・第三十四話 『絶滅』
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一方その頃。
リラ大平原の帝国軍仮説拠点は、静寂に包まれた。
それはとても不可思議な、そして納得のいかない光景だった。
帝国が誇る『魔導兵器』2000体、そして『精霊王国フローリア』で捕らえた原住民を、人質兼動力として利用していた新型『魔導兵器・封』200体、合計2200体もの金属兵たちが黒い波動を受けた後、まるで最初から存在を許されぬ物だと言わんばかり、頭頂部から砂の塊になっていく。
完全に砂の塊と化した、『魔導兵器』だったもの・・・全てが、カードに変わり黒い風に流されて消えていった。
残されたのは、新型『魔導兵器・封』に内包されていた、原住民200人だけ。
その人々を覆うように、薄緑色に輝く結界が展開された。
「ふざけるなっ!なんだこれは・・・!」
普段の冷静さの欠片も感じさせない怒声を上げたのは、『魔導元帥』キルア・アイスリバー。
呆然とする帝国軍仕官たちの中で、この異様に最も早く立ち直れたのは、さすがと言えるだろう。
しかしそれは虚勢に過ぎず、問題の解決には至らない。
仮説拠点に設置された天幕の中、テーブルの上の戦略地図を乱暴にぐしゃぐしゃと握り潰し、地面へと叩きつける。
そこへ飄々とした声がかけられる。
どこか他人事のような、人を食った声音で。
「いやー、派手にやられちゃいましたネー。」
人の神経を逆撫でするような物言いに、目に見えてキルアの額に青筋が浮かんだ。
「・・・ツツジ殿、何用かな?」
キルアの冷たい声に、奇怪な猿面に白ローブを目深に被ったその男は、ひょいっと肩を竦めて見せ、「少々気になることがありましてネー。」と答える。
ツツジの肩書きはあくまで『特設内政顧問』、戦場とはまったく畑違いである。
神出鬼没なこの男の腰の軽さは知っているが、かと言ってキルアに納得できるわけも無い。
そこで天幕の中へ、全身鎧に身を包んだ巨漢の男が駆け込んでくる。
「元帥!これはどういうことだっ!?・・・ツツジ殿、貴殿がなぜここに?」
キルアの統括する『魔導兵器』の後方で、後詰めとして歩兵部隊を率い待機していた、『大将軍』ガイウス・O・マケドナルだ。
ガイウスもツツジの存在に違和感は覚えるが、どうせ物見遊山にでも現れたのだろう。と、無視することにしたようだ。
苦虫を噛み潰した表情で、「わからん。」と答えるキルア。
二人をじっと見詰めていたツツジが、ボソリと呟く。
「これはね・・・『絶滅』ですヨー。」
同時にツツジを睨み付けた二人の帝国幹部が、驚愕と共に顔色を失う。
先に意識を取り戻したのはキルアだ。
「バカなっ!『絶滅』だと!?」
その声でハッとしたガイウスも、「そうだ、ありえん!」と後押しする。
「『絶滅』は、『暗黒都市グランバード』の国家元首、『憂いの司教』ジェスキスの使った神代級禁呪で、専属魔法だ。余りの凶悪さゆえ、『第一次エウル大戦』の引き金になったと言われる魔法。ジェスキスは、20年前の大戦で死亡が確認されている。」
理由を並べるキルアだが、ツツジは肩を竦めるだけだ。
猿面のせいで顔は見えないが、なんとなくバカにされているような雰囲気は、二人にも感じられた。
それでもキルアは、辛抱強い男である。
非常に遺憾だが、この男が何らかの情報を持っているのだろうと、殴りつけたい衝動をグッと堪える。
そうでなければ、若干28歳という若さで、帝国の『魔導元帥』などという称号は得られない。
「ツツジ殿・・・何か言いたいのなら、はっきり言ってくれないか?」
ツツジは小さく嘆息した後に、
「だから~、ジェスキスが居るんでしょ?」
と、吐き捨てるように告げた。
「「なんだと・・・」」
再度驚く二人を見つめツツジは、今度こそ隠す気を失ったかのように、「くふふ」と笑った。
■
「・・・説明してもらえるかな?」
「居ますよ、ジェスキス。いや・・・正確には、居た。ですかネー?」
そんな事を言いながら、ツツジは中空を一撫でする。
ツツジの前に、80cm程の光る四角い板が現れる。
慣れた様子で、ポンポンと四角い板を叩くツツジ。
するとそこには、一つの映像が映し出された。
「これは・・・ツツジ殿の『遠見』か?」
キルアが訪ねるが、当のツツジは、「ま、そんなようなもんです。」と適当に返し取り合わない。
「それより、内容が驚きですヨー?」
ツツジが顎で促したことで、映像に注目するキルアとガイウス。
映像には三人の男女が映っていた。
『精霊王国フローリア』の術師が張ったと思われる、緑色に輝く結界のすぐ外。
一際目立つのは一番前に立つ漆黒の法衣をはためかせ、まっすぐに帝国陣営を睨みつけている、まだ歳若い青年。
いや、むしろ少年と言った方が正しいくらいの年齢に思われる。
その左手に控えるように、禍々しい短剣を隻腕で構えた青髪の男。
そして・・・少年の右手後方に大きな黒い翼を広げ悠然と浮かんでいる、薄桃色の長い髪と褐色の肌を持つ絶世の美女。
青髪の男が短剣を地面へ突き刺すと・・・。
先ほど見た、昏い波動が戦場に駆け巡る。
「ジェスキス・・・それに、まさか・・・イアネメリラだとっ!?」
ガイウスには真ん中の少年以外、確かに見覚えがあった。
20年前の大戦時どちらとも、戦場で合い間見えたことがあったのだ。
