有栖出海の笑顔を向日新は見たことがない
「部活、やっぱ創るのやめることにしたわ」
斬新な出だしだった。
数話、じゃなくて、数日引っ張っておいて部活がつくれないなんて、この前の集まりは何だったのだろうか……。
部活設立のための書類に名前を書いてから五日後、有栖からメールで招集がかかり、放課後の教室にはいつもの無表情キャラ4人が集まっていた。
自分の席に座っている有栖に俺は尋ねる。
「審査が通らなかったのか? でも、さっきの感じだとそういうわけでもないんだろ?」
「書類は出していないわ。書類に記入している際に……気づいてしまったのよ」
有栖は、まるで戦隊モノのヒーローのように、俺に手のひらを向ける。
「私たちは無表情という絆で繋がってる。だから部活なんて、必要ないんだ。ってね」
無表情でウインクをキメる有栖。
それを他の無表情キャラたちはしばし無言で見つめていたが。
「何か良い話っぽくしようとしてるけど、……もしかして記入するのが面倒臭くなっただけじゃないのか?」
「え、何だって?」
「聞こえてるんだろ」
「うっす」
やっぱり聞こえてるじゃないか。
「…………正直予想以上に書類作成がきつかったの。何よりも活動内容をどう書いたものかと」
有栖が、教卓をどんと叩く。
「だって、昼寝だって、カフェめぐりだって、アダル……失礼、DVD鑑賞だって、部活動でなくても、できるじゃない!」
「今更至極もっともなことを言うなよ」
わざとらしい言い間違いはスルーの方向で。
「まぁ、仕方ないか。初めから難しいだろうとは思っていたし……少し期待はしてたんだけどな」
部活が現実の世界で容易く創れるわけがない。そんなことはわかっていたけれど、こうして部活ができなかったと改めて言われると、少し残念な気もする。
有栖なら意外とうまく部活を創ってしまうんじゃないかと、どこかで思っていたのかもしれない。
「キミ達に期待させてしまったことは謝るわ。……お詫びと言ってはなんだけれど」
――というわけで、それから一週間後の日曜日、今日。
俺たちはシネコンに来ていた。
あの後、有栖が俺たちの為に、映画館とスタパに行こうと言い出したからだ。
俺たちがいるのは、都心に半年前にできたばかりのシネコン。
普段、金銭的な理由から映画はDVDで観る派だけど、やっぱり映画館ってテンションが上がるな。
俺は辺りを見渡す。
施設全体は黒を基調としたモダンなつくり。休日と言うこともあってか、ホールは多くの人で賑わっていた。
カップルや、家族連れ、友達同士などほとんどが笑顔な中で、無表情キャラ一行は相変わらず少し浮いているように思える。
都筑は、無表情で入り口に置いてあったフリーペーパーを読んでいる。北條は今日も相変わらず、親でも殺されたような目で、ポスターに写った俳優を眺めていた。
上演スケジュールを確認しながら、有栖が言う。
「一応確認なのだけれど、R15って15歳でも観られるのよね」
「見られるぞ……って、R15作品観るつもりなのか?」
「だって、15歳以上しか見られないのよ? 観ないと損じゃないの」
別に損はしないと思う。
このシネコンで現在公開されているR指定作品は一つしかない。
くまのぬいぐるみが主人公のコメディ作品だ。ネットでの評判はまずまずだが、過激なジョークも多いらしい。
「向日くんが嫌なら違うものでも良いけれど。でも、喋るぬいぐるみなんて、最ッ高に可愛いじゃない!」
無表情の中で輝くキラキラとしたまなざしに、俺は言葉を詰まらせる。
「いや、俺は良いんだけど……二人はどうなんだ?」
「大丈夫です」
「平気」
女子3人に囲まれてR15作品を観るなんて少し気が引けるが、みんなが構わないなら、まぁ良いか。
「じゃあ決まりね。チケットを買いに行きましょう。学割があるみたいだから、生徒証を用意して」
チケット売り場の列に並んだ俺たちは、それぞれに生徒証を取り出す。
……と、有栖が生徒証を落とした。俺は生徒証を拾い上げ、有栖に手渡そうとするが、思わず手元を凝視してしまった。
「笑ってる……だと」
有栖の学生証の、証明写真。
そこには、天使のような微笑みをたたえる美少女が映し出されていた。
口角の端を上品に上げて、大きな目を僅かに細めている。顔のパーツや配置は一緒なのに、普段の有栖の印象とは全く違う、完璧な美少女像。
不覚にもその笑顔に、心臓が高鳴ってしまうが――。
この写真の少女にどこかで会ったことがあるような気がする。
いや、目の前の有栖の写真だから、会ったことがあることに違いはないのだが。
いつも無表情の有栖の笑顔を、見たことがないはずなのだけれど、この笑顔に既視感を感じる。
そのとき、生徒証を勢いよく取り上げる有栖。
「見た?」
「え、え……」
「見た?」
「見ました」
すると有栖は「チッ」と小さく舌を鳴らして、
「ひとの生徒証を見つめるなんて、どういうつもりなの。生徒証には住所も書かれているのよ、私の家に押しかけるつもり? この、ストーカー! むっつりスケベ! むっつり!」
つい先日俺の後を付けて、俺の放課後の行動を観察していたやつの台詞とは思えない。
「ごめん、悪かった。だから、あんまりむっつりスケベとか連呼しないでくれ」
スタッフさんが見てるよ。こっちに来ちゃうよ。
この後、チケットを買ってからも俺を「むっつりスケベ」と呼び続けていた有栖に、ポップコーンとコーラを奢って、やっと許してもらうことができたのだった。
無表情キャラがポーズとるのって最高に可愛いと思うのです。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
ではでは。