・第九十三話 『有翼種』
いつもお読み頂きありがとうございます。
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※突然三人称視点、しかも『略奪者』側ですみません。
「前話の続きの方が気になるぞ!」って方もいらっしゃるかもしれませんが、時系列的にここでこの話を持ってこないと、載せるタイミングが難しくて^^;
セイたちと『略奪者』が相対した廊下とは、丁度反対側。
『聖域の守護者』ティル・ワールドが消えていった隠し扉の向こう。
造りこそ似通っているが、そのサイズ、装飾共に隠匿されていることが明らかなそこ。
『封印されし氷水王』が安置されていると噂される、開かずの扉へ続く廊下に突如、西洋風の扉が現れる。
扉が音も無く開き、中から白いローブを纏い、黒髪のベリーショート、猫目が印象的な小柄な少女が現れる。
セイたちの宿敵、『略奪者』ハルである。
額の傷から血が流れる。
本来ならもっと長距離の転移も可能な彼女が、必死で飛べたのがこの程度の距離。
ウララのハンマーが壁に当たった時生じた破片で受けた傷が、長距離の転移に必要な集中を乱していた。
「ホンマ・・・どんだけタチ悪いねん!アイツら!」
不機嫌さを隠そうともせず、手近にあった柱にゲシゲシと蹴りを入れ、そう吐き捨てる。
ハルは大いに苛立っていた。
予想外、想定外の連続で、うまくいかないにも程がある。
緑色の球体が彼女の肩で小さな人型に変わる。
「マ・・・マ・・・。」
人で言えば口に当たる部分、ぽっかりと開いただけの空洞からそんな音が漏れる。
それで少し落ち着きを取り戻し、「大丈夫や。ひーやん逃げるで。」と人型に声をかけ、『封印されし氷水王』の寝所へと走り出す。
ハルは走りながら想起していた。
この国に潜伏してから、はや十数年。
微に入り、細に渡り、どれほどの苦心を続けてここまで漕ぎ着けたのかを思い出し、またも苛立つ心を押さえ込む。
元を正せば・・・ホナミが告げた訃報、『悪魔』襲来。
あそこからすでに計画は狂ってきていた。
あの男とその仲間たちの厄介さは、『地球』に居た頃から痛感していたはずなのに、この世界では勝手が違うだろうと楽観した。
そんな判断から、サカキの打った逃げの一手すらいっそ臆病とすら感じていたのだ。
しかし現実は違った。
神々とその従者でしか開けないはずの『南天門』をあっさりと開き、王城の前を固めていた天使兵の群れを無傷で突破。
その後の追撃も振り切り、とうとう『正義神』ダインの神殿に到着してしまう。
それでもまだ、隠れて様子を伺っていたハルには余裕があった。
自分ですら手の出せない、『天空の聖域シャングリラ』の秘匿魔法『晶柩』だ。
流石の『悪魔』とて、おいそれと封印を解くことは出来ないだろう。
そんな淡い期待は一瞬で瓦解する。
いとも簡単に、当然の如く『正義』は復活してしまう。
本当に最悪の場合を想定し、『傲慢』をティル・ワールドに貸してはいたが、よもやあっさりと切り札を切らされるとは思わなかった。
それでもまだ後ろには神が控えている。
ちょうど『悪魔』も手札を使い切ったし、ここから巻き返しも不可能ではない。
しかし期待は見事に裏切られた。
『悪魔』ならまだわかる。
アイツの異常さはよく知っていたし、仲間たちからも聞かされていた。
それがまさか、『晶柩』から出たばかり、病み上がりのはずの『正義』によって、完膚なきまでに叩き潰されようとは・・・。
もはや悪夢以外の何者でもない。
だがハルは諦めなかった。
きっと最後の最後、必ず奴らが油断するタイミングがあるはずだ。
それだけを信じ、息を潜めて待ち続けた。
祈りは届く。
神をどうやってか正気に戻した奴らが、一瞬気を緩ませる。
ここしかない!そう思い放った、全力の攻撃。
全滅させることは無理でも、最悪セイかウララどちらかでも無力化できれば・・・。
思った以上に効果がありそうな攻撃が、意図せぬ形で無駄玉に変わる。
『銀髪の天女』サラのみの力で打ち消されたのだ。
その後の展開・・・とても戦闘を継続させる事は不可能だった。
どこまでも想定外、今ならわかる。
サカキがニアミスしただけで、逃げの一手に及んだ理由が。
『地球』の頃どころではない。
むしろこれじゃあ、凶悪さに拍車がかかっている。
■
開かずの扉に辿り着く。
この十数年で集めた戦果、カードに変え保管してある天使族や、『法政官』だけでも持って帰らなければ、これまでのことが無駄になる。
それに・・・このままでは正直、ツツジたちに合わせる顔が無い。
ハルはそこでハタと気付く。
(扉が・・・開いている!?)
