 真由は無言でうなずいた。

 富美恵が次々に問い掛けてくることに、真由は納得がいかなかった。


 (そういうことは、先にお父ちゃんが口にすべきやろ)


 「こんなん作るの大変やったやろ。頑張ったんやなあ、真由ちゃん」

 富美恵が感心したような口ぶりで言う。


 (その通り、確かに頑張ったよ)


 だが、それを富美恵から言われると、妙にムカムカした。


 (アンタに食べさせるために、頑張ったわけやないっちゅうねん)


 「着替えてくるから、しばらく待っててくれるかな」

 泰彦はそう告げて、自分の部屋に入って行った。

 台所には、真由と富美恵が残される。



 (さてと、この女、どうしたろうかな)


 真由は訪問者の様子を窺う。

 それほど長い人生を歩んで来たわけではないが、富美恵が父に少なからず好意を抱いていることぐらいは、真由にも想像が付いた。

 だが、あくまでも想像であって、確実な証拠が提示されたわけではない。

 「ちょっと質問してエエか?」

 「えっ、いいよ、なんでも聞いて」

 富美恵はニコニコしながら、真由の顔を見つめた。


 (なんか浮かれてるみたいで、気に食わんな)


 「アンタ、お父ちゃんのどこが気に入ったんや?」

 「えっ?」

 富美恵の表情が、一瞬だけ引きつった。それから取り繕うように、すぐに笑顔へと戻った。


 (たぶん、ちょっとビビったんやろな)


 真由は推察する。

 もっと軽い質問だと、富美恵は想定していたのだろう。


 (せやけど、アタシはそんなに甘くないで。ド真ん中に豪速球を投げたった)


 「どういう意味?よう分からへんけど」

 富美恵は大人の対応をする。

 「なんでウチに来たか、そのぐらいアタシにも分かるで。隠しても無駄や」

 「そんな言い方、恐いなあ真由ちゃん」

 「どうせバレバレやねんから、ハッキリさせとこうや。お父ちゃんみたいな男の、どこがエエねん?」

 「真由ちゃんは、お父さんのこと、好きじゃないの?」

 「アタシが好きって言うたとしても、それは父親としてや。アンタとは意味が違うで」

 「私、好きなんて一言も言うて無いけど」

 「口に出さんでも分かるって。ただな、お父ちゃんを選ぶ理由が分からん。お父ちゃんは父親としてはともかく、男として見た時に、どう考えてもモテるタイプではないやろ。なんか頼りないし」

 「でも、すっごく優しいと思うけど」

 富美恵は何気無い感じで口にしたが、それに真由はイラッとした。

 “すっごく”の小さい“つ”の部分が、癇に障ったのだ。


 (めっちゃ感情が入ってるやんけ)


 「ごめん、もうエエわ」

 真由は静かに告げた。

 「何が?」

 「いや、ホンマに。もうエエわ」

 真由は、質問を終わらせることにした。

 どうせ、それ以上の追及を続けても、明確な答えを聞き出すことは難しいだろう。

 だが、もう真由の中では、答えは得られたようなものだった。

 そして、相手の感情に確信を持った時点で、それを引き出そうとする自分の行為が、馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。


 (やってられへんわ。ホンマ、富美恵のボケが)


 真由は心の中で、言葉を吐き捨てる。

 クリームシチューでもアップルパイでも、好きなだけ食べていけばいい。

 買ってきたチョコレートケーキも、別腹で食べていけばいい。

 やや投げやりな気分で、真由はそんなことを思う。


 (ほんで、食いすぎて豚になれ。もしくは、帰り道に気持ち悪くなって、ゲロを吐け)


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