・第八十七話 『天尊』
いつも読んで頂きありがとうございます。
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※セイ視点です。
異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈ならウララが罠にかかった理由がわかるよ?
兄貴がアイツと同じ立場だったら、どんな風に振舞っただろうか。
あれでいて、子供好きの優しい奴なんだ。
本人はバレてないと思っていたようだが、休みの日近所の孤児院に通っていたことも、将来保母さんを目指していたことも、おれたちにはバレバレだったな。
異世界転移なんて状況で自分が本当に辛いときでも、一番年少の竜兵のことを案じている。
言ってしまえば、全く責任など持つ必要の無い、自身が救った命の為に己が身を差し出す。
弱きを助け強きを挫くとはアイツのことだろう。
この切迫した状況でも、つい思考の波に意識が攫われてしまうのは、本当にギリギリ、綱渡りのようなタイミングで辿り着いたことに、どこかしら作為的なものを感じてしまうからだろうか。
だけど、新しい情報、道中の光景、そしてウララの姿。
それらは全て、おれの怒りに油を注ぐには、十分な働きをしてくれた。
それじゃあ、そろそろ行こうか。
『天尊』だかクレソンだか知らないが、神様共々ぶん殴られる準備はできてるか?
後悔させてやるよ・・・『悪魔』の逆鱗に触れたことを。
■
ラカティスたちと別れ、王城を奥地へ進む間もずっと、悲劇は続いていた。
王城の通路、そこかしこに倒れ伏し、光の粒子に変わっていく獣人族や人族。
嬌声を上げて武器を振り回す天使族。
これでモヒカンに棘アーマーだったら、間違いなく世紀末の暗殺拳なアレだ。
「コ・・・コ・・・コココロォス!!」「しししししねねねしね!!」
「やかましいっ!」「ぬぅ、悪趣味である。」
ドゴォ!ゴスッ!
わき道から現れた天使族二人。
目や耳の穴から緑の触手を生やし、手に持つ武器をめったやたらに振り回す雑魚を、おれとロカさんがふっとばす。
壁へ突っ込んだ異形の天使に向けて、シルキーが産み出した『浄化の雷』を、『増幅』して打ち込むプレズント。
雷が天使たちを蹂躙し、緑の粘液が溶けていく。
後に残るのは彼らが着ていた鎧と武器のみ。
「キアラ!まだかっ!?」
「も、も、も、もう少しですっ!」
遅々として進まぬ道程にイラつき、思わずキアラを急かしてしまった時だった。
頭の中に一瞬だけ、あの懐かしい声が響く。
「お兄ちゃん!急いで!」
(美祈っ!?)
慌てて振り返るが、当然そこに最愛の妹の姿は無い。
「セイ?どうしたの?」
突然振り向いたおれに驚き、すぐ後ろを付いて来ていたアフィナを皮切りに、仲間たちが歩みを止めた。
迷っている暇は無い。
美祈が急げと言うなら、何かあるのだろう。
「いやな予感がする。キアラの案内でロカさんは先行してくれ!」
おれの態度に何か思い当たったのか、普段なら心配するロカさんも「承知。」と頷いた。
キアラが飛び立つ前に、おれをじっとみつめる。
「セイ様、私たぶん最後までは魔力が持ちません。ウララ様を・・・。」
おれは彼女の言葉に、「任せろ!」と頷いた。
「娘、行くのである!」と一声かけたロカさんが、一気にトップスピードへ。
飛び出したキアラがすぐに追いつき、二人は一瞬で見えなくなった。
さすがは『幻獣王』と、飛行速度だけなら世界一の『見習い天使』キアラと言った所だ。
「おれたちも行くぞ!」
おれたちは互いに顔を見合わせ頷くと、ロカさんの残した魔力を追いかけ走り出した。
■
ロカさんが踏み込んだ瞬間は、本当にギリギリだったようだ。
神殿の扉の隙間から漏れた莫大な光属性の魔力と、それを押さえ込んだ『魔霧』が遠目にも確認できた。
おそらく使用されたのは光属性攻撃魔法『閃光』の、上位互換と言った所か?
普通の光魔法だったらロカさんとは決して相性が良いとは思え無いが、『閃光』なら話は別だろう。
所謂アレだ。
光の屈折率がどうとかで、霧の中に光が通らないってやつだ。
ましてやロカさんの作る『魔霧』は、格別に闇属性の魔力が練りこまれている。
追撃したプレズントに続き、おれも『正義神』ダインの神殿へ乗り込む。
中に入ってすぐに気付く。
(居たっ!)