警戒しながら扉を潜ると、中には先客が居た。
「なんで・・・アンタがここに居るんや・・・?」
中に居たのは三枚羽根の有翼種、『聖域の守護者』ティル・ワールド。
入り口に背を向け、ハルが保管したカードをしまってある箱を、ガサガサと雑に漁っている。
プレズントに負わされた傷、羽根を一枚打ち抜かれたはずなのに、そんなものは最初から受けていないとでも言わんばかり、今は完全に癒えている。
ハルには全く理解できない。
彼とは外で落ち合う予定だったし、そう命令を下していた。
ティル・ワールドが声に反応し、ゆっくりと振り返る。
その手にはハルがこの国で集め続けたカードの束。
「『女帝』か・・・。意外と早かったな・・・。」
ティル・ワールドのセリフに、思わずゾッとするしかないハル。
「な・・・なんで・・・それを。」
確かにハルの称号は『女帝』である。
しかし、彼女はその事を身内以外に明かしていない。
つまり、この世界でそれを知るのは『略奪者』の数名だけ。
当然この世界の住人であるはずのティル・ワールドが、その事実を知っているはずが無いのだ。
ティル・ワールドはハルの問いには答えず、もはや興味は失ったとばかり再度、箱の中を漁り始める。
異常事態だ。
どこからつっこめばいいかわからないが、ハルにもそれだけはわかった。
底知れぬ不安を抱えながら、それでも声を振り絞るハル。
「ティル・ワールド!外で合流やって命令したやろ!それに・・・そのカードをどうするつもりやねん!?」
怒りで虚勢を張らなければ潰されてしまいそうだ。
それほどに不気味だった。
ハルの叫びをしばらく無視しながら箱を漁り、大方必要な物は回収し終えたのかティル・ワールドがゆっくりと振り返る。
そしてハルへと一歩ずつ近寄りながら、淡々とした口調で言い放つ。
「なぜ、私が貴様の命令を受けねばならんのだ?」
背は明らかに彼の方が高いはずなのに、下からねめつけてくるような陰惨な瞳に、身動きが取れない。
「ひ・・・ひーやんに操られてるのと違うん?」
声が震えてしまうのを止められない。
小首を傾げるティル・ワールドが、「操られてなどいないが?」と答える。
(おかしい、おかしい、おかしい。)
ハルは混乱しながらも、必死で言葉を繋ぐ。
「せやかて!この国の天使で操られていないのは、サラとアーライザだけやって自分が言うたんやんか!?」
その叫びに一つ頷き、「確かに言ったな。」と答えるティル・ワールド。
じゃあ何故!?思えども口には上らない。
感じたことの無い恐怖に強張ってしまっているのだ。
しかしハルの瞳は、その問いを雄弁に語っている。
ティル・ワールドが少し俯いたまま、口だけでニヤァーっと笑った。
「『女帝』、いつ、私が、天使族だと言った?」
確かに・・・ちょっと考えたらわかることだ。
彼は天使族であることを否定はしなかった・・・。
しかし、自身を語る際は必ず『有翼種』と言っている。
操られていないならば・・・何のためにこんな事を?
更にゆっくりと近寄ってくるティル・ワールド。
ハルは未だ動けない。
主の危機を感じ取った『封印されし氷水王』が、緑の球体から触手を形成しティル・ワールドに襲い掛かる。
「計画が頓挫しそうだったからな。これももらっていくぞ。」
一瞬でハルの真横、息がかかりそうな場所まで移動するティル・ワールド。
瞬きすらしていないハルにはその挙動が一切見えなかった。
そして触手に突き刺さる一枚のカード。
それは・・・ハルが厳重に管理していたはずの『色欲』。
触手を即座に収めた緑の球体が、ティル・ワールドの掌に移動する。
「ツツジにはこれを渡しておけ。」
そう言ってハルの手にねじ込まれたのは、『天尊』カルズダート三世のカード。
そのまま何事も無かったかのようにすれ違い、去っていこうとするティル・ワールドにハルが必死で待ったをかける。
「アンタ!つつじっちと知り合いなん!?それになんでひーやんを持って行くんよ!せめてそれだけ教えてーな!」
ハルとて馬鹿ではない。
自身の感じる恐怖で思い知らされる、明らかに存在自体が格上と思われる彼への抵抗は無駄だろう。
むしろ今、見逃してくれるつもりなら異を唱えるつもりもない。
それでもその口から出てきた知己の名と、カードの力とは言え自分に懐いていた物を奪われる理由ぐらいは、聞く権利があるはずだ。
ティル・ワールドの歩みがピタリと止まり、「私も暇ではないのだがな・・・。」と面倒くさそうに呟く。
それでもハルが、自然と巻き起こる震えに必死で耐えている姿を見て、何かしら思うところがあったのか正対する。
「その二つの質問にだけは答えてやろう。まず一つ目、ツツジの事は昔から知っている。奴とは協力関係だ。別に仲良しこよしな訳ではないが・・・道は違えど目的が同じと言った所か。それと二つ目、『封印されし氷水王』をこれ以上乱用されると色々とよろしくない。」
ツツジとのことは何となくわかった。
しかし『封印さされし氷水王』のことが不明瞭だ。
「よろしくない?」と思わず聞き返したハルに、あからさまなため息をつくティル・ワールド。
「気付かず・・・と言うより、教えられずに使っていたのか?簡単な話だ。ある一定以上の等級を持つ盟友が、『封印されし氷水王』の『感染者』になって他者を殺すと、殺された者はカードにならない。これは私にとって非常によろしくない、と言う訳だ。」
「なっ・・・!」
絶句するしかないハル。
そんなことは・・・一切聞いていない。
今の話が本当ならば・・・自分たちの目的と相反しすぎる!
凍りつく彼女を尻目に、あっさりと背を向けたティル・ワールドが去っていく。
その姿を黙って見送るしかないハルは、二つの言葉を反芻していた。
ハルの脳裏にまざまざと蘇る言葉。
ホナミが言った「ツツジに気をつけろ。」
それと去り際に彼が残した言葉・・・「世界は『終末』を望んでいる。」
ツツジとティル・ワールドの目的とは。
今までやってきたことはなんだったのだろうか?
一体自分はどこへ向かっているのだろうか。
「とりあえず・・・つつじっちと話さんことには・・・。」
不安と不信、その感情を抱えながらも、彼女に選べる選択肢は余りにも少なかった。
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※次回はセイ視点の予定です。