〈三〉
「おい、高野」
真由が教室に入ると、ゴイラがニヤニヤ笑いを浮かべながら近付いてきた。
「なんや、朝っぱらから気持ち悪いな」
「お前の親、離婚したらしいやんけ」
ズバッと鋭い言葉が投げ掛けられた。
「へえ、なかなか情報が早い奴やな」
真由は特に動揺することも無く、冷静に言った。
たぶん意図的だろうが、ゴイラが必要以上に大きな声を出したために、教室にいた他の生徒達が真由の方を向いた。数名の女子が、真由の元に集まって来た。
「何、真由ちゃんの親って離婚したん?」
「ホンマに?」
「いつ離婚したん?」
色んな方向から、口々に質問が飛ぶ。
(なんかウザいことになってるで)
真由は無表情のまま、どう対応しようかと思案する。
そんな中、タエボンが慌てて近寄って来た。
「真由ちゃん、私じゃないよ。私、誰にも言うてないからね」
「分かってるって、タエボン」
真由は穏やかに告げる。
「前にも言うたやろ。どうせ隠しても、すぐにバレるんや。まあ、ちょっと早すぎる感じはするけど」
「そしたら、やっぱり離婚したってホンマなん?」
真由の言葉に反応して、女子生徒の一人が尋ねた。
「ホンマや」
あっさりした口調で、真由は返答した。
「うそぉ、可哀想に」
「全然知らんかったわ」
「大変やなあ、真由ちゃん」
口々に言い合う女子達。
(ホンマに心配して集まってるわけやないくせに、嘘臭い態度やで)
真由は、冷然と受け止めていた。
クラスメイトは、自分の知っている人間が面白いネタを提供したから、それを楽しんでいるだけだ。基本的に、ワイドショーで芸能ニュースを見ているオバサン連中と同じ感覚なのだ。
そんな風に、真由は考えていた。
「高野さん、ご両親が離婚なさったそうですが、本当ですか?」
周りが騒ぐ中、からかうような調子で、ゴイラが芸能リポーターの真似事を始めた。
(なんや、こいつ、アタシの心の中でも読んだんか)
真由が無視していると、ゴイラはさらに続けた。
「親が離婚することについて、高野さん、コメントをお願いします」
「うっとおしい奴やな。そんなしょうもない芸、どこで覚えたんや」
げんなりした表情を浮かべ、真由は大きくため息をついた。
「やめときよ、真由ちゃんが可哀想やろ」
「そうや、ひどいわ」
女子の連中が、揃ってゴイラに注意する。
だが、それはそれで、真由にとっては迷惑なことだった。
(どうせ善人ぶって、ええカッコしたいだけやろ)
「可哀想だと言われていますが、それについてコメントをお願いします」
ゴイラは注意されても全くやめようとせず、ますます悪ノリしてきた。
(ホンマ、精神年齢の低い奴やで)
真由は呆れる。
「悪いけど、アホの遊びに付き合うつもりは無いねん。どんだけ挑発しても、何も面白いこと言うたりせえへんで」
「離婚がショックで、何も喋られへんか」
ゴイラは芸能リポーターの真似事をやめて、素に戻って笑う。
「あのなあ、よう聞きや」
真由は、まるで親が子供を諭すような口調になった。
「アンタはアタシの弱みを見つけたつもりで喜んでるかもしれんけど、アタシにとっては、親が離婚しても、なんでも無いねん。せやから、ゴチャゴチャ言うても無駄やで」
「嘘つくなや。なんやったら、オレにすがりついて泣いてもエエんやぞ。今回だけは許したるわ」
(ウザっ。最低やな、こいつ)
真由は強い不快感を覚えた。
だが、だからと言ってカッとなったりはしない。あくまでも冷静に対応してやるのだ。
「しつこいって。なんやアンタ、アタシに構ってほしいんかいな」
今度は逆に、真由がニヤニヤと笑いながら言う。
「それやったら、構ってくれって正直に言いや。言うてくれたら、たまにはアホの相手もしてあげるがな」
「なんやと。構ってほしいことなんかあるか。ホンマに生意気な女やな、お前は」
少し真由に刺激されただけで、すぐにゴイラは余裕が無くなった。
「生意気かどうかは相手によるなあ。アホを相手にしてたら疲れるから、生意気な感じにもなるわな」
「オレはアホやないぞ」
