第14話 元獣は反撃の宣言をする
やっと書きたい戦闘描写をかくことができました!
森に生えている一本の木の枝の上に立った少女はその場から動こうとせずにじっと耳を澄まし、辺りを見渡してばかりである。
『どうしたのじゃ、ヒデや』
「うん……なんか、この森って、こんな静かだったかなぁって」
生まれてから今までずっといるはずの慣れ親しんだ静けさが、今はさらに静かに感じ、何か足りない感じがする。
胸に大きな穴がぽっかりと開いているような感覚。腹の中身が空となっているような喪失感にも似た居心地の悪い感覚。
『ヒデよ。恐らく、それが人間の言う寂しいという感情じゃよ』
「これが……寂しい」
モモに言われたことを繰り返し言うとヒデは片手を胸の前へ灯っていき弱く握る。
『人生にはいろいろとある。楽しい時もある。けれど……』
「けれど、それも長い人生からしたら一瞬の出来事で、別れは必ず来る。でしょ?」
二匹が言った言葉は知識の提供源であるアイデンがよく言っていた言葉であり、幼少の頃、鉄格子越しに少女から何度も言い聞かせられてきた言葉でもある。
『そうじゃ。儂らには未だ理解できぬとばかり思っていたのだが、これは、思っていた以上に人間の記憶が作用しておるのかもれんのぉ』
「そうだね。モモに会う前はただ生きてるだけで幸せだったんだけど、これが欲って奴なのかな……うん?」
話していると近くの草むらから音が聞こえてくる。
「無駄話が過ぎたみたいだね。じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
『そうじゃな。だが、あそこに戻るまでが、ちと大変じゃのぉ』
ここまで来た時間を思い出したのかモモは器用に猫の前足を自分の頭に置きため息を吐く。
「そうでもないよ」
「にゃ? 何故そう言えっ!」
突然の移動で頭から落ちそうになったモモだが、すぐに頭に強く抱き付くようにしがみついたので何とか置いてけぼりにされずにすんだ。
しかし、その移動する速度があまりにも早いせいで頭の上にのっている猫のモモは呼吸をすることができない。
そのため、モモは移動している途中で頭の向きを変え、移動方向と逆の方向を向く。しかし、風圧が後ろに直撃し何度も飛ばされそうになるも何とか頭にしがみつくことで飛ばされることを免れている。
『の、のぉ! も、もう少し遅くはできんのか!?』
「え? う~ん、できるけど。早く泉に帰りたいんだよねぇ。なんだろ、人間がよく言う、やっぱり我が家が一番だ、みたいな?」
屋根も家具も何もない殺風景で殺伐とした場所であるが、ヒデにとってそこは生まれた場所であり住処でもある。
『あそこが、我が家……のぉ』
人間の言う我が家というのには随分と違う。モモも人間の知識があるか分かるが、我が家とは人間が最も安心し素の自分を出すことができる場所である。
ヒデの言っているあの泉は確かに綺麗である。だが、そこは綺麗なだけの世界。秩序がない獣の世界。
「なに?」
『いんや。ただ、とんだ死と隣り合わせの家があったもんじゃと思っての』
「ああ~」
会話をしながらも移動速度を落とさず会話をするヒデは確かに、と納得の声を出す。
「あの殺気を放つ化物。今のところ遠くにいるのを感じて今まで逃げきれてたけど、もし出会ったらどうしようかなぁ。合わないのが一番だけど」
『……ヒデよ。そういうのを人間の世界で何というか、知っておるか?』
「うん? そういうの、ってなんのこと?」
歩いて数日かかる距離を走るだけで一日に短縮したヒデの脚力は驚嘆にあたいする。
