第9話 元獣は脅迫する
今回はエルちゃんが大奮闘(?)します
彼らは先ほどまで感じられなかった殺気をやっと感じることができた。一点に集中された濃密な殺気と、食欲を満たすための獣の貪欲さを、真に彼らは理解させられ、同時に自ら理解しようとする愚かしさを知らされた。
「さて、ではそろそろ出発っといきたいけど、エル……て言ったっけ?」
「は、はい!」
声をかけたらエルは一瞬体をびくつかせ返事が上ずったものになってしまった。なるべく優しくを心がける。
「この水、というか泉、ね。私はこれを守ってたんだけど、汚れちゃったのよ。確か魔法に綺麗にすることができたはずだけど」
「あぁ、生活魔法な。いいんじゃねぇの、エルやってやれよ」
「ギデさん。良く平気ですね」
「まぁな」
あえて何が平気なのかをエルは言うことはない。エルはまだ目の前の青髪の少女の感情の機微などを把握できていないため、いったい何が目の前の暴力のp機嫌を損なってしまうのか分からず不安になっている。
「で? できるの? もしできたら案内している間、あなたたちを守ってあげる」
「え!? 守ってもらえむぐっ!」
案内してもらうことは当然守ってもらえるとどこかで思っていたエルは危険な森の中にいることを忘れて大声を出してしまった。その事に気づいたリッチェルはエルの口を急いで手でふさぐ。
『あぁ、心配はいらんよ。最初に言うたが、この嬢ちゃんが周りに殺気を振りまいておるから亜獣は寄ってこんよ……例外はあるがな』
「万が一ってこともあるでしょ。でも、そこまで言うなら亜獣については心配ないわね。なら、魔物は?」
三人が猫のアイデンの言葉で安堵しかけたが、レティのみが疑問を持ちそれを尋ねる。
「あんたは最初も近寄ってこないのは亜獣としか言っていなかったわ。じゃあ魔物は近寄ってくるの? それともこないの?」
レティの言葉に反応した三人は急いで周囲に視線を動かしそれぞれの得物をいつでも使えるように身構える。
魔物は分かっているだけでも獰猛である。それは亜獣など比べることなどおこがましいほどに、奴らは生まれてから殺されるまで殺意を常に漲らせている。
地の利が無かろうと、罠があろうと、多勢に無勢であろうと、彼らは果敢に勇敢に、そして無謀にも人間に襲いかかる。何が彼らをそこまで狂わせているのか、そもそも本当に狂っているのかさえ、人間達は分かってはいない。
しかし、人間達は魔物はどこで生まれるのかは大体把握している。
「魔物には産まれるのに条件がある。生き物があまり生息しておらず、さらに魔素が濃い場所ということ。亜獣がその生き物に該当するかどうかは分かっていない。けど、もし当てはまらなかったら……」
「この場所も、魔物の発生地、ということか」
亜獣が生き物の枠内に入っていなければ今頃この場の喧騒に誘われて魔物がここまで来てしまうかもしれない。
それに、魔物は生まれて殺されるまで消えない。亜獣が生き物に該当していたとして、この場所では生まれなかったとしても、別の場所で生まれた魔物がここまで来ているかもしれない。
『そこまでは分からんわい。儂はここにきておそらく数日じゃ。ここでは一日なんてわからんからのぉ。長さで言ったらそっちの嬢ちゃんの方が長いと思うのじゃが』
確かにここで過ごしてきた時間は長い。しかし、一日というのは太陽という物と月が入れ替わるときに起きる。しかし、ここで太陽という物を見たことがないため、生まれて何日たったのか分からないので長さは分からない。
一応今まで食べてきたものを思い出す。今まで殺してきた者達はちゃんと食べることができていたし、殺して霧になる肉は見たことがない。
「長さは分からないわ、興味ないしね。それと、魔物? だっけ。それについては問題ないと思うよ。今まで狙った獲物は食べれたし、勝手に消えなかったわ」