「なるほど、自分がアホって分からんぐらいアホやねんな」
「静かに!静かにしなさい!」
別の方向から、大人の声が割り込んできた。
佐々木先生の声だ。気付かない内に、教室に入って来ていたのだ。
「何を騒いでんの。もう授業が始まる時間やで。高野さん、何かあったんか」
「いえ、なんでもありません」
真由は答えた。
「実は親の離婚のことでゴイラが色々と言ってきて……」
などと、いちいち説明するほど真由は愚かではない。
そんなことを言ったら、
「それでは、今日のホームルームで、その問題について話し合いましょう」
となる可能性もある。
そんなのは、真由にとって非常に疎ましい状況だ。
だが、彼女自身が愚かな行動を避けたのに、厄介の種を撒く者が出現した。
学級委員長の女子が立ち上がり、発言したのだ。
「先生、実は高野さんの親のことで、五井くんが高野さんをイジメてたんです」
(余計なことを。そんなん言わんでエエねん。何を真面目ぶっとんねん)
真由は小さく舌打ちをする。
「本当なんか、高野さん?」
佐々木先生が尋ねてきた。
(疎ましいことになったで)
真由は渋面になる。
委員長が自分の方を見ているのに気付き、ますます真由は不快になった。
(なんでアンタは、良いことをしてあげた、みたいな顔をしとんねん。大体、指名されてもおらんのに、勝手に発言すんなや)
「別にイジメられてません」
真由は断言した。
実際、イジメられたとは感じていない。
「そんなん嘘やん、真由ちゃん。イジメられてたやん」
「正直に言うた方がエエよ」
また女子の連中が、口々に騒ぎ出した。
(なんで当事者のアタシが否定してるのに、イジメられたことにしたがるねん)
「はいはい、分かった、分かった」
佐々木先生は両手をパンパン叩いて、生徒を静かにさせる。
「とにかく高野さん、休み時間になったら職員室に来てくれるか。話を聞くから」
(うそーん)
表情には出さなかったが、真由は不満で一杯だった。
なぜ自分が職員室に行かなければいけないのか、何か悪いことでもしたのかと抗議したい気分だった。
そうしたところで、佐々木先生が命令を撤回するはずも無いので、無駄なことはしなかったが。
しかし「話は聞く」と言われても、真由には話すことなど何も無い。
(そやけど逆らってもしょうがないし、従うしか無いわな)
真由は、小さく嘆息した。
*****
休み時間になり、真由は重い足取りで職員室へ向かった。
真由にとって、職員室は、いかにも入りにくそうな雰囲気を醸し出している場所だ。澱んだオーラが、廊下にまで漏れ出している。
それでも逃げ出すわけにはいかないので、真由は扉を開けて足を踏み入れる。
佐々木先生の元へ行くと、彼女は真由の方に向き直り、いつもと違って穏やかな口調で告げた。
「高野さん、ご両親が離婚したんやな」
質問ではなく、断定である。
つまり、佐々木先生は両親の離婚を知っているわけだ。
(ゴイラに負けず、情報が早いでんな)
皮肉っぽく思いつつも、真由はそれを表情には出さなかった。
「そうですけど、なんで先生は知ってるんですか」
「お母さんから電話があってな、離婚したことを聞いたんや」
(なんや、そういうことか)
真由は納得する。それなら、知っていても当然だ。
だが、学校に電話するのなら、そのことを事前に言ってくれてもいいのにと、真由は母に不満を覚えた。
(というか、そもそも電話なんか、せんでもエエのに)
「そのことで五井くんに、からかわれたりしたんか?」
「からかわれたっちゅうか、アイツはいつもゴチャゴチャ言うてきますから」
真由は淡々と説明する。
「せやけど嫌やったら、ちゃんと言うてくれんと。先生のクラスでイジメがあったら悲しいもん」
「別にイジメとか、そんなんと違いますよ。それに先生、アタシがイジメられるようなタマに見えますか?」
「いや、たぶん大丈夫やとは思うけどな。ただ、みんなの前で色々と言われたら、やっぱり嫌やろ?」
「アイツに言われるのは慣れてますから。もう日常風景みたいなモンです」
「ホンマに、イジメと違うねんな?」
