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9. 働く、そして連帯感

 翌日から仕事が始まった。

 峻太は、朝、起きたこともないような、暗い時間に起こされて、例の穀物の煮物を食べた。……どうやらこの地域ではこの穀物が主食であるようだ。


 そのまま畑の方へ連れて行かれる。エドウルの畑は川沿いに沿った、谷の一角に広がっているようだ。


 まず、行うように指示されたことは、草むしりである。麦のような穀物が一面に生えている畑に連れてこられ、カゴを渡された。穀物を潰さないように畝に入って、雑草を取るようであった。


 峻太は、雑草取りの仕事など簡単だろ、と朝の時点では舐めていたが、これが実に厳しい。いやまあ、草むしりの作業内容自体は簡単なのであるが、長い間続けていると腰が痛くなってしまったのである。しかも日が昇って来て気温が上がると暑くなってくる。汗が、街から着せられ続けていたゴワゴワな麻の服に染み込み、張り付いて気持ち悪い。エドウルを探すと、はるかかなたで頭がヒョコヒョコ動いているのが見える。−−救援を頼むのは無理そうであった。


 それでもなんとか午前の作業を終えると、エドウルが峻太を家に連れ戻し、休憩の時間になった。水が飲みたい旨を伝えると、家の中にある桶から汲むように言われる。その後、ヒョウタンのようなものを手渡された。どうやら水筒として使えということらしい。


 また、峻太が暑そうにしているのを見かねたのか、エドウルが川に飛び込んで、峻太にも川に飛び込むように身振りで進めて来た。川の水はひんやりしていて気持ちが良かった。そのあと、朝と同じ、乳と穀物の煮物を食べて、午後の作業の時間となった。


 午後の作業は、堤防の補修であった。堤防は、川からかなり慣れた、高いところに設置されており、とてもではないがここまで水が溢れてくることはなさそうなのだが……。しかし、もし氾濫するとしたらここまでくるのだろうと思い素直に作業に従事することにした。作業は、川から遠く離れた「」から土を起こして来て、台車で運び、堤防の内側に持って来てから、川の水と合わせて泥にし、堤防に貼り付けて補強するというものである。これも現代人の峻太にはなかなか腰にくるものであった。


 その作業が終わり、日が西の空に傾きつつある頃、ようやく作業は終了となり、家に帰ることになった。


 家に帰った後は、ささやかな晩餐となる。乳と穀物の煮物、野菜と豆のスープ、と献立は昨日と変わらないものであったが、疲れた体にはその粗末な—現代日本人からすれば粗末な—食事がたまらなく美味しかった。


 昨日と変わったのは食事の味に関する感想だけではない。ほんの僅か、本当に少しではあるが、峻太の中から昨日よりも少しだけ、エドウルたち一家に対する遠慮というか、打ち解けられていない感覚が減ったような気がした。

 共同の体験は連帯感を増やす、ということであろう。


 晩飯の後は、ゆっくりとした時間が流れている。エドウルはぼんやりしている。アーラは板の間の隅にある機織り機で鼻歌交じりに織物をしていた。


 峻太は、所在無げに、二人を見ていたが、後ろから、ヒソヒソとした声が聞こえたのを認めて振り向くと、二人の子供—お兄さんのケルクと、妹のイルハが柱の陰から峻太を覗いている。


 峻太は微笑んで、おいでおいでのポーズをすると、二人はおずおずと近づいて来た。そしてよろしく、とでもいうように手を差し出して来た。峻太は二人の手を取りながら、日本語で「よろしくね」と言った後、ケルクの腰を摑むと、『高い高い』をした。

 そのあとは、もう子供たちは峻太にひっきりなしに続きをせがんでくる。調子に乗った峻太は、『高い高い』に加えて『お馬さんごっこ』とか色々してしまい、腰が痛くなったのはいうまでもない。



 その次の日からも仕事は続く。体力的には辛いし、現代日本人の峻太には慣れないことも多かった。作業としては、草むしりを始めとする畑の管理、堤防の修理、家畜の馬の世話(どうやら穀物の煮物のに使われた乳は馬の乳であったようだ)、河原にある低木の林の薪割りなど色々あって、覚えるのが大変だった。


 数日に一辺、屋外の作業が休みになって、屋内の作業になった。家の周りの修繕、厩に積んである藁を編みカゴや草鞋を作る、などという作業である。これらの日は「休みの日」としての位置づけであるようだった。


 作業よりも辛かったのが、衛生観念であるが、これも続けていれば慣れて来た。服の交換は3日に1回程度、洗濯も川で濯ぐ程度である。お風呂はなくて川での行水である。


 辛い作業の癒しとなったのが子供たちとの遊びである。縄跳びやけん玉など日本での遊び道具—いわゆる昭和っぽい遊び道具—を作ってやると大ウケした。 


 峻太も二人とはただ遊んでいたわけではない。言葉を教えてもらっていた。人間にもともと備わる、「他人に物事を教えたい心」を刺激してやると、自分たちの方から教えてくれるのである。特にイルハの、

 「これって××っていうんだよー」

と幼いながらに一生懸命な姿は、とても可愛らしかった。

 

 もちろん、峻太が二人と遊んでいるときに、エドウルとアーラがどこへともなく消えて、しばらくして戻ってくるのは見なかったふりをしている。


 それはさておき、

 1ヶ月すると峻太もそれなりに言葉を覚え、単語レベルでは会話できるようになって来ていた。やはり、本場仕込み、24時間でやる気いっぱいでやれば言語は思ったより上達するようだ。

 金で買われた奴隷という身ではあるが、「財産」として大事にしてくれるのが分かり、峻太にとっても純粋に嬉しかった。1ヶ月共に働いて、連帯感も芽生えて来ている。故郷日本のことは忘れ難かったが、徐々に新しい生活を受け付けつつある自分がいた。

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