第15話 元獣は孤立奮闘する
ブクマ、評価ありがとうございます!
今回人間サイドの話を前半でするのですが
結構苦戦しましたが、何と書けました。
偉い人の話は難しい……
この世界にはいくつもの種族があり、その者達はそれぞれの国を作った。そして、その中で頂点となった者達は生活を良くするためにルールを作った。
決して破ってはいけない破ることができるルール。これをしてはいけない、という命令口調の言葉遊びに素直に従う哀れなルールに縛られた奴隷達は安全に健やかに暮らし、新しい欲を得ていった。
多数存在する種族達はそれぞれに国を作ったが、数が多い人間達は数を増やしすぎてしまい他種族達よりも多くの国を作った。
人間は弱く他種族達よりも何もかも劣っている。それでも未だに絶滅していないのは人間の唯一の取り柄である繁殖力である。
しかし、十人が十人とも同じ色を持っていないように、数が増えた者達はそれぞれに強い欲を持った。
国を変えたい、守れる場所を作りたい、偉くなりたい、形は違えど欲望には変わりなく、彼らは新しく国を作った。そしてそれぞれ異なるルールを作って自分達を縛り付けた。
しかし、唯一数で勝るという優位を捨てているのも動議でもあるにも拘らず未だに人間が滅んでいないのは、他でもない人間以外の種族達が温厚であったためである。
森精霊はその種族名の通り森の中で暮らす者達であり、その性格は自然を愛し家族を愛する愛の体現者のような者達である。故に、その者が庇護する者に手を出せばその種族全員が敵に回る。
海棲獣は海の中で暮らす者達であり、人間のように非力でもある。しかし、これは知られてはいないことだが海棲獣は海の中では無類の力を発揮することができ、更に水を自由に操ることができる種族なのである。
そんな彼らが自分たちが弱体化する地上などに出る筈もなく、海底に作った国で悠々自適に今も暮らしている。
地精霊は人間のように地上に暮らしている種族であるが、その体は人よりも小さい。だが、その体には鉱山からたくさんの貴金属を採掘するための力が内包されているため、その腕力は人間の数十倍と言われている。
豪胆で大柄な性格をしていながら手先は器用で作れない物はないと言われているほどの技術力を持っている。
彼らは人間の世界では、エルフ、ドワーフ、そして人魚と呼ばれている。もしこの三種族が手を組めば人間は数年もしないうちに絶滅する。
森精霊の魔法による蹂躙と、地精霊の剛腕による殲滅と、海棲獣の能力による水源の支配。
本来ならば人間は周囲の脅威に恐れて立てこもることになるが、三種族の性格が温和であったが為にそれを免れることになり、結果、彼らの一部は己惚れた。
彼らは意思疎通ができる者達の中で最強であると、更に彼らは自分達こそ神に選ばれた由緒正しい生き物であると思い込んでしまった。
勿論そんな現実逃避のようなうわ言に騙されるような間抜けでない者もいる。
だが、そのごく一部の人間達が今再び数を減らす計画を立てている。
豪華な装飾を施された広い空間の中には同じく豪華な装飾を施した服を着た者達が一言も声を発することなく静寂を守っている。
円形のテーブルを囲むように座る五人、それとは別に部屋の隅に控えて立っている数十人の男達、そして、その部屋の中で一番豪華な椅子の隣に立っている男が口を開く。
「皆さま、お集まりいただき誠にありがとうございます。長らくお待ちいたしました。これより、第十一回対策会議を開催します」
静寂に包まれた場所に男の低い声音が響く。
今迄静観していた者達の視線が鋭くなり、これからはなされること全てを聞き漏らさぬようにとその表情に真剣身が宿る。
「皆さんご存知の通り我々は只今隣国との緊迫状態です。しかし、この度戦争がの相成りましたことをまずはご報告させていただきます」
「おお~、遂にですか」
男の言葉に周囲が感嘆の言葉を発する。
「しかし、宰相殿。いったいどうやったのですかな?」
椅子に座っている一人の老齢の男性が聞く。周囲もそれが気になったのか全員が宰相と呼ばれる男を見やる。
「簡単なことです。こちらから和平に出させていただきました大使がその国で不運にも殺されてしまったのですから」
宰相の言葉でその場の全員がどのような方法をとり戦争にこじつけたのかを理解した。
「こちらは和平を求めているというのに、その和平の大使をあちらは殺した。つまり、和解の意思なしと考えられます」
「なるほど。それはそれは、その大使殿は誠に不運な」
同情する言葉が出るがその声音はどこか笑っているかのように聞こえる。しかし、周りからもほくそ笑むような声が微かに聞こえてきている。
「と、いうことは、今回の対策会議は戦争での立ち回りなどを話し合うということで良いのですかな?」