「違いますって。それに誰かがイジメてきたら、アタシの場合、やり返しますから」
「そうか、ほんならエエけど」
柔らかい物腰で、佐々木先生が言う。
いつもと違って妙に優しい感じなので、真由は戸惑いを覚えていた。
(なんか、ごっつい調子狂うわ。いつもガミガミした感じやのに、なんで今回は落ち着いたトーンやねん)
「もう戻ってエエよ。わざわざ職員室まで呼び出して悪かったな」
佐々木先生がそう言ったので、真由は軽く頭を下げて教室に戻ろうとした。
すると、佐々木先生は何かを思い出したらしく、すぐに真由を引き止めた。
「あっ、ちょっと待って高野さん」
「なんですか」
真由は背中を向けたまま、顔だけを佐々木先生の方へ戻す。
すると佐々木先生は真由の肩を掴み、わざわざ体ごと自分の方に向けさせた。
「あのな高野さん、お父さんとお母さんが離婚して、大変なこともあるやろうけど、もし何かあったら、いつでも相談においでや。先生に出来ることやったら協力するからな」
優しい励ましである。
だが、それを真由は、素直に受け入れなかった。
(うわっ、気持ち悪うっ)
真由の感想は、それだった。言われた途端に、寒気がしてゾゾッと鳥肌が立った。
(そんな優しい態度、どう考えてもインチキ臭いやん)
どうせ映画かドラマで、感動する教師モノでも見たんだろう。それで、自分もそんな感じになりたかったんだろう。絶対にそうだ。
(そやけど急にジェントルマンぶっても、中身はカラッポやのに。そもそも女やからジェントルマンではないけどな)
だが、その嫌悪感を、真由が表に出すことは無かった。
佐々木先生がその気になっている様子なので、真由は向こうが期待するようなリアクションでもしてやろうかと考えた。
「はい、先生。でも、大丈夫ですから」
真由は笑顔でもなく、泣きそうな顔でもなく、あくまでも普通を装って言葉を返した。
(こんな感じかなあ。もっと弱々しい感じの方が良かったかな)
とりあえず佐々木先生が満足しているように見えたので、真由は軽く会釈をして立ち去ることにした。
佐々木先生に背中を向けた途端、真由は顔をしかめた。
(いかにも生徒思いの教師らしいことを言うたつもりになって、満足しとるんやろ。でも、残念やけど、先生がアタシの心に入って来るのは、絶対に無理やと思うわ)
真由は胸の中で、そうつぶやく。
*****
職員室を後にした彼女は、佐々木先生の言葉を思い起こした。
(いつでも相談においでや、ってか)
誰が相談なんかするものかと、真由は反発心を抱く。
どんなに大変なことが起こったとしても、先生にだけは相談するつもりなど無かった。
佐々木先生だけでなく、どの先生に対してもだ。真由は教師に対して、平気で嘘をつく信用ならない連中だという印象を抱いている。
真由は、ある先生のことを思い出した。それは、三年生の時の担任だった石原先生である。今でも腹の立つ相手だ。
佐々木先生と同じ、女の先生だった。
(今までずっと女の先生が担任やったけど、これが男やったら、また印象が違うんかもしれんなあ)
真由はふと、そう思う。そういう考え方は女性差別になるのかもしれないが、思ってしまったのだから仕方が無い。
性別の問題は置いておくとして、石原先生のことだ。
彼女は生徒に対して、
「給食は残さず食べるように」
と口を酸っぱくして言っていた。
給食の時間内に食べ終わらない場合、その生徒は休み時間も居残りで食べさせられた。それでも駄目な時は、残った分を放課後に食べさせられた。
真由は食べるのが遅い方ではないし、好き嫌いも無いので、居残りをさせられた経験は無い。
だが、クラスメイトの直美は違った。彼女は好き嫌いが多かったし、食べるのも遅かった。そのため、ほぼ毎日、給食の時間内に食べ終わることが出来ず、居残りを余儀なくされていた。
真由は放課後、直美が泣きながら、給食を無理矢理、口に放り込んでいるのを何度か見たことがある。
直美はピーマンが特に大嫌いだったので、それが給食に入っていた時は、かなり苦しかっただろう。
