・第二百四十八話 『罠』
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※新章開幕です。
異世界からおはよう。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、君には到底想像もつかないだろう。
兄貴たちを覆う空気が、暗雲立ち込めるそれであるだなんて。
永き呪縛から解き放たれたメスティアの民も、祝福と共に歓待した各国の重鎮も、おれやウララ、竜兵だってそうだ。
きっとそれは、重い十字架を背負ったホナミだって同じだっただろう。
やはりいくばくかのしこりを残したまま、それでも前に進もうとした。
そんな兄貴たちを嘲笑うように、奴の醜悪な罠が口を開けて待っていたんだ。
おれたちはそうとも知らず、気付けば事態が動いていた。
ここまで読んでいたのか?
読んでいたのだろう・・・。
そんな自問自答を繰り返すおれには、奴の不気味な含み笑いが聞こえるようだった。
■
突発的に発生した宴会の翌日。
宛がわれた一室で目を覚ませば、この世界に来てからやたら見慣れた光景。
おれの仲間たちと幼女が同じベッドで就寝中。
本日はさすがにホナミが居なかったのでホッとする。
どうも『地球』組は三人で部屋に行ったらしい。
いや、確かガウジ・エオも一緒だったな。
何でもガールズトークがどうこうとか言っていた。
ちょ、やめろ!そこは触れるな!彼の人物は女子認定しとけ?
一万歳でも乙女らしいから!
それはそれとして、ヴェルデとリューネはまだしも・・・なにゆえアイナとシルキーはここに居るのか。
お前らもウララの方行けよ?
ああ、ポーラとリライも居ないぞ。
ポーレ長老と同室になったらしい。
とりあえず、寝ている面々を起こさないようそっとベッドから抜け出る。
今日中にはここを発たねばならないが、もう少し寝かせておいても良いだろう。
おれがベッドから降りると、布団をかき分け漆黒の毛玉が飛んできた。
「主、おはようである!」
「おはよう、ロカさん。」
当然お互いに小声だ。
いつものようにひょいと抱え上げ、彼の定位置・・・おれの頭の上へ。
おれたちは静かな城内へと移動した。
散歩がてらゆっくりとしばし。
明らか寒いだろう屋外テラスに、場違いTシャツ短パン姿の人影を見止める。
(おいおい・・・。)
心の中でツッコミを入れつつ、その少年・・・竜兵の下へ。
空は驚くほど晴れていた。
「寒くないのか?」
まぁ聞いているおれだって、いつもの法衣だから大した厚着じゃない。
「アニキ・・・。」
何をするでもなく物憂げ、テラスに頬杖を突いて遠景を眺めていた竜兵。
おれの問いに軽く頭を振り否定、どこか寂し気に微笑んだ。
その表情に当たりを付ける。
「ヴェルデには・・・言ったのか?」
「・・・ううん。」
予想はしていたがやはり。
サカキから取り返した彼女の母親、『嵐竜』のカード。
とりあえず一つの目標は果たしたと言えるのだろう。
しかし、まだ大きな問題が残っている。
「アニキ・・・おいら、どうしたら良いと思う?」
そこに集約される問いは、おそらくこの先もおれたち全員の課題になる。
つまり、ヴェルデの母親を『魔導書』に組み込み使役するのか?と言う事。
おれもエデュッサやフェアラートを組み込んだが、言うなれば彼、彼女らは一度輪廻の輪からはずれてしまった存在だった。
同様にバイアやアリアムエイダ、サラの時とも状況は違う。
盟友になってしまえば、輪廻の輪からははずれてしまうだろうし、これから更に激しくなる『略奪者』との戦いに巻き込む形になる。
アンティルールと言う無慈悲な仕様が適用されている世界で。
きつい言い方になってしまうが、竜兵とて無駄カードを『魔導書』に入れておく余裕は無いはずだ。
そして何より、竜兵がこの世界に居る間はまだしも、帰る時には彼も母親も失われてしまう。
まだ幼いヴェルデには・・・酷な話。
「お竜ちゃんの思うようにすればいいんじゃよ・・・。」
簡単には答えの出ない問い、おれが何かを答える前に、背後から穏やかな声がかかった。
「・・・じっちゃん。」
長い髭を撫でながら、ゆっくりとテラスに現れたドラゴンの長老。
瞳には慈愛を湛え、実の孫を見守るような空気で竜兵を導く。
「そうだな。竜兵はどうしたいんだ?」
ずるい聞き方かもしれない。
彼の悩みを解消している訳でも無い。
ただ何となく、竜兵の気持ちはすでに決まっている気がした。
たぶん竜兵は、少しだけ背中を押して欲しかったように見えたから。
一度目を閉じた竜兵。
深呼吸、数秒後目を開けた彼の目に迷いは無かった。
「おいら、ヴェルデとお母さんを会せてあげたい!」
「なら、そうしろ。」
「うんっ!」
グッと握り拳を突き出す竜兵に、おれは頷いてグータッチ。
そんな二人を頭の上座す漆黒の子犬と、仙人姿の老爺が見守っていた。
■
昼に差し掛かる一歩手前。
昨夜宴会に使われた大ホールは、すっかり片づけられている。
無礼講で行われ、外国からの遠征組は元より、城内のほぼ全員が参加したはずなのだが・・・。
この国のメイドさんはかなり優秀らしい。
竜兵のお願いで呼び出されたメンバーはつつがなく集まった。
ヴェルデにはまだ教えていない。
不自然にならぬよう、おれの部屋で寝ていた仲間たちは全員集合だ。
そんで、起こした直後からヴェルデが右腕、リューネが左腕に納まっている件はいかんともしがたい。
もちろんロカさんも頭の上だぞ。
おれだけえらい人口密集率なんだがー?
竜兵から一定の距離を置いてめいめいが並ぶ。
「おじさまー?お父様はどうかちたんですかー?」
「お兄様?一体何が始まりますの?」
両手の幼女から投げられる問いに、なんと答えるか思案しながら曖昧な笑顔。
揃って小首を傾げる二人を宥めつつ、竜兵の動きを見守っている。
おれたちを一度見まわし、「よし!」と気合。
竜兵が『図書館』を展開し、『魔導書』の納まる金箱を開く。
『図書館』から抜き出した一枚のカードを、金箱の一枚と入れ替えシャッフル。
虚空へとカタログを送還し、竜兵が告げる『魔導書』の一言。
彼の目の前へ浮かび上がる、A4のコピー用紙サイズ・・・六枚のカード。
手札を確認した竜兵とおれの視線が交錯。
静かな首肯に、それが手札にあることを理解した。
緊張しているのだろう。
一度胸に手を当てて呼気を整える竜兵。
おれを始め、事情を知るバイアにロカさん、アフィナやシルキーと言った面々には何とも言えない緊張感。
竜兵が何をしようとしているかわかっているからだ。
「・・・いくよ!」
己を鼓舞するように、竜兵はカードへ指先を滑らせる。
選択された二枚のカード、一枚が風を意匠化した紋章三つに変換された。
そして灰色だったもう一枚は光だし・・・ヴェルデの母親を満を持して召喚。
・・・することはできなかった。
『魔導書』に組み込むことも