・第三十五話 『一騎打ち』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、『弱肉強食』って言葉があるよな?
兄貴はこの言葉好きじゃない。
自然界では当たり前の事なんだろう。
彼らには彼らの世界があって、独自の生存本能や生態系があるんだしな。
でも、人間同士なら違うだろ?
何のために言葉を話せるようになったんだ?
何のために、他者を労わる気持ちを持ったんだ・・・?
これからおれは、名前も知らない幼子の無念を晴らそうと思う。
八つ当たりで、自己満足だ。
この世界に来てから、気持ちの抑制がうまくいかないな。
きっと『地球』では、知らず知らずの間に君が、ストッパーをしてくれていたんだろうな。
■
おれの命令で、咆哮と共に飛び出したアリアンは、正に無双だった。
帝国軍の歩兵部隊の隊列に飛び込むと、その両手に携えた手斧で、あっという間も無く殺戮の宴を始める。
右手の斧で、驚愕の表情のまま固まっている兵士を唐竹割にする。
左手の斧を投擲すれば、それはまるでブーメランのように回転しながら放物線を描き、斜線上に居る兵士の首を雑草でも刈り取るが如く、10人以上切り飛ばす。
片手が無手になったのを見計らい、剣を突きこんで来た兵士が帰ってきた手斧に気付けず、先に屠られた連中の仲間入りをする。
盾兵士の大盾を金属製の義足で蹴り飛ばし、その後ろで構えていた槍兵ごと叩き潰す。
長弓兵の放った矢が彼を針ねずみにしようと襲い掛かるが、アリアンが腕を大きく振るうと突風が巻き起こり、その向きを強制的に変更された矢は、帝国兵の運が悪い犠牲者たちに容赦なく突き刺さる。
大きく一度足を踏み鳴らせば、付近の兵士は揺れる地面に体勢を崩し、逃げることさえままならずに手斧の一撃を待つだけの存在に成り下がる。
彼の放つ致命の一撃は、一切の慈悲も区別も無く『帝国兵』と分類される者を貪り喰らい尽くしていく。
鎧袖一触とはこのことだろうな。
赤鬼の屠殺場と化した戦場は、その凄惨な光景とは似合わぬ、綺麗な光の粒子に満ち溢れていった。
アリアンの怒りも苦しみも、おれにはわからない。
幸いおれの家族に不幸は訪れなかった。
しかし・・・しかしだ。
もし、万が一、美祈に同じような事が起きたのだとしたら・・・。
おれも自身が、狂戦士と呼ばれる存在に成り得るだろう事は、容易に想像はできた。
おれは『魔導書』を展開して、最後の一枚を選択すると、そのカードをイアネメリラに差し出す。
イアネメリラは、おれからカードを黙って受け取ると、人間には聞き取れない詠唱を始めた。
おれが自分で、介入すると決めた戦争だ。
アリアンだけに任せるつもりは無い。
おれはアリアンが切り開いた道を真っ直ぐ進んでいく。
目指すは帝国軍の仮説拠点に建っている、一際目立つ天幕。
おそらくあそこにこの軍勢のリーダー格、つまりは称号持ちの二人が居ると思われた。
それは、イアネメリラの詠唱が終わるとほぼ同時に起きた。
天幕からごつごつとした全身鎧に身を包み、長大なハルバードを抱えた巨漢の姿が現れる。
巨漢は戦場をしばし見回した後、明らかにおれのことを見止め、片腕を大きく挙げた。
その手に握られている、遠目からでもわかる光り輝くカード。
カードが一際強く輝くと、赤い光が戦場の上に広がり、下面を平らにした半球状のフィールドを作り上げる。
そのフィールドから二条の光線が伸びて、おれと全身鎧の巨漢を貫いた。
そしておれと巨漢の体は、赤いフィールドへ引っ張られるように浮き上がる。
