・第二十八話 『闇の乙女』
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異世界からこんばんは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、二人で見た満月を覚えているか?
兄貴は今、異世界の月を眺めている。
十五夜のまんまるお月さんを見て、「うさぎが餅をついている。」そんなことを話したのを思い出す。
柔らかく微笑む君と、二人きりのベランダで、優しい時間が流れた日だったね。
異世界の月は、なんだか底冷えするような青色で・・・。
不思議な光景に、君と離れている事を再認識させられる。
ただこっちの世界でも、「月見酒」なんて物はちゃんとあるらしく。
おれはなぜか、つまみを作る事になっていた。
■
時刻は夕暮れ。
もうすぐ夜の帳も下ろされる、まさに黄昏時ってやつだ。
予定よりは少々遅れてしまったが、『オリビアの森』で『森の乙女』カーシャの結界塔を訪ねた時よりは、かなりマシだろう。
『パロデマ湿地帯』のほぼ中央に、その建造物はあった。
直径50m程の池の真ん中に浮島があり、そこに洋館の様な建物が建っている。
縮小版『精霊王国フローリア』って感じだな。
洋館の中心からは、尖塔のような物が突き出している。
遮る物が無いので、結構遠くから塔のような物は見えていた。
あれが『涙の塔』ってことか?
池のほとりと浮島には、木造の橋が架けてあった。
おれたちは、ロカさんを先頭にその橋を渡り、洋館の玄関へ辿り着いた。
『図書館』からクリフォードの親書を出して、アフィナに渡す。
おれは青銅製と思われるドアノッカーを叩き、後はアフィナに譲る。
「こんばんはー。『風の乙女』アフィナ・ミッドガルドです。クリフォードさまの親書を持ってきましたー。」
アフィナの声がかかるのと同時くらいだろうか?
玄関の扉がゆっくりと開き、
「ようこそおいでくださいました。『闇の乙女』サリカ様がお待ちです。」
と、燕尾服を着込んだ『スケルトン』がお辞儀をしながら現れた。
ちょっ・・・ホラーだからぁ・・・。
中は思ったよりもずっと小奇麗にされているようで、まさに映画にでも出てきそうな中世の洋館のそれ。
赤い絨毯に、趣味の良い壷や花瓶などの調度品、天井にはシャンデリアなんてものまでぶらさがっている。
それは良い。
しかし、家人?と思われる者が全員『スケルトン』
スケルトン執事に、スケルトンメイド。
服でしか判別できないけどな・・・。
おれとアフィナは少々引きつりつつも、燕尾服『スケルトン』・・・。
うん、面倒だから執事って呼ぼう。
執事に促されるまま、客間と思しき部屋へ通される。
ロカさんは、ちょっと執事の大腿骨に興味をそそられた様だが、ちゃんと自重していた。
うんロカさん、それは食べちゃだめなやつだ。
イアネメリラは何とも思ってないな。
いつもの柔らかい微笑のまま、ふよふよとおれの隣に浮いている。
客間におれたちを通した執事は、手馴れた様子でカップにお茶を人数分淹れると・・・
ああ、ロカさんで止まった。
ロカさんが「不要である。」と言った事で、おれたちに「では、サリカ様を呼んでまいります。お寛ぎになってお待ちくださいませ。」と、丁寧に一礼して退室した。
『双子巫女』の塔とも、『森の乙女』の塔とも、随分趣がちがうんだな。
(カードゲーム時代の『闇の乙女』サリカは、どんな設定だったかな?)
そんなことを考えつつお茶を飲みながら、待つこと十分くらいだろうか?
