・第四十四話 『帰還の氷』
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※今回は帝国視点です。
青白く輝く魔方陣の中に一人の青年が居る。
青い将校コートに身を包んだ姿から、一角の人物であろう予想は容易い。
だが、その青年の顔色は優れない。
茫然自失。
正にそう言える姿であった。
彼の名はキルア・アイスリバー。
『レイベース帝国』が誇る『魔導兵器』大隊を、28歳という異例の若さで統括することとなった、帝国貴族のエリート中のエリートである。
キルアは『紅帝』カーマインの居城兼、『戦神』オーギュントの神殿でもある『アークキャッスル』の緊急避難施設の床に項垂れて座り込んでいた。
「元帥閣下!一体どうされたのです!?」
突然現れた帝国軍部最高指揮官に、施設詰めの警備兵が驚いて声をかけるが、キルアは俯いたまま何事か聞こえないような声で呟くだけである。
警備兵は、ふと思い当たる。
『魔導元帥』キルア・アイスリバーは、『大将軍』ガイウス・O・マケドナルと共に現在『精霊王国フローリア』の攻略作戦中のはずである。
ガイウスの姿は無く、あの聡明な『魔導元帥』キルアがまるで廃人のようになっている。
ましてここは、緊急避難施設。
『氷の賢者』プリエイルが製作し、一定以上の階級を持つ士官に配布された緊急脱出用魔道具、『帰還の氷』のターミナルである。
「これは只事ではない。」そう判断した警備兵が、詰め所備え付けの遠話魔道具で救護班を呼ぼうとしたちょうどその時。
「いやいや、困りましたネー。」
全く困ってないどいない声音で、二人の男がターミナルに現れた。
一人は警備兵も良く知る男。
いや、帝国において彼の顔と名が一致しない人間など居ない。
広く周辺諸国にまでその武名轟く、『大将軍』ガイウス・O・マケドナル。
もう一人は不気味な猿面で顔を隠し、白いローブを目深に被った怪しい風体の人物。
『紅帝』カーマインの肝いりで、『特設内政顧問』などという訳のわからない役職に就いている、ツツジという名の魔導師。
「将軍閣下!ツツジ殿!一体これは・・・?」
訝しむ警備兵に対し、ツツジは肩をひょいっと竦め、所謂「お手上げ」のポーズ。
「まぁどうせすぐ知れ渡っちゃうんで言いますけどネー。負けちゃいましたー。」
「なっ!?」
警備兵が驚愕に目を見開き、思わずガイウスを伺う。
ガイウスはツツジの後ろで大きく頷いた。
「ガ・・・ガイウス殿!?」
その時、ターミナルの床に座り込んでいたキルアが跳ね起きる。
そしてガイウスに近付くと、その手を握り叫んだ。
「生きて・・・生きておられたのか!」
「ああ、ツツジ殿がな。」
一つ頷き、淡々と告げるガイウス。
「そうか・・・感謝するツツジ殿。私も貴殿に命を救われた。」
深々と頭を下げるキルアに対し、ツツジは顔の前で手をひらひら振りつつ、「いやいやー。当然の事をしたまでですヨー。」と言う。
「それより、急いで状況の報告ですネー。」
「あ、ああ、そうだな。そこの君、議会の招集を。」
ツツジに促されキルアが警備兵に振り向き、命令を下す。
状況を飲み込めず呆然としていた警備兵は、慌てて遠話用魔道具を使い主だった議会員の招集を通達しはじめた。
「では我々も行きましょうかネー。」
いかにも軽く言うツツジに当惑しながらも、キルアも「あ、ああ。」と言って、施設から出ようとするツツジ、ガイウスの後ろに続く。
その時、キルアは違和感を覚え立ち止まる。
「・・・ガイウス殿、体は平気なのか?」
キルアの言葉を聞き振り返ったガイウスは、その一つしか見えない瞳で不思議そうにキルアを見つめる。
しかし、妙な間隔が開いた後片眉を顰めると、「ああ・・・ツツジ殿がな。」と言って振り返る。
その背中には「もう話すことは無い。」とでも言うように、明確な拒絶が見て取れた。
(何だこの違和感は・・・?)
『大将軍』ガイウスと言う男、決して愛想が良い訳ではないが、同じく『紅帝』カーマインに仕える幹部として最低限の、意思疎通のような物は感じられていた。
しかしキルアには今、それがまったく感じられなかったのだ。
ガイウスという皮を被った、未知の生き物と相対したような気持ち悪さに、思わず背筋がゾクリとする。
(それにツツジ殿がどうしたと言うのだ?あそこまで痛めつけれれていたガイウス殿を、あの短時間で治したとでも言うのか・・・?)
