・第三十六話 『最終兵器』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、金属鎧って結構硬いんだな。
兄貴は割とガチで壊しにかかったんだけど、凹んだだけで壊れなかったよ。
瓦なら30枚くらいイケたから、てっきりイケるかと・・・。
なんか魔法がかかってたらしいんだけど、普通は腕を痛めて終わるらしい。
ナニソレ怖いと思ったが・・・。
後で聞いた話によると、魔法鎧を素手で殴る人間は居ないらしい。
まぁ一応『魔王の左腕』発動してたしな?
それでも一発で凹むような代物じゃないんだってさ。
皆のおれを見る目が雄弁に語っていた。
「ナニソレ怖い。」
■
おれはガイウスの胸甲部に向けて、魔力を込めた『魔王の左腕』を振り下ろす。
胸甲部に拳が触れる寸前、蜂の巣状の文様をした光の膜が現れ、おれの拳を一瞬受け止める。
構わず振りぬくと、バキンッと音を立て光の膜が弾けて消える。
おれの拳はガイウスの胸に突き刺さった。
(むぅ・・・硬いな)
ぶっ壊すつもりで殴ったんだが、拳型の凹みこそ残してはいるものの、胸甲は未だ健在だ。
もう一発いっとくか・・・。
そう思ったが、ガイウスが口から血泡を吹いて、白目を剥き気絶したのを見て思い留まる。
最初からおれは、奴を殺すつもりは無かった。
『一騎打ち』の効果であるこの加速空間は、三時間経過もしくは、決闘者どちらか一方の『死亡』によって解除される。
ガイウスを倒しても生かしておくことで、内部時間三時間はこの空間が維持される。
これはおれにとって、大きなアドバンテージに成り得たからだ。
一つはおそらく帝国軍側の最大戦力であるガイウスを、ここに釘付けにできること。
思ったよりも拍子抜けするほど弱かったこいつだが、下の戦場ではもはやアリアンとイアネメリラを阻めるものは居ない。
新型の『魔導兵器』に虜にされていた妖精族たちも、クリフォードの指示の元少しずつだが、救助されている姿が見て取れた。
そしてもう一つ、加速した空間の中で三時間過ごせるということ。
それは今手札を持たないおれにとって、次回のドロータイミングまでの時間を稼げた事に、他ならない。
そしてガイウス自体を、帝国へのメッセンジャーとして使う。という意味合いもあった。
帝国は騒然とするだろう。
自国の誇る英雄を容易に倒す存在と、自国の英雄がその心をへし折られている姿に。
名前も知らない少女の仇討ち・・・と言うには少し温いかもしれないが。
彼女の無念には、帝国自体を叩き潰す事で答えようと思っていた。
おれは『図書館』から取り出し、『カード化』を解除したロープで、ガイウスを後ろ手に縛り付ける。
■
(んー、念のためやっとくか・・・。)
おれは起きた時に暴れることができないよう、奴の両肩の関節をはずした。
ガイウスをフィールドの床部にごろんと転がし、下の戦場の様子を確認する。
戦場では残り100名を切るも、方陣型でなんとか身を守っている帝国兵と、アリアンやイアネメリラ、それにクリフォードたち『精霊王国フローリア』の面々が、上空・・・つまり、ガイウスを完全に無力化したおれを見上げて、呆然としていた。
おれの盟友である二人以外の面々が、ドン引きしているのが空気で伝わってくる。
(おかしいな・・・クリフォードとかは、おれの力を知ってるはずだが?)
その時、おれの手札が補充された感覚があり、数秒後に赤いフィールドが天辺から色を失い始める。
おれは左手でガイウスの首を掴み、アリアンとイアネメリラの後ろに降り立った。
「ますたぁ!怪我は無い?」
「長っ!無事か?」
油断無く残された100名以下の帝国兵を睨みつけながら、後ろに降り立ったおれの無事を確認してくる、二人の盟友。
おれは「問題ない。ガイウスが雑魚で驚いた。」と答えながら、奴を地面に投げ捨てる。
ゆっくりとアリアンの横に並び立ったおれの背後を守るように、自然な動きでイアネメリラが飛んでくる。
おれが並び立った事で、更に身を縮込める帝国兵たちを一瞥し、アリアンに止めを促そうとした所で、大いに慌てた様子のクリフォードとセリシアが、おれたちに走り寄ってきた。
「セイ・・・強いのは知っていたが、まさかあの『大将軍』ガイウスを、子供の様にあしらうとはな・・・。」
「それに彼の魔法鎧を素手で破壊するなんて・・・。」
「ぬ・・・?そんなに大げさなことか?」
特に騒ぎ立てることでも無いと勝手に判断し、なおも何か言い募りたい素振りのクリフォードとセリシアを制す。
「それで、『魔導兵器』の虜になってた奴らはどうだ?」
ハッとした表情になるセリシアの肩に手を置き、クリフォードが淡々と説明する。
「あまり良いとは言えない。回復魔法で持ち直したのが二割程度・・・約40人と言った所だな。しかし、セイが『魔導兵器』を破壊してくれなければ、おそらく全員失っていただろう。ありがとうセイ。」
丁寧に頭を下げ謝辞を尽くすクリフォードだが、おれの気持ちは晴れない。
(そうか・・・約二割しか助からなかったか。)
「とりあえずこの作戦の発案者は、『魔導元帥』キルアらしいから、ぶん殴ってくる。」
おれは二人に宣言すると、アリアンの背中を軽く叩き、仮説拠点に建てられた天幕に向けて歩き出す。
気絶しているガイウスの足を無造作に掴み、ズルズルと引き摺りながらだ。
うん、自分でも中々シュールな映像だろう事は理解している。
残りの帝国兵をアリアンが蹴散らし、天幕まであと20m程という所まで近付いた時だった。
■
天幕の中から数人の、軍服に身を包んだ連中が現れる。
中の一人に見覚えがある。
カードゲーム時代とまったく同じ様相、青い将校コートに身を包んだ『魔導元帥』キルア・アイスリバーだった。
現れた連中はキルアを守るように展開し、同時に腰に下げた片手剣を抜剣した。
そこでいつもの危険感知。
首筋の裏がチリっとひりつくような感覚を覚えたおれは、引き摺っていたガイウスをアリアンの頭付近まで力任せに振り上げる。
ガィィン!
