・第六十九話 『色欲(ラスト)』
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※今回はとある二人のガールズトークです。
『天空の聖域シャングリラ』の最奥区域、『正義神』ダインの神殿とされるその部屋から、更に奥へ。
何枚もの魔力隔壁によって遮られた、一枚の扉の先にそれはある。
『開かずの扉』と呼称され、『封印されし氷水王』が封じられていると言われている部屋だ。
王城内でも、存在こそはまことしやかに囁かれている。
十数代前の王族と言うことで、最早当時を知っているものはほぼ現存しないため、ほとんどの場合親が子供を諌めるために使うような、所謂あれだ。
「良い子にしてないと、氷水王が来て攫われてしまうぞ?」と、言うような使われ方をするよう変化している。
この流れ、自然だったともそうではなかったとも言える。
当時の上層部が、ある程度情報操作を行った所以もあるのだ。
だが当然現在も上層部や王族は、それが事実であることを知っているし、王城に働くものがこの区画へと立ち入ることは在り得ない。
それほどに『氷水王』の件はデリケート、かつ禁忌とされる内容だった。
封印されているはずの『開かずの扉』、今日はその部屋の中に人の気配が在った。
いかにもな装飾が施された部屋の中、一人の人物がソファーに腰掛け、緑色の球体をその掌で転がしていた。
中に居たのは黒髪をベリーショートにした、幼い顔立ちの人物。
まるで猫のような大き目のつり目が印象的だ。
だっぽりとした白いローブを着ているので、体格で性別を判断はできない。
その疑問は程なく解かれた。
開かないはずの『開かずの扉』がすんなりと内側へ向けて開いていく。
扉が開いたことで「あるぇ?」と呟いたそれは、明らかに少女のものだった。
一瞬にして、その少女が掌で転がしていた球体がドロリと解け、霧散する。
そして部屋の中にある調度品や、天井、床の隙間などから無数に緑色の槍が生え、扉を開けて入ってきた人物へと襲い掛かる。
少女と同様に白いローブを着込み、ゆったりとしたローブですら隠しきれない豊満な肢体。
誰が見ても妙齢の女性であると分かるその姿。
その人物の姿を見止めて、少女が叫んだ。
「ひーやん!お座り!」
少女の声に反応し、緑色の槍が同時にピタリと動きを止める。
その光景も、扉から入ってきた人物はどこ吹く風と言った体だ。
それも当然だろう。
見る人が見れば、その人物の周りには非常に硬質に見える結界が、幾重にも張り巡らされていたのだ。
緑色の槍が、現れた場所へと吸い込まれて行き完全に消えると、またしても少女の掌に緑色の球体が現れる。
それを見て、現れた白ローブ姿の女性は「ふぅ。」と一つ嘆息した後、自身の被っていた仮面を脱ぐ。
そう、彼女の顔には狐を模した仮面が取り付けられていた。
彼女が仮面を脱ぎ去るのを待ち、少女は声をかける。
「どないしてん?ホナミっちがここに来るなんて珍しいやんか?」
「ちょっとトラブルがあってね・・・。」
そう言いながら、ホナミと呼ばれた女性は、少女の向かいのソファーへ腰掛ける。
ホナミが話し始めるのを、少女は静かに待っていた。
「サカキが、また彼らと接触したわ。」
その言葉に少なからず驚き、猫のような相貌を細める少女。
「サカキっちもツいてないやんなー。」
正直そんな感想しか出てこない。
この広い『リ・アルカナ』の中で、たった一週間かそこら。
その程度の短期間に自分たち以外の転移者であろう彼らと、二度も遭遇するとは。
サカキにはきっと疫病神でも取り付いているのだ。