底知れぬ不安を抱えたままキルアは、『大会議場』へと続く廊下を歩いた。
■
「ツツジ殿・・・それは事実なのか?」
キルアの報告を聞いて静まり返る大会議場の中で、最初に口を開いたのはカーマインだった。
「陛下、残念ながら嘘偽りの無い真実ですヨー。」
淡々と答えたツツジの言葉を皮切りに、帝国貴族の沈黙が破られた。
中でも声高に意見を述べたのは、保守派の面々である。
「これは大問題ですぞ。新型を含む『魔導兵器』2200体、帝国歩兵部隊5000名が全滅。他国にも名の知れた『大将軍』ガイウス殿と『魔導元帥』キルア殿の敗走。最悪の場合、現在支配下に置いている南方の小国群にまで影響が及びますぞ。」
「キルア殿は出陣する際に必勝を確約されていたはずですが、この責任はどう取るおつもりですかな?」
「それに秘匿魔法、『一騎打ち』と『最終兵器』まで使用されたとか?そこまでして勝てないのは最早率いていた将の器に問題があるのではないですかな?」
キルアは黙って俯き、血が出るほどの勢いで唇を噛んでいた。
「なら、お前らが兵を率いてあの化け物と戦って来い。」そう言いたいのは山々だが、自分が出陣の際に『精霊王国フローリア』のことを舐めきっていたのも事実だった。
それに保守派は最初から、この戦争に乗り気ではなかった・・・。
「今はそのような事を追及している場合ではない。それに『一騎打ち』と『最終兵器』を貸し与えたのは余だ。それを使っても勝てない相手が現れた。と、認識せねばならないのだ。」
嘆息交じりで放たれたカーマインの言葉によって、会議場は再度静寂に包まれる。
「ツツジ殿は・・・敵方の魔導師・・・いや、あれを本当に魔導師と呼んでいいのかわからんが、あの者の事を知っているようだったが?」
静寂を遮るように、キルアの呟きが会議場に響き渡った。
大会議場に集まった50人程、約100個の瞳が白ローブの男に注がれる。
「以前ね、少しだけ見た事があるんですヨー。あれは本人も勿論やっかいですが、それよりもとりわけまずいことがありましてネー。」
そこで言葉を切ったツツジは、大会議場に集まったメンバーを一度見回すと、衝撃の言葉を告げた。
「あれはですネー。この世界の摂理に反する存在ですヨー。過去の偉人たちを、自分の手駒として使役できるんですヨー。例えばプレズント、今回はイアネメリラにジェスキス、更にはアリアンですネー。」
一瞬の沈黙。
そして会議場は大いに混乱した。
「バカなっ!?」「そんな話聞いた事も無い!」「戯言に決まっておる。」
大多数の帝国貴族は混乱の只中、ただ否定の言葉を繰り返すことしかできない。
しかし、カーマインと『氷の賢者』プリエイル等、ある程度の力を持つ者はその言葉を否定することはできなかった。
またキルアも、どこかストンと胸のつっかえが取れたような感覚を覚える。
キルアが体験した事こそ、正にツツジの言葉を肯定していたのだ。
「しかし・・・魔導師本人も、バーベリオンの突進を弾き返し、デオグランを殴り倒していた。」
キルアの呟きにカーマイン、プリエイルは眉を顰め、ツツジは鷹揚に頷いた。
「そうですネー、それも怖いですよネー。あれは指導者級を素手で撲殺します。」
更に騒然とする大会議場。
最早会議とも言えない、ただ怒号が飛び交う中、カーマインが一先ず収めようと腰を浮かせかけた。
■
「なんじゃー!うるさいのう!ここは会議場じゃろうがー!」
「その声が一番うるさい。」誰もがそんな事を思う大声を上げて、大会議場の扉が開かれた。
そこには長大な大剣を背負った、見事な白いカイゼル髭を持つ白髪の老人と、カーマインにそっくりな赤い髪を短髪にした青い目の少年。
「爺、ガキやっと戻ったのか・・・。」
カーマインの呟きから察するに、東方の集落に出没した『多頭竜』退治に行っていた『剣聖』デュオル老と『皇太子』デューンなのであろう。
デュオルは「フン。」と鼻を鳴らし、ズカズカと大会議場の自分の席へ向かう。
傲岸不遜なデュオルに反して、デューンは会議場の面々に丁寧にお辞儀しながら自分の席へ。
その途中デュオルはハタと立ち止まり、ガイウスをじっと見つめた。
「お前、本当にガイウスか?」
デュオルに見つめられたガイウスは、片眉を器用に顰めると「・・・ご老体、耄碌したか?」と吐き捨てるように言った。
その言葉を聞いたデュオルはまたも「フン。」と鼻を鳴らすと、どっかりと自分の席に腰を下ろした。
後に続くように席につくデューン。
彼ら二人もこの『レイベース帝国』の重鎮である。
それは彼らが座った席、カーマインの眼前。
大会議場の一番前の席だと言うことからも伺えた。
「で、この騒ぎは何じゃ?」
そしてキルアの口から事のあらましが大方語られると、きりきりと眦を吊り上げたデュオルが激昂した。
「だから言ったろうが!あの国には手を出すなと!このバカタレは、何で寝ているドラゴンの尻尾を踏むんじゃ!」
「黙れ爺、これは必要な事だ!」
『紅帝』カーマインをバカタレ呼ばわりできるのは、デュオルだけであろう。
普段は比較的穏やかなカーマインも、己が剣の師であり臆さずに苦言を呈すデュオルに対しては自然と語気が荒くなる。
「父上、これからどうなさるんですか?」
言い争う二人がゼーハーと荒い息をつき、一段落した所でデューンが声をかける。
「何も変わらんよ。戦争だ。」
カーマインの言葉を半ば予測していたのであろう。
ため息をついたデューンとデュオルは顔を見合わせる。
そして二人揃って席を立った。
「爺、ガキどこへ行く?会議はこれからだ。」
デュオルは最早聞いていない。
一人さっさと会議場の出口へ向かっている。
デューンはと言うと・・・その15歳という年齢に似合わぬ、非常に冷めた目でカーマインを見ると、「くだらないですね。自分と老師はこの戦争に加わる気は無いです。」と言って踵を返した。
大会議場の面々は思うところこそあれ、彼ら二人の行動を止めようが無い。
『剣聖』と『皇太子』、彼らは一般将校を遥か超越した英雄だったからだ。
「何がくだらないものか・・・何も知らぬガキが偉そうに・・・。」
二人が出て行った扉を見つめながら呟くカーマインの声は、底知れぬ苦渋に満ちていた。
そしてその日の会議は昼過ぎから始まったにも関わらず、深夜を大きく回っても何の進展も得られることはなかった。
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※次回は『略奪者』側のお話になる予定です。