・第三十話 『薬箱』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、また君に助けられたみたいだな。
兄貴が歩いていた場所。
あれは所謂、『峠』ってやつだったらしい。
よく、川の向こうで死んだ祖母ちゃんが手を振ってたとか、聞くじゃないか?
おれもそういう状態だったらしい。
危ない危ない、あの坂を登り切ったらきっと、行っちゃいけない場所に辿り着いたんだろうな。
「なぜ山に登るのか?」
「そこに山があるからだ。」
そんな会話が成り立つ世界には生きていない。
少しだけ、天邪鬼的思考も自重しようと思ったんだ。
■
額に柔らかな手の感触。
これはイアネメリラかな・・・。
ほっぺたがペロペロ舐められる。
ロカさん、くすぐったいからやめてくれ。
薄っすらと瞼を開くと、見たことが無い一目で上質とわかるような天蓋。
「知らないて・・・。」
(あぶねぇ・・・!そう何度も、秋広の呪いに侵されてたまるか!)
テンプレを反射で呟きそうになったことで、急速に意識が覚醒する。
おれの言葉を聴きつけたのか、ひどく心配そうな顔のイアネメリラが顔を覗き込んできた。
薄桃色の長い髪が、おれの額や喉元に零れて少しくすぐったい。
おれと視線が合うと、その大きな胸におれの頭を掻き抱き、「ますたぁ!」と叫んだ。
イアネメリラさん、息ができません。
おれの肩口にたしったしっと、子犬の手が当てられる。
「主!無茶はいかんのである!」
いつものロカさんよりだいぶ口調が強いのは、彼なりに精一杯の叱責なのだろう。
「そうだよ!心配したんだからぁ!」
一度おれの頭をがばっと離し、目尻に涙を溜めながらそう言ったイアネメリラが、再度おれの頭を自身の胸に埋め込む。
話しできませんがな・・・。
それから体感10分ほど、二人がかりでお叱りと説教を受け、おれはやっと解放された。
「そうは言ってもだな・・・あの時おれが庇わなかったら、サリカが危なかったんだ。」
おれの言葉に「それはそうだけど・・・。」と不服そうなイアネメリラ。
そういえば・・・。
「ところでおれは、どのくらい眠ってたんだ?サリカとアフィナは?」
この手の体験をした後は二、三日、下手すりゃ一週間なんてことがザラだからな。
それに本来なら、一番煩いはずのアフィナが、騒いでないのも気になる。
違和感が無いから気付かなかったが、背中に受けたはずの傷が痛まないのも・・・誰か治してくれたのだろうか?
気が付いた時には、仰向けで寝ていられたようだし・・・。
「あーちゃんは・・・。」
言葉を濁したイアネメリラの視線を追うと、おれとは別のベッドに横たえられたアフィナ。
ひどく顔色が悪い、もはや真っ青と言える位だ。
「一体なにが・・・?」
「あのね・・・」
おれの疑問に答え、イアネメリラはおれが寝ている間に起きたことを、話し始めた。
■
尖塔の部屋で『影人』フェアラートの『自爆』を受けた後、おれは気を失った。
その理由は、フェアラートの剣に塗られていた毒のせいだったらしい。
倒れた後おれは、高熱を発した。
慌ててイアネメリラがおれを浮かせ、サリカが用意した客間のベッドに寝かせたらしい。
急いで法衣を脱がせ、ロカさんが産み出した水で傷口を洗った。
そしてそこで、皆途方に暮れた。
傷もさることながら、明らかに顔色を悪くしたおれ。
血もかなり流したし、症状がどうみても毒のものだった。
闇属性には回復手段が無い。
一部あるにはあるが、それは『吸収』などによる自己回復の類だけ。
イアネメリラやサリカはもとより、水属性も併せ持つチート犬のロカさんも、他者の回復などできようはずがなかった。
そこでアフィナが、スカートのポケットから一枚のカードを取り出した。
それは『薬箱』の魔法カード。
『森の乙女』カーシャが、別れる際に「もしもの時の為。」と称して預けてくれた、秘蔵の一品だったらしい。
『薬箱』には、外傷を塞ぐものや、解毒、病気の治癒など、様々な効果がある。
しかしこのカード、症状の深刻さによって、魔力を注ぎ続けなければ回復が見込めない。
それだけなら、居るメンバーで交互に、魔力供給をすればいいだけだったのだろうが・・・。
厄介にもこの『薬箱』に闇の魔力が混ざると、一転毒の魔法に変わってしまうらしい。
それが理由で、このカードを預かっていることはおれにも黙っていたらしい。
まぁおれも、自分の魔力が闇属性なんじゃないかなって思いはする。
召喚魔法に関しては、なんだかよくわからないってのが本音だが。
(それにしても、なんて面倒な設定だ。)
どうやらおれの症状は、中々に深刻なものだったらしく、一晩中生死の境を彷徨う事となった。
