・第三十三話 『人質』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、この世界ってなんなんだろうな?
兄貴が今居る世界は、カードゲームの『リ・アルカナ』にどこか似てるんだ。
だけどこの世界の人には、それが現実で。
だからこそ思うんだ。
なんで『生贄』とか平気なんだろうな?
みんなもっと、「命をだいじに」しないとだめだろ。
■
おれはカーシャの作り出した『ゲート』を抜けて、『迷子森』外縁部にあった村落の一つに降り立った。
そこは確かに人の住んでいた形跡はあるが、猫の子一匹存在していなかった。
この世界の生物は死ねば皆、光の粒子に変わり消えていく。
だから不幸な骸を見ることこそ無かったが、地面や壁に広がる血飛沫や、燃え落ちてしまっている家屋だったものに、この場で残酷な饗宴が行われたことを疑わせる余地は無かった。
食べかけだったであろう食事の残骸や、幼い子供の物と思われる中綿の出てしまった人形。
(やっぱりアイツ(アフィナ)は、置いてきて正解だったな。)
ほどなくしておれたちは、帝国軍の布陣に程近い『リラ大平原』の南端にたどり着く。
クリフォードを筆頭とした『精霊王国フローリア』の国軍、3000名と一緒にだ。
内訳は指導者級が『神官王』クリフォードと『歌姫』セリシアの二人。
将軍級がクリフォードの側近である鎧ドワーフ含め、八人。
その副官として仕官級が二人ずつ、計20人。
なんと残りの2970人は、最下級の兵士級だった。
対する帝国軍は目測だが、将軍級扱いとされる『魔導兵器』が2000体。
それに見覚えの無い、球形の『魔導兵器』が200体。
仕官級兵士が5000人。
率いているのは陣形と兵装から、英雄級の称号持ち『大将軍』ガイウス・O・マケドナルと、指導者級称号持ち『魔導元帥』キルア・アイスリバーと推察された。
その上兵士たちの上には、謎の青く輝く結界壁が見える。
うん・・・これ詰んでない?
おれは鎧ドワーフの報告を聞いて、正直そう思った。
クリフォードの作戦によると、帝国兵をなんとか元の結界域まで追い出した後、指導者と兵士2000人で結界を張りなおす算段らしい。
その、なんとか結界域まで追い出す。という作業を、おれにお願いしたいと言う訳だ。
イアネメリラと顔を見合わせる。
まぁ、なんとかなるか・・・。
おれはクリフォード、セリシアと共に帝国陣営が良く見える場所に案内された。
あの新型『魔導兵器』は何だろうな?
軽い気持ちで目を凝らしたおれの血の気が引いたのが、自分でもわかった。
「クリフォード・・・あの中、見えるか・・・?」
自分の声が、からからに乾いてしまったような感覚。
おれの言葉に目を凝らしたクリフォード、セリシアが絶句する。
「あれは・・・人だよな?」
新型『魔導兵器』の球形の胴体に、埋め込まれるようにして老若男女の妖精族。
まだ年端も行かぬ子供も居れば、明らかな老人も居る。
そして彼らは、一様に苦悶の表情だった。
■
「ますたぁ・・・プレズント君呼んだよね?」
衝撃が冷め切らない頭で、イアネメリラの問いに首肯する。
「その時、兵士一人逃がしたよね?たぶん、そのせい・・・。」
「・・・どういうことだ?」
訳がわからないおれに、イアネメリラは淡々と説明する。
「あれはたぶん『人質』、魔力を強制的に吸い出して、動力に回してるみたいだけど・・・あの兵士たちの上に広がってる青い結界も、耐火の強力な奴だよ。ウィッシュ君もプレズント君も、この手の策にすごく弱かったの。優しい子たちだったから・・・。」
ゆっくりとイアネメリラの言葉が、おれの心に浸透してくる。
「・・・なるほど、あいつらはプレズントを警戒して、あんな行動に出てる訳だ・・・。つまり、おれのせいってことだな。」
自身への憤りが抑えられない感覚。
「ちがっ!そういう意味じゃ・・・」と、叫んだイアネメリラの頭をポンポンと撫でる。
「自分の行いに、責任は取らなきゃな。魔導書」
おれの周りにA4のコピー用紙サイズのカードが、六枚現れる。
『魔導書』はいつも、おれの気持ちを汲んでくれる。
「クリフォード、作戦は変更だ。目の前の帝国軍を殲滅する。」
静かに告げたおれの言葉に、目を見開くクリフォードとセリシア。
「セイ!何をする気だ!?」
「まずは『人質』を救助する。おれが『魔導兵器』を何とかするから、クリフォードはタイミングを見て結界壁を広げてくれ。『人質』を助けた後は・・・こんな事を考えた奴を、ぶん殴ってくる。」
「待てセイ!」
「そうよセイ君、落ち着いて!『人質』は帝国軍の常套手段なのよ!」
ほう・・・常套手段と来たか・・・。
おれを落ち着かせるためなら、セリシアの言葉は逆効果だったな。
イアネメリラが二人をある程度押しやったのを確認して、おれは『魔導書』を操作する。
灰色のカードを一枚タップして、目の紋章を三つ産み出す。
光るカードを一枚選択して、召喚の理を唱える。
『砂漠の瞳を追われし者、血の涙を流す者、我と共に!』
おれの握った箱の蓋が開き、辺りが金色の光に包まれる。
青い髪、糸によって塞がれた目、病的な程白い肌の隻腕の男が現れる。
その男は自身の髪色と同じ色彩の、日本史の教科書に出てくる邪馬台国時代のような服を着ていた。
男はその隻腕で腰に下げられた、禍々しい気配を放つ短剣を鞘ごと捧げ持ち地面に置くと、
