・第八十六話 『裁く者』
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※今回突然ですが三人称です。
どうしてもこのシーン書きたかったorz
5/21 誤字修正しました。
それは、マルキストにとって得がたい幸運だった。
彼が対峙していたのは、この国の国王にして『正義神』ダイン同様、八枚の羽根を持つ天使族『天尊』カルズダート三世と、この国の左大臣にして『三賢人』の一人、『聖域の守護者』ティル・ワールド。
看過できない悪質な神降ろしの儀式。
床の魔方陣にはこときれた獣人族多数と、まだ息こそあれ、いつ死んでもおかしくない子供たち。
ティル・ワールドの手には人質に取られたアーライザと、傷ついた獣人族が数人納められたガラス瓶。
そしてカルズダートが少しだけ浮き上がり、頭上に作り出した光の槍を今まさにマルキストへと放とうとした瞬間。
王城が激しく揺れた。
なぜか?
セイが王城の入り口扉へと放った、『渦の破槌』が原因だった。
その一撃は、外縁よりも内部、特にこの『正義神』ダインの神殿部を大きく揺らした。
そこにはからくりがある。
彼の魔法扉、作り出したのはティル・ワールド。
その強度を上げるため、『正義神』ダインの『加護』を組み込んでいた。
それは云わば楔。
魔法扉を起点として、この王城全域を高度な魔法防御の結界に組み込むものだった。
起点が扉ならば、維持コストの供給源はどこか?
言わずもがな、この神殿、及び現在囚われの身であるウララである。
『渦の破槌』から派生した、螺旋の魔力はその回路を着々と伝い、『正義神』ダインの神殿を小気味良くシェイクした。
これでウララを封じる『晶柩』まで壊れていてくれれば、それこそ諸手を挙げての大喝采なのだが。
さすがにこの国の秘匿魔法。
そこまで望むのは無理があった。
それでも現場で対峙する人間たちには、とんでもない出来事である。
一瞬で収まったとはいえ、当然立ってなど居られる物ではない。
その空間の中で地に足を付けていたのは二人。
マルキストとティル・ワールドだ。
カルズダートは浮いていた。
だからこそ何の躊躇も無く、自身の生み出した光の槍をマルキストへ解き放った。
地に足を付けていた二人はバランスを崩し、結果本来であれば直撃だった光の槍が、マルキストの頭上を通過する。
そして『天空の聖域シャングリラ』の最高戦力は、幸運の女神の前髪を掴んだ。
すでに二度、一度目はこの儀式によって、二度目は人質を見せられて。
冷静さを欠いていたマルキストだからこそ、その突然の衝撃には平静を保てた。
逆に、圧倒的優位からの理解不能な出来事。
カルズダートとティル・ワールドは一瞬逡巡してしまった。
「おおおおおおお!!」
一度前のめりに倒れかけたマルキストは、その足でティル・ワールドに肉薄する。
彼らが何故人質を必要としたのか?
簡単だ。
カルズダートもティル・ワールドも、どちらかと言えば魔法使いに属するタイプ。
純粋な剣士としてこの国最強のマルキストと、そのまま戦えば危ういからだ。
マルキストは躊躇わない。
何年もの血のにじむ様な努力で編み上げられた絶対の一撃。
身体能力強化の魔法を何重にも重ね上げ、至宝『裁断刀』ゲイルから繰り出された一閃が、未だ驚愕覚めやらぬティル・ワールドを確かに捉えた。
■
「しまっ!」
マルキストが狙ったのは、ティル・ワールドの右腕。
人質の納められたガラス瓶を持つその腕を、刃無き刀が穿つ。
人体を切ることはできない、それでも打撃なら与えられる。
狙い違わずの痛撃を与え、取り落としたガラス瓶を空中で引っつかみ、そのままティル・ワールドに向けて蹴りを放つマルキスト。
蹴り自体は瞬時に障壁で阻まれるが、その勢いを殺すことは出来ない。
衝撃に飛ばされたティル・ワールドが、都合その後ろに居たカルズダートを巻き込んでしまう。
二人が起き上がった時には、形勢は逆転とまで言えなくも、確かに変わっていた。
「マルキスト様、ご迷惑を・・・。」
「アーライザ、今は目の前だ。」
ガラス瓶の封印より、『裁断刀』ゲイルによって解き放たれたアーライザ。
体調こそ万全ではないが、英雄級の彼女が直接対峙でそう遅れを取りはしない。
それに何より重要なのは、彼女は僅かながら回復魔法が使えること。
アーライザの四枚羽根から広がった光が、マルキストや弱りきっていた獣人族を幾ばくか癒してゆく。
中には一人で立ち上がり、傷ついた仲間に手を貸す者、気絶している子供たちを回収しようとする者たちも現れた。
「汚らわしい獣風情が・・・よもや純粋な天使にも裏切りをもたらすとはな。」
起き上がった後、その光景を虫でも見るかのように眺めていたカルズダートが吐き捨て、無数に産み出した不可視の魔力塊を四方八方に放つ。
マルキストがゲイルで切り裂き、アーライザがレイピアで『貫通』させる。
二人の腕前ならば10や20の魔力塊、切って捨てることもできる。
それでも数が多すぎた。
まして自身を狙ってくるものなら避けようもあるが、その軌道は無差別。
全ては防ぎきれず、何人かの獣人族が吹き飛ばされ動けなくなっていく。
しかしそれだけでは満足できないカルズダート。
憎々しげにマルキストをねめつける。
「・・・どこまでも忌々しい。やはり、先代の残した最大の汚点である貴様を生かしておいたのは、我の大きな間違いであったわ!」
マルキストは『裁断刀』ゲイルを構えなおす。
アーライザも翼から治癒の光を放ちつつ、レイピアを構えマルキストの隣に並び立った。
「それはこちらのセリフだ。賢王であった前王から、どうすればお前のようなクズが生まれてくるのだ!私は最早お前を王とは認めない!」
マルキストの宣言を聞いて、今まで無言を通したティル・ワールドが、懐から一枚のカードを取り出した。
すでに光っているそのカード。
マルキストの背筋を冷たいものが走った。
(あれはまずいっ!)