しかし、この数日間緩み切った生活を送り、さらに安全な自分の家へと帰る心境を無意識ながら感じ取ってしまっていたために、ヒデは気が緩んでいた。だから、気づくことができなかった。
『フラグというのじゃ』
モモの不吉な言葉を聞きながら勢いを殺さずに目の前の草むらを抜ける。
そこを抜けるとヒデの言う我が家に辿り着いた。だが、そこには先客が先に入っていた。
「グルルルル」
唸り声をあげる先客は灰色の毛並みで血のような真赤な瞳をを持った狼の姿をしていた。ヒデの身長の数倍はあるだろうその巨体は四本の足に力を入れいつでも襲いかかれる用意をしてヒデを上から見下ろしていた。
「……」
『……』
二匹はお互いに無言。冷や汗をかきながら、だが、目の前の脅威から一切視線を逸らすことなく脱出できる場所もしくは手段を必死に探す。だが、残念ながら二匹は見つけることができなかった。
本来ならば一縷の望みにかけて逃亡する選択をするのが常なのだが、ヒデは立ち去ろうとせずにただ笑みを浮かべた。
「……しかたない。ちょっと、人間らしいことでも、うん? ああ、やっぱり母親らしいことでもしてみようかな」
そういうと、母親も知らないヒデは知識の中にある獣の母というものの真似をする。頭の上に載った小さな仲間を優しく両手でつかみ、地面におろす。
『ヒデ……』
「いいモモ。あなたは今日だけ私の子供になりなさい。その代わり……」
優しい声音を吐きながらも目だけは鋭く相手を見据えている。
「儂がお主を守ってやるわい! モモよ!」
自分が古風な喋り方に変わっていることにも気づかずに、ヒデは恐怖に立ち向かおうとしている。本来ならすぐに逃げる、だが、ヒデは今母になっている。母は子を守る、故に、ヒデは本能で叶わないと悟った相手に戦いを挑む。
「グラァアアア!」
「さぁ、どこからでも、っ!」
威勢よく声を上げるヒデだが、突然視界がぶれる。それと同時に痛烈な痛みがヒデを襲う。
横に吹き飛んだヒデは痛みと浮遊感を味わいながら辛うじて自分が攻撃されたのだと悟るとすぐに痛みで閉じていた瞳を開け、怪物を見る。
(尻尾じゃと!)
怪物の四本の脚は地面についており攻撃を加えたようには見えなかった。しかし、自分が先ほどまでいたであろう場所の近くにはその巨体に見合った立派な一本の尻尾が揺られていた。
柔らかいはずの尻尾の攻撃の筈なのにヒデはまるで硬い物を全力でぶつけられたように感じていた。
「グッ、ハハ。待ったなしとは、さすがは獣じゃな……ウグ」
何度か地面とを跳ねながら気にぶつかることで吹き飛ぶのが終わると、痛む脇腹を片手で押さえながらふらふらと立ち上がり、相手を見据える。
「なっ! かはっ!」
怪物を見ようと視線を向ければ先ほどまでたっていた場所にはそれはおらず、こちらにかなりの速さですでにさ待ってきており、何の抵抗もできずにその突進を全身に受け後方へと吹き飛ばされた。
灰の空気が全部抜け呼吸困難に陥り混乱しそうになるもすぐに冷静になり日本の尾を器用に木の枝に絡み付けそれ以上吹き飛ばされることを阻止した。
「問答無用というわけじゃな。分かりやすい、のぉ!」
尻尾で絡んだ枝に足を付けると、すぐに足に力を入れ跳躍する。
ヒデの跳躍に堪えられなかった枝は簡単に折れる。決して細くない枝が折れるほどの力を入れたヒデの跳躍はかなりの速さを誇っていた。
「ウラァアアアアア!」
当の本人もこれならば行けると関心に満ちた思いを抱きながら右手を構え、その鋭い爪で怪物の額を貫こうとして振り下ろす。
「……な、に……」
当たると確信を持ったヒデの心に油断ができた瞬間、怪物はその場から姿を消した。だが、消えた相手を探すまでもなくヒデは視界の端にそれを捕らえた。
