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ほな、さいなら  作者: 古川ムウ
10/11

〈十〉

 「ヒロヤくんに告白しようと思ってる」

 タエボンが急に足を止め、そんなことを口にした。登校中のことだ。

 最初、真由は冗談かと思った。しかしタエボンは、そういう冗談を言うタイプではない。実際、その目は真剣だった。

 「本気か?」

 真由はタエボンをまじまじと見据えた。

 何しろ、今まではヒロヤと顔を合わせることさえ恥ずかしがっていたタエボンが、いきなり告白すると言い出したのだ。確認を取りたくもなる。

 「うん、本気」

 タエボンは深くうなずいた。その顔は、緊張のせいで引きつっている。


 (アタシに対してガチガチになってどうすんねん)


 「せやけどタエボン、なんで急にそんなこと決めたん?」

 「だって……。やっぱり中学に行ったら、なかなか会われへんようになるし。色々考えたけど、言うことにした」

 あまり説明になっていないような気もしたが、真由は追及するのを控えた。どうせ質問を重ねたところで、納得のいく答えが返って来ないように思えたからだ。


 (それにしても、どういう心境の変化や)


 真由は腕組みで考え込んだ。

 昨日までは、告白しそうな雰囲気など微塵も無かったのに。


 (最近の若い娘はワケが分からんわ。って、アタシと同い年やけど)


 「もしかして、反対なん?」

 真由の反応を見て、残念そうにタエボンが言った。

 もっと喜んで、応援してくれると期待していたのだろう。

 「告白しろって勧めてたのは、真由ちゃんやで」

 「そらまあ、そうやけどな」

 確かに、告白をけしかけていたのは事実だ。だが、それはタエボンがそんな大胆な行動を取れるはずがないと、心のどこかで思っていたからだ。やや無責任だったという部分も否めない。

 「まさか、ホンマに告白を決意するとはなあ」

 師匠が弟子の成長を見るかの如く、真由は感慨深そうな表情を浮かべた。


 「だから真由ちゃん、お願いがあるんやけど」

 「ええよ、なんでも言うて」

 真由は柔らかい口調で言う。

 「……付いて来てくれへんかな?」

 「付いて来てって、何が?」

 「告白する時に、付いて来てほしいねん」


 (いやいや、それはおかしいやろ)


 愛の告白をするという大切な時に第三者が立ち会うなど、真由の中では考えられない光景だ。

 「それはやめといた方がエエと思うで、タエボン」

 「なんで?」

 「いや、なんでって言われても。好きな人に告白する時は、一人で行った方がエエと思うで」

 「そうかもしれへんけど……。でも、やっぱり一人でヒロヤくんに会うのは恥ずかしいし」

 タエボンはモジモジする。

 告白は決意したものの、その辺りは普段と全く変わっていないようだ。


 「恥ずかしいって言うけど、もし付き合うようになったら、いつも二人で会わなアカンのに」

 「そうなったら、その時に考えるし。お願い、付いて来て」

 「お願いされてもなあ。どう考えても迷惑やと思うけど」

 「迷惑じゃないよ。むしろ、一緒におってくれた方が安心やし」

 「でも、ヒロヤはどう思うかなあ」

 「そしたら、告白する時だけ、ちょっと離れて見ててくれたらエエやん。なあ、頼むから付いて来て。一人で行くのは心細いねん」

 そう言うと、タエボンは真由の両手をギュッと握り、じっと顔を見つめてきた。瞳から光線が発射されるのではないかと思うぐらいに、強い気持ちを込めた視線を送ってきた。

 そこまで頼まれると、真由も断りにくい。


 (これで断ったら、アタシが悪者になってしまうし)


 「分かった、タエボン。しゃあないから、付いて行ったるがな」

 親友の懇願に、真由は白旗を上げた。

 「ホンマ?ありがとう、真由ちゃん」

 「それで、いつ告白すんねん」

 「まだ決めてないけど」

 「はあっ?」

 真由は一気に脱力した。


 「けど、告白するって決めたんやろ?」

 「うん。でも、いつ告白するかは、まだ決めてない」

 タエボンは、すました顔で答えた。


 (いやいや、あっさり答えてる場合と違うがな)


