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第8話 元獣は講談師の真似をする

 朝日が昇り陽光が草木の成長を促し、生きとし生きる物に目覚めの時を知らせる。温まる光に寝起きの動物達は目を細め、今日一日の活動を始める。


 ただし、ある場所は例外に太陽の恩恵を受けることなく生活のリズムが個体によって違う場所が存在する。それは朝や夜がない場所。時間が止まっているのかうたがいたくなってしまうような場所。


 そこでは朝や夜という概念が存在しない。ただ、いつも目を開けていても閉じていても暗闇しか映らない、深淵を覗いているかのように錯覚してしまう森の中。


 その最奥、その森の中で唯一光が届く泉が存在する。そこでは太陽の代わりに月の光を充満させている。


「ふむ。これはなかなか便利ね。頭にいろんな知識が入ってる。これでいろんな表現ができる……のじゃ」


 頭に強烈な痛みが襲ってきた時は本当に死んでしまうかと思った。しかし、堪えれた後の今の状態はいろんなことが分かって便利になった。これからの生活を考えると楽しみで仕方がない。


「あんた、死んだんじゃ……」


 恐る恐るといった具合にレティが青髪の少女に歩み寄る。死んだと思ってもおかしくない程に微動だにしずに倒れていた。にも拘らず突然起き上がると単調だった口調が何故か流調に口調へと変わっていることにレティは不安になった。


「死んだ? 可笑しなことを聞くね。儂がいつ、うん? そうだねぇ、うん。私でいこう。私がいつ死んだと言ったのか聞きたい……のじゃ」


「……のじゃ?」


 流調になって会話が成り立っているはずが、最後の言葉。しばらく間が開いた後に猫が喋る老人のような口癖が付いていることにエルは気づき首を傾ける。


 指摘された少女は頭に手を置き長く息を吐く。


「はぁ~、やっぱり気づいちゃうかぁ。たぶん、私もそこの猫と同じようにアイデンっていう人間の知識を得ている。だから、そのアイデンという人間の癖が出やすくなっているようじゃ。だが、それだとそこの猫とキャラが被るの。そこで、私は口癖を変えることにした、というわけ。分かった?」


「へ、へぇ~……」


 口調が少しおかしいことを説明するとエルは曖昧な笑みを浮かべる。知識の中からあれは苦笑、と呼ばれる笑い方でとまどいながら笑う事なのが分かった。


「ふむ、その苦笑いが気になるけど、まぁいっか。あと、ねぇ猫さん』


『にゃ!』


 突然向き合う形にさせられた猫は抵抗しようと体をくねらせるが、頭を捕まれ宙に浮いている状態の為抵抗のような抵抗になっていない。


「最初は私を殺そうとしたから私もあなたを殺して食べようかと……」


『そ、それだけは!』


「最後まで聞いて。確かに、私はあなたを食べようとした。だけど、まぁ便利なものを貰えたし、食べないであげる」


 そう言い切ると少女は猫を放り投げ、猫は空中で一回転すると上手く四足で地面に着地した。


「ほら、あなた達は早くそれを食べなさい。折角約束通り外へと案内してあげる」


「あ、ありがとうございます、えっと……アイデンさん?」


 少女の名前が分からなかったリッチェルは知識の提供者である者の名前で呼ぶ。


「うん? ああ、アイデンはこっちの猫の名前だよ。私はまだ名無し」


『……のう、お主。その喋り方……』


「うん? ああ、そうだよ。あの人の、アイデンの最愛の人の喋り方だよ」


「最愛だぁ?」


 こんな暗闇の中で過ごしていた者が最愛ということを訝しく思ったギデは少女が持ってきた果物に齧りつきながら聞く。


「ええ。この喋り方は、人間が、あ、いや、アイデンという人間が選んで、生涯愛し続けたたった一人の、妻のことだよ」


「妻ぁ!? え、あんた女じゃないの!?」


 四人は酷く驚嘆した。アイデンと最初に名乗った猫は雌で、今話ているのは少女で二人とも一応女性である。ならば妻ではなく夫というべきである。


『何か勘違いしているようじゃな。儂達は知識を持っているだけなのじゃぞ。まぁ記憶なども入るが、それだけじゃ。そして、そのアイデンという男の知識が入ったのが、この雌猫と、この名無しのお嬢ちゃんというわけじゃ』