自分の速さに自信を持っていたヒデだが、自分以上に早く動いた敵に対して唖然としていると、今度は尻尾ではなく前足での攻撃がヒデを襲った。
悲鳴を上げる暇さえ与えられずにヒデは真横へ吹き飛び、一本の木に激突する。それでも勢いは止まらず一本目の木を折り二本目の木に大きな痕を残してようやくヒデは止まった。
「ウグ、ゲホ、ゲホ……ハァ、ハァ……」
体全身に痛みを感じながら呼吸をしようとして吐血する。
明らかに不利な状況下に置かれたヒデは一旦この場から離れ体制を整えようと考えるも、突然真上に気配を感じすぐさま見上げると、そこには先ほど折れた木が浮いていた。
「……ッ!」
木が浮いているという本来なら有り得ない現象に一瞬だけ困惑してしまったヒデだが、持ち前の反射神経と脚力で押し潰されることをギリギリで回避する。
痛む体に鞭を打つとヒデはすぐに敵に背を向け一時の退却を試みる。
「クッ! 容赦なしとは、本当に獣らしいのじゃな!」
最初の一撃をくらった時点で正気を失くしたと悟ったヒデは自分が今出せる身体能力を全て出し切る思いで走る。
相手が折ってきている確認しようと後ろを振り返る。
「なっ!」
追いかけてきていると思っていたそれは影すらもそこにはいなかった。
「しまった! まさかモモの所へ!」
ここにいないのは先にモモを片付けに言ったためだとヒデは考えた。
人間の思考が混じってしまっている今本当に獣の行動想像できているのか分からない。しかし、守ると言った者が簡単に殺されてしまってはあそこまで啖呵を切った意味が無くなってしまう。
急いで移動方向を真逆へと変えて全力で走る。だが、それと同時に自分の足音とは違う巨大な者が落ちたかのような音が後ろから聞こえてきた。
「……? なっ!? グっ!」
走りながら後ろを向くとそこにはこちらに猛スピードで向かってくる巨大な狼がいた。全力で発しているはずのヒデは、だがあっさりと追い付かれ背中に体当たりをくらい、だが吹き飛ばされる事無くそれは永遠と走り続けた。
(後ろから!? どうやって先回りした!?)
自分が逃げた時はまだ後ろにいた。なのに気が付けば先回りされていたことに驚嘆を隠せないヒデはそのまま何の抵抗もできずに後ろから押され続けたヒデはその勢いのまま木に激突した。
だがそれは勢いを止めることなく結果ヒデは何度も何度も木に激突し、それが折れるほどの勢いを痛みとしてすべて受け止めることになり宙へと放り出された。
「……ガ、ガァアアアアアア!」
体の節々が痛むのを我慢しながら己と共に宙に舞った木を片手で掴み真下にいる敵に向かって全力で投擲した。
しかしそんな見え透いた攻撃はヒデよりも俊敏な動きをする敵には当たる筈もなく、投擲された木は地面に深く刺さるだけに終わった。
だが、その勢いで地面が変形し砂埃が辺りに散布され視界が悪くなっている。
その中にうまく着地したヒデはしかしその場から動こうとせず、狼もヒデと同じく動こうとせず、この瞬間戦いが始まって初めての膠着状態が産まれた。
「まったく……しんどいのぉ」
頭から血を流し体のあちこちに青痣を作り、口から血を吐きながらも悠然とした態度で敵を見据える。
「あぁ、まぁ、何故かは知らんが、逃がす気はないようじゃのぉ」
諦めにも似た言葉がヒデの口から零れ出るが、その立ち姿は弱い物を守ろうとする覚悟を決めた人間のようで、獣の母のようであった。
ヒデが今回でボロボロになってしまいましたが
ここからちゃんと挽回……します!
最近本気で応募を考えているのですが、落ちる気しかしません(泣)
皆さん是非ご意見・ご感想をお願いします!