 真由は額を押さえた。

 しかし、それがタエボンという人間なのだ。

 「ほんなら、今日にしたらどうや?」

 「え、で、でも、それはちょっと。今日はやめとく」

 タエボンがうろたえる。

 「なんで?早い方がエエんとちゃうの?」

 「でも、心の準備もあるし」

 「告白するって決めた時点で、もう心の準備は出来てるやろ」

 「でも……。やっぱり、今日はやめとく」

 タエボンは小声で言った。

 いつもと違って積極的な様子だったのが、すっかり通常時のタエボンに戻ってしまった。


 (しゃあない、ここは一押しするか)


 「タエボン、やっと告白するって決めたんやろ。明日になったら、その気持ちが無くなるかもしれへんやんか。それに、今日はやめとくって言うけど、明日になっても、また同じことを言うかもしれへんし」

 「そうかもしれへんけど……」

 「今日の間に告白せえへんのやったら、アタシは付いて行かへんで」

 「ええっ、そんなん困る」

 「そしたら、もう告白してしまいや。こうと決めたら早い方がエエで」

 「うん……」

 タエボンは口の中でモゴモゴしている。


 (全く、スッキリせえへん子やな)


 「別にアタシはどっちでもエエよ。告白するのはタエボンやから、最終的には自分でどうするか決めたらエエ。ただ、今日じゃなかったら、アタシは付いて行かへんけどな」

 キッパリとした口調で、真由は告げた。

 自分でも気付いていたが、それはタエボンにプレッシャーを掛けるセリフである。

 真由は答えを待たず、再び歩き始めた。いつまでも立ち止まっていると遅刻するという理由もあったが、歩き出すことがタエボンの決断を迫る圧力に繋がるという考えもあった。

 タエボンは真由の隣を歩きながら、深い思考に入った。そして、もうすぐ学校だという所まで来た時、ようやく口を開いた。


 「……分かった。私、もう決めた」

 「何をどう決めたん?」

 薄々勘付いていながらも、真由は尋ねた。

 「今日、告白する」

 「よっしゃ、よう言うた」

 真由はパンと両手を合わせた。

 「そうと決まったら、早速、ヒロヤのトコへ行くか?あいつは朝練があるから、もう学校に来てるやろ」

 「ええっ、それは無理」

 タエボンが激しく首を振った。

 「真由ちゃん、呼んで来てくれへんかな。私、どこかで待ってるから」


 (おいおい、また弱気かよ)


 真由は苦笑した。


 (まあエエわ。こうなったらキッチリと協力したるがな)


 *****


 昼休み、真由はヒロヤのいる一組へと向かう。ヒロヤを呼び出し、裏庭で待っているタエボンの元へ連れて行くためだ。

 ここで彼を捕まえることが出来なければ、計画は台無しになってしまう。

 告白の時間帯として、真由は昼休みを選んだ。

 授業間の休み時間では短すぎるので、どこかへ呼び出すのは難しい。

 放課後の方が時間的な余裕はあるが、ヒロヤはサッカー部の練習がある。部活動が終わるまで、ずっと待ち続けるわけにはいかない。タエボンは平気かもしれないが、真由としては勘弁してもらいたい。

 裏庭を告白の場所に選んだのは、昼休みなら滅多に人が来ないからだ。さすがに、大勢の人がいる場所で告白しろと言われても、タエボンには無理だろう。

 いざ決意を固めたのだから、タエボンが臆病風に吹かれて中止にするような事態は避けたかった。自分のことではないのだが、真由としては、是が非でも今日の内に決着を付けて欲しかった。