たぶんおれが、峠の夢を見ていた頃なのだろう。
結果アフィナは、昨日の晩から今日の昼まで、魔力を注ぎ続けて倒れた。
『風の乙女』に伝わる懐剣を使って、やっと将軍級下位程度の実力しかないアフィナが、一昼夜休み無しで魔力を放出すれば仕方ない。
おかげでおれは助かったわけだが、まったく無茶をする。
そしてサリカは今、結界の修復に全力で取り組んでいるらしい。
『魂の首飾り』の補助が無くとも、張って維持するだけならそう難しくは無いんだとか。
ただ、その間動けなくなるし、『魂の首飾り』経由で、広域化していた乙女ネットワークも今は断線状態だ。
これでまた、幼馴染たちの情報を得る手段が無くなった。
■
コンコンと、客間のドアがノックされた。
イアネメリラが「はぁ~い。」と声をかけると、「失礼致します。」と一声かかった後、執事スケルトンが扉を開いて現れる。
室内に入ってきた執事がおれの姿を見止め、「セイ様が回復されたようで何よりです。」と、恭しく頭を垂れる。
「起きられて早々申し訳ございませんが、サリカ様は今結界維持の為に動けないので、一度儀式部屋までお越し頂けますでしょうか?」
執事のお伺いに、「わかった。すぐ行こう。」と答え、服を探す。
イアネメリラが持ってきてくれた法衣を着ようとして、違和感を覚えた。
「・・・あれ?」
見間違うはずもない、おれが愛用してきた漆黒の法衣。
背中を刺し貫かれたはずの傷も無ければ、血の跡すら無かった。
「あのね、ますたぁ~、その服自動修復とかかかってるみたい。」
そうだったのか・・・。
また新たな現象が発覚したな。
この法衣と言い、召喚した盟友たちが、勝手に出入りする金箱と言い、なんだか謎が増えるばかりだ。
おれはささっと着替えを済ませ、イアネメリラを伴って執事に案内され、儀式部屋へと向かう。
ロカさんには、寝ているアフィナを見ていてもらうことにした。
握り締めていた懐剣におれが魔力を流してやると、かなり顔色が良くなったので純粋に、魔力切れのような状態だったんだろう。
洋館の正面階段の裏側に、その部屋はあった。
『双子巫女』の結界塔で見た、石櫃のような部屋。
おれが、この世界に召喚された時に居た部屋とよく似ている。
違うのは地面を照らす魔方陣が、紫の光を発していることくらいだ。
その魔方陣の中央に、サリカが祈るような姿勢で両膝をついていた。
おれたちが入室したことで、サリカが閉じていた相貌を開く。
「セイ殿、イアネメリラ殿、このような場所で失礼するのじゃ。」
目礼してくるサリカに、「気にするな。」と片手を挙げる。
「・・・セイ殿のご友人の探索ができなくなった事、非常に遺憾に思っている。」
それは仕方ないだろう。
サリカのせいではない。
「その上で申し訳ないのだが・・・一つ頼まれてくれぬじゃろうか?」
まぁ大体想像はつくがな。
おれが一つ頷くと、サリカは少し言い辛そうにしながら依頼を告げる。
おそらく自分を庇って怪我を負った相手に、頼み事をするというので気に病んでいるのだろう。
おれはそういう律儀な人間は嫌いじゃない。
「わらわの乙女ネットワークの復旧は未定じゃ。ゆえに結界が一度破られたという、火急の報せを
クリフォード様に伝えていただけぬじゃろうか?」
乙女ネットワークが使えないのは確かに痛いな。
それに、結界が張られている所に侵入できた敵勢力も気になる。
一度クリフォードに、注意を促した方がいいだろう。
「まぁどうせ、一度戻るつもりだったからいいぞ。」
おれの返事に安堵した表情になり、「セイ殿、ありがとう。」と謝辞するサリカにもう一度、「気にするな。」と言っておく。
イアネメリラも頷いているところを見ると、彼女的にもおれの判断で間違いないようだ。
「そういえば・・・。」
と言って、サリカが執事に目配せを送る。
執事が布に包まれたカードを、一枚差し出す。
『影人』フェアラートのカード。
アンティルールが適用されるってことは、『レイベース帝国』の手駒じゃなくて、『略奪者』の方か・・・。
しかし、結界の破壊ってことなら帝国の思惑とも一致するのか?
奴の行動も不可解だった。
『魂の首飾り』破壊が目的だったなら、おれたちが塔に登るのを待つ必要は無いだろう。
(狙っていたのはサリカ?・・・もしくは、おれかもしれんな。)
おれはそのカードを受け取り、『図書館』に収納する。
『魔導書』に入れるつもりはない。
「それじゃサリカ。アフィナが回復したら『マルディーノス神殿』に戻る。」
おれはそう告げて、イアネメリラとともに儀式の部屋を後にした。
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