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5.街へ

 峻太は、現在草原の中を手を縛られたまま歩かせられている。前に先導役の男一人と、後ろに監視役の男が二人槍を持って連行しているのである。


 食事後、しばらくした後、彼らがやって来て、峻太の足の拘束を解いて立たせ、手を拘束している縄を引っ張って峻太を連行し始めたのであった。

 当初は、どこへ連れて行かれるとも知れず抵抗しようとしたのだが、あっさりと組み伏せられてしまい、今はこうして従順に引っ張られるままである。やはり、日々大自然に揉まれて鍛えていらっしゃる御仁と、日々を怠惰に過ごしている自分では筋力が違うらしい。


 それにしても、長い距離を歩かせられている、朝の仄暗い時に起こされてから、時々休憩は入るものの延々と歩かせられ、今やお日様もカンカンに照りつけていやがる。さすが草原地帯にいるだけあって、日本よりも湿度は低いのだろう、吹き渡る風は爽やかであるが、なかなか辛い。


  遠くに、崖のようなものが見え始める……。そちらへ近づいているようだ。まさかあの崖から突き落とすのではあるまいな、と振り返って監視役の男の顔を伺ってみるが無表情であった。逃げようと抵抗するにしても崖に近づいてからで良いか、と思う。


 崖、と思ったところに近づいてみると、それは崖ではなく、大きな谷であった。谷の幅は、1kmくらいありそうだ。今いる地点から、崖とまでは言わないまでも、それなりの傾斜をもって谷に切れ落ちている。谷底には、一条の太い川が流れ、その周りには植物が茂っている。薄い緑を基調とする草原の中にあって、濃い緑の谷はキラキラと生命力にあふれているようで綺麗であった。


 谷の右奥を見ると、はるか遠くに家々が集まっている所が霞んで見えた。先導役の男が、峻太の方を振り向いて、街を指差しながら、何とかを発した。「あれが目的地だ」とかそう意味だろうか。

 

 ここまで来て、峻太は薄々と彼らの狙いを考えた。おそらく彼らは峻太をあの街にある役所かなにかに突き出すのだろう。


 谷底に降りると、街の方へ道が続いているようであった。草原の中の道も何もないところを歩き続けていた峻太にとって、道の存在は驚きであると同時に、道の存在に驚くということが、当たり前のものが当たり前でなくなってしまっているというように感じさせた。

 道は川の蛇行に沿って、クネクネと曲がりながら続いている。当初は道の両側は背丈ほどある灌木や草の藪になっていたが、街に近づくにつれ、畑が広がることも多くなっていった。


 どうやらこの道は、川沿いにある街と街を結ぶ、街道になっているようで、馬に荷物を牽かせているものや、大きな背負子を背負っている、行商人と思われる人が時々通りかかった。彼らの服装も、遊牧民と同じく民族衣装がかっている。

彼らは、峻太たちを見ても立ち止まることなく、微かに哀れみの視線を投げて来た。


 この時点で峻太はどこかおかしいことに気づいた。普通発展途上国であっても、それなりの大きな街と街の間には車が走るような幹線道路が存在していないか? 特に、ここが中欧アジアという仮定が正しいのなら、旧ソ連の領域であろう。街ではそれなりに文明も発達しているはずなのだ。


 峻太のその疑問は、街に近づくにつれますます膨らんでいくことになった。街に近づくと沿線の畑の割合は増え、働いている人も増えたのだが、皆洋服でもないボロい布に体を通している。使っている農具も明らかに博物館にあるようなもので電気が普及しているということはなさそうだ。


 ふと、嫌な予感が頭をよぎった。この地方の文明は非常に遅れている……。そんなところの街に連れて行かれて、果たしてまともな役所があるのだろうか? いや、そもそも自分が連れて行かれているところは役所ですらないんじゃないか? もしかして、いや本当にもしかしてであるが、奴隷として売り払われようとしているんじゃないだろうか?


 落ち着け、落ち着け、自分と言い聞かせた。奴隷として売り払われたら、どうなるかたまったものじゃない。逃げなければ……。しかしどうするか……。


 峻太は覚悟を決めてある作戦を実行することにした。 街まで一息で走れそうになったところで、拘束を解いて、一気に街へ走り込み身を隠すのだ。自由の身として街に走りこめば、そのあとも自由にいられるに違いない。


 峻太たちは、一歩一歩、街に近づいている。先導役・監視役の男たちは、何も考えていないが如く一定の歩幅で歩き続けている。街は目の前だ。さあどうなるか?

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