 告白の直前になってヒロヤを呼びに行くというのは、いかにも慌ただしい。

 それまでに時間があるのだから、それまでにヒロヤに会って

 「昼休みに裏庭へ来て欲しい」

 と伝えておけば、余裕もあるはずだ。

 しかし、事前に伝えておかないのも、真由が考えた末での判断だ。


 例えば最初の休み時間にヒロヤの元へ行き、

 「話があるから昼休みに来て欲しい」

 と伝えたとしよう。

 その場合、ヒロヤが友人に話してしまい、昼休みまでに噂が広まっている可能性がある。

 それを避けるために、真由は「ヒロヤを捕まえたら即座に裏庭へ連れて行く」という方法を選んだのだ。


 正直なところ、真由は少しだけ、タエボンを羨ましいと感じていた。

 ヒロヤのことで軽くからかうだけで、顔を真っ赤にして恥ずかしがる。

 告白すると決めたものの、あまりの緊張で体が強張る。

 そんなに尋常ではいられないほど誰かを好きになるというのは、ある意味では、すごいことだ。


 真由は生まれてから今までに、平静を失うほど誰かを好きになった経験が無い。

 そりゃあ、テレビを見ていて、

 「このタレントはカッコいいなあ」

 などと思ったことはある。だが、それだって、のめり込むというレベルには至らないものだ。

 そもそも、それはタエボンの「好き」とは別の感情だろう。例えばアイスクリームが好きだとか、赤い色が好きだとか、そういった類のものだ。


 タエボンのヒロヤに対する気持ちは、完全に恋愛感情というものだ。そういう感情が、真由には理解できない部分がある。

 ボンヤリとは分かるような気もするけれど、経験が全く無いので、「完全に分かった」というところまでは達していない。

 とにかく、今の真由は、完全にタエボンの協力部隊だ。だから、自分の仕事をきっちりと遂行するだけだ。それは、ヒロヤを裏庭へ連れて行くという仕事である。



 真由が一組に着いた時、ヒロヤはちょうど教室から出て来たところだった。


 (ナイスなタイミングやで)


 「ちょっと待った、ヒロヤ」

 「なんや高野、なんかオレに用事か?」

 ヒロヤは面倒そうな態度を示した。

 ややムッとした真由だが、今は文句を付けている場合ではない。

 「ちょっと話があんねん。というか、アンタに話がある子がおるねん」

 「よう分からんけど、オレ、忙しいから。また後でな」

 「忙しいって、どうせ遊ぶだけやろ。こっちは大事な話があるんや。悪いけど、来てくれるか」

 「ここで言うたらエエやんけ」

 ヒロヤは、ぶっきらぼうに告げる。

 「ここで言える話やったら、ここでするがな。せやけど、ここでは無理やから来て欲しいんや。それに、話があるのはアタシやないで」

 「誰や?」

 「それは来たら分かる。とにかく、どうしても来てくれな困るんや」

 「なんで行かなアカンねん」

 ヒロヤは口を尖らせ、立ち去ろうとした。

 真由は彼の腕を掴み、グイッと引き戻す。


 (強情な男やな。こんな男が女子連中に人気あるんか。最近の若い女は分からんわ)


 「ヒロヤ、今は理由を言われへんねん。とにかく、来たら分かる。ホンマ、頼むわ」

 真由は頭を下げた。こんな男に低姿勢になる必要など無いとは思っていたが、ここは自分を殺した。タエボンに協力すると決めたからには、ちゃんと自分の仕事はやり遂げなければならない。

 「すぐに終わるし。ちょっと裏庭で話したらエエだけや。な、頼む」

 「分かった、行ったらエエんやろ」

 ヒロヤは渋々ながらも承知した。

 「よし、ほんなら、すぐに行こ。早くせな、昼休みが終わってまうで」

 真由はヒロヤを先導するようにして、裏庭へと向かった。他の面々に怪しまれるとマズいので、それには注意を配りながら歩いた。

 ヒロヤは不快感を露にしながらも、真由の後ろを付いて来た。


 (ちょっとムカつく感じはあるけど、ちゃんと付いて来てることは評価したろか)


 裏庭に向かって歩きながら、真由は急に、タエボンとヒロヤには全く無関係なことを考え始めた。

 なぜ、そんなことを考えたのかは、自分でも分からない。

 ただ、何となく両親のことが頭に浮かんだのだ。

 父と母にも、結婚した当初は、今のタエボンと同じぐらいの気持ちがあったのだろうか。

 相手のことを想像しただけでドキドキするような、強い恋愛感情を持っていたんだろうか。


 (たぶん、あったんやろうな)


 タエボンと同じぐらいかどうかはともかく、恋愛感情はあったはずだ。そうでなければ、結婚しないだろう。

 そうだとすれば、その恋愛感情が、いつ頃から無くなってしまったんだろうか。


 (恋愛感情が今でもあるとしたら、離婚することは無いもんな)


 少なくとも母の方は、父に対する恋愛感情は無い。これは確実だ。母の恋愛感情は、高木に向けられている。


 (高木のオッサンに対する、お母ちゃんの恋愛感情は、どれぐらいなんやろ)


 それは、かつて父に対して抱いていた恋愛感情と、どちらの方が強いのだろうか。

 父の方は、今も母に恋愛感情があるかどうかは、良く分からない。

 たぶん無いだろうと真由は推測する。あったとしても、かなり少なくなっているだろう。

 その父には、森川富美恵という女が接近している。


 (富美恵のお父ちゃんに対する恋愛感情は、どれぐらいのモンなんかな。それは、お母ちゃんが高木のオッサンに対して持ってる恋愛感情と、どっちの方が強いんかな)