「はい。問題ありません。そのために今回は皆様以外にも多くの方々にお越し願ったのですから」
そういうと宰相は椅子に座っている五人を見た後、部屋の隅で立っている者達にも視線を向ける。視線を向けられた者達は自分達よりも地位が上がこちらを向いたことに恐縮し、ただ頭を下げる行為しかできなかった。
壁際にいる者達は人間社会の中でも位が高い者達である。しかし、部屋にいる者達の中でだけでは最も位が低いのである。
「ゴホン。それでは、まず兵力差ですが、あちらは我々とほぼ同じだと思われます」
「それはすでに周知の事実だ。今更そんなことを説明されんでもわかっている。それに、我々はもうずいぶん前から今日この日のために準備を進めてきたのではないですか」
「そうですね。では皆様、王への忠誠を示すために、役目を果たしてきてください」
宰相がそういうと椅子に座っていた者は立ち上がり豪華な椅子に座っているものの前に整列し、膝をつく。それと同時に、壁際に立っていた者達も膝をつく。
そして整列した五人の中の中央に位置するものが口を開く。
「我等はこの身尽き果てるまで国の為、民の為、そして、ほかならぬ王のため、尽力と最善を尽くす事誓います」
膝をついた全員が同時に誓うと口にする。
その態度と言葉に満足したのか陰に隠れた王は眼窩で膝をつく自らが治めている民達に満足し、首を縦に振る。
「ふむ。陛下は大変喜んでおります。それでは会議はこれでお開きにさせていただきますが、何か他に報告はありますかな?」
王に変わり終わりを宣告すると、宰相は辺りを見渡す。
すると、壁際で膝をついていた者が無言で立ち上がった。
「私目から報告があります。実はある森で奇妙な目撃例があったのですが……」
ある国のある部屋の中で繰り広げられた血みどろの作戦は終わりをつげる。そして、その場で今度は異形について語られた。
なんでも、獣の耳と尻尾を持った少女がある森の中で目撃されたのだという。
暗く暗い闇の中で、二本足で木陰に隠れる臆病者の獣が一匹。直前まで迫っている死に恐怖し呼吸は荒く肩を上下に激しく揺らしている。
周囲に生き物の気配はない。しかし油断はできない。もしここで気を抜いてしまえば次の瞬間には何も考えられない骸になっている可能性がある。
そう思った瞬間、何もいないと思っていたところで突然木の枝が折れる音が響いた。
瞬時にそれの正体を理解した獣は意識することなく本能によって呼吸を止めた。それだけではなく、腕も足も、眼球さえも動きを止める。
すると獣が隠れていた木の近くを巨体がゆっくりと闊歩した。暗い闇夜を見渡しながら獲物を探すようにその凶悪な双眸は鋭くなっている。
見ているわけでもないのにその光景が手に取るようにわかる獣の少女ヒデは全身を震わそうとする己の無意識をこの瞬間完全に掌握しまるでその場に置かれたただの意思のように動かなくなった。
近くで聞こえていた重量感ある足音は徐々に小さくなっていく。そのことに安堵し止めていた呼吸を再びしようとして上を向くと、目があった。
そこにいたのは先ほど通り過ぎた巨大な狼ではなく、猿だった。
黄色い毛と赤い顔を持つそれは、人間の世界で『マシラ』と呼ばれている猿の亜獣である。
極度に発達した両手と衰退した足のアンバランスな体形が特徴的であり、その剛腕から繰り出される攻撃は岩をも砕く。しかし、マシラの恐ろしいところはそれだけではなくもう一つ存在する。
「キキィ」
ほくそ笑むかのような表情になったそれは一瞬黄色に輝くと同時にヒデは体に痺れを感じた。それが拙いと直感で感じ取ったヒデはすぐにその場から飛び退くと、ヒデの勘が当たったことがその後に起きた眩しい閃光と破壊の嵐によって証明された。
マシラの恐ろしいもの、それは己の体で生成した電流を放出することである。
「キーキキィ!」
初めて見る現象に冷や汗を流しながら木の枝に乗っかっている猿はヒデが派手に逃げたことが面白かったのか大笑いしている。
「キキィ!」
「キキッ!」
複数の笑う鳴き声が聞こえ始める。それは徐々に数を増やしていき、結果ヒデは猿に囲まれることになった。
マシラの恐ろしいことは剛腕や電気の放出することもあるが、何よりも群れで行動することである。
「……儂はどうやら、厄が強いのようじゃのぉ」
あの猿だけならまだ何とかなる。一番初めに攻撃してきたマシラは後から出てきたものよりも体格が大きく、群れのボスであることはよくわかった。
ボスを倒せば群れは瓦解する。そう考えたヒデはすぐに足に力を入れて目の前で笑っているだけで隙だらけの獲物に向かって一直線に飛んだ。
後は爪を突き付ければ終わる。そう楽観しながら進んでいると、視界の端に真っ白な毛が映った。
「……?」
時間の流れがゆっくりと進むようにヒデは感じていたが、それはヒデが持っていた目の良さと、自らの体感時間を圧縮したために起きた現象である。
