・第八話 『カードの女神』後編
「まずは、これを見てほしい。」
そう言って幼女は、32インチのTV画面くらいのサイズの光る板を宙に浮かべた。
そこにまるで映画のように動画が映し出された。
それは戦いの歴史、中世のヨーロッパに居た様な全身鎧の騎士たちがぶつかり合い、魔道士と思しきローブ姿の人たちが作り出す炎の玉や氷の塊、雷撃なんかが人を紙切れののように吹き飛ばす。
色々な種族が居るように見えた。
純白の羽根と青い髪をひるがえし長大な弓を引く乙女、肌の色も黒や青で角が生えているまるで鬼のような巨体の男女、ファンタジーにはテンプレな精霊を喚び出すエルフや、大斧を担いで走るずんぐりむっくりなドワーフなんかも居た。
とても凄惨な光景が続く映像の中で、一番ひどかったのは最後の映像だ。
一人の翼人種と思われる三枚羽根のローブの人物が放った魔法。
日本人なら思う、まるであのきのこ雲のような爆発が、戦場に居た人々を為すすべもなく蹂躙していく。
そこには人種も性別も関係なかった。
「おれの居た世界では、人類の歴史は戦争の歴史なんて言葉があったが・・・異世界でも同じなんだな。」
映像を見終わったおれがそう漏らす。
しかし幼女は弱弱しくかぶりを振ると、その大きなオッドアイから、ぽろぽろと涙を流しながら否定した。
「これは・・・違うのだ。私も最初は、人々が望んで行っていることなのだと思っていた。だが違ったのだ。」
そう区切ってから幼女が語る。
「私が自我を得たのは、約10万年前だったと思う。何故かはわからないが、自我を得た時に自分に特別な力があることはわかった。それは『カード』の力だ。私は『カード』に秘められた力を使い、この世界『リ・アルカナ』を創造した。最初は小さな箱庭のような物だった。環境を整え、変わらない世界を見て私はつまらなくなった。そして動物や虫、人類、生き物を創造する。最初は皆穏やかに暮らしていた。しかし、世界に国という概念が出来上がると、同種族で結束し、私以外の新たな神を創造し始めた。こう言ってはなんだが、自分に都合の良い『助けてくれる神』という奴だ。新しい神は強力だった、信仰が力に変わる神という存在には、自分に利益があるならなおのこと熱心に祈るだろう。逆に傍観を続けた私の力は弱体していった。それが大きな間違いだったが・・・私は放っておいた。自分が生んだ生き物が、どう生きていくのか楽しみだったのだ。私に残された大きな力は『カード化』のみ、これは彼らが倒れた時、カードに変化し、ほんの少しだけ私に力を譲渡して輪廻する、そんな力だ。これだけで世界の維持には事足りた。私は彼らが、自身の信念で生きていると思っていたのだ。だがそれは違った!私は気付いていなかったのだ!」
幼女は最後にそう叫んで、一旦言葉を止めた。
「私がそれに気付いたのは20年前、遅すぎると思うだろう。だがそれまで、奴らは巧妙に隠れ、虎視眈々とタイミングを見ていたのだと思う。私は奴らのことを『略奪者』と呼んでいる。20年前に起きた『第一次レビア大戦』の悲劇、『聖域の守護者』ティル・ワールドの使った禁呪『終末』、この魔法で倒れた英雄、指導者、兵たちの総数は実に30万人に上る、そしてこの犠牲者のほとんどが輪廻しなかったのだ・・・。何故か?犠牲者のカードは、『略奪者』によって持ち去られたのだ!そのことにやっと気付いた私は調べ、探した。そして見つけた、奴らの存在を。奴らに奪われたカードは、意思に関係なく無理矢理使役されるようだ。『聖域の守護者』と言われ、三賢人にも数えられたティル・ワールドまでそうだったとは信じられなかった。だが奴らは帝国を使ってまた同じことを繰り返そうとしている、私はこれを止めたい。頼むセイ君、力を貸してくれ。」
ここまで一気に語った幼女は、涙に塗れたオッドアイでおれをみつめる。
なるほどな・・・わかりやすい悪役が出てきたものだ。
幼女が嘘をついているとも思えないが・・・なぜおれなのか?そして召喚を見た際に言っていた『奴らの関与』この辺はなんなのか・・・。
おれの疑問を察したようだ、幼女が更に続ける。
「セイ君の着ている法衣、その金色の箱もこちらの世界のものだ。それに・・・」
そこで一旦言いよどむ幼女に、おれは目線で促す。
「・・・先ほどセイ君が呼び出した『幻獣王』ロカ、彼は『第一次エウル大戦』で死んでいる。」
「・・・なんだと・・・。」
自分の声が遠くから聞こえるような感覚。
つまりおれは・・・この世界で消えた20年前の被害者を使役している?おれが『略奪者』なのか?