 そんなことを色々と考えていた真由だが、裏庭が見えてきたところで、ふと我に返った。


 (今は、そんなことを気にしてる場合とちゃうな)


 *****


 裏庭に到着すると、タエボンは隅の方で隠れるようにして立っていた。

 こちらに背中を向けた状態で立っており、真由とヒロヤが接近しているのに、まるで気付かない。

 足音ぐらいは聞こえそうなものだが、緊張で耳に入らないのかもしれない。

 「タエボン、連れて来たで」

 真由が声を掛けると、タエボンはおもむろに振り向いた。だが、ヒロヤの姿を確認すると、すぐに下を向いてしまった。

 「タエボン、後はアンタの仕事やで」

 真由は歩み寄り、ポンと肩を軽く叩いた。するとタエボンは、ビクッと体を震わせた。

 タエボンは、真由の服の裾をギュッとつまんだ。そして真由の顔を、じっと見つめた。


 (いやいや、そんな「お願い」みたいな顔で見られても。これ以上、アタシに出来ることは無いで)


 真由は困惑の表情を浮かべた。

 「おい、用事があるって言うから来たんやぞ。早くしてくれや」

 ヒロヤがイラっとした様子で告げた。

 態度は悪いが、言っていることは間違っていない。

 「すぐに済むがな」

 裾を掴んだタエボンの指を優しく解き、真由は言った。

 「用事があるのはアタシやなくて、この子やねん。アンタも知ってるやろ。前に同じクラスやったし」

 「ああ、知ってるよ、一応」

 ヒロヤは、いかにも面倒そうに答えた。真由は「一応」という言葉に少々の引っ掛かりを覚えたが、聞き流すことにした。ここで彼に突っ掛かっていては、告白の邪魔になってしまう。

 真由はタエボンを、ヒロヤの近くまで引っ張っていった。

 「さあ、バシッと言うんやで」

 「う、うん」

 タエボンは不安の混じる声で応答し、ギクシャクした動きで顔を上げた。


 (よっしゃ、ようやく告白タイムやな)


 「あの、あの」

 タエボンがヒロヤに視線を向け、おずおずと声を発した。

 「あの、私、その」

 「何?さっさと言うてくれへんかな」

 ふてくされたような顔で、ヒロヤが急かす。


 (ボケ、空気を読めや)


 「前からずっと、好きでした」

 気持ちを吐き出すように、タエボンが告げた。


 (ようやった、タエボン)


 その声は震えていたし、やや音量も小さかったが、それでも普段のタエボンからすれば、かなり頑張った方だ。


 (ただ、出来れば「好きでした」の後に、「付き合ってください」って言うべきやったかもしれんな。「好きでした」って言われても、それでどうしたらエエのか、相手も困るやろし)


 タエボンは告白が終わった後、すぐに下を向いた。

 あまりにもドキドキしすぎて、もうヒロヤのことをマトモに見ていられないといった様子だった。

 その傍らで、真由はヒロヤを凝視していた。


 (さあヒロヤ、次はアンタが喋る番やで)


 真由は期待感に包まれながら、答えを待った。

 するとヒロヤは、冷淡に告げた。

 「オレ、ブスに興味は無いから」

 「はあっ?」

 それはタエボンではなく、真由が発した声だった。自分が喋るタイミングではないと知りつつも、思わず声が出てしまったのだ。

 「なあヒロヤ、今、なんて言うた?」

 「だから、ブスに興味は無いって」

 ヒロヤは無愛想に、先程より大きな声で言った。


 (こいつ、二回もブスって言うた)


 二回目は自分が言わせたのだが、それはともかく、真由の心に怒りが差し込んだ。

 「ちょっと、それはひどいやろ。女の子にブスなんて、そんなこと絶対に言うたらアカンのとちゃうんか」

 真由はヒロヤを睨み付けた。

 「オレは正直に言うただけや」

 ヒロヤは平然とした顔で言い返した。


 (なんちゅう奴や。やけに態度もふてぶてしいし)


