・第二百四十九話 『告死蝶(コールド・バタフライ)』
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異世界からこんにちは。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、残念なお報せがある。
兄貴たちは、まだ出発できていません。
目的地もはっきりしているのに、何をしているのかと思うだろう。
だが、おれたちにも理由はあるんだ。
竜兵の『嵐竜』から始まり、突然倒れたホナミの容体。
そこにちらつく奴の影。
君は覚えているだろうか?
あの陰険な蟲使い・・・『審判』の堤浩二を。
これを奴が狙って起こせたってんなら、はっきり言って打つ手は無かっただろう。
だがおそらく、今回の件は奴にとっても誤算。
人知れずやられていたらと思えばゾッとするが、不幸中の幸い・・・撫子姉さんとサラが居てくれた。
そして、『真・賢者』ガウジ・エオも。
ただ・・・彼女の選択が、おれには理解できなかった。
■
『嵐竜』の召喚失敗に続き、駆け込んできたウララが告げる不穏な報せ。
ホナミが倒れた・・・。
どう考えても普通の事じゃあない。
なぜなら、付随した情報に彼の人物・・・『真・賢者』の名も挙がっているのだから。
「ウララ!どういうことだ!」
「あたしだってわかんないのよ!」
周囲に有無を言わせぬ勢い、お互いに語気も荒くなる。
そんなおれたちを、竜兵が後ろから押し出した。
「アニキ行って!こっちはおいらたちが何とかする!」
竜兵に続き、バイアもこくりと首肯を見せる。
一瞬の逡巡、不安げなウララの表情を読んで決める。
「わかった!ロカさん頼む!」
「承知!」
ロカさんに後を任せ、転身したウララを追いかける。
ウララも走るのは決して遅い方じゃないが、ここに来るまで相当急いで走ってきたのだろう。
呼気も荒く、疲れが目に見える。
城だけあって廊下がウソみたいに長いしな。
すぐに追いつき、追い越す間際に彼女の腰をひょいと抱き上げる。
普段ならまだしも、今はこうした方が速いだろう。
「うひゃあ!ちょ!?セイ!何してんのよ!」
耳元で大声、思わずしかめっ面。
「ちょ!降ろしなさいよっ!」などと暴れるウララをシカトしたまま走る速度を上げた。
しばらくして抵抗が収まったのを確認、チラリ横目で顔色を伺う。
なぜかウララは真っ赤な顔でプルプルしていた。
「おい、おれはお前らの部屋を知らないんだ。ナビしろよ?」
ジト目を送れば、「わかってるわよ!」の言葉と共に拳骨が飛んできた。
「痛ぇ!」「うるさい!そこ右よ!」
なんだこれ、理不尽である。
数度の右左折後、おれの部屋と似たような外観の扉。
中から重苦しい魔力の迸りを感じる。
「ここか?」
問いかけながらウララを降ろす。
「そうよ・・・入るわよ。」と答えた彼女は、そのまま扉を開け放つ。
果たして・・・そこには真実ベッドに倒れ伏すホナミの姿があった。
揃って入室、後ろ手に扉を閉じる。
「これは・・・。」
絶句、想像以上に宜しくない状況。
室内には銀色の糸が波打っている。
その一本一本から穏やかな光が溢れ、空間自体を清浄化しているように見える。
これは『銀髪の天女』サラの長い髪だろう。
ベッドの上には仰向け、少々胸元がやばいくらい開いたホナミ。
弱弱しい呼吸、苦し気に眉根を寄せ青い顔。
そんな彼女を円形に囲うのは、状況から見ても撫子姉さんの結界。
事実、姉さんが目を閉じてぶつぶつ呟きながら掌をホナミにかざしている。
ビキニ姿の魔女は、ホナミの様子を睨み付けるようにして伺っていた。
「来たね。セイ!」
おれの入室に合わせ、視線はホナミから離さず賢者が言う。
そのセリフで、サラと撫子姉さんもおれとウララに気付いたようだ。
と言うか・・・今まで気付かなかったと言うのは、それほどまでの集中を必要としていた?
「一体何があったんだ?」
問いかけと同時、「来るよ!皆集中しな!」と叫んだガウジ・エオ。
ベッドに寝ているホナミに飛びかかる。
ホナミの身体がエビぞりに、「ああああ!!!」苦し気な呻きが漏れる。
瞬間、ホナミの開いた胸元から、極彩色の蝶が群れを成して飛び出した。
ガウジ・エオは、空中でその蝶を無理矢理集束する。
纏めたまま掌をホナミの胸元へ、ドンっと軽い衝撃。
物理的な物では無い。
明らか魔力の衝撃を受け、蝶はホナミの身体の中へ溶けていく。
「ばかな・・・『告死蝶』だと・・・!?」
見覚えのある現象に、知らず声が漏れていた。
■
ふぅっと流れる髪をかきあげ得心顔、ガウジ・エオがおれを見る。
「やっぱり知ってたね。」
今のはそう、時限式罠魔法『告死蝶』のエフェクトに酷似していた。
当然『リ・アルカナ』に存在するカード。
テキストや効果ももちろん知っている。
だからこその違和感。
(そんな事が可能なのか?)