『だ、そうじゃ』
少女の言葉を聞いて四人は安どのため息を漏らす。
「それで? 私が守ってる泉。綺麗にしてくれるの? してくれないの? どっち?」
「あ、は、はい! 綺麗にしますよ、もちろん! ですが……私の魔法を使う為に使っている杖なのですが……」
言いにくそうにエルは顔を下に向ける。
「魔法を使うために重要な部分が壊れていまして……それに、ここは間曽が濃いですから、綺麗にできるかどうか自信がありません……」
「そうなの? じゃあ……これならどう?」
「え?」
エルが自信な下げに俯いていると、突然少女が場所を移動し、ギデの隣に移動していた。そして、あろうことか少女の鋭くとがった爪がギデの喉笛に浅く突き刺さっていた。
人間は同種である者を救おうとする。殺そうとすると何故か止めようとする。本当に何故そうするのかは知識でわかってはいるけれど、意味が理解できない。
「うぐっ!?」
「ほらほら、早く綺麗にしないと、私の食事が始まっちゃうよ。主食は肉、ね」
(ま、別にできなくても殺さないけど)
思っていることを表情にも出さず、笑顔のままギデに自慢の爪を突き立てる。
「お、お前!」
「ま、待ってください! わかりました、やります、やりますから! クッ!」
顔を青くしながら彼女は必死に今まで培ってきた魔法の知識を思い出す。
学生の頃一体何を習っていた。教授から一体何を享受してもらっていた。魔法が九の本から一体どんな知識を得ていた。杖の船体についている宝石はいったい何でできていた。エルは考える、だが、考える時間がない。
「『忘却した記憶をたどれ』『我求めるは知恵の車庫』魔法【リコール】!」
「エル、よせぇ!」
魔法を唱えた瞬間エルの体感時間は通常の数倍に引き伸ばされる。木の葉が落ちる時が通常よりも遅く感じる。エルのみが感じることができる。
時間感覚の強制的な延長。その延長されている間魔法を使った本人は今まで生きてきた記憶を思い出すことができる。これこそが魔法【リコール】の効果。しかし、これには副作用が存在する。
「エル、血が出てるぞ! もう止めろ!」
時間が経つとエルの目と鼻から血が流れ始めた。
本来この魔法は忘れた記憶を思い出すだけの魔法。しかし、膨大にある記憶から一つの記憶を探し出すのには同じく膨大な時間がかかる。それが分かっていたからなのか、この魔法を使うと使用者は思考が加速してしまう。
【リコール】の副作用は強制的に脳を使っているため、膨大な負荷がかかること。故にこの魔法の安全使用時間は約一分。それ以上行うと死ぬ可能性が出てきてしまう。
必死に記憶を探っている様子に周囲は緊迫していたが、少女だけは例外だった。
座り込んだと思ったらいきなり目と鼻から血が出てきた。何をしているのかわからない。さっきエルが言っていたのは魔法という物だと言うのは分かるけど、どういう物なのか分からない。
瞳をキラキラさせ、自分の爪を隣のギデの首に浅く食い込ませながらニヤニヤと笑みを浮かべながらエルを見る。
「……ッ! はぁ、はぁ……だめ……分からない……」
エルは記憶の中にあった魔素について書かれていた本の事を思い出した。魔法を効率よく使う為には魔石、もしくは亜獣の素材を使用して作った媒体が必要である。
しかし、自分が持っている杖はボロボロで、付いていた魔石の部分も壊れてしまっている。代わりが必要なのは明らかである。
「何か他に……方法は……っ!」
しかし、エルは魔石や亜獣の素材を加工する知識はなかった。他に泉を綺麗にする方法を模索していると、エルは先ほどの少女の言葉を思い出した。
ここに住んでいて長いと言っていた。そして、食べていたとも。なら、その時、亜獣の体内にある魔石はどうしたのだろうと、エルは考えた。