少女はそう一人ごちた。
しかし、気を取り直し先を促す。
ホナミがわざわざここまで来るには、それ相応のトラブルであろうことが少女には予想できた。
「ほんで?サカキっちが遭遇したんはまた『力』なん?」
少女の問いにホナミは首を振り否定する。
「ハル、サカキが遭遇したのは・・・『悪魔』のセイだそうよ。」
「えっ・・・?」
ハルと呼ばれた少女は今度こそ、心底驚いた顔で絶句した。
■
「ちょ、待ってーな。『悪魔』は『精霊王国フローリア』におるんやろ?ツツジっちがそない言うてたやんか?」
身を乗り出して詰め寄るハルに、ホナミは非常に困り顔だ。
そして「・・・どうも移動してるようなのよね・・・。」と呟く。
それはともかく、ハルはサカキの事が気になった。
「そんで?サカキっちは?」
「彼なら無事よ。『悪魔』の存在を確認して、速攻で逃げたって言ってたわ。」
ハルは考える。
今になって、なにゆえ彼らがこの世界に現れたかはわからない。
どうやら自分たちの身内でもあるサカキは無事なようだが。
それにしても即逃げとは・・・気持ちはわからなくも無いが、これまでの自分たちの行いと『悪魔』と呼ばれる男たちの仲間を省みれば、到底自分たちの目的と彼らが相容れるとは思えない。
いずれは事を構えるであろう相手である。
事実、サカキもツツジもすでに交戦済み。
交渉の余地も無いだろうし、ずっと逃げ続ける訳にもいかないだろうに。
(『力』にやられたんが、トラウマにでもなってるんやろか?)
そんな疑問を浮かべたハルに対し、その心情まで察したのか、苦笑いを張り付かせたホナミが説明する。
「彼も応戦しようとはしたみたいよ?『暴食』まで使ったと言ってたわ。」
「・・・ほんまかいな?」
ハルもにわかには信じがたい。
『暴食』と言えば、第二版の凶悪無比な魔法カード。
当然、サカキにとっても切り札の一つである。
それでもここにホナミが現れたと言うことは、簡単に事情を推察できる。
倒せていないのだ。
そこまで考えを巡らせているのをわかっているのだろう。
ホナミは、一つ頷いて話を続ける。
「『古の語り部』サーデインと『女盗賊頭』エデュッサ、その上『冥王騎士』アルデバランまで居たらしいのよ。あとね・・・これはどこまで本当かわからないのだけど、『悪魔』が・・・素手でドラゴンを殴殺してたらしいのよ。」
「なっ・・・。」
本日二度目の絶句である。
「なぁ、ホナミっち。あの人ってほんまに人間なん?うちには・・・魔王かなんかにしか思われへんのやけど・・・。」
ハルの脳裏に彼の姿が浮かぶ。
紫がかった黒髪と藍色の瞳を持つ文句なしのイケメン、その体躯は痩せぎすという訳ではないが、筋肉は程よくついた所謂、細マッチョと言った体である。
『地球』時代、彼の伝説には事欠かなかった。
曰く、彼が住む町で、脛に傷持つ輩は決して彼に近付かない。
なぜならそんな輩は、すでに一度交渉(物理)によって彼に屈服しているだの。
彼が本気を出せば、格闘技で世界が狙えるだのと。
(いやいやいやいや、そういう問題ちゃうやん!)
頭をブンブンと振ってそんな考えを打ち払う。
『地球』でいかに腕っ節があったにせよ、この世界の常識では考えられないことだ。
いかに・・・カードの力が使える自分たちであっても、素手でドラゴンを倒せるものなど居ないだろう。
(怖いわー、うちも触りたないなー、ツツジっちに任せるのが一番や・・・な?)
そんな風に結論付けようとした彼女のこめかみに、汗が一筋伝う。
この話をするだけにホナミが顔を出した・・・?
否、この話には続きがあるのだ!