 彼らは失念していた。今彼らの目の前にいる一人と一匹は、アイデンという一人の人間の知識を移されただけで、決してアイデンという者ではないということに。


「そうね。なら、食事中の暇つぶしに話してあげようか。私の喋る練習も兼ねて、アイデンという一人の男の人生を語るとしましょうか」


 そして、月の下で開かれる一人の男が綴った人生という演目が一人の少女と一匹の猫によって開かれる。


 一人の男が作り上げた一本の台本を引き継いだ、彼を一番理解し知っている語り部が月夜に開く一章しかない一生を彼女達は彼らに伝える。


 面白さ半分に、楽しさ半分で構成された物を名無しの少女は彼らに伝える。







 都会に一人、孤児として日陰者として生きる事以外、選択肢を与えられなかった哀れな子供がいた。

 その子供は生きるために何でもやった。食べ物を盗んだり、夜中、他人の家に忍び込み、金品を強奪したりもした。唯一しなかったのは人を殺すということだけ。


 人を殺せば兵が動く。小さい我が身を守るには彼はまだ手段を持たず、後ろ盾もなかった、だから彼は人は殺さなかった。


 ある日、彼が盗みがうまくいきほくそ笑んでいると、自分よりも小さい少女にせっかく盗んだ物を取られ、さらにその場に組み伏せられた。


 当然、少年は少女に向かって恨み言を言う。思いつく罵詈雑言を年端もいかない少女に向かって喚く。しかし、彼女はどこ吹く風で、全く堪えた様子はない。しかも、少女は年上の少年に向かって反論を言う。


「無様ね。だからあんたは日陰者なのよ」と。


 彼は当然怒り年下の少女に飛びかかった。だが、またもや地面に体を付ける羽目になり、騒動を聞きつけた兵士達に捕まり、牢屋へと入れられた。


 少女には兵士の兄がおり、その兄から最低限身を守る術を教えてもらっていたのだ。故に、少女は少年を捕まえることができたのだ。


 捕まった少年は鉄格子を見るたびに捕まったということを理解し、ストレスがたまる。だが、彼はそちらを睨み付ける。毎日欠かさず睨み続けた。なぜなら、その鉄格子の向こう側に、自分を牢屋へと追いやった現況が来ていたからだ。


「ちょっと、聞いてるの?」


 少女は少年が捕まり牢屋へと入ってから毎日欠かすことなく通い詰めている。

 最初の頃は少年の今迄の生活が聞きたいとなんども聞いていたが、少年がただ睨むだけしかしないと分かると、今度は少女が少年に向かっていろいろな話をした。


 愚痴を言う日もあれば、ありきたりな世間話をする日もあった。だが、少年は結局牢屋から出る日まで口を開くことはなかった。


 再び自由の身になった少年は凝りもせず再び盗みを働いた。長い間捕まっていたせいで勘が衰えてしまっているのではないかと思っていたが大丈夫だったようで少年は安堵の溜息をもらす。


 日陰者には丁度いい寂れた小屋、それが少年の安住の地であった。そこに入った少年は戦利品に齧り付き、腹を満たす。


「またやったわね」


 満足感に浸っていると後ろから牢屋で散々聞きなれた者の声が聞こえてくる。二度と聞きたくないと思った少女の声だ。


 結局少年は牢屋に逆戻りされてしまい、また少女の話を牢屋で永遠と聞く羽目になった。

 それから、少年は牢屋から出れば必ず盗みを働き、少女は盗みを働いた少年を捕まえ、牢屋で世間話をするという行動が日常へとなって言った。


 毎回必ず行われる追いかけ合いは、いつも逃げる少年の負けで終わっていた。だが、少年は昔から無口であったため、牢屋で話すのはいつも少女だけであった。


 それから時が流れ、少年と少女が立派な大人へとなった時、少女の家庭は崩壊していた。


 兵士の兄が貴族の物を盗み逃げ出したのだ。少女と両親はそんなことをするはずがないと訴えた。しかし、盗まれたと言う貴族はその訴えを聞かず、一方的に賠償金をその家族へと請求した。