亀の歩行よりも遅く進む時間の間にヒデがその鋭い目で目撃したのは、襲いかかる強大な暴力であった。
「……ッ!」
目で見たものが脳に伝わり認識するまでの刹那の時間。その瞬間に、ヒデは真横へと吹き飛ばされた。
その先にあるのは巨木、このまま進めば確実に激突する。
すでに何度も同じようにされたために慣れたのかすぐに空中で体勢を立て直すことができ、巨木に両足と右手で地面に着地するような格好となった。
着地した衝撃で巨木は円形に陥没し、その周囲は落ち葉や土埃が舞い上がった。
攻撃を受けた方向に視線を向ければそこには先ほど去ったと思っていた巨狼が立っていた。
最悪の展開になったとヒデは内心嘆きながらもこの状態からの打開策を考える。
この状態での逃走は他のマシラ達によって防がれる可能性があるため不可能。しかし、この場にいる全員を相手にしていると確実に隙が生まれ巨狼に致命傷を負わされかねない。
「クッ! ハァッ!」
雄叫びを上げながらヒデは左手で巨木を殴る。するとヒデは目にもとまらぬ速さでその場から移動し、同時に先ほどよりも多くの落ち葉や土埃が舞い上がる。
「キキィ!」
短時間の間に考え付いたことを実行しようとしたヒデは真っ先にマしラのボスらしきものを狙いを付けた。狙われたマシラは驚嘆し硬直してしまっていた。
「キキッ!」
「キィー!」
「んなっ! ウグッ!」
行けると思ったはずの攻撃は横から入ってきた二匹のマシラが壁になることによって防がれ、さらに勢いも軽減されたことによってヒデはその場に落下してしまった。
「キー!」
それを見逃す愚かな獣はここにはおらず、その場にいるマシラのほとんどが地面に落下したヒデに向かって襲いかかった。
「っ、邪魔を、するなぁああああ!」
威嚇の声を張り上げるもマシラ達はヒデに襲いかかる。それをヒデは邀撃する。
正面からくる敵を殴り飛ばすとすぐにその場で宙を蹴れば一匹が吹き飛ぶ。その攻防は留まることを知らない。
横からくるのを蹴り倒し、両脇からくるのを逆立ちして足を回転させて攻撃する。一秒もたたないうちに息つく暇もなく迫りくる猛威に攻撃を許すことなく邀撃して吹き飛ばす。
瞬きをする間も息を吸う間も与えない勢いで襲いかかっているにもかかわらずに一撃も与えることができないマシラは痺れを切らす。
「キキィ!」
「なっ!」
突然マシラの一匹が光り、雷がヒデを襲う。
「うぐ、あが、あっ……うぅ」
爆風に抗えずにヒデは地面に引きずったような跡を残しながら飛ばされた。
「キィ!」
「キキッ」
伏せられた顔を上げれば、そこには次々と発行していくましらたちが確かな殺気を向けながら自分をその赤い瞳の中に映している。
「……ッ! クソ!」
その場からすぐに逃げようとしたが今まで受けたダメージが蓄積したのか足に力が入らない。頭や腕、足から血を流しすぎ上手く力も入らない。
「グォオオオオオオオ!」
無理かと思ったその時、全身から鳥肌が立ちそうなほどの恐ろしい声が鳴り響く。
今まで静観していた筈の強者が恐ろしいまでの殺気が込められた芳香を放つ。それに怖気づいたマシラ達は委縮してしまい電気を発するのを止めた。
「グルルルル」
今まで無視されていたのが腹に立ったのかは分からないが、それは唸り声を上げながらゆっくりとヒデに近づいていく。その姿は正に人間の言う所の『死神』のように見えた。
「ああ、儂は終わりか……良き生、とは言えんが、まぁ……儂が弱かっただけの事じゃし、諦めるかのぉ」
それを見たヒデは慌てることもなく嘆くこともなく冷静にこれから起こることを察して、抵抗を止めた。生に執着することをせず、己の未来を諦めて瞼を下ろす。
『耳を塞げ。そして、ぶちかましてやるのじゃ!』
その声はつい最近まで共に行動していた庇護対象の声だった。
ヒデはすぐに指示通り耳を塞ぐ。
『にゃぁあああああああああああああ!』
暴風が吹き荒れたかのような災害のような愛玩動物の無き声が森中に響き渡る。木の葉を揺らし、地面までも振動させるそれは耳を持つ生物たちの動きを等しく硬直させた。
唯一そのことに意識を向けることができたヒデは、瞬間に己ができる最善を思い浮かんだ。
鳴き声が止み、いつもよりもさらに静かに聞こえる森の中、耳をふさぐことで何よりも早く動くことができるようになったヒデは、酷いありさまの自分の足に鞭を打ち立ち、目の前の怨敵に向かって飛んだ。
「うぉおおおおお!」
耳の良さが裏目に出てか、巨狼は未だに何も聞こえていない。しかし、目は開けることができていたため、こちらに向かってくるヒデを察知することができた。
だが、それは既に自分に近すぎて避けることはできなかった。
この時、ヒデの全力が籠った拳が『森の主』の眉間に当たった。