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ほな、さいなら  作者: 古川ムウ
4/11

〈四〉

 日曜日。

 起床した時から、真由には何となく妙な予感があった。

 どう表現していいのか分からないが、心臓の辺りがムズ痒くなるような感じだ。

 その時は、それほど気にしていなかったが、昼を過ぎた頃になって、予感が当たっていたことが分かった。

 それはつまり、見知らぬ訪問者のことを暗示していたのだ。

 しかも若い女ときている。


 インターホンが鳴った時は、セールスか何かだろうと思った。

 だが、のっそりと部屋から出て来た泰彦がその女性を見て、

 「あれ、どうしたん?」

 と言ったので、真由は相手がセールスレディーではないと気付いた。

 「近くまで来たから、ちょっと寄ってみたんですけど」

 その女性が言った。


 (いやいや、そんなことより誰やねん、アンタは)


 「お父ちゃん、この人、誰?」

 向こうに自己紹介する気が無さそうなので、真由は尋ねた。

 「ああ、お父ちゃんの会社の人で、森川富美恵さん。総務で働いてるんや」

 「こんにちは真由ちゃん、森川富美恵です。いつもお父さんにはお世話になってます」

 彼女は微笑を浮かべ、軽く会釈した。

 「いや、別に何も世話してないけどなあ」

 そう言って、泰彦は照れたように頭を掻いた。

 真由は、何となくモヤモヤした不快感を覚えた。


 (この女は、なんでアタシの名前を知ってるねん)


 その疑問の答えは簡単で、父が喋ったからだろう。それ以外には有り得ない。

 「それで、ご用件はなんでしょうか?」

 真由は事務的に対応した。

 「ああ、あの、これ」

 そう言って、富美恵は右手に持っていた袋を差し出した。すると、そこから独特の匂いが漂ってきた。

 「これ、キムチです。韓国の本場のヤツ」

 富美恵が泰彦に告げた。

 なるほど、臭いはずだ。


 (というか、本場でもなんでもエエけど、キムチがどないしたんや)


 「もし良かったら、食べてください。高野さん、キムチが好きって言うてたし」

 「えっ、確かにキムチは好きやけど、わざわざ届けるために来てくれたん?そんなん、悪いなあ」

 申し訳無さそうに、泰彦は袋を受け取った。

 「いえ、他に近くまで来る用事もあったし、ちょっと寄ってみただけですから」

 そう言った富美恵の言葉を、真由は即座に嘘だと見抜いた。


 (キムチをぶら下げてるのに、他の用事は無理やろ)


 真由は仏頂面になる。


 (なんや、こいつもアホなんか。アタシの周りはアホだらけか)


 それと真由には、先程から気になっていることがあった。

 富美恵が、ずっと父ばかり見ているのだ。

 もちろん会社の同僚だし、真由とは面識が無いのだから、泰彦ばかり見るのは当然なのかもしれない。

 だが、その視線に何かしらの感情が込められているように、真由には思えた。

 「高野さん、最近ちょっと元気が無い様子やったから、それでスタミナでも付けてください」

 富美恵が言う。


 (元気が無いとは、聞き捨てならんな)


 真由は小さな憤りを覚えた。それでキムチを持ってきたら、まるで自分が作っている食事では栄養が足りないみたいではないか。

 「やっぱり離婚されたから、気苦労もあるんかなあって心配してしまって」


 (なんで離婚のことを知ってるんや)


 真由は鋭く富美恵を見据える。

 だが、富美恵は泰彦ばかり見ているので、真由の攻撃的な視線には、まるで気付かない。

 「わざわざ家まで来てもらって、悪いなあ。でも、ありがとう」

 泰彦がペコペコと頭を下げた。


 (低姿勢すぎるやろ。何も悪くないっちゅうねん。向こうが勝手に来とるんやから)


 「いえ、そんな。どうせ私、近くに住んでますし。それにキムチやから匂いが強いし、会社では渡せませんから」

 富美恵が告げる。

 だが、そんなのは理由になっていない。そもそも、キムチを泰彦に渡す必要が無いのだ。


 (それに、例えばホンマにお父ちゃんの元気が無いとしても、アンタが心配せんでもエエやろ)