 少女は本当に盗んだかどうかはっきりさせるために兄に会おうとしたが、兄は牢の中で自害したことになっていた。


 真実は闇に葬られてしまった。女性はその事を両親に話して兄が盗みなんてしていないということを証明しようといろんな人達に話しかけようとした。


 しかし、それは叶わなかった。両親が少女の目の前で殺されてしまったのだ。連行されていかれる女性を助けようとする人は誰もいなかった。


 その事を知ったのは女性が連れていかれてから随分と経ってからだった。元少年である青年は盗みに入るために身に着けた技術で貴族の屋敷に入り込みそして見つけたのだ。


 裸で鎖につながれ、体中生傷だらけで、しかも生気を失った乾いた目をした幼馴染の悪友の姿を、青年は見つけ出した。


 青年は少年の頃から盗みは働いても人は殺すことはなかった。だが、青年はその日初めて人を殺した。館に住んでいる邪魔な者達を闇夜に乗じて殺し、女性を助け出した。


 本当は貴族を殺したかったが、時間をあまりかけると見つかる可能性があったためできなかった。


 人殺しのお尋ね者となった青年は生気を失った女性を介抱しながら脱出し、誰にもきずかれない場所へと女性を連れて、そこで一緒に日々を過ごした。


 それからの暮らしは彼らにとって若かりし頃の逆だった。少女は笑顔で少年に話しかけず、少年は少女に優しく話しかけた。女性は、決して心を開くことはなく口を開かない。青年はそれでも懸命に話し続けた。


 無口な自分を情けなく思いながら思いつく限りの事を話し続けているうちに、自分が少年で彼女が少女であった時のことを思い出した。


 その日から、青年は少年のような笑みを浮かべながらあの時、冷たい鉄格子の向こうから話してくれた温かい話を懸命に思い出しながら、忠実に再現し続けた。でも、彼女は口を開かない。それでも、彼は語り部の如く話し続けた。


 話の中に少女が老人の言葉遣いは独特で面白いと言っていたのを思い出し、青年はそれから老人の口調に変えた。髪も白く染め、髭も伸ばし、皺を化粧で作り、年齢も外見同様に偽った。


 全ては愛する人を取り戻すために。あの頃、自分に寂しい思いをさせないでくれた幼い少女に恩返しをするために、彼は報われないと心のどこかでわかっていながら、恩を返し続けた。


 それから数年後、彼女は静かに青年の腕の中で息を引き取った。最後まで再び彼女の声を聴くことはできず、聞きたいと望み続けて叶わなかった。恩を返すことができなかった。老人の格好をした青年は、否、青年の心を持った老人のアイデンは、冷たくなった最愛の人を抱きしめ、老人のように擦れた声で囁く。


「もう目を覚ましてはいけないよ。もう辛い思いをしないでくれ。愛しているよ、今迄も、これからも」


 涙を流しながら、愛おしい者を、大切な者を、二度と手に入らない者をその腕の中に抱き、頭を撫でた。笑顔もなく、声もなく、まるで人形のような、それでも愛した、その命が尽きるまで愛し続けた。


 これが純情で純粋な少年のような心を持った青年で老人な彼の、哀れで愚かな人間の人生である。






「とまぁ、これがアイデンという哀れな人間の物語でした。わぁ、パチパチパチ」


「えぇ~……」


 自分の頭の中にある人生で、しかもかなりシリアスな雰囲気に包まれていたのに、その一人の言葉によってその空気が完全に崩壊した。


「な、なんで…‥ぐす、そんな、ふ、普通に、ぐす、言えるんですか?」


 エルなんて涙を流しながら聞いていたというのに、ギデなんて涙をこらえて感動しているというのに、記憶を持っていない者でもこうであるのに、リッチェル達の目の前にいる一人と一匹はなぜそんな風にいられるのか本当に不思議である。


 一方、彼女は疑問に思った。


「だって他人で、しかも人間よ? 私達獣には関係ないことだよ」


 自分は獣であって人ではない。人と同じ姿をしてはいるが根本は獣。正義も悪も偽善も偽悪もない、あるのは純粋なる食欲だけの獣。そんな獣に何を期待しているのやら。


『そうじゃな。たとえアイデンという人間の知識や記憶はあっても元は獣じゃ。特に何とも思わん。確か~感性の違い、という奴じゃないかのぉ』


 この時、四人は目の前の二匹は人間とは相いれない生物なのだと思い始めた。


「人間だって赤子の頃から獣のように過ごせば獣になる。獣も人のように過ごせば人になる。それと同じ。私達獣は最初から獣で、獣の世界で過ごしてきた。だから、私達にとってこの世の存在は全て食べれるか食べられないか。簡単に言うと……」


 人間の彼らはその眼からくる視線に身を竦ませ、体を震わせた。獲物を狙う獣の目。ここに辿り着くまでにも何度も彼らが見た死の象徴。


「私達にとって、生きてるものは全て餌なのよ」


 少女はいたって普通に言葉を発した。しかし、発せられた言葉は彼らの耳には歪に聞こえた。まるで、人間ではない者。金の瞳をした人あらざる何か、悪魔と言われれば信じてしまいそうなほどになった。

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