「マイロード、下命により馳せ参じました・・・。」
と、おれの前に跪いた。
■
おれが呼んだ盟友は、『暗黒都市グランバード』の国家元首にして英雄、『憂いの司教』ジェスキスという男だ。
50年前『第一次エウル大戦』の引き金になった。と、噂される専属魔法を持っている。
「状況は?」
「理解しております、マイロード。」
おれの短い問いに、深々と頷くジェスキス。
「しかし無礼を承知で、発言させていただけるのなら・・・宜しいのですか?アレを使った後、私は魔力切れで帰らねばなりませんし、マイロードの手札も・・・。」
「覚悟の上だ。おれの逆鱗に触れた奴を、ぶん殴る。」
「ならば是非もありません。マイロード、私の全力でお答えいたします。」
おれは一枚のカードを選択し、ジェスキスに渡す。
ジェスキスが詠唱を始めると、おれの残りの手札三枚が、光の粒子になってジェスキスが持つカードに吸い込まれていく。
ジェスキスの詠唱が終わる。
「マイロード、対象は?」
「対象は『魔導兵器』、その存在を否定しろ。」
「承りました・・・。」と答えたジェスキスが、地に置いた短剣を構え、地面に突き立てるとその魔法を発動した。
「対象は『魔導兵器』・・・『絶滅』」
ジェスキスの短剣を通して、おれが指差す方、帝国陣地に昏い波動が広がっていく。
その波動が当たると、『魔導兵器』だけが頭の先から砂の塊に変わっていく。
新型『魔導兵器』に束縛されていた『人質』たちにも、帝国兵にも傷一つ与えずにだ。
ジェスキスの全魔力、おれの手札全てをコストに変え、一定のエリア内で選択した種族の存在を否定する魔法。
これがジェスキスの持つ専属魔法の一つ、神代級禁呪『絶滅』の効果だった。
■
ジェスキスが一礼して箱に戻っていくのを見送り、おれは呆然としていたクリフォードに結界の拡張を促す。
倒れている『人質』たちへと向かいながら、再度『魔導書』を展開する。
当然と言わんばかり、『夢の林檎』を引いてくる。
迷わず選択、空中で林檎が三つに割れるエフェクト。
『魔導書』が三枚に増える。
『人質』たちの様子は芳しくない。
まだ幼い少女がおれの手を握り、「お父さん?」と呟きながら息絶えた。
ゆっくりと光の粒子に変わっていく少女の体から、急速に温度が消えていく。
体力も魔力も少ない子供や、老人たちからどんどん光の粒子が立ち昇っていく。
呆然とその光景を見詰めていたおれは、追いついてきたセリシアに尋ねる。
「この世界では・・・こんなことが許されるのか?」
セシリアはすっと目をそらし、その背後に居たクリフォードが答える。
「セイは、戦争の無い国に住んでいたと言ったな?これは許す、許さないの問題では無いんだよ。戦いに敗れるもの、戦う力を持たぬものは、圧倒的強者の前でただ、その猛威が過ぎ去るのを祈ることしかできない。それが、この世界の現実だ。」
感情のこもっていないクリフォードの言葉が、急速におれを冷静にさせる。
なんで気付かなかった。
現実ならこんな手段に出る奴だって居るだろう。
中途半端にゲームの知識があるせいで、どこかしら楽観していた自分を殴りたい。
兵ならばまだわかる。
望んで剣を持ち、戦いに出たなら仕方ないだろう。
おれの手の中で消えて行った、確かな命の灯火。
あんな幼い少女に、選択肢があったとでも?
おーけー、いいだろう。
今から『レイベース帝国』は・・・おれの敵だ。
自分が絶対的強者だと思い込んでるお山の大将に、『悪魔』の名前を刻み付けてやろう。
イアネメリラがおれの背後に浮いて、微笑んでいるのがわかる。
「おれは・・・ガキだな。」
「ううん、ますたぁはそれでいいよ?・・・違うね。それがいいの。」
おれの決意は、優しく美しい守護者に後押しされた。
「魔導書」
そうか、そうだな。
お前も悔しいんだな。
おれの周りに現れた三枚のカードの一つに、見覚えのある盟友がある。
その盟友のテキストに書かれている事が、胸にストンと収まった気がした。
おれは灰色のカードをタップし、目の紋章三つに変換する。
そして彼のカードを選択して、召喚の理を唱える。
『砂漠の瞳を守りし者、己が無力を嘆く者、我と共に!』
箱の蓋が開き、金色の光を割って現れたのは、身の丈が3m以上ある赤鬼。
彼の両手両足、両目があるべき所には、不思議な光沢の金属板。
そしてその金属の両手で、二本の手斧を持っていた。
『反乱者』アリアン、『砂漠の瞳』の英雄級盟友で、オーガ種という魔族だ。
彼のテキストに書かれていたのは二つ。
【帝国の人体実験によって、家族と己が半身を失った、悲しき凶戦士。】
【能力『帝国殺し』自身の等級以下の帝国兵に攻撃した場合、それを即死させる。】
「アリアン、お前のテキストは、お前に起こった『現実』なんだな?」
確信を込め聞いたおれに、アリアンは深く頷き嘆願してくる。
「オデ、家族も、自分の体も、みんな失った。長!オデに、命令を。帝国兵を、蹴散らせと!」
おれは、彼に残された人の部分、わき腹に軽く触れ、終わりの言葉を紡いだ。
「これはおれの八つ当たりで、自己満足だ。帝国は、敵だ。・・・潰せアリアン。」
「オォォォォォォォォ!!!」
おれの命令を聞きアリアンは、戦場中に響き渡る咆哮を上げた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
※明日は三人称視点で帝国軍側のお話です。