 「玄関で立ち話もなんやし、まあ上がってください」

 泰彦が珍しく気の利いたセリフを吐いた。


 (こんな時に限って気が利くんかい。っていうか、なんで家に上げる必要があんねん)


 「いえ、ちょっと寄っただけですし」

 「せやけど、お茶ぐらい飲んでいってください」

 「でも、ホントにキムチを渡しに来ただけですから」

 「お父ちゃん、無理強いは良くないで」

 真由は口を挟んだ。

 こんなところでヌルい主婦同士のような会話をされても、真由はどうしていいのか分からない。そうでなくても、先程からずっと居心地の悪い状況になっているのに。

 「あの、ホントにお構いなく」

 富美恵が言う。


 (心配すな。誰もお構いしてへん)


 「じゃあ高野さん、今日はこれで。真由ちゃんも、またね」

 そう告げて、富美恵は背中を向けた。


 (おいおい、「また」ってどういうことやねん。また来るつもりかいな)


 ドアを開けて出て行く富美恵を見つめながら、真由は腕組みをする。


 (それと「真由ちゃんも」ってなんやねん、「も」って。ついでかよ)



 富美恵を見送った後、真由は父の方にパッと視線を向けた。その目には、「どういうことやねん、あの女はなんやねん」という意味を込めたつもりだった。

 そんな娘に対し、泰彦は緩んだ表情で言った。

 「なあ真由、このキムチ、そこそこ高そうやで。早速、今日の晩にでも食べよか」


 (いやいや、違うがな)


 そんなことは、今はどうでもいいのだ。

 この目付きで何となく察することが出来ないのかと、真由は呆れた。


 (アンタはいつでもマイペースか)


 察する能力が皆無なら、確かめるしか無い。

 「お父ちゃん、確か離婚のことは、会社では話さへんって言うてたよな」

 「なんや急に。そうや、言うてた。だから会社では、いちいち喋ってないよ」

 「それやったら、なんで今の女は離婚のことを知ってんの?」

 「今の女って、そんな呼び方は良くないで。森川富美恵さんや」


 (別にフルネームで言わんでもエエのに)


 それに説明してもらわなくても、相手の名前ぐらい覚えている。あえて呼ばなかっただけだ。

 「名前はこの際、どうでもエエやん。なんで離婚のことを知ってんのか聞いてるねん」

 「それは、お父ちゃんが言うたからやな」

 それは予想外に、あっさりした答えだった。


 (うそーん)


 「さっき、会社では話してないって言うたやんか」

 「会社では話してないよ。でも、森川さんには話したな」


 (いやいや、それはおかしいって。なんで当たり前のような口調やねん)


 「なんで言う必要があるん?」

 「聞かれたから」

 「奥さんと別れたんですか、とでも聞かれたんか?」

 「いや、そうじゃないよ。最近ちょっと様子がおかしいみたいですけど、何かあったんですか、って聞かれたんや」

 「それで?」

 「そう聞かれたから、自分では意識してなかったけど、もしかしたら離婚した影響があるんかなあって答えた」

 「ええっ、なんでや?」

 真由は驚きのあまり、大きな声を出した。

 父の愚かさには慣れているつもりだったが、さすがに心のつぶやきでは済ませられなかった。

 「なんでって、なんで?」

 泰彦は首をかしげ、疑問形で返してきた。


 (いやいや、自分がおかしなことをやったって気付いてくれよ)


 真由は力が抜けてしまった。

 父の返答次第では激怒をぶつけようとも思っていたのだが、その気持ちは完全に失せた。ただ呆れるだけだった。

 「何かあったんですか」と聞かれて、なぜ離婚したことを語る必要があるのか。

 そんなのは、「別に何も無い」と答えておけばいいことだ。


 (アホや、この人。完全にアホや)


 真由は天を仰いだ。


 (この人は、絶対にスパイにはなられへんな)


 「もうエエわ、お父ちゃん」

 真由は和やかな顔になり、父の肩をポンポンと軽く叩いた。


 (アタシが野球の監督で、お父ちゃんがピッチャーやったら、マウンドから降ろす場面やけどな)