真ん中に居た少年もどことなくだが・・・。
いや、そんなはずはない。
『蒼槍の聖騎士』ウィッシュとは年齢も違うようだし、何より彼の代名詞と言える蒼い鎧と大槍も持っていない様だ。
ガイウスは別人であると判断した。
ガイウスの発言に、背筋に氷でもつき込まれたような感覚を覚えるキルア。
確かに・・・確かにだ。
プレズントが実際に居るならば、他の面々とて居てもおかしくはない。
そう思わせるほどに、かのギルド『伝説の旅人』は有名だった。
これが夢なら覚めてくれ・・・思わずにはいられない。
『永炎術師』プレズント対策にと、『氷の賢者』プリエイルから譲り受けた耐火結界、それと共に用意した新型『魔導兵器・封』の人質200人など、何の意味も無かった。
いや、正確には効果があったのだが・・・そのせいで逆に、最悪のシナリオを引き当てたなど、彼が知る由も無いことだ。
(どうすればいい?どうすれば・・・)
消息不明だった20年前の亡霊とも言うべき、二人の英雄の姿に、思考の堂々巡りへ落ち込むキルア。
彼の思考を切り裂くようにツツジが呟く。
「ああ、これはまずいですネー。本当にえげつない・・・。」
ツツジの呟きにキルアが再度、彼が作り出した板へと注意を向けると、そこにジェスキスの姿は無く、代わりに身の丈3m程の両手に斧を持った赤鬼。
オーガの一種だと思われるその赤鬼は、両手両足、それに両目を銀色の金属板のようなもので覆っていた。
「バカな・・・。」
今日ほどキルアは、自分の目を疑った事は無いだろう。
その赤鬼の名は、『反乱者』アリアン。
元『砂漠の瞳』の住人で、『レイベース帝国』が彼の住んでいた町を占領した際、家族を人質に帝国の捕虜とした。
元は称号も持たぬ一般民、しかしその身体の頑強さに目をつけた帝国の兵器開発部が、度重なる人体実験を加え、その両手両足と両目を奪い戦闘奴隷に仕立て上げた。
しかし、彼との唯一の約束。
「自身が犠牲となることで家族には手出ししない」、そんなものを守る帝国兵など居るはずも無く、彼の家族はとっくに人体実験で皆殺しにされていた。
彼がそれに気付いたのが八年前。
彼は暴れ狂い、実に帝国兵784名を道連れに、立ったまま壮絶な最期を遂げた。
キルアは当時仕官候補として、その現場を目撃していたのだ。
言葉を失うキルアの元に戦場から、
「オォォォォォォォ!!!」
と、身の毛もよだつような雄たけびが聞こえてくる。
雄たけびの後、戦場は悲鳴と怒号に包まれた。
画面の中で戦場は、もはやアリアンの屠殺場と化していた。
「これはね・・・全部この男が元凶なんですヨー。」
ツツジは画面の中に居る、漆黒の法衣を着た少年を指差す。
「だからですネー、ガイウス殿にはこれですヨー。」
そんな事を言いながら、懐から出したカードをガイウスへ渡す。
そのカードを見たガイウスの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「ツツジ殿!貴殿、まさかわしに、このような小僧の相手をしろとでも!?」
ツツジがガイウスに渡したカードは、帝国の秘匿魔法『一騎打ち』。
使用者と対象を強制的に一つの加速空間に閉じ込め、どちらかが死ぬか、三時間経過するまで戦わせる魔法だ。
『一騎打ち』の間その空間は、時間すらも超越した世界へ移動する。
「だからぁ、元凶はそいつだって、言ってるじゃないですか?それとも何ですか、帝国にその人在りとまで言われた『大将軍』様が、そんな小僧一人倒してこれないとでも?」
ツツジの言い様に、ガイウスのこめかみが最早破裂寸前である。
しかし、ツツジはなおも言葉を続ける。
「いいんですか?こんな所で問答している間に、アリアンによって歩兵部隊は全滅しますヨー?」
確かに・・・気に食わない、気には食わないが、外の喧騒がひどすぎる。
ガイウスにも当時アリアンに受けた被害が脳裏を過ぎる。
「アリアンでなくて良いのだな!?彼の小僧が元凶だと言うなら、わしが葬ってやる!」
自分が半ば乗せられた事に気付きつつも、ガイウスは踵を返し、天幕の外へ出る。
残されたのはツツジとキルア。
ツツジの心情を図ろうとするキルアだが、猿面に隠され当然その表情は読めない。
「ツツジ殿・・・貴殿、一体何を考えている?」
思わず漏れ出たキルアの呟きに、ツツジはパチンと手を叩き振り向くと、「そうですヨー、これを忘れてました。キルア殿にはこれを差し上げますヨー。」と言って、懐から一枚カードを出しキルアに差し出す。
そのカードを見て、絶句するキルア。
「なっ!これは!」
ツツジは更に一枚の書状を差し出しながら、「もちろん陛下の承認は得てますので、ご心配無くー。」と、言った。
書状には『紅帝』カーマインの直筆で、「『特設内政顧問』ツツジに、帝国の固有魔法『一騎打ち』と『最終兵器』を貸し付ける。並びに当魔法の使用許可、譲渡権を一任する。」と書かれていた。
「ツツジ殿・・・貴殿はまさか、ガイウス殿が負けるとでも?」
問うキルアにツツジは、ひょいっと肩を竦めて見せ、
「まっさかぁ?あくまでも、保険の、保険ですヨー?」
と、嘯いた。
キルアには、彼の言葉がまったく信じられなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
※次回はまたセイ視点です。