「な、なぁ・・・ホナミっち。さっき『悪魔』が移動してるって・・・言うたやんな?たしかサカキっちがカード集めしよった所って・・・。」
最早、悪い予感は確信に変わっているのであるが、それでもハルは尋ねずにはいられない。
願わくば、その確信が外れていることを祈りつつ。
だが、彼女の希望はホナミの言葉によって残酷に打ち砕かれる。
「ねぇハル。落ち着いて聞いてね。サカキが彼と出会ったのは『イリーン階段丘』。その後の足取りははっきりとしてないのだけど。私が集めた情報によると『青の城壁』を見慣れない旅の神官団と言うのが通過してるの。門番に容姿を尋ねたのだけど、『一角馬』が二頭と人族が四人って言ってたわ。でも特徴からしてサーデイン、エデュッサ、セイが居たのは間違いなさそうよ。あと一人はよくわからないのだけど。」
「それってつまり・・・。」
淡々と事実を述べるホナミのことが、いっそ憎らしく思えてしまうほどだ。
それでもホナミの瞳に宿る、自分の事を案じているだろう光にハルは気持ちを切り替えた。
そしてホナミもまた、伝えるべきことを伝えなくてはならない。
「彼どうも・・・ここを目指してるわ。」
■
できることなら嘘と言って欲しい。
しかし、ホナミはそんな嘘をつくような女性ではない。
「しかし・・・なんでやろ?」
ポツリと呟くハル。
素朴な疑問だった。
ツツジの話によれば『悪魔』は『レイベース帝国』と敵対していたはずなのだ。
移動するにしても『天空の聖域シャングリラ』とは、あまりに方向が違う。
「おそらくなんだけど・・・。」
尋ねた訳ではなく、ただ口から漏れただけの疑問だったが、ホナミには何か心当たりがあるようだった。
「何らかの力で・・・『正義』の事を知ったんじゃないかしら?」
「あっ!」
ハルは自身に害が無さそうだと判断し、すっかり彼女の存在を意識の外へはずしていたことに気付く。
『悪魔』のセイという人間の、人となりを多少でも知っているなら、その想像に至るのはそう難しいことではない。
そしてホナミの想像はほぼ完璧に正解だった。
まさかそれが彼の妹、九条美祈が夢という形で関わっているなどとは、思いもしないであろうが。
その時、ハルが掌で転がしていた緑の球体が、プルプル震えると小さな人型になった。
全身が緑のその人型に、目や耳に当たる部分は無く、口部分にぽっかりと暗い空洞が開いているだけ。
「マ・・・マ・・・コド・・・モ・・・シン・・・ダ。」
どこに発声器官があるのかわからないが、その緑の人型は確かに声のような物を発した。
「・・・なんやて?」
ハルは思わずその人型に耳を近づける。
緑の人型が何事か耳元で呟くごとに、ハルの表情は曇っていった。
「ハル、それ『封印されし氷水王』よね?よく掌握できたわね。」
「うん、せやで。さすがに普通の精神支配系魔法ではどうにもならへんかってん。サカキっちから『色欲』借りといて良かったわ。」
「そう、また七つの大罪を使ったのね・・・。」と呟いたホナミはどこか不安そうでもあるが・・・。
それはともかく、と思い直し「で?氷水王はなんて?」と問いかける。
「どうも彼の『感染者』が殺されたらしいわ。特徴から言って、相手は『悪魔』と見て間違い無いやろ・・・。」
答えたハルの顔色は優れない。
それもそうだろう。
彼女が長年苦心してきた計画を、簡単におじゃんにできる戦力が近付いているのだ。
「やっぱりここに向かってるぽいなぁ。せっかくこれからって時に・・・。」
悔しそうに呟くハルを見て、ホナミは席を立つ。
「ハル、計画も大事だけど無理はだめよ。まだ私たちが『悪魔』と戦うのは早いと思うわ。私も自分の現場に戻るわね。良い?絶対に身の安全を第一に考えて。」
ハルはその言葉に素直に頷いた。
「わかっとるよ、ホナミっち。せやけど悔しいなぁ・・・。」
それでも未練がましくボヤいてしまう。
踵を返し、扉へと向かっていたホナミがハタと歩みを止める。
「それと・・・ツツジには気をつけて。」
「・・・ツツジっちに?ホナミっちそれってどういう?」
ハルが問い返したとき、すでにそこにホナミの姿は無かった。
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※次回はセイ視点に戻ります。
要望があったので近日中に第2章の終わりに、2章までの登場人物紹介を乗せる予定です。
掲載したら活動報告で告知しますね^^