 「何がエエねんな?」

 泰彦は、含んだような真由の言い方を気にした。

 だが、真由はそれ以上、説明する気にならなかった。

 「キムチ、冷蔵庫に入れといてや」

 真由はそう言って、自分の部屋へ戻ることにした。

 しかし、父のことは仕方が無いと諦めるにしても、訪問者のことは引っ掛かった。

 別に何かされたわけでもないのだが、どうも気に食わないのだ。生理的に嫌な感じがする。


 (大体、名前がアカンわ。モリカワフミエって、なんかババアみたいな名前やんけ)


 真由は思考を巡らせる。


 (それに初対面やのに「真由ちゃん」とか呼びやがって、馴れ馴れしいねん)


 *****


 真由は、母のマンションへ行ってみることにした。

 住所は教えてもらっていたし、いちいち報告するようなことでもないと考え、父には言わずに一人で出掛けた。

 何か特別に用事があったわけではない。ちょっと遊びに行ってみようかと、急に思い付いたのだ。

 母親がいなくて寂しいとか、そんな風に思うほどガキでもないと彼女は自負していた。


 (一応は母娘の関係やし、全く会いに行かへんのもおかしいやろ)


 真由は自分に言い訳をする。

 母には事前に連絡をせず、いきなり押し掛けることにした。ビックリさせようと思ったのだ。もし不在であれば、それはそれで別に構わないと真由は考えた。


 (せやから、その程度の気持ちで行くってことや)


 真由は電車に乗り、母の住む街へと向かった。真由が暮らすA市から、裕子の引っ越したT市までは、電車で十五分ほど掛かった。

 最寄りの駅に到着した真由は、駅長に道を尋ねて街へ出た。

 駅周辺は二十年ほど前に「人間と自然の調和」をテーマに再開発が行われており、表口には大きな運動公園があった。そこを抜けるとポプラ並木が続き、右に折れると商店街へ入るアーチが見える。商店街に入らず、さらにポプラ並木を進むと、左手に裕子が住む十階建てのマンションがある。

 駅からは、徒歩で十分ほどの距離だった。

 真由はマンションを見上げた。それほど築年数は経っていないらしく、クリーム色の外壁が陽光を浴びて映えていた。マンションの知識が豊富ではない真由だが、それなりに高級そうな印象を受けた。


 「我が家の古さとは大違いやな」

 一戸建てへの憧れを口にする人も多いが、オンボロの小さな一軒家よりは、こんなマンションの方が絶対にいいはずだと真由は思った。少なくとも、自分なら後者を選ぶ。

 外見がキッチリしていたので、入り口のインターホンで連絡し、中から開けてもらうようなシステムなのだろうかと、真由は一抹の不安を覚えた。だが、そこは普通に入れるようになっていた。


 「見た目の印象と違って、庶民的やな」

 真由は独り言を言いつつ、マンションの中へと入る。

 彼女はエレベーターに乗り、八階で降りた。入り口は庶民的だったが、それでもエレベーターがあるのだから、やはり、それなりに立派なものだ。


 (まあ十階建てで階段しか無かったら、上の階の住人は大変やもんな)



 八階の八〇三号室。

 それが、現在の裕子の住まいである。

 部屋の前まで来た時、真由は少しだけドキドキした。なぜかは良く分からない。

 真由は住所を記したメモ用紙をポケットから取り出し、部屋番号を再確認する。

 ここまで来て、「すいません、部屋を間違えました」ということではカッコ悪い。


 部屋番号が正しいことを確かめて、真由はインターホンを押した。

 しばらく待ったが、何の反応も無い。

 もう一度、インターホンを押そうとした時、ガチャッと開錠する音が聞こえた。

 ドアが開き、裕子が顔を見せる。

 「どないしたん、急に」

 母の姿を目にして、真由は安堵した。ドアが開いたのはいいが、中から怖いオジサンでも出て来たらどうしようかと、一瞬だけ心配になったのだ。


 「どないしたんって、娘が母親に会いに来たんやんか」

 真由は軽い調子で告げる。

 「急に来たら、ビックリするやないの」

 「ビックリさせようとしたんやないの」

 「しょうがない子やな。とにかく、中に入り」

 そう言って裕子は、真由を招き入れた。

 「お邪魔します」


 真由は玄関で靴を脱ぎ、中に入った。

 裕子に付いて行く形で、短い廊下を歩き、二十畳のリビングに突き当たる。

 マンションの外壁も綺麗だったが、室内もかなり綺麗だった。壁紙には染み一つ無く、フローリングの床はピカピカだった。まだリビングしか見ていないが、それだけで他の部屋も同様だということは、容易に想像できた。