同じことを考えたであろうウララが、そのものズバリ噛み付いた。
「ありえないわ!『告死蝶』は対 盟友専用魔法よ!」
ウララが否定してくれたことで、おれは逆に冷静になる。
そう、そうなのだ。
指定された条件で発動する罠魔法『告死蝶』は、一度発動すると一定時間を経て、対象の盟友カード一枚をゲームから除外する。
ウララが言うように、テキストには盟友としか書かれていない。
つまり、本来であれば魔導師本人にかけられるものではないのだ。
それもそのはず、効果の内容が問題。
ダメージや破壊などではなく除外。
ゲームから取り除かれたカードは、そのバトルが終了するまでいかなる方法を用いても復活することは無い。
更に言うなら、この魔法は通常の『解呪』等で破棄することが出来なかった。
そんな効果が魔導師にかかったらどうなる?
メタってもんじゃないだろう。
だがどうだ、この状況。
「セイ、あんたの予想通りさ。あたしゃこの魔法を見たことがある。」
静かに、だが確かな自信を持って告げられた賢者の一言。
何も言い返せないおれと、真剣な眼差しのガウジ・エオ。
二人の視線が交錯し、たまらずウララが怒声を上げる。
「ふざけんじゃないわよ!じゃあなに!?このままだとホナミが除外されるとでも言うの!?」
「そうだね。」
ウララの威圧を物ともせず、ガウジ・エオは淡々と答えた。
ガシっと捕まれた腕、乱暴に何度も揺すられる。
「セイ!あんたも何か言いなさいよ!」
何か・・・とは言っているが、彼女が聞きたいのは否定の言葉だろう。
それは少し潤んだ瞳からも、簡単に想像が付いた。
しかし・・・。
「おそらく、ガウジ・エオの言う通りだ。」
おれの中でも答えは自然に生まれていた。
きっとこの魔法が完了したらホナミは息絶える。
いや、文字通り消滅してしまうのだろう。
「そんな・・・。」と呟いた後、倒れ込みそうなウララを何とか抱きとめる。
「ガウジ・エオ。この魔法を見たことがあると言ったな?誰が・・・使っていた?」
半ば以上答えの出ている質問に、案の定ため息を吐くガウジ・エオ。
「『審判』のツツジ・・・と言えば満足かい?」
やはり出てきたその名前。
予想はしていたのだ、奴とこの賢者に何かしらの確執があることは。
しかしウララは予想だにしていなかったのだろう。
撫子姉さんも驚きに目を見開く。
「なっ!?なんであんたがその名前を!」
「まぁ・・・あたしもそこそこ長く生きてるからね。色々あったのさ・・・。」
ウララの質問には遠い目で答え、深くを語るつもりはなさそうだ。
誰しもが、言いたくないことの一つや二つあるだろう。
おれはこの件に対して追及を諦めた。
そもそも、彼女が奴の事を知っていたにせよ、これまでの行動を見るにおれたちの敵であるとは考えにくい。
そこまで狙って行動されていたらお手上げだが、信じることを辞めてしまえばおれたちは孤立してしまう。
「そんなことより・・・。」前置いたガウジ・エオ、再度おれを真っ直ぐに見つめた。
「『告死蝶』の解除方法は知ってるね?」
コクリ、おれは彼女に首肯を返す。
『告死蝶』は、通常の解除系魔法や特技を受け付けない。
それはたぶん、神であるウララが使用したものであろうともだ。
ならばどうするか。
テキスト通りの解除、遂になる魔法をかけることだ。
その魔法とは・・・『生命の花』。
『告死蝶』を破棄すると共に、強力な回復魔法としても扱われる物。
『地球』でツツジが使っているのは見たことが無い。
ガウジ・エオはその魔法の使い手、もしくは魔法が封ぜられたカードに心当たりがあるのだろうか?
おれの思考をまたしてもナチュラルに読んだのか、小さく頷き答えを導く。
「『生命の花』のカード、一枚だけ所在を知ってるよ。」
そう言って彼女は、小さなカギを放ってきた。
「これは?」と、訝しむおれに投げられる爆弾。
「トリニティ・ガスキンの宝物庫のカギさ。そこに『生命の花』と『回帰』のパーツがあるよ。」
「「なっ!?」」
ひどくあっさりと投げられた探し物の在処に、今日何度目かになる絶句。
そんなおれやウララを尻目、ガウジ・エオは淡々と語る。
「本当は一緒に行って、色々世話を焼いてやろうと思ったんだがねぇ。この娘を放置する訳にもいかないからさ・・・。あたしゃ少し時を止めるよ。セイ、後は頼んだ。」
それだけ一息に言い捨てると、ホナミの胸元に手を伸ばすガウジ・エオ。
「・・・待て!それってどういう!?」
おれの言葉は間に合わなかった。
ガウジ・エオとホナミ、触れ合った場所から徐々に石化。
見る見るうちに物言わぬ彫像へと変貌していく。
室内に居る誰もが何もできなかった。
ただ沈黙、彼女たちを見守るのみ。
そして数秒、完全に石になった二人は、どこか穏やかに微笑んでいるようだった。
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