亜獣の体内にも魔石が存在する。魔物と違うのは、それを核にしているかどうかであり、亜獣の場合は、その魔石だけを取り出せたとしても死ぬことはないが、魔物は魔石を取り除くと消えて亡くなる。
自分の考えがあっていますようにと祈りを込めながら、エルは周りを良く見る。涙のように流れる血を拭くこともせずに、必死になって辺りを見渡すと、エルは見つけた。
すぐに近よって気になったそれを確認すると、そこには白骨化した何かの死体と、白く大きな魔石が落ちていた。
「なんで、こんなところに白が……いえ、好都合です」
白い魔石に一瞬だけ狼狽したエルだったか頭を振り躊躇なくそれをつかみ取ると駆け足で泉の元へ行き手に抱いた魔石を勢いよく泉の中へと入れる。
「もったいないけど……『汝は器』『世の全てを享受する杯』」
淡々と呪文を唱えていると、魔石が白く光り、さらにエルの周りに淡い小さな光の粒が舞い上がり始める。
「エル! あんた魔法使いすぎよ! もう止めなさい!」
「少し待ってください! 『供物を受け入れる禁足』『我が捧げる物をその中へと幽閉せよ』魔石よ! 泉の中の穢れを、全て吸いだして!」
全てを言い終わると同時に魔石から放たれる光がひときわ強くなる。
白の魔石は人間の社会ではかなり貴重とされている。基本、魔石には色がついており、加工すればその色に応じた属性の魔法を効率よく使うことができるようになる。
だが、色のついていない魔石は違う。それはどんなものでも一度だけ閉じ込めることができる。魔法を入れればその魔法を適性関係なく一度だけ使用することができ、病気の者に使えば病原菌を取り除き患者を健康に戻すこともできる。万能と言ってもいい魔石である。
「で、でき、た……あっ!?」
光がおさまるとそこには最初に見た通りの幻想的な泉があった。
その事に安堵したエルだったが、血が垂れた。早く仲間を救わなければという一心で自分の事を疎かにしてしまった。
地を拭く時間が惜しくて吹くことをしなかった血の涙が、折角綺麗にした泉にゆっくりと落ちていく。
絶望しながらその垂れていく一滴を魔法を使っていないのにエルは周りが遅く感じる。そして、ゆっくりと小さな赤が青に触れた。
「えっ?」
「ギリギリセーフ、ね」
次の瞬間エルの体に柔らかい毛皮が巻き付いた。
エルの隣に移動した少女は垂れた血を自分の尻尾で受け止め、更にもう一本の尻尾でエルの体を優しく包み込み泉から遠ざける。
「お疲れ様、ありがとう」
正直本当にできるとは思っていなかった。別にできなくても守る約束をしようとしていた。しかし、エルはやってのけた。以前の綺麗な泉がそこにはあった。
少女は感謝の折を伝えようとする。そして、できるだけ優しい笑みを浮かべる。記憶の中にある最愛の少女のような活発だけど温かみがある笑みを顔に浮かべる。
「……」
最後まで言葉を聞いたエルは少女が浮かべた笑みを見ながら酷い倦怠感に襲われ、意識を失った。少女はそのまま自分の尻尾でエルを抱え宙に浮かせる。
「さて、綺麗にしてもらったお礼に守ってあげる。さ、早く外へ行きましょう」
そういうと少女はそそくさと一人で歩いて行ってしまった。
「……お、おい! ちょっと待ってくれ!」
「おいてくんじゃねぇよ!」
「ちょっと、荷物忘れるんじゃないわよ!」
案内する人間を無視して少女は勝手に進み始めてしまい、他三人は急いで周りに散らばっていたい荷物を急いで担ぎ後を追う。
『……あ、わ、儂を置いていかんとくれぇ!』
一人取り残される危険性があったアイデンはすぐに少女の後を追うために駆けだした。
生き物がい誰もいなくなった泉は、綺麗になったことを喜んだかのように一つの波紋が浮かび上がらせていた。
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