 (この部屋だけ綺麗で、他は全部ボロボロやったりしたら笑うけどな)


 「真由、一人で来たんか?」

 「そうや」

 真由は即答する。

 「住所は教えてあったけど、詳しい場所まで、よう分かったなあ」

 「途中で人に聞いたから」

 「お父ちゃんには言うて来たんか?」

 「いいや、言うてない」

 「それはアカンやん、ちゃんと言うてから来んと」

 「うん、そやなあ」

 真由は受け流すような態度を示した。

 「そやなあって、そんな適当なことしたらアカンよ」

 「分かった、今度からはそうするから」

 「ホンマに分かってんのかいな」

 「分かってるって」

 言葉を返しながら、真由はリビングの隣にあるダイニングキッチンへと目をやった。仕切りが無く、リビングから一続きになっている。反対側にも部屋があるようだが、そちらはドアで仕切られているため、中の様子は見えない。


 「適当に座ってて。ジュースでも入れるから」

 裕子がそう言って、キッチンへと向かった。

 真由はリビングに置いてある焦げ茶色のソファーに腰を下ろした。

 予想以上にフカフカしていたので、後ろに倒れ込みそうになって慌てた。

 「そないにフカフカしてどうすんねん」

 真由は小声で言う。


 (って、ソファーに文句を言うてどうすんねん)


 引っ越してから、そんなに経っていないのに、室内はキッチリと片付けられていた。荷物を出した後のダンボールが山積みになっているようなこともなく、スッキリと整頓されている。

 おまけに、新しいテレビや冷蔵庫もあった。高野家の家電製品は一切持ち出していないのだから、当然のことながら、それらは全て新しく購入したものだ。テレビは真由の家よりも大きかったし、冷蔵庫も一人暮らしなのに大型だった。

 「はい、どうぞ」

 裕子はコップにオレンジジュースを注ぎ、リビングに戻って来た。

 「どうも」

 真由は差し出されたコップを受け取り、ジュースを一口だけ飲んだ。


 (オレンジジュースなんて、ガキの飲み物やけどな)


 本当はコーラの方が良かったのだが、そんなワガママを口にするほど無粋ではない。

 「お母ちゃん、これ、買うたんか?」

 真由はテレビを指差し、質問した。

 「そうや。家のテレビを持って来るわけにもいかへんやろ」

 「そやけど、でっかいなあ」

 「まあ、それなりにな」

 「他にも色々買うたんやなあ。冷蔵庫とかクローゼットとか、新品だらけですやん」

 「家にあったのは、どれも持って来られへんから、全部買わなしゃあないやろ。だから新品ばっかりになるねん」

 「リッチですなあ、母上」

 真由はニタニタと笑う。


 「リッチと違うよ。必要やったから買っただけで、だから貧乏でピーピーやで」

 「ピーピーってか」

 「そうや、ピーピーで困ってるわ。せやから頑張って仕事せんと大変や」

 裕子は芝居じみた態度で、息を吐く。

 だが、真由には母がバレバレの嘘をついているとしか思えなかった。


 (ピーピーやったら、こんな高そうなマンションに住めるかいな)


 もしかすると、キッチン・コーディネーターというのは、ものすごく儲かる商売なのかもしれない。

 「ここ、家賃どれぐらいなん?」

 「やらしいこと聞く子やなあ」

 裕子が顔をしかめる。


 (その通りや。やらしいから、しつこく聞くで)


 「ナンボよ?」

 「まあ、そこそこかな」

 「そこそこって、答えになってないやん」

 「想像に任せるわ」


 (任されても分からんから聞いてるのに)


 しかし、明確に言わないのだから、相当高いのだろう。

 「こっちの部屋は、寝室か何か?」

 真由は、リビングの左のドアを指差した。

 「そう、寝室」

 「なるほどな」

 「真由、もしかして部屋数から家賃を推測してるんか?」

 「まあ、そんなトコかな」

 「なんかゲスいなあ」

 裕子が苦笑いを浮かべた。


 (ありがとうございます、アタシはゲスい女です。そのゲスを産んで育てたのは、お母ちゃんやけどな)