冷たい料理はまだしも、温かい料理は、さらに大変だ。カレーやシチューは、時間が経てば冷めて不味くなる。それでも残すことは許されないし、温め直すことも出来ない。
四年生になる前に直美は転校したのだが、給食での居残りが辛いから別の学校へ移ったという噂が飛び交ったぐらいだ。
実際には、父親の転勤が理由だったのだが。
しかし、真由は直美のことで、石原先生に憤懣を抱いているわけではない。
もちろん、直美には同情したし、石原先生のやり方にも解せない部分はあった。しかし、それよりも真由が許せないのは、ある出来事が起きたからだ。
ある時、石原先生の机の中に、ビニール袋に入れた食べ残しのパンがあるのを、男子の連中が見つけた。
「給食は残さず食べなさい」
と生徒に要求していた石原先生が、自分は内緒で残していたのだ。
たぶん、いつもは気付かれないように持ち帰っていたのに、たまたま忘れてしまったのだろう。
生徒達は、石原先生を問い詰めた。自分達に残すなと言っておきながら、先生は残しているじゃないかと文句を言った。
その段階で素直に謝っていれば、真由が今でも怒りを抱き続けることは無かったかもしれない。
ところが、石原先生は何食わぬ顔で、
「先生は胃に問題があって、あまり食べるなと医者に言われてるから」
と説明したのだ。
(ふざけんなよ)
その当時を思い出して、真由は険しい顔付きになった。
(そんな言い訳で生徒が納得するかっちゅうの。なんか嘘臭い言い訳やし。医者を持ち出すなんて、ありがちなパターンや)
それに、その説明が真実だったとしても、それなら生徒に「残すな」と命令するのは違うだろう。自分が出来ないのに、いかにも出来るように見せ掛けて、それで生徒に強要するというのは、真由には受け入れ難いことだった。
(それは先生としてどうやねん。いや、その前に人間としてどうやねん)
その時に真由の中で、教師に対する見方が定まった。
教師という職業は、生徒に嘘をついても構わないのだなと。そして嘘をついても、偉そうな態度を取って構わないのだなと。
それ以来、真由は先生を絶対に信用しないと決めたのだ。
まあ、それ以前から、大して信用していなかったが。
給食の一件は、もちろん佐々木先生とは何の関係も無い話だ。
しかし、どの先生もそんなに変わらないだろうと、真由は思っている。
(そんなアホに相談できますかっちゅう話や。答えはノーに決まってるやろ)
*****
授業が全て終わり、いつものようにタエボンが真由に声を掛けてくる。
帰る時になっても、クラスの中には「大変やなあ」とか「気を落としたらアカンで」などと、まだ離婚に関して言ってくる面々もいる。
真由は適当に受け流し、さっさと教室を抜け出した。いちいち相手にしていたら、疲れるだけだ。
学校からの帰り道、タエボンはいつものように、たわいもない話をしてきた。
離婚のことは全く話題にしなかったが、それは気を遣っているというよりも、もうタエボンの中では終わっている話なんだろう。
(この子は、そういう子やからな)
理由はどうであれ、離婚ネタに付き合う必要が無いというのは、ありがたかった。
そもそも、たかが親の離婚ぐらいで周りが盛り上がりすぎだと、真由は辟易していた。みんな、よほど他にネタが無いのかと。
(だからって、アタシをオモチャにすんなっちゅう話や)
気の短い人間だったら、とっくにキレて暴れているだろうと真由は思った。
タエボンと別れ、自宅のある通りまで戻って来た時、真由は思わず小声で「うわっ」と口にした。
(中西さんトコのオバチャンや)
真由は苦い顔になった。
近所に住む中西さんトコのオバチャンが、家の前を掃除していたのだ。
(ほぼ間違い無く、あのオバチャンはお母ちゃんが出て行ったことを知ってるはずや。うるさく聞いてくるんやろなあ)
どうせ近所のオバチャン連中が色々と言ってくるだろうと、予想はしていた。
だが、よりによって中西さんトコのオバチャンが最初なのかと、真由は憂鬱になった。
