4.とりあえず生きられる
朝、柔らかな陽の光が差し込んで、峻太は目を覚ました。高らかな鳥のさえずりが辺りに響き渡っている。実に気持ちの良い朝である。縛られてさえいなければ。
あの、さえずっている鳥はなんなのだろうか?などと、ぼんやり考える。はるか空高く、点のように見える。ヒバリだろうか。
テントの中では、食事が取られているのだろうか。人々の話し声がざわざわと聞こえて来た。食事、ということばを思い浮かべた途端、峻太の腹は猛烈に減って来た。そういえば、昨日の夜から何も食べていないのだ……。
しかし、ここでただ腹を空かしていても、食事が出てくるわけでもない。峻太は、昨日は緊張のせいかあまり考えることのなかった、ここはどこなのだろうということを考え始めた。
はっきり言ってしまおう。ここは外国だ。どこの国なんだ?
持てる知識を動員して、ここがどこの国なのかを考える。
ここで、峻太の知識量について語っておこう。
峻太は大学生である。都内の、そこそこ名の知れた大学に通っている。学部学科自体は理系のそれであるが、高校時代には、受験のため、世界史も勉強していた。峻太自体は、世界史の勉強は好きだったのでそれなりにやって来ている。
そんな、峻太の知識から導かれた現在地は、ここは中央アジアのどこか、というものであった。
その根拠としては、まずこの地域の植生が挙げられる。一面草原、という植生は実際あるようで少ない。世界の中でもこれほどの大草原が広がっているのは2つしかない。モンゴルからカザフスタンを経て黒海へ伸びるユーラシア・ステップと、北アメリカ西部のプレーリーなどである。
次に、その2つのうち、いまいるところがどちらかを考えた。はっきり言って植生だけでは見分けがつかない。そこで、周りにいる人達、−峻太を捕まえた男達の服装・顔立ちを思い返してみる。
アメリカのプレーリーには、遊牧生活を行う人がもしいたとしても、いわゆるインディアンで、純粋なモンゴロイドのはずだ…。
一方、ユーラシア・ステップの方では、特に西部においてはモンゴロイドとコーカソイドの混血の人々が住んでいる。そう考えると、現在地はステップ地帯西部、つまり中央アジアと考えるのが妥当であった。辮髪も元々は半遊牧民族であった満州族の髪型だ。この地域の遊牧民が行なっていても可笑しくはない…
しかし、果たして、ここが中央アジアだとしても、今時あんな服装・髪型で草原の中に住まう人々が存在するのだろうか?
峻太は、しかし、その疑問を頭から振り払った。まるで、もっと絶望的な何かから目を背けるように……。
峻太は以前、テレビでやっていた番組によって、数は少ないながらも、モンゴルなどでは遊牧生活を続けている人がいるということが放送されていたことを思い出す。そう考えれば中央アジアの国にだって、遊牧生活を続ける人々がいたっておかしくない。
ここまで、考えたところで、峻太は、何かしらで意識を失わせられ、拉致され、草原の中に放置されてたのだと思ってやりきれなくなった。
家族や友人達の姿が思い浮かんで来た。自分はここに連れてこられて何日経っているのだろうか?もうそろそろころ自分の失踪に気づいているのだろうか?今の境遇を思うと少し涙ぐんでしまう。
自分が拉致されたところが、監視カメラ等に写っていたら、助けが来るかも知れない。そう思うと、いきなり拉致するような人間達への怒りが湧いて来る。なぜ、自分を拉致したのだろうか 。というより、そもそもなぜ自分であったのだろうか。別に自分に何か特別に、こんなところに連れてこられる要素はない。
ふざけんじゃない。勉強が遅れてしまったではないか。バイトも無断欠勤になってしまったではないか。怒りは続々と湧き出して来る。
しかし、そんな峻太の怒りも長続きしなかった。
険しい顔をした男達が、峻太の前に歩いて来たのだ。男達は、峻太を引っ張り起こして、座らせる。足が縛られているので、正座のような座り方になった。
よくみると、男達の中に、深い皿を持っているものがいる。どうやら食事を与えに来たらしい。
男が一人峻太の後ろに回り込み、首を抱え込んで羽交い締めにした。何をするのだと声をあげるが聞く耳は持たない。もう一人の男が近寄って来て、峻太の手の拘束を解き始めた。
食事を与えるための措置であろう。峻太はなすがままにさせておいた。
与えられた、食事は、牛乳かどうかもわからない、薄めた乳に、麦のような雑穀を入れて煮込んだものであった。日本にいるときに食べたら絶対に美味しくない代物であるが、腹が減っていたので味も意に介さず掻き込んだ。
食事が終わると、再び手の拘束をかけられた。食事は与えられているのだ、抵抗しない方が良いだろう、と思いそのままにさせておいた。
峻太の学んでいる学問を言語学→物理学に変更しました(第1話)