 「断るにしたって、もうちょっと優しい言い方があるやろ」

 真由はヒロヤを非難し、さらに言葉を続けようとした。

 その時、彼女は横にいるタエボンの方をチラッと見た。

 うつむいたままなので顔は見えなかったが、肩の辺りが小刻みに震えていた。それだけで、泣いていることを真由は察した。

 そっと覗き込むと、タエボンの目から大粒の涙が溢れていた。


 「タエボン、大丈夫か?」

 「もう……いいから……」

 タエボンは消えそうな声で言った。

 「だって……しょうがないもん……」

 途切れ途切れに言いながら、タエボンはゆっくりと歩き出した。その頬を涙が伝う。

 真由が後ろから声を掛けようとした時、タエボンは急に走り出した。

 「タエボンっ!」

 その呼び掛けに応じることなく、タエボンは駆け足でヒロヤの横を通り過ぎ、そのまま校舎の方へと消えた。


 タエボンの背中を見送った真由は、罪悪感に打ちひしがれた。

 関係無いといえば、関係無いのかもしれない。

 だが、告白するように仕向けたのは自分であり、そのせいで友人を泣かせてしまったという責任を感じていた。


 (アタシにも甘かった部分はあるな)


 真由は反省した。

 いつの間にか真由は、告白すればタエボンはヒロヤと付き合えるものだと思い込んでいたところがある。そして、そういうつもりでヒロヤのことをタエボンと話していた。

 告白してもフラれる場合もあるのだと、タエボンに言うべきだったのかもしれない。だが、そんなことを言えば、タエボンは絶対に告白などしなかっただろう。

 しかし、こんなことになるのなら、告白せずに卒業した方が良かったのかもしれない。


 「あれで用事が終わりやったら、もうエエんやろ。そしたら、オレは帰るで」

 ヒロヤは、その場から立ち去ろうとした。

 「ちょっと待ちや」

 真由は鋭い口調で呼び止めた。

 「アンタ、今のを見て何も感じることは無いんか?」

 「何がや?」

 「タエボン、号泣してたんやで。何の罪悪感も無いんか」

 「オレには関係の無いことやろ」

 しれっとした口調で、ヒロヤは言った。


 (アカン、ごっつムカつく)


 真由の怒りは、一気に沸点へと達した。

 付き合うのを拒否したのが、悪いとは言わない。嫌だったら断るのが当然だ。中途半端に気を持たせる方が失礼だろう。

 ただし問題は、その断り方だ。


 (このクソみたいな男は、それが最低やったんや)


 「すまんな、もう一つ用事があったわ」

 真由は感情を顔に出さず、ヒロヤに近付いた。


 (こいつはこのまま許したらアカンようなタイプの男や。なんにも無しで帰らすわけにはいかへん)


 「なんやねん、まだ用事か」

 ヒロヤが、いかにも面倒そうに真由を見た。

 「すぐに済むって」

 言うと同時に、真由は右手の拳を握る。

 刹那、彼女はヒロヤの腹に力一杯のパンチを打ち込んだ。

 ドスッという鈍い音。

 「うぐっ」

 ヒロヤがうめき声を吐き出し、その場に膝から崩れ落ちた。


 「これが用事や。な、すぐに済んだやろ」

 「な、なんで急に、殴るねん……」

 ヒロヤは絞り出すように、小さな声を発した。

 「そうか、なんでか分からんのか。ほんなら教えたろ」

 真由はヒロヤを睨み付け、たっぷりと怒りの感情を込めて告げる。

 「殴られた理由が分からんような男やから、殴ったんや」

 「お前……先生に言うからな……」

 ヒロヤは腹を押さえながら言う。


 「カッコ悪い奴やな。女に殴られましたって、先生に言い付けるんか」

 「このオレを、カッコ悪いやと」

 「先生に言いたかったら、勝手に言うたらエエやろ。ただし、そうなったらアタシも言いふらすで。いつもカッコ付けてるヒロヤが、女にパンチを一発入れられただけで、簡単にやられた上に、先生に言い付けたってな」

 「むっ……」

 「そうなったらカッコ悪いでえ。完全にヘタレ扱いされるやろな。それでも構へんのやったら、先生に言い付けたらエエ」

 「くそぉ……覚えとけよ。後で仕返しするからな……」


 (そんなことを言うてる時点で、既にヘタレやな)


 真由は軽蔑の眼差しを向けた。

 「仕返しがしたいんやったら、いつでも来いや。ただし、他の連中に見られへんようにせなアカンで。女を殴ってる姿なんか見られたら、カッコ悪いからな。それもヘタレって言われるかもしれへんぞ」

 真由はそう言い放ち、まだ立ち上がれずに苦しんでいるヒロヤを見下ろした。


 (ざまあみさらせ、このボケが)


 ヒロヤを放置して、真由は裏庭を後にした。


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