・第四話 『剣(ソード)』
「山本!なんなのかしら、この騒がしい人たちは?これがタロットの称号持ちだなんて、本当ですの?」
「はい、お嬢様。間違いなく『悪魔』『正義』『運命の輪』『力』ですね。」
山本と呼ばれた黒スーツの男を従え、甲高い声で現れた立て巻きカールの金髪少女。
年の頃は同年代、セイたちと同じ学校の制服を着ているが、セイにはまったく見覚えが無い。
まるで値踏みでもするかの如く、セイたちを見下ろし立っている。
「なによアンタ?」
ウララの声が冷たい。
竜兵だけはビクリと体を震わせるが、他の面々は興味が無いようである。
ウララの冷たい問いかけに、
「ワタクシ、昨日からこちらに越して参りましたの、天京院飛鳥『剣』のアスカですわ。『正義』さん、一戦バトルして頂けませんこと?」
立て巻きカールのお嬢様は、そんな言葉で挑発するが、
「いやよ。『剣』程度の雑魚なんて、あたしの魔導書が穢れるわ。」
即答で断るウララ。
『剣』とは、タロットの称号一歩手前の召喚士であり、決して雑魚ではないのだが・・・
まさか断られるなどとは、微塵も想像していなかったのか、アスカの額に青筋が浮かぶ。
そして、大人しそうでくみし易そうとでも思ったか、あろうことか美祈を指差すと難癖をつけ始めた。
「ワタクシが雑魚なら、そこの小娘はなんなんですの?公式の大会でも、今まで一度も見たことなんて無くってよ?」
慌てて止めに入る黒スーツ。
「お嬢様、彼女は『悪魔』九条聖の妹です。」
アスカは、美祈を頭の先から足の先まで値踏みすると、
「ふぅん・・・似てないわね。」
地雷を踏み抜いた。
一瞬にして凍りつく空気。
セイからどす黒いオーラが立ち上るように見え、美祈は俯いて「・・・あの・・・わたし・・・」と落ち込む。
竜兵や、ウララ、秋広も固まっている。
二人が似ていないのも、仕方の無いことなのである。
セイの両親と美祈、つまりセイ自身とも美祈は、血のつながりが無い。
ドラマや少女漫画の世界ではよくあることなのだが、美祈の両親は戦場ジャーナリストとカメラマンだった。
美祈が若干五歳の時、海外で紛争に巻き込まれ、両親ともに帰らぬ人となる。
親戚をたらい回しにされる寸前、美祈の父親と親友だった、セイの両親が美祈を引き取ることになった。
セイは、白いワンピースを着てセイの父親に抱かれ、泣きつかれて寝ている美祈を、一目見た瞬間こう思った。
(この世に、こんなに可愛い存在があるなんて・・・自分が兄としてこの娘を守らなければ・・・)
当時からどこかしら冷めていて、何事にも余り執着を見せなかったセイとしては、とても異常なことではあったのだが・・・
もちろん最初から順調だった訳ではない。
転機が訪れたのは、美祈が小学生になった時である。
子供は残酷だ。
その他大勢と少しでも違うものは受け入れない。
元々の優しすぎる性格と、両親が居ないこと、天然の茶髪が災いし美祈はいじめを受けてしまう。
その時、身を呈し陰となり、日向となり美祈を守ったのがセイである。
美祈にはセイがヒーローに見えた、そして最初から一目惚れとも言えるセイ。
幼い二人が、相互依存の形になっていくことを、セイの両親も止める術は無かった。
一年間、ほとんど笑わなかった美祈に、笑顔が戻り始める。
セイ七歳、美祈六歳の夏のことであった。
そこに、元から近所に住んでいた竜兵とウララが加わり、父親の転勤で転校してきた秋広が加わり、彼らは十年来の幼馴染になったのだ。
ゆえに、セイと美祈が本当の兄妹ではないという件を、想起させるような発言は禁句なのである。
そんな事情は知らず、思ったことを口に出しただけのアスカなのだが、空気が悪くなったのはわかったようだ。
むしろ無言だが、オーラが駄々漏れのセイに怯えたとも言える。
誰よりも早く動き出したのはウララである。
無礼なお嬢様に、ビンタでも食らわせてやろうと近寄るが、
「待ったウララ、暴力はよくないよ、やるならカードで。」
とっさに先回りした秋広が、そう言ってウララの手を掴む。
ウララはそんな秋広と、セイ、美祈、アスカを順番に見つめた後、乱暴に秋広の手を振り払い、
「わかってるわよそんなこと!あたしを何だと思ってる訳?いいわ、『剣』の雑魚ちゃん、ちょっとだけ・・・格の違いってもんを教えてあげる!」
そう吐き捨てた。
彼女を良く知る幼馴染たちは、みな一様に(いや・・・絶対ぶん殴るつもりだったろう・・・)と思ったが、それは言わない約束である。
「ワ、ワタクシを舐めないで頂けます?いかに『正義』と言えど!ワタクシの華麗な戦術の前には、いつまでもそんな態度を取っていられませんことよ?」
バトルスペースに行くまで、そんなことを言っていたアスカだったが・・・
30分後・・・
大方の予想通り、ウララにそれはもうボッコボコにされていた。
ウララはまったく本気を出さなかった。
召喚も武器も使わず、使ったのは身体強化と多少の妨害のみ。
立て巻きカールを掴んで引きずり倒し、マウントで抵抗できないようにしてからボッコボコ、そして限界間際、また回復して延々殴る。
痛みは無いVRの世界とは言え、ウララのマジギレは、お嬢様の心に深いトラウマを残すに十分だった。
バトルエリアから退出し、まるで暴行でもされた後のようなアスカに、にっこり微笑むウララ。
「二度と・あたしたちの前に・その顔・見せないように・ね?」
アスカは泣きながら、黒スーツに背負われ出て行った。
振り上げた拳の落とし所を失ったセイも、苦笑いしか出てこない。
ウララのおかげでかなり溜飲は下がったのだが・・・彼女のどこが『正義』なのか・・・疑問に思わずには居られない。
「正義は勝つ!・・・美祈!気にすんじゃないわよ!アンタとセイは間違いなく、兄妹よ。あたしたちはみんな知ってる。幼馴染としてはちょっと悔しいけど、二人がどれだけ強い絆で結ばれてるかってね!」
「ウララちゃん・・・」感動で涙ぐむ美祈、苦笑ひとしおのセイ、ウンウン頷いている竜兵、秋広はにこにこだ。
ウララは残念な所はあるが、やはり優しい娘なのである。
そんな彼らを眺めながら、秋広はクイッと眼鏡を上げつつ提案する。
「セイ、ウララ、竜、ダブルスしないか?竜とウララ対セイと僕で、それならいいだろう?」
その提案を聞いて、
「いいわっ!」
「・・・竜兵がいいならそれでいいよ。」
即決するウララと、ため息混じりに答えるセイ。
確かに今回はウララに世話になった、それに気使いしぃの秋広の顔も立てなければいけない。
竜兵はガクガクと、音がしそうなくらい頷いている。
拒否権など無い、ウララが怖いのだ。
「それじゃ申請してくるよ。」
そう言って秋広は、バトル受付カウンターへと向かった。