・第二話 『魔王の左腕』
崖上では、鎖に拘束されたままのセイと、セイの斜め上で浮いているイアネメリラ。
大剣を肩に担ぎ直し、墜落の衝撃から復活した翼竜とともに立つ、セイをアニキと呼ぶ少年。
崖下では、リザイアと龍樹マヤの戦いがいよいよ佳境である。
龍樹マヤの振るう豪腕の一撃、種型の弾丸、鞭のように叩きつけられる何本もの蔦。
リザイアはその猛攻を、舞うように避け、刀で弾き、あるいは切り捨てる。
龍樹マヤは、己が身の丈の30分の1程度しかないであろうリザイアに、完全に手玉に取られていた。
真っ向勝負ならこうはいかない、リザイアがセイに頼まれたのはあくまでも時間稼ぎ。
どちらの盟友も、己が召喚者の下へ駆けつけるのは無理であろう。
リザイアはまともに打ち合うでなく、その責務を全うしていた。
セイは、イアネメリラから受け取ったカードを発動する。
『専属召喚・魔王の左腕』
カードが一際紅く輝いた後、セイの左手が見るからに禍々しい闇色のオーラを纏い、それが無骨だが荘厳な手甲へと変化する。
セイの脳内に、無機質な女性の声でインフォメーションが流れる。
【魔王の欠片を確認・限定条件の解除】
勝利へのルートは見えた。
セイはほんの少しだけ微笑み、残り二枚になった魔導書を展開した。
先ほどまで灰色だったカードは、二枚とも輝いている。
それを見て少年は、翼竜とともに駆け出しながら叫ぶ。
「それでも『重力の鎖』は、まだ効果時間内だよアニキ!このまま決める!」
「竜兵、いつも言ってるだろ?脇が甘いって。」
裂帛の勢いで突撃してくる少年と翼竜が迫っても、セイは冷静にカードを二枚とも選択する。
イアネメリラも、己がマスターを信じきっているのか、微動だにしない。
イアネメリラにりゅうへ~、セイに竜兵と呼ばれた少年が大剣を振りかぶり、まさに今セイへと振り下ろそうとした時、
『混沌の絆』
セイが魔法を発動し、セイと翼竜が紫色の煙に包まれると、彼と翼竜の位置が入れ替わっていた。
セイを縛っていた鎖が、翼竜を拘束する。
魔法の発動で何が起きたか理解した竜兵も、振り下ろしていた大剣は止められない。
セイの身代わりとなって、竜兵の大剣をその身に受けた翼竜は、真っ二つになり光の粒子に変わっていく。
竜兵の真横へと転移したセイは、彼の肩を手甲に覆われた左手でがっちり掴み、
「王手だ、竜兵。」
静かにそう告げると、最後の魔法を詠唱した。
『我が友たる魔の王へ願う。我が全ての生命もて、彼の者に破滅をもたらさん。』
セイの全身から、紅く輝く球体がいくつも浮かび上がり消えていく。
【覚悟と対価は受け取った・・・我が魔力の使用を許可しよう・・・】
セイの手甲から静かに声が響き渡る。
魔法の完成を見て、なんとか逃れようともがいていた竜兵は諦念する。
『絶望』
セイが優しく唱えたその魔法。
先ほど、セイの体から消えていった紅い光が、竜兵を包み込む。
「また負けたぁぁぁ!」
竜兵は悲痛に叫ぶと、光の粒子になって弾けて消えた。
セイの頭の上に、【YOU WIN】の白文字が浮かび上がり、空間に無機質な女性の声でアナウンスが流れる。
【『力』竜兵の戦闘不能を確認、勝者『悪魔』セイ。】
そのアナウンスが流れると、急速に色を失っていく荒野。
龍樹マヤ、リザイア、イアネメリラ、三体の盟友たちも光の粒子になって消えていく。
「ありがとう、リザイア、メリラまたな!」
その日初めて、強く感情を表したセイは、にっこりと笑って二人をねぎらった。
崖下ではリザイアが、後ろ手に軽く片手を挙げている。
素っ気無いリザイアとは対照的に、
「また喚んでね?ますたぁ浮気はだめだよぉ?」
そんなことを言いながら、セイの頭を抱きしめるイアネメリラ。
セイは苦笑いだが、されるがままにしている。
時間のようだ・・・二人は光に溶けて消え、風景も無くなった。
そしてセイも、PUPAのシートに戻ってきた。