「ますたぁ!」
「長っ!」
異様を感じたイアネメリラとアリアンが、堪らず叫びを上げる。
おれは一連の効果に当たりを付けた。
「メリラはアリアンの援護、アリアン構わず正面から叩き潰せ。」
おれの指示に少しだけ逡巡するも、「「了解。」」と答える二人。
そしてイアネメリラは、詠唱によって準備状態になったカードをおれに投げる。
そのカードが赤い光を纏い、おれの手に収まった直後。
おれと帝国軍の巨漢は、戦場上空の赤いフィールドに飲み込まれた。
■
「『大将軍』ガイウス・・・『一騎打ち』か・・・。」
おれが漏らした呟きに、その巨漢の男は一瞬驚いたような顔をする。
「小僧貴様、なぜこの魔法のことを知っておる?これは帝国の秘匿魔法ぞ・・・。」
あえておれは何も答えない。
カードゲームで知っている。なんて言うのもよくわからないし、この巨漢とおしゃべりを楽しむつもりも、毛頭無い。
巨漢の中年男は、おれを頭の上からつま先まで、ねめ回すように観察してくる。
そしてガチャリと音を立て、その顎を撫でると、
「ふむ・・・この状況で微塵も臆さぬ姿と言い、ツツジ殿がこやつが元凶と言ったのも、あながちホラでも無いと言うことか?」
と、呟いた。
(ツツジ・・・?)
『一騎打ち』のカード効果、加速空間に三時間拘束されること。
それと聞き覚えの無い人名に、おれは少しだけこの男、『大将軍』ガイウスと話すことを選択する。
「ガイウス、ツツジとは何者だ?お前と一緒に来たのは『魔導元帥』キルアじゃないのか?」
おれの問いにガイウスは片眉を一瞬吊り上げ、フンっと鼻息を鳴らす。
「貴様のような小僧には関係無きことよ。それに知ってどうする?貴様は最早骸も同じぞ。」
なるほど、お互い無駄話をする気は無かったと言うことか。
だが、これだけは確かめておかなければいけない。
「一つだけ答えろ。・・・このくだらない作戦を考えたのは・・・お前か?」
「くだらない?何の事を言っておるか知らぬが、原住民を『魔導兵器』の動力に使ったのは、元帥だ。貴様は妖精族には見えんが、あの中に知り合いでもおったのか?」
不快感が募るおれを前に、わかってて言っているのであろうガイウスは、ニヤリと笑う。
「人とか妖精とか、関係無いだろう・・・。」
おれの漏らした呟きに答えたのは、あからさまな嘲笑。
「ハッ!何を言い出すかと思えば!偉大なる帝国民以外は等しく皆、塵芥と同じよ!むしろ帝国民の役に立てたと、草葉の陰で喜んでおるわ!」
ああ・・・だめだ、こいつ。
人間、本当にキレた相手には、怒りすら沸かないのかもしれない。
愛の反対はなんですか?って、問いがある。
嫌い・・・ではない。
そう、無関心。
おれはこの男、『大将軍』ガイウス・O・マケドナルに対して、完全に興味を失った。
「そろそろ問答は無用。わしの騎士道の錆になれぃ。」
「・・・騎士道?無力なガキや老人を肉の盾にして、無手の少年を『一騎打ち』に引き込んだ、全身鎧のおっさんが使って良い言葉じゃないな。」
おれの淡々とした返答に、見る間に真っ赤に染まるガイウスの顔。
「わしを愚弄するかっ!」
おれは叫ぶガイウスを冷ややかに見つめると、奴が最も嫌うであろう言葉をあえて言い放つ。
「おっさん、おれを倒したいなら、カーマインでも連れて来い。」
『レイベース帝国』の『紅帝』カーマイン・G・レイベース、ガイウスが最も忠誠を誓う男の名を、だしに使った。
ガイウスは一瞬口をパクパクとさせた後、自身の得物、長大なハルバードをガチャリと構えおれに向かって突進してきた。
■