 真由は何食わぬ顔で、室内を見回した。


 「そんなことより」

 裕子は話題を変える。

 「さっきも言うたけどな、急に来たらアカンで」

 「分かってるって。今日はたまたまやん」

 真由は聞き流す感じで、窓の方を見ながら適当に答えた。

 「ちゃんと聞きや、真由」

 裕子の声のトーンが、鋭く変化した。


 (おっ、なんかマジっぽい感じや。これはちゃんと聞かなマズいな)


 真由は正面に向き直り、話を聞く姿勢になった。

 「あのな真由、お母ちゃんも色々と用事があるし、急に来られても困るんや。せやから、来る前に電話を入れてや」

 「もしかして、怒ってる?」

 「怒ってないよ。怒ってないけどな、もし急に来たら留守にしてることもあるやろうし、そしたら、ここまでの電車賃も無駄になるやろ。そやから、お互いのためにも、ちゃんと連絡してくれた方がエエねん」

 「うん、分かった。今度からはそうする」

 「それとな、来る前に、ちゃんとお父ちゃんにも言うてから来なアカン。そうせんと、お父ちゃんも心配するやろ。何かあったら困るしな」

 「うん、それも今度からはそうする」


 (ここは素直に反省しとこ。いや、反省まではいかへんかな。そのちょっと手前ぐらいや)


 真由はオレンジジュースを一口飲み、コップをテーブルに置いた。

 そこで二人とも言葉が途切れ、しばしの沈黙が生じた。

 そのように会話の途中で空白の時間が生まれてしまうことは、たまに起きる現象だ。そして、それは妙に気まずい雰囲気を作り出してしまう。

 そういう時は、何か喋らないといけないと思って焦ってしまい、逆に上手い言葉が出て来なかったりするものだ。


 (で、今がその状態やな。ここは何か喋らなアカンぞ)


 そんなことを真由が思っていると、先に裕子の方が沈黙を破った。

 「家の方はどうや?」

 裕子はそう口にしたが、それは家のことが本当に気になって質問したというよりは、会話が途切れたから間を埋めるために話し掛けたように感じられた。

 「まあ、ボチボチでんな」

 真由は大阪商人のノリで答えてみた。


 (というか、今時こんなセリフ吐くような大阪商人なんか、いてないと思うけど)


 「特に変わったことは無いか?」

 「うーん、何かあったかなあ……」

 何かあったかというと、タエボンの誕生日パーティーに行ったことぐらいだろう。

 だが、それは毎年のことだし、いちいち喋るほどの内容は無い。粛々と進行し、特に変わったこともなく平穏無事に終了した。

 つまらなかったわけではないが、わざわざ話すような面白い出来事は起きなかった。



 (そう言えば、変わった女は来たな)


 真由は、森川富美恵のことを思い出した。 

 「いや、別に無いよ」

 富美恵のことを、真由は話そうとしなかった。別に話しても構わないのだが、何となく避けた方がいいんじゃないかと思ったのだ。

 いくら別れた夫とは言っても、離婚直後に若い女が家に来るというのは、あまり気分のいいものではないだろう。


 (まあ、アタシなりの気配りですな)


 「お母ちゃんの方はどうなんよ?変わったことは無いんかいな?」

 「別に無いなあ。いつも通りや」

 裕子は淡白に返答する。


 (まあ、そんなもんやろな、普通)


 真由は納得する。自分で質問しておきながら、どうせ変わったことなど無いだろうと予想していたのだ。

 離婚したからと言って、それが原因で急に変わった出来事に遭遇するわけでもないだろう。


 (いや、アタシは離婚した経験が無いから、ホンマのところは、どうなんか知らんけど)


 結局、大して話が盛り上がらないまま、真由はマンションを後にすることにした。

 母が逃げ出すわけでもないのだし、何か話したいことが見つかったら、また来ればいい。

 そんな風に、真由は考えた。

 久しぶりに会ったからといって、たくさん喋ろうと頑張って空回りしたら、ただ無意味なだけだ。


 (そうや、そんなに焦る必要も無いしな)


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