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リ・アルカナ ~彼方からの旅人~  作者: -恭-
・第二章 天空の聖域シャングリラ編
72/266

・第六十九話 『色欲(ラスト)』

いつも読んで頂きありがとうございます!

ブクマ、評価励みになります。


※今回はとある二人のガールズトークです。


 『天空の聖域シャングリラ』の最奥区域、『正義神』ダインの神殿とされるその部屋から、更に奥へ。

 何枚もの魔力隔壁によって遮られた、一枚の扉の先にそれはある。


 『開かずの扉』と呼称され、『封印されし氷水ひすい王』が封じられていると言われている部屋だ。

 王城内でも、存在こそはまことしやかに囁かれている。

 十数代前の王族と言うことで、最早当時を知っているものはほぼ現存しないため、ほとんどの場合親が子供を諌めるために使うような、所謂あれだ。

 「良い子にしてないと、氷水ひすい王が来て攫われてしまうぞ?」と、言うような使われ方をするよう変化している。


 この流れ、自然だったともそうではなかったとも言える。

 当時の上層部が、ある程度情報操作を行った所以もあるのだ。

 だが当然現在も上層部や王族は、それが事実であることを知っているし、王城に働くものがこの区画へと立ち入ることは在り得ない。

 それほどに『氷水ひすい王』の件はデリケート、かつ禁忌とされる内容だった。


 封印されているはずの『開かずの扉』、今日はその部屋の中に人の気配が在った。

 いかにもな装飾が施された部屋の中、一人の人物がソファーに腰掛け、緑色の球体をその掌で転がしていた。

 中に居たのは黒髪をベリーショートにした、幼い顔立ちの人物。

 まるで猫のような大き目のつり目が印象的だ。

 だっぽりとした白いローブを着ているので、体格で性別を判断はできない。

 その疑問は程なく解かれた。

 

 開かないはずの『開かずの扉』がすんなりと内側へ向けて開いていく。

 扉が開いたことで「あるぇ?」と呟いたそれは、明らかに少女のものだった。


 一瞬にして、その少女が掌で転がしていた球体がドロリと解け、霧散する。

 そして部屋の中にある調度品や、天井、床の隙間などから無数に緑色の槍が生え、扉を開けて入ってきた人物へと襲い掛かる。

 少女と同様に白いローブを着込み、ゆったりとしたローブですら隠しきれない豊満な肢体。

 誰が見ても妙齢の女性であると分かるその姿。

 その人物の姿を見止めて、少女が叫んだ。


 「ひーやん!お座り!」


 少女の声に反応し、緑色の槍が同時にピタリと動きを止める。

 その光景も、扉から入ってきた人物はどこ吹く風と言った体だ。

 それも当然だろう。

 見る人が見れば、その人物の周りには非常に硬質に見える結界が、幾重にも張り巡らされていたのだ。


 緑色の槍が、現れた場所へと吸い込まれて行き完全に消えると、またしても少女の掌に緑色の球体が現れる。

 それを見て、現れた白ローブ姿の女性は「ふぅ。」と一つ嘆息した後、自身の被っていた仮面を脱ぐ。

 そう、彼女の顔には狐を模した仮面が取り付けられていた。

 彼女が仮面を脱ぎ去るのを待ち、少女は声をかける。


 「どないしてん?ホナミっちがここに来るなんて珍しいやんか?」


 「ちょっとトラブルがあってね・・・。」


 そう言いながら、ホナミと呼ばれた女性は、少女の向かいのソファーへ腰掛ける。

 ホナミが話し始めるのを、少女は静かに待っていた。

 

 「サカキが、また彼らと接触したわ。」


 その言葉に少なからず驚き、猫のような相貌を細める少女。

 

 「サカキっちもツいてないやんなー。」


 正直そんな感想しか出てこない。

 この広い『リ・アルカナ』の中で、たった一週間かそこら。

 その程度の短期間に自分たち以外の転移者であろう彼らと、二度も遭遇するとは。

 サカキにはきっと疫病神でも取り付いているのだ。

 少女はそう一人ごちた。


 しかし、気を取り直し先を促す。

 ホナミがわざわざここまで来るには、それ相応のトラブルであろうことが少女には予想できた。

 