真由は、中西さんトコのオバチャンが苦手だった。それは真由だけではない。近所でも、中西さんトコのオバチャンは、あまり好かれていない。やたらと嫌味なことを口にするし、トラブルの種を撒き散らす存在だからだ。
以前、彼女のせいで、裕子と山木さんトコのオバチャンが険悪な関係になりかけたことがあった。それは、中西さんトコのオバチャンが、
「山木さんの奥さんが、陰で悪口を言っている」
といった旨のことを、裕子に吹き込んだからだ。
最初は裕子も、そんなに気にしていなかった。だが、中西さんトコのオバチャンが何度も言うので、次第に山木さんトコのオバチャンを避けるようになっていった。
だが、それは嘘だったのだ。山木さんトコのオバチャンは、裕子の悪口など言っていなかった。
一方で中西さんトコのオバチャンは、山木さんトコのオバチャンの前では、裕子が悪口を言っていると吹き込んでいた。だが、裕子が悪口を言ったことなど一度も無かった。
結局、他のオバチャン達の口から真実が判明し、裕子と山木さんトコのオバチャンの関係は修復に至った。
なぜ中西さんトコのオバチャンが嘘をついたのかは、良く分からない。その嘘がバレた時も、全く悪びれた様子を見せず、
「どっかで誤解があったんかなあ。よう覚えてないわ」
などと笑っていた。
単に人を騙して、楽しんでいるだけなのかもしれない。もしかすると、嘘をついている意識さえ無かったのかもしれない。
あまりにも悪びれた様子が見えなかったため、裕子も山木さんトコのオバチャンも完全に呆れて、怒る気が失せたほどだ。
(あのオバチャンのことやから、アタシが戻って来るのを待ってた可能性もあるな)
真由は立ち去りたい気分になった。
だが、その前を通らなければ、家に入ることが出来ない。
その時、中西さんトコのオバチャンが、真由を目ざとく発見した。いつもは見掛けても知らんぷりをするくせに、その日は珍しく、自分から近寄って来た。
(やっぱり待ってたんやな)
真由は確信する。
「久しぶりやなあ、真由ちゃん」
オバチャンがニコニコしながら言う。
だが、久しぶりではない。一週間の半分ぐらいは、真由が帰宅する頃、中西さんトコのオバチャンは外に出ている。ただ単に、いつもは真由がいても無視するだけだ。
まあ、真由の方も挨拶などしないが。
「真由ちゃん、なんか最近、元気が無いみたいやなあ。何かあったんか?」
その妙に含んだ言い方で、すぐに真由は、離婚のことを知っているのだろうと察知した。
(知っててもハッキリ言わんところが、このオバチャンらしいわ)
「別に、何もありません」
無表情のまま、真由はキッパリと答えた。
もし何かあったとしても、中西さんトコのオバチャンに、わざわざ話すようなことは何も無い。
「そうか、それやったら構へんけどな。もし何かあったら、いつでもオバチャンに言うてや」
猫撫で声で、彼女は言った。
(なんちゅう分かりやすい人なんや)
本気で心配などしていないことが、その態度には露骨に表れていた。言葉で装っても、その目が明らかに嬉しそうだった。
(ホンマ、これやから暇を持て余してる主婦は怖いわ)
真由は吐息をつく。
何か不幸なことが周囲で起きたら、楽しくて仕方が無いのだろう。
(大体な、さっき「元気が無いみたい」って言うたけど、いつ元気が無かったんやっちゅう話やで。教えて欲しいわ)
真由の意識の中では、普段と変わったところは全く無い。元気が無いというのは、向こうの思い込みかデッチ上げか、いずれかだろう。
真由は、苛立ちを皮肉に変換して相手にぶつけることにした。彼女は上品ぶったマダムのような口調で、言葉を発した。
「ご心配には及びませんわ、奥様。アタクシ、大丈夫ですことよ。それでは、ごめんあそばせ。ホッホッホ」
真由は口を押さえて、笑みを浮かべる。
途端に中西さんトコのオバチャンは、
「嫌な子供」とでも言いたげな苦々しい表情に変化した。
それを確認してから、真由は悠然と自宅へ歩き出す。
(一つ勉強になったわ)
真由は思う。
(ヘドっちゅうのは、こういう時に出るモンなんやな)