何かはわからないが、とてつもなく嫌な予感を感じたマルキストが飛び出すのを、魔力塊で阻止するカルズダート。
魔力塊を切り裂くマルキスト。
それを見ても余裕の表情のカルズダートがニヤリと笑った。
その瞬間、突如『裁断刀』ゲイルがありえない重さに変わり、マルキストの膂力を持ってしても支えきれず取り落としてしまう。
「くっ!何をした!」
マルキストにも何らかの『特技』を使われたことはわかった。
しかし彼の知るカルズダートの『特技』に、思い当たるものは無い。
「愚か者め。我の魔力をそう何度も切れる物か。そもそもがその剣は我が国の至宝なのだ。天使族以外の者が持つこと自体おこがましいことよ。」
そう言ってカルズダートが手を伸ばすと、『裁断刀』ゲイルは彼の手に向かい飛んで行く。
これは彼が後天的に得た『特技』であり、ずっと秘匿してきた力、『強奪』。
己が魔力を物体に込めることにより、その所有権を奪うというもの。
さすがに普通の物とは違い、至宝だけあって支配下に置くのに時間がかかったが、何度も魔力塊を切らせたかいがあったと言うものだ。
カルズダートがこの『特技』を隠してきた理由は単純である。
天使族でないマルキストが、『裁断刀』ゲイルの所有者であると言うのが気に食わなかったのだ。
いずれ奪ってやろう(カルズダートにとっては取り返してやろう)と思っていた物が手に入り、満足げに頷くカルズダートに、ティル・ワールドがお伺いを立てる。
「王よ。使用の許可を。」
「構わん。まずはこやつらをどうにかしろ。」
王命に一つ頷き、ティル・ワールドがカードを使用する。
『極大閃光』
呟くように唱えられたその魔法。
神殿が光の奔流に飲み込まれる。
光属性攻撃魔法『閃光』、本来ならばただ単純に、対象に向かって光の柱を放つ魔法だ。
しかし今回ティル・ワールドが使用したのは、その魔法を三枚分集約した『極大閃光』。
いかに光属性に強い耐性を持つマルキストやアーライザと言えど、到底無傷では済まない。
邪魔者の排除を確信し、カルズダートもティル・ワールドも儀式の続きを行うため、視線を合わせた時だった。
■
「むぅ・・・なんとか、間に合ったのであるな。」
今までこの空間には存在しなかった者の声。
やたら渋い声、そして光の奔流を埋め尽くすように現れた漆黒の霧。
霧の中から現れたのは・・・その歩み「トコトコ」と擬音が付きそうな、漆黒の毛並みに赤い目を光らせた・・・子犬。
更に霧の中には、無傷できょとんとするマルキストとアーライザ。
「な・・・何者だ・・・!」
さすがのカルズダートも、声に覇気が無い。
しかし子犬はその言葉に返答しない。
カルズダートをガン無視でマルキストとアーライザに話しかける。
「マルキストとアーライザで、間違いないのであるな?」
話しかけられた二人も、「あ、ああ。」とこくこく頷くことしかできない。
「しかし良かったのである。我輩の『魔霧』と相性の良い『閃光』で無ければ、さすがにこうはいかなかったのである。」
カルズダートを一切無視して、ウンウンと頷く子犬。
「我を無視するな畜生!貴様化生の類であろう!」
堪らず激昂したカルズダートを一瞥し、すぐに興味を失う子犬。
固まっていたティル・ワールドが呟いた。
「・・・『幻獣王』ロカ・・・。」
「ばか・・・な。」
カルズダートは絶句。
ティル・ワールドも二の句は告げない。
認めたくなかった。
近付いてきているのは知っていたが、外に待機させた天使族の防波堤をまさか破れるはずもなく、ましてや『南天門』は締め切ったはずなのだ。
逡巡するティル・ワールドがハタと気付く。
もしかして・・・さっきの揺れは・・・と。
その姿を見て、初めて子犬がカルズダートとティル・ワールドに興味を示した。
「我輩のことを知っているなら、この後も想像がつくのであろう?」
カルズダートは何を言われたかわからない。
しかしティル・ワールドは違う。
焦燥感を露にしたティル・ワールドが、カルズダートに儀式を促そうとした瞬間、開け放たれたままの神殿扉の隙間から、火槍が飛んでくる。
慌てて障壁を展開するも、あっさりと障壁を砕く火槍。
身をよじりなんとか避けるも、三枚羽根の一枚が持っていかれる。
「久しぶりだね?会いたかったよ『聖域の守護者』。」
そんなことを言いながら扉を潜ってきたのは、赤いざんばら髪をポニーテールに括り、煤けた茶色のローブを着て、自身の身長と同じくらいの長さの杖を持った、柔和な表情を浮かべる背の低い青年。
「くっ・・・『永炎術師か・・・。」
珍しく表した感情を隠しもせず呟くティル・ワールドに、彼と新たに現れた青年を交互に伺い、目を白黒させるしかないカルズダート。
青年はにっこりと笑い宣言した。
「真打ちが来るよ?」
その言葉と共に、扉の向こうから信じられないほどの怒気と、闇の気配を纏った少年が現れた。
少年は腰だめに拳を構え、一言。
「神様共々・・・ぶん殴られる準備はできてるか?」
役者は・・・揃った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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※次回はセイ視点の予定です・・・たぶん。