6.売られる
街はもう目の前だ。人の背丈の2倍くらいありそうな、土でできた茶色い城壁が街を取り囲んでいる。今歩いている道の先には城壁がくりぬかれて門になっているところがあり、そこから内側の街が見えた。
街道はそのまま街の中の大通りになっているようで、通り上にはちらほらと人の姿が確認できる。通りの両側には、これも土を塗り固めてできた背の低い建物が連なっているようだ。
後ろの男を流し見る。特に警戒はしていない。
今だ! という内心の掛け声と共に、自分の手に繋がれた縄を思いっきり引っ張った。突然のことで不意をつかれたのか、前の男がバランスを崩し、縄から手を離してしまう。
峻太は縄を一気に手繰り寄せて邪魔にならないよう肩の上に乗せつつ、全力で走り出した。
「煢e♠丐茣┐Θヸ!」
後ろの男たちが何か叫んでいる。腕を縛られたままではあまり早くは走れないので、今にも追いつかれてしまうのではないかと不安に駆られる。いや、足音からすればまだ後ろにいるようだ。
街の中の人が自分を凝視している。
「助けてくれー!」
大声で叫びながら、街に駆け込もうとしたその時、街の城壁のそばに立っていた男——峻太はほかのことに集中しすぎて気づいていなかったのだが——槍を持ったその男、つまり門番が立ちふさがった。
慌ててその男を避けようとするも、腕を縛られたままでは自由な動きができず、遂にはバランスを崩して倒れこんでしまった。
そこへ後ろから先ほどまで峻太を捕まえていた男たちが追いついて来た。門番はまたも警戒して彼らの前に立ちふさがるが、どうやら話が通じているようである。このままでは奴隷として街に入らなければならなくなってしまう、と思った峻太は、自分がこいつらと関係ない旨を示そうとするが、門番と話していない連れの男に口を塞がれてしまった。
暫くすると、峻太を連れた一行は街への入城を許可されたようで、峻太は再び縄に引かれて歩くようになった。
街の大通りの左右には市が立っているようで、小さな露店が大通りの壁際に並んでおり、色とりどりの野菜や魚がカゴに乗せられて売られている。値札はついておらず、売り手と買い手の交渉によって価格が決められているようだ。交渉が終わると、客はコインのようなものを懐から出して店主に手渡していた。
街は、たむろする人数は多いものの、思ったより文明の恩恵に浴していないようだ。パッと見たところ電気で動くような機械類は見当たらない。大通りすら舗装されておらず、辺りの空気もどことなく土っぽい。
人々の服装はおしなべて民族衣装がかったカラフルな衣装で、洋服を着ているものはいなかった。
大通りの行く先には、大きな城のような建物があって、どうやらあそこが街の中心のようである。
「おかしくないか、これ……?」
海外旅行の経験はない峻太であったが、テレビなどを通じて海外の様子はある程度知っているつもりだ。この21世紀、いくら発展途上国であっても、この規模の街になれば、建物ももっと近代的であって良いし、車も走っているはずなのだ……。これではまるで、本の中に出てくる中世の街のようではないか?
しかし、峻太がそのような疑問にふけっている時間はあまりなかった。先頭の男に引っ張られ、大通りから狭い路地へと連れてこられたのだ。
路地は、両側の建物によって日光が遮られ、ひんやりして心地よかった。大通りと比べて人通りは少なく、人混みが嫌いな峻太にとっては好ましい環境だ。
先頭の男が、路地の途中の建物の扉をひょいと開けて峻太を中に連れ込んだ。中は薄暗かったが、乾燥しているせいかカビ臭さはない。
建物の奥から、太った男が出て来て、先頭にいた男と一言二言会話した後、峻太は、ぐいと押されて太った男の前に連れてこられた。
太った男は、峻太の体を頭から足先まで、一回睨むと、ボソッと低く呟いた。それに対して先頭の男が声を荒げて何かを言う。どうやら価格交渉しているようだ。
峻太の後ろを監視していた男の一人が、背負っていた背負子の中から、見覚えのある袋を取り出した。
峻太の手提げかばんである。「あっ!」と叫ぼうとしたが、後ろにいた3人目の男に口を塞がれてしまった。
かばんを持った男が太った男の方に近づき、峻太の手提げかばんの中から教科書を取り出し、峻太の方を指差して何事か呟く。太った男もそれに応じて何事か呟いた後、奥の方に戻り、銀色のコインと思しきものを先頭にいた男に渡した。
峻太をここまで連れて来た男たちはそれに満足したらしく、満面の笑みを浮かべながら建物から出て行った。
残された太った男は、峻太の前に立つと、何事かを峻太に向かって話しかける。どうやら質問のようだ。しかし当然のごとく峻太にはわからない言葉であったので、全ての質問に首を振ると、どうやら太った男の方も言葉が通じないことを悟ったようで、大きな舌打ちを一回した。
その瞬間、太った男はいきなり峻太の頭を思いっきり殴ってくる。経験したことのないような痛みに呻いた後、峻太の意識は闇に落ちて行った。