床にはなぜか、こときれたまま光の粒子を出していない獣人族の遺体。
倒れて呻く、息のある者も数名。
そして怪しげな魔法陣の中央。
巨大な結晶に囚われたまま眠ったような姿、ピンクのゴスロリドレスを纏い、黒髪ツインテールの美少女。
ウララだ。
更にチラリと横目で確認。
子犬モードになってしまっているロカさん。
おそらくさっきの『閃光』を抑えた時に、魔力をかなり消費したんだろう。
そして収まりつつある『魔霧』の中、呆然とへたり込んだアーライザと・・・あれはマルキストだな。
(生きててくれたか。)
カードゲームの『リ・アルカナ』でも見た覚えがあるその姿に少しだけ安堵する。
おれの姿を見止め、「セイ殿・・・。」と呟いたアーライザに軽く首肯を返しておく。
マルキストには彼女から説明するだろう。
目の前にはまだ若い・・・おそらくはおれとそう変わらない歳だろう八枚羽根の天使。
まぁこの世界だと、見た目年齢はそんなにアテにならないんだが。
そしてもう一人、カードゲームの『リ・アルカナ』でも見たことがある人物。
先の大戦で大量虐殺を行った張本人、『聖域の守護者』ティル・ワールドだ。
ティル・ワールドの三枚羽根の内一枚に、風穴が開きブスブスと煙を上げていた。
プレズントに焼かれたらしいな。
さて・・・こっちの若い奴が『天尊』なんとかって奴なんだろう。
拳を腰だめに、いつもの丹田の構え。
道中の惨劇を思い出しつつも、怒りの感情を圧縮、細く尖らせる。
「神様共々・・・ぶん殴られる準備はできてるか?」
タイミングを見計らっていたロカさんが寄ってくる。
「ぬぅ、主。すまんのである。」
やたら申し訳無さそうな彼に、「いや、よくやってくれた。」と労いながら魔力を譲渡。
戦闘モードの2mサイズに戻ってもらう。
それまで目を白黒させるだけだった『天尊』某が、一連の流れでやっと我に返り誰何する。
「貴様らは何者だ!この場所を、世界の主神である『正義神』ダイン様の神殿と知っての狼藉か!」
「主神ねぇ・・・。おれの知ってる主神ってのは、『カードの女神』って呼ばれてるはずなんだが。」
そんなことを呟きながら考える。
(こいつは・・・おれたちのことを知らないのか?)
見る見るうちに、人を小ばかにしたような表情を浮かべる『天尊』氏。
「なにを言い出すかと思えば、『カードの女神』など、実在もせぬ御伽噺の人物ではないか!」
いや・・・普通に存在してるけどな?
ロカさんとプレズントが、油断無く全体をカバーできる位置に移動していく。
それをねめつけながら、すっと『天尊』氏に寄って行くティル・ワールド。
ティル・ワールドが『天尊』氏の耳元に口を寄せ、何事か囁く。
それを聞いて一瞬驚いた『天尊』氏は、ことさら鷹揚に頷いた。
「なるほど・・・貴様が神敵か・・・。我は『天尊』カルズダート三世。邪教の信徒め・・・生きて帰れると思うなよ!」
自分から名乗るのか。
カルズダートね・・・たぶん覚えた、すぐ忘れそうだけど。
勝手に納得したらしいが、おれには聞いておかなければいけないことがある。
無駄かもしれないし、答えるとも限らないけどな。
「お前は獣人族になんか恨みでもあんのか?それとも『封印されし氷水王』の呪いってやつか?」
おれの問いにカルズダートは、きょとんとした表情を浮かべ何でもないことのように言い放った。
「我は『封印されし氷水王』に操られてなどいない。便利だから駒として使ってはいるがな。獣人族に関しては恨みなど無いよ。獣を屠殺するのにいちいち恨むかね?」
予想外、答えは返ってきた。
だがその返答は0点だ。
明確な意思を持ち、言葉も通じ、低い地位に嘆くことなく一生懸命生きている。
おれがこの世界で聞いた獣人族とはそんな奴らだ。
それを獣の屠殺と言い切ったカルズダート。
これが・・・こんな者が王?
おれは神殿の扉の陰、隠れさせていた女性陣に声をかける。
「サラ聞いたか?おれは・・・一回この国を潰すぞ。」
「ええ・・・貴方に任せるわ・・・。」
おれの宣言を聞いて、サラは悲しげに目を伏せた。
「サラだと!?なるほど、背信者に『南天門』を開けさせたのか!」
カルズダートが自身の頭上へ、何本もの光の槍を産み出す。
それと同時にアフィナとシルキーが悲鳴を上げた。
「「セイ(さん)!」」
「どうした!」
カルズダートを油断無く見据えながら状況を確認。
おれたちが来たほうから神殿に向かって、わらわらと『感染者』たちが寄って来るところだった。
くそ・・・物量で来たか。
その光景を見たのか、自信を取り戻した表情のカルズダートが言い放つ。
「八方ふさがりだな邪教の信徒よ。貴様は我自ら相手してもらえることを、あの世で誇るが良い。ダイン様に捧げる供物よ、名前だけは聞いておいてやろう。」
明後日なことをのたまうカルズダートにため息を一つ。
半身に構え「かかってこい。」のハンドサイン。
「異世界の魔導師セイ。『悪魔』のセイだ。」
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