7. 買われる
目がさめると、先ほど同様薄暗い部屋の中にいた。先ほど殴られた頭がいたい。さすろうとして手を動かすとジャラジャラと言う音ともに引っ張られる感覚がする。どうやら鎖がつけられているようだ。
目が慣れてくるに従って辺りの様子がはっきりして来た。峻太は、現在牢のようなところで、手足に鎖をつけられて閉じ込められている。部屋と廊下の境には鉄格子がはめられて外から中、中から外が丸見えになっており、プライバシーもへったくれもありゃしない。鉄格子の一部は扉になっているが、錠がつけられていて開けられそうになかった。
部屋の上の方には小さな窓が1つあり、そこから漏れてくる光によって、なんとなく今が午後であることが推察された。気絶していた時間は数時間程であろうか。床はむき出しの土で、はっきり言うと冷たかった。部屋の隅には木で囲われた小さなスペースがあり、扉がついている。
見れば、服装も先ほどまで来ていたチェックのシャツとチノパンではなくて、ごわごわする繊維でできた、粗末な薄茶色いい服に着替えさせられていた。履いていたスニーカーも取り上げられて裸足になっている。
手足につけた鎖を引っ張って、切れないか、取れないかと試して見るが、峻太の力ではどうしようもなく頑丈であった。
鎖がジャラジャラする音で、峻太が目を覚ましたことに気づいたのだろう、先ほどの太った男がやって来た。手には、皿とコップのようなものを持っている。男は鉄格子を開けて中に入ってくると、皿とコップを置き、そして出て行った。
峻太が皿とコップに近づいて見ると、コップには水が入っており、皿には朝二遊牧民に食べさせられたものと同じような、薄い乳で穀物を煮たものが入っている。どうやら食べろということらしい。他にすることもなく、腹も減っていたので、峻太は備え付けてあった匙を使ってそれを啜り始めた。
食べ終わってしばらくすると、トイレに行きたくなって来た。可能性を信じて部屋の隅にある木のスペースに入って見ると、穴が1つあり、中から汚物の臭いが漂ってくる。どうやらここがトイレであるようであった。
その後しばらくすると、太った男が再び入って来て皿を回収する代わりに古びた毛布のようなものを持って来た。峻太は寒かったので毛布が来たことはありがたく思えた。
窓の外が徐々に暗くなってくる。やがて部屋の中も真っ暗になるだろう。峻太は毛布をかぶると横になった。今日一日で大きく変わってしまった自らの境遇を思うと不思議と涙が溢れてくる。自分はこのまま帰れないのではないかという思いにとらわれて、嗚咽をあげそうになるが、人に聞かれたくはないので必死に我慢した。
-------------------------------------
翌日からは同じような日々が続いた。朝日に照らされて目覚めてしばらくすると、太った男が食事を持って入ってくる。その後は何もなく、夕方に入ると再び食事の時間が訪れた。どうやら一日二食のようだ。
粗末な食事も峻太の身には堪えたが、何にも増して辛かったのが退屈さである。話し相手一人いないのだ。この国の言葉を覚えようとも思うが、そもそも言葉を聞くチャンスがほとんどなく叶わなかった。
そのような日々が数日続いた後の昼ごろ、太った男が一人の別の男を連れて部屋の前の廊下に入って来た。何やら身振り手振りを交えて熱を持って話している。その後、二人の男は峻太のいる部屋に入って来た。
太った男が峻太の顔を摑み、強制的にもう一人の男の方へ向かせたので、峻太は嫌々でもその男の顔を見ざるを得なかった。
奴隷を買いに来るような男だ、碌なやつじゃないと偏見に満ちた目で峻太は男を見たが、思ったより顔つきは柔らかく、もし街であったとしても好感は持てそうな感じである。目が垂れ下がっているからそう思うのかもしれない。歳は40歳前後に見える。黒い髪、黒い目で、体つきは逞しそうであった。
峻太が男を観察していたように、男も峻太をしばらくながめまわし、そして太った男に一言呟くと、峻太は再び床に横たえられ、二人は外に出て行った。
その後、しばらくした後、太った男が峻太の部屋に再び入り、峻太を強制的に立ち上がらせた。そして峻太に、鎖とはまた別の拘束するための縄をつけた後、鎖を外し、縄を引っ張って峻太を外に連れ出した。どうやら交渉が成立し、峻太は買われたようである。峻太を縛る縄は首元につながっており、そこから伸びるリードを引っ張られる格好になってしまうので、ついて行かざるを得なかった。
一段下がると、峻太がはじめてここに連れてこられた部屋があった。太った男は峻太が最初に入って来た扉を開いて、峻太を外に連れ出した。
外の路地には先ほどの男が待っている。太った男は峻太から伸びるリードを男に手渡し、男は懐から、皮の袋を取り出し、そこから赤茶けたコインを数枚取り出して、太った男に手渡した。
太った男はいかにも毎度あり! といった感じの一言を言うと、男に頭を下げ、店に引っ込んでしまい、その場には峻太と男の二人が残された。
峻太は、このあとリードを振りほどいて逃げると言う選択肢も思い浮かんだが、逃げても言葉の通じないこの国でどれほど逃げ切れるかもわからない、と思いとりあえず男についていくことにする。扱いが酷かったらその時の対処はその時考えよう、と思う。
男は峻太の目を見つめると、そこに逃亡の意思がないことを確認したのか、峻太から伸びるリードを持ったままゆっくり歩き出した。そして峻太もそれに続いてゆっくりと歩き始めたのだった。