『専属召喚・魔王の左腕』
おれはガイウスの突進に合わせて、準備状態にしてあった魔法を発動する。
カードは一際紅く輝くと、左手に禍々しくも荘厳な闇色の手甲が装着される。
そしておれは、実に何でも無い事の様に、ガイウスが突き出したハルバートの穂先部分を、手甲で弾き逸らした。
少しだけ体軸をずらしすれ違い様、驚愕するガイウスの膝裏に蹴りを叩き込む。
「なっ!?がぁっ!」
もんどりうって倒れるガイウスに、あえて追撃はしない。
おれは悠然と腰だめに拳を構え、奴が立ち上がるのを待つ。
ハルバードを杖代わりに、よろよろと立ち上がるガイウス。
そりゃ利くだろうな、2mはある巨躯を支えるその足の間接部。
鎧で守られていなかったその局所を、蹴りぬかれたのだから。
おれは右手の甲を奴に向け、指先を自分へクイっと倒す。
所謂、「かかってこい。」のハンドサインだ。
再度ハルバードを構えなおし、突っ込んでくるガイウス。
そこからは単純作業だった。
猪武者にも程がある。
奴の大振りな攻撃は一切当たらない。
おれは完璧に見切り紙一重で避けると、鎧の薄い部分を狙い、拳や蹴りを叩き込む。
その内に段々と、ガイウスが起き上がる速度が落ちてくる。
(英雄級・・・?これが?・・・弱すぎるだろう)
確かに奴の敵愾心を煽り、冷静さを失うようには仕向けた。
それにしても、自分の使役する英雄級盟友と比べて、見劣りが過ぎる。
ふと思い、この赤いフィールドの下で起きている戦いに目を向ける。
加速空間に閉じ込められているとはいえ、下界でも戦況はそれなりに進んでいた。
概ね、アリアンとイアネメリラの蹂躙という形で。
最早まともに立っている帝国兵は、1000人に満たないだろう。
おれがガイウスをあしらっている間に、実に4000人以上の帝国兵をカードに変え空へ飛ばしていた。
三国志を模した一騎当千のアクションゲームに出てくるような、アリアンの動きもさることながら、要所要所で敵の抵抗を鎮圧しているイアネメリラの動きも、筆舌にしがたい。
これが英雄級だ。
少なくともおれのイメージでは・・・。
(あと考えられるとしたら?)
カードゲーム時代のガイウスに、書かれていたテキストを想起しながらおれは奴に声をかける。
「おい、何か隠している手があるなら、早めに出せよ?」
【特技『突撃』自身の防御力を攻撃力に転化する。】
【特技『全軍突撃』自軍の兵士に『突撃』を与える。】
(何も無いな・・・。)
そう思いながら、すでにぼろぼろでなんとか立っているガイウスを見る。
「ぐっ・・・小僧、貴様の名前を聞いておこう・・・。」
その言葉を聞いておれは、奴に歩み寄りながら言う。
「・・・本来なら、お前らみたいな下種に、名乗る名前は無い。と言う所だがな・・・。」
おれは、奴が杖代わりにしているハルバードを無情に蹴り飛ばし、その足を払う。
どぉっと音を立てて倒れるガイウスを見下ろし、自身が下した決意と共に名を告げる。
「おれの名はセイ。お前ら『レイベース帝国』を叩き潰す、『悪魔』のセイだ。」
そしておれは、左手の手甲に魔力を流す。
手甲に膨れ上がる、目に見えるほどの魔力を見て、途端にガイウスが慌てだす。
「まっ、待て!わしはもう戦えん!降参だ・・・降参する!」
「・・・お前は降参した他者に情けをかけるのか?・・・自分が圧倒的強者に屈服される事は想像した事が無かったか?」
おれは左拳を、奴の鎧に包まれた胸へと振り下ろした。
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