客間の扉が開き、薄い紫の髪に赤い瞳、黒いワンピースを着た見た感じ五、六歳の幼女が、執事を伴って現れる。
「待たせて済まぬな。わらわが『闇の乙女』サリカじゃ。長旅ご苦労、まずは寛いでくれ。」
(うん、カードで見たサリカと容姿は同じだな。)
それにしてもわらわっ娘幼女とか・・・。
秋広が大興奮だな。
「ありがとうございます。サリカさま、これがクリフォードさまから預かった親書です。」
アフィナはサリカの容姿を知らなかったのか、少々面食らったような顔をしたが、それでもこの国の住人は、見た目と年齢が伴わない事が多々あることを思い出したのだろう。
立ち上がってクリフォードの親書を差し出し、丁寧にお辞儀した。
サリカは一度「ふむ。」と頷いてから親書を受け取り、アフィナに着席を促す。
執事が持っていたペーパーナイフを使い封を開けると、親書をささっと斜め読みして執事に何事か耳打ちする。
いや・・・耳無いけども・・・雰囲気で。
サリカの耳打ちで、執事はサリカ用のお茶を用意した後、一礼して退室する。
上座に向かったサリカが「んしょっ。」と、可愛い掛け声で椅子に腰掛け、おれたちを順に観察するかのように見回す。
「異世界の魔導師『悪魔』のセイ殿、『黒翼の堕天使』イアネメリラ殿、『幻獣王』ロカ殿とお見受けするが、間違いないかの?」
質問調だが、確信に満ちたサリカの問いかけ。
イアネメリラとロカさんが小さく頷くが、おれは釈然としない。
「・・・サリカ。『悪魔』の二つ名をどこで?クリフォードの親書には、書かれていないはずだが?」
訝しむおれの視線に、「ああ、そのことか・・・。」と呟いたサリカは、
「なに、カーシャから聞いていたのじゃよ。わらわの乙女ネットワークは耳が早いのじゃ。」
と、答える。
なんすか・・・そのコミュニティ・・・。
秋広がどこかで「それなんてギャルゲ?」とか呟いた気がするが、気持ちを強引に切り替える。
おそらくサリカの能力か特技なんだろうが、そんな力があるならこれから先助かる。
「なるほど、その乙女ネットワークってのは、この国の力持つ乙女なら誰でも使えるのか?」
なんとなく展開は読めたが、おれの問いに「はて?」と一度首を傾げ、考えるサリカ。
「・・・そういえばセリシアとも話せるし・・・シイナとも話せたのう・・・。」
目に見えて落ち込むアフィナ。
イアネメリラが「あーちゃん、どんまい。」と慰めている。
やはりうちの残念は、どこまでも残念だった。
■
しばらくの間サリカと、情報の擦り合わせをした。
見た目幼女だが、話によると800年以上生きている闇の大精霊らしく、有益な情報を多々貰えた 。
ただ、本人の戦闘能力は決して高くなく、闇魔法で使役する『スケルトン』たちが、使用人兼護衛を勤めているらしい。
なんでもそれぞれが将軍級盟友並みの実力らしく、それが常に50体前後控えているらしい。
おれやロカさん、イアネメリラならともかく、アフィナなら二秒で消し炭になる計算だ。
そしてアフィナは無事乙女ネットワーク(実際には『闇の乙女』用『謎の道具』によって増幅された、サリカの特技『波長』)に、参加を許された。
戻ってきた執事の持ってきた、『回帰』のパーツを『図書館』に収納するのをサリカは感慨深げに眺めていた。
やっぱり実際に見ると思うところでもあるのかね?
「セイ殿。一つ頼みがあるのじゃが・・・。」
「なんだ?色々情報くれたしな。おれができることなら良いぞ?」
「いやなに・・・今宵は月が綺麗じゃろう?わらわは、月見酒としゃれこみたいのじゃが、良いつまみが無い。カーシャからセイ殿の作った料理の話を聞いてのう・・・是非わらわも相伴に預かりたいのじゃが。」
なんだそんなことか。
どうせ今夜はここで一晩お世話になる、 つまみの一つくらい作っても罰は当たらない。
しかしその見た目で月見酒は、なかなかシュールな画になりそうだが。
「いいぞ、厨房を貸してくれ。」
おれとサリカの会話に、アフィナがとんでもなくびっくりした顔をする。
「あのセイが・・・あんなに快く・・・雪が降るよ・・・」
おい、失礼だな。
おれは礼はちゃんとするぞ?
■
執事に案内された厨房、ロカさんとイアネメリラは付いてきた。
アフィナはサリカと話すと言っていたが、完全にマヨネーズを警戒していたのは明らかだ。
働かざるもの食うべからず。
手伝わない子には、お兄さん優しくないですよ?