混乱するおれと幼女の沈黙を破ったのは、シブいおっさんの声だった。
「我輩、主はその『略奪者』ではないと考えるのである。」
そう言いながら、真っ黒い子犬が箱の中から出てくる。
「ロカさん・・・なんで」
おれはなぜか、この犬にさん付けしちゃうんだよな?声のせいかもしれん。
ロカさんは、白い部屋の床にスタッと降り立つと、
「どうやら先ほど主に呼ばれた時の魔力が残っていたようである。今、箱の中の皆には説明を終えてきた。『略奪者』とやらは、無理矢理我らを使役するのであろう?我輩たちは皆、主が好きだから従っているだけである。ゆえに主は『略奪者』ではない。と、考えるのである。」
なんという男前発言、子犬の姿でなければさぞ決まっただろうに・・・いや子犬状態で喚んだのはおれだけどさ。
それを見て幼女も緊張を解くと、改めておれをみつめる。
「私もそう思っている、『略奪者』に使役されるカードたちは、皆一様に暗い目をしている。絶望とでもいうのかな・・・そこの『幻獣王』にはそれが無い。ゆえにセイ君に頼むのだ。」
そこでまたも空気になっていた老婆たちが口を挟む。
「それにおそらく、坊やが元の世界に帰るためにも必要になることだよ。」
「そうさねぇ、神代級転移魔法を再現するなら、最低でも超古代級、下手すりゃ遺失級が必要になるじゃろう。」
さっき老婆に聞いておいたが、この世界の魔法は等級制らしい。
初級、中級、上級、古代級、超古代級、神代級、そして遺失級。
この設定はカードゲームの『リ・アルカナ』には無かったものだ。
魔法もまた一部カード化され管理されているそうだ。
そして『地球』に戻るためには、最高クラスに近い等級が必要らしい。
「神代級はもちろん、遺失級ともなれば管理者は各国の指導者か、神そのものだ。神自体にも『略奪者』の手が伸びていないとも限らない・・・。」
続ける幼女の言葉に、逃げ道は無さそうだ。
「ふぅ~・・・まずは帝国にOshiokiかね・・・。」
おれがため息交じりでもらした言葉に、明らかにホッとした表情になる幼女と老婆たち。
「ありがとうセイ君、ではこれを受け取ってほしい。」
幼女が差し出した手から光の玉が生み出され、ゆっくりとおれの右手へ吸い込まれていく。
「・・・これは?」
右手に息づく暖かい温もりを、目の前にかざしながら問うおれに幼女は説明する。
「私の加護だ。きっと必要になる時が来るだろう。『カード化』と『図書館』の力を一部譲渡する。『カード化』は生物には使えないが物体、もしくは魔法をカードに変える力だ。『図書館』は、カードを収納しておける本だな。本の中では時間経過が止まり劣化などはおきない。また、登録者以外が、中から物を取り出すこともできないようになっている。」
ふむ、実際に『図書館』を発動してみる。
中空に黒い背表紙の分厚いカタログのようなものが現れる。
今は何も入っていないようだ。
これはつまりあれだな、無限収納と、固定化の能力を貸してくれたようだな。
要はこの力を使って、この世界の問題を解決しながら、転移系の特級魔法をみつけるのが目的になるのかね・・・。
幼馴染たちも拾っていかないとな。
結構、先が長そうな話になってきたな。
『図書館』の確認をしつつ考えていると、
「主神様、そろそろ時間のようです。」
「そうさねぇ、また来世でお会いできることを願っております。」
老婆たちがそんなことを言い出した。
幼女は二人の手を握り、
「セル・ネル済まなかった・・・ありがとう、また来世で・・・」
そう言って目を伏せた。
「主神様、私らを悼んでくれる御心に感謝します。もう2000年生きましたゆえ、思い残すこともございません。」
「そうさねぇ、一つだけ心残りが・・・坊や、どうか坊やたちを召喚したあの子を責めないでやっておくれ。」
そして光の粒子になっていく老婆たち。
「おい・・・なんでだ?」
状況がいまいち飲み込めず尋ねるおれに、幼女は告げる。
「セル・ネルの魂は、セイ君たちを召喚した魔法で磨耗しきっていたんだ。そして、私が『略奪者』よりも先に介入できるように、無理をさせて空間を繋げた。もうこの空間も長くは持たないだろう。」
そこまで状況は切迫しているのか・・・
老婆たちは一枚のカードに変わり、虚空を漂うと少しだけ光の粒を残しどこかへ飛んでいった。
光の粒は、目を閉じた幼女に吸い込まれていき、幼女は少しだけ輝いた。
綺麗だ・・・思わずそんな気持ちになってしまう、幻想的な光景だった。
そしておれの意識も段々薄れていく。
最後に耳に残ったのは、
「どうか・・・どうかこの世界に安寧を取り戻してくれ・・・」
祈るような『カードの女神』アールカナディアヴェルダーシェ、主神と呼ばれる幼女の囁きだった。