ガイウスの鎧に阻まれた何かが、音を立てて弾かれた
「そこっ!」
イアネメリラが指差す方、人が一人隠れられる程度の岩陰に、アリアンが手斧を投擲する。
岩陰に隠れていたであろう『狙撃兵』が、岩ごと両断されあっという間にカードに変わり、空中へ飛んでいった。
そうだったな、確か帝国には魔銃による狙撃の概念があった。
おれには最早、ため息しか出てこない。
「人質による肉の盾、『一騎打ち』、『狙撃兵』による狙撃。どうしても自身の手を汚さずに戦いたい。じゃあ次はどうするんだ、キルア?」
おれの問いかけに、眦を上げたキルアが低い声で答える。
「・・・貴様等のようなイレギュラーが現れなければ、事は簡単に済んだものを。私の作戦を悉く邪魔しておいて良く言う。」
作戦・・・作戦ねぇ?
よし、やっぱ殴ろう。
おれやアリアン、イアネメリラが問答無用でキルアたち、残りの帝国軍を倒そうと身構えた時、キルアは突然一枚のカードを天に向かって掲げた。
「不本意ではあるが・・・貴様等のような脅威を野放しにはしておけん。・・・『最終兵器』」
キルアの掲げたカードが光を放ち、中空に消えていくとおれたちとキルアたちを分断するかの様に、青い光の壁が天に向けてそそり立つ。
直後キルアは脱力するように、がっくりと膝を突き、周囲の帝国兵が慌てて駆け寄りその体を支える。
そして光の壁の中ほどから、渦のようなものが二つ現れると、その渦を潜り抜けるようにして二体の異形が顔を出す。
一体は、まるで黒曜石のような光沢を持つ金属でできた、狼頭の巨人。
頭頂部から無数に伸びた金属繊維のチューブが、髪の毛のようにゆらゆらと揺れている。
8mはあろう体躯だが、猫背に身を屈めるその姿は、『地球』の知識で言うなら、狼男のように見えた。
そしてその右手は黒い長大な筒が付けられ、物を掴むような事はできそうにない。
更にもう一体。
上半身が白く輝く金属の巨人。
下半身はまるでロボットのように見える馬。
全高12mを越えるであろう人身馬脚の異形、同じく『地球』の知識で言うなら、ケンタウロスのように思われる。
こちらは逆に左手が長大な剣になっており、右手には丸い盾を携えていた。
二体の異形は光の壁から完全に姿を現すと、おれたちに向けて武器を構え、どこか機械的な口調で口上を述べる。
「ワガ右手ガ疼クノダ。ワガ王ノ敵ヲ、打チ抜ケト。」
「ワガ左手ガ震エルノダ。ワガ王ノ敵ヲ、切リ裂ケト。」
おれの記憶と、寸分違わぬその姿。
『レイベース帝国』の切り札、神々が作った『機神』と呼ばれる存在。
『黒鉄の機神』デオグランと、『白鉄の機神』バーベリオンだった。
さすがにこれはまずい。
「ククッ!如何に貴様等が人外でも、我が帝国の切り札、二体の『機神』相手では、手も足も出ないだろう・・・!やれ、デオグラン!バーベリオン!」
勝ち誇ったキルアが、他の帝国兵に支えられながらおれたちを指差し、二体の巨人へ命令を下す。
おれは咄嗟に、足首を掴んでいたままだったガイウスを、クリフォードたちの居る方へ投げ飛ばす。
そして人馬型機神バーベリオンが、馬脚を踏ん張り左手の剣を正眼に構えると、恐るべき速度で突っ込んできた。
まずイアネメリラが張った即席の魔力壁が、紙でも引きちぎるが如く雲散霧消する。
続けてアリアンが手斧を二本とも投擲し、バーベリオンの構えた盾に弾かれる。
おれはアリアンの肩を踏み台に、バーベリオンの構えた剣先にまで跳躍すると、魔力を込めた左手、『魔王の左腕』でその剣の横面を殴りつけた。
目論見通り剣先はずれ、クリフォードたちが張っていた結界にまでは、バーベリオンは届かなかった。
しかし、その巨体におれは引っ掛けられ、弾き飛ばされる。
まるで交通事故、ダンプカーにでも当たられたようだ。
おれが地面に叩きつけられる直前、体がふわりと軽くなり、柔らかく地面に降ろされる。
視線を向けると、イアネメリラが頷いている。
おそらく重力制御かなにかで助けてくれたのだろう。
おれがイアネメリラに礼を言おうとした瞬間。
その端正な顔が驚愕に満ち、おれの背後を指挿し、「ますたぁ!」と大声で叫ぶ。
おれが咄嗟に背後を振り返ると、そこには絶望が待っていた。
腰だめに構えた黒い筒を、おれたちの方へ向けている人狼型機神デオグラン。
その長大な筒の中に膨大な魔力を感じる。
「まずいっ!」
おれが構えると同時に、その筒から光の奔流があふれ出す。
直前に見えたデオグランの顔は、機械製のはずだろうに、まるで笑っているかのように見えた。
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