(それにしても何を作るかな・・・。)
おれは『図書館』を開き、食材の確認をする。
つまみにするなら、ある程度冷えても食えるもの。
この世界にはあまり無い食べ物の方が、喜ばれるのかもしれないな。
食材の確認を終え、何種類かの『カード化』を解除したおれは、作るものを決めた。
(ここはやっぱり異世界テンプレの定番、『からあげ』だな。)
からあげなら冷めても食えるし、簡単に量も作れる。
「ますたぁ、なにを手伝う~?」と、聞いてきたイアネメリラに肉を切り分けてもらうことにする。
「主、我輩は?」
うーん・・・ロカさんには、何をしてもらえばいいのか。
「ロカさんは気持ちだけもらっとく。」と言ったおれに、「むぅ。」と不本意そうなロカさんだが、手足もそのまんま子犬だ。
正直、できることはない。
イアネメリラが切り分けてくれた鶏肉を、異世界の生姜とニンニク(のようなもの)をたっぷり入れた、醤油ダレ(のようなもの)の入ったボウルに入れて、ぎゅっぎゅっと揉み込む。
下準備をしながら油に火を入れる。
下味を付けた鶏肉に一つ一つ小麦粉を塗しながら、油の温度を確認する。
そろそろ適温か。
おれが鶏肉を油にそっと潜らせると、ジュワーっと心躍る音を奏でながら、鶏肉に熱が入り始めた。
揚げ色を注意しながら、どんどん鍋に鶏肉を投入する。
ロカさん、うまそうなのはわかるけど、そんなに鍋に身を乗り出したら犬揚げができてしまうよ。
よし、上等。
衣をきつね色に染めたものから、鍋からあげて油を切る。
興味津々のイアネメリラとロカさんに、口を「あーん。」と開けてやると、二人揃って可愛らしく口を開けたので、「熱いぞ。」と一言断り、小さめのやつを口に入れてやる。
「はふっはふっ、あっつい~でもおいしぃ~。」
「あ、主!我輩の舌がぁ!」
興奮気味の二人に「だから熱いって言ったろ?」と苦笑しながら、からあげの山盛りを作っていく。
■
「ほう・・・からあげ、これは本当にうまいのう。800年生きてきて初めての味じゃ。」
バルコニーで、本当に月見酒をやっていたサリカにも絶賛だ。
他の面々も、からあげを頬張り満足げだ。
「まぁこれは、おれたちの世界では鉄板のつまみなんだ。」
おれの言葉に「であろうなぁ。」と頷くサリカ。
「うむ、このような料理を作る者に口説かれれば・・・あの堅物カーシャが、ぞっこん惚れるのも無理は無い。」
いやいや、そんな事実は無い。
事実は無いから目を細めるのと、ほっぺたを膨らませるのはやめよう。
イアネメリラさんとアフィナ。
おれは慌てて話題をずらす。
「そんなことよりサリカ。このからあげは完成品じゃないんだ・・・更にうまくなる。」
ガタタンと椅子から立ち上がり、「なんじゃと!?」と驚くサリカ。
いや、そこまで驚かれると少々困るが。
「それはな・・・」
おれはアフィナを見ながら言い放つ。
「マヨネーズだ。」
「いやだよ!」
咄嗟に拒否したアフィナ。
手伝わなかった報いを、今受けてもらおう。
「ほぅ・・・いいんだな?」
「このままでも十分おいしいもん!」
皆が唖然として見守る中、目線で火花を散らすおれとアフィナ。
ふふふ、その言葉を待っていた。
おれは『図書館』から、皆が寝た後にこっそりと自作した、秘蔵の『タルタルソース』を取り出した。
「そ、それはまさか・・・。」愕然とするアフィナを尻目に、おれはサリカの皿に乗るからあげに、タルタルソースをかけてやる。
おれが頷くと、サリカはその小さな口を目一杯広げて、からあげを頬張った。
「こ、これはぁー!!」
ふふふ、そうだろう。
某中華料理漫画なら、目からビームが出ていそうな衝撃を受けているサリカ。
おれは、イアネメリラとロカさんのからあげにも、タルタルソースをかけてやる。
恐る恐る口にした二人も、陶酔して違う世界に行ってしまったようだ。
からあげ+タルタルソース恐るべし。
「あ、あのセイ?ボクの・・・」
「なんだ?そのままで十分なんだろう?」
あわあわするアフィナを残酷に突き放し、おれは自分のからあげにも、タルタルソースをたっぷりとかけて頬張った。
途中で泣き出してしまったアフィナを、いい子いい子していたイアネメリラに「ますたぁ、めっ!」っと、咎められる。
「ほら、あーちゃん。ますたぁにごめんなさいして~。手伝わなかったから怒ってるのよ~。」
「うぅ、メリラ姉さん・・・セイ・・・ぐすっ・・・ごめん・・・なさい。」
しかしこの二人、ほんとに仲良くなったな。
慰めるイアネメリラに免じて許し、アフィナのからあげにもタルタルソースをかけてやる。
「・・・すごい・・・おいしい・・・。」
感動ひとしおのアフィナだが、罰は与えねばなるまい。
おれは笑顔で、マヨネーズの材料の入ったボウルをアフィナに手渡した。
そして『闇の乙女』サリカの守護する『涙の塔』に、ハーフエルフの死体が一つ転がった。
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