 「ほんで?サカキっちが遭遇したんはまた『ストレングス』なん?」


 少女の問いにホナミは首を振り否定する。


 「ハル、サカキが遭遇したのは・・・『悪魔デビル』のセイだそうよ。」


 「えっ・・・?」


 ハルと呼ばれた少女は今度こそ、心底驚いた顔で絶句した。



 ■



 「ちょ、待ってーな。『悪魔デビル』は『精霊王国フローリア』におるんやろ?ツツジっちがそない言うてたやんか?」


 身を乗り出して詰め寄るハルに、ホナミは非常に困り顔だ。

 そして「・・・どうも移動してるようなのよね・・・。」と呟く。

 それはともかく、ハルはサカキの事が気になった。


 「そんで?サカキっちは?」


 「彼なら無事よ。『悪魔デビル』の存在を確認して、速攻で逃げたって言ってたわ。」


 ハルは考える。 

 今になって、なにゆえ彼らがこの世界に現れたかはわからない。

 どうやら自分たちの身内でもあるサカキは無事なようだが。

 それにしても即逃げとは・・・気持ちはわからなくも無いが、これまでの自分たちの行いと『悪魔デビル』と呼ばれる男たちの仲間を省みれば、到底自分たちの目的と彼らが相容れるとは思えない。

 いずれは事を構えるであろう相手である。

 事実、サカキもツツジもすでに交戦済み。

 交渉の余地も無いだろうし、ずっと逃げ続ける訳にもいかないだろうに。


 (『ストレングス』にやられたんが、トラウマにでもなってるんやろか?)


 そんな疑問を浮かべたハルに対し、その心情まで察したのか、苦笑いを張り付かせたホナミが説明する。


 「彼も応戦しようとはしたみたいよ?『暴食グリトニー』まで使ったと言ってたわ。」


 「・・・ほんまかいな?」


 ハルもにわかには信じがたい。

 『暴食グリトニー』と言えば、第二版の凶悪無比な魔法カード。

 当然、サカキにとっても切り札の一つである。

 それでもここにホナミが現れたと言うことは、簡単に事情を推察できる。

 倒せていないのだ。

 そこまで考えを巡らせているのをわかっているのだろう。

 ホナミは、一つ頷いて話を続ける。


 「『古の語り部』サーデインと『女盗賊頭』エデュッサ、その上『冥王騎士』アルデバランまで居たらしいのよ。あとね・・・これはどこまで本当かわからないのだけど、『悪魔デビル』が・・・素手でドラゴンを殴殺してたらしいのよ。」


 「なっ・・・。」


 本日二度目の絶句である。


 「なぁ、ホナミっち。あの人ってほんまに人間なん?うちには・・・魔王かなんかにしか思われへんのやけど・・・。」


 ハルの脳裏に彼の姿が浮かぶ。

 紫がかった黒髪と藍色の瞳を持つ文句なしのイケメン、その体躯は痩せぎすという訳ではないが、筋肉は程よくついた所謂、細マッチョと言った体である。

 『地球』時代、彼の伝説には事欠かなかった。

 曰く、彼が住む町で、脛に傷持つ輩は決して彼に近付かない。

 なぜならそんな輩は、すでに一度交渉(物理)によって彼に屈服しているだの。

 彼が本気を出せば、格闘技で世界が狙えるだのと。


 (いやいやいやいや、そういう問題ちゃうやん!)


 頭をブンブンと振ってそんな考えを打ち払う。

 『地球』でいかに腕っ節があったにせよ、この世界の常識では考えられないことだ。

 いかに・・・カードの力が使える自分たちであっても、素手でドラゴンを倒せるものなど居ないだろう。

 

 (怖いわー、うちも触りたないなー、ツツジっちに任せるのが一番や・・・な?)


 そんな風に結論付けようとした彼女のこめかみに、汗が一筋伝う。

 この話をするだけにホナミが顔を出した・・・?

 否、この話には続きがあるのだ!


 「な、なぁ・・・ホナミっち。さっき『悪魔デビル』が移動してるって・・・言うたやんな?たしかサカキっちがカード集めしよった所って・・・。」


 最早、悪い予感は確信に変わっているのであるが、それでもハルは尋ねずにはいられない。

 願わくば、その確信が外れていることを祈りつつ。

 だが、彼女の希望はホナミの言葉によって残酷に打ち砕かれる。


 「ねぇハル。落ち着いて聞いてね。サカキが彼と出会ったのは『イリーン階段丘』。その後の足取りははっきりとしてないのだけど。私が集めた情報によると『青の城壁』を見慣れない旅の神官団と言うのが通過してるの。門番に容姿を尋ねたのだけど、『一角馬ユニコーン』が二頭と人族が四人って言ってたわ。でも特徴からしてサーデイン、エデュッサ、セイが居たのは間違いなさそうよ。あと一人はよくわからないのだけど。」


 「それってつまり・・・。」


 淡々と事実を述べるホナミのことが、いっそ憎らしく思えてしまうほどだ。

 それでもホナミの瞳に宿る、自分の事を案じているだろう光にハルは気持ちを切り替えた。

 そしてホナミもまた、伝えるべきことを伝えなくてはならない。


 「彼どうも・・・ここを目指してるわ。」


 

 ■



 できることなら嘘と言って欲しい。

 しかし、ホナミはそんな嘘をつくような女性ではない。


 「しかし・・・なんでやろ?」


 ポツリと呟くハル。

 素朴な疑問だった。

 ツツジの話によれば『悪魔デビル』は『レイベース帝国』と敵対していたはずなのだ。

 移動するにしても『天空の聖域シャングリラ』とは、あまりに方向が違う。


 「おそらくなんだけど・・・。」


 尋ねた訳ではなく、ただ口から漏れただけの疑問だったが、ホナミには何か心当たりがあるようだった。


 「何らかの力で・・・『正義ジャスティス』の事を知ったんじゃないかしら?」


 「あっ!」


 ハルは自身に害が無さそうだと判断し、すっかり彼女の存在を意識の外へはずしていたことに気付く。

 『悪魔デビル』のセイという人間の、人となりを多少でも知っているなら、その想像に至るのはそう難しいことではない。

 そしてホナミの想像はほぼ完璧に正解だった。

 まさかそれが彼の妹、九条美祈くじょう みきが夢という形で関わっているなどとは、思いもしないであろうが。


 その時、ハルが掌で転がしていた緑の球体が、プルプル震えると小さな人型になった。

 全身が緑のその人型に、目や耳に当たる部分は無く、口部分にぽっかりと暗い空洞が開いているだけ。

 

 「マ・・・マ・・・コド・・・モ・・・シン・・・ダ。」


 どこに発声器官があるのかわからないが、その緑の人型は確かに声のような物を発した。


 「・・・なんやて?」

 

 ハルは思わずその人型に耳を近づける。

 緑の人型が何事か耳元で呟くごとに、ハルの表情は曇っていった。


 「ハル、それ『封印されし氷水ひすい王』よね?よく掌握できたわね。」


 「うん、せやで。さすがに普通の精神支配系魔法ではどうにもならへんかってん。サカキっちから『色欲ラスト』借りといて良かったわ。」


 「そう、また七つの大罪を使ったのね・・・。」と呟いたホナミはどこか不安そうでもあるが・・・。

 それはともかく、と思い直し「で?氷水ひすい王はなんて?」と問いかける。


 「どうも彼の『感染者キャリア』が殺されたらしいわ。特徴から言って、相手は『悪魔デビル』と見て間違い無いやろ・・・。」


 答えたハルの顔色は優れない。

 それもそうだろう。

 彼女が長年苦心してきた計画を、簡単におじゃんにできる戦力が近付いているのだ。 


 「やっぱりここに向かってるぽいなぁ。せっかくこれからって時に・・・。」


 悔しそうに呟くハルを見て、ホナミは席を立つ。


 「ハル、計画も大事だけど無理はだめよ。まだ私たちが『悪魔デビル』と戦うのは早いと思うわ。私も自分の現場に戻るわね。良い?絶対に身の安全を第一に考えて。」


 ハルはその言葉に素直に頷いた。


 「わかっとるよ、ホナミっち。せやけど悔しいなぁ・・・。」


 それでも未練がましくボヤいてしまう。

 踵を返し、扉へと向かっていたホナミがハタと歩みを止める。


 「それと・・・ツツジには気をつけて。」


 「・・・ツツジっちに?ホナミっちそれってどういう?」


 ハルが問い返したとき、すでにそこにホナミの姿は無かった。

 



ここまで読んで頂きありがとうございます。

良ければご意見、ご感想お願いします。


※次回はセイ視点に戻ります。

 要望があったので近日中に第2章の終わりに、2章までの登場人物紹介を乗せる予定です。

 掲載したら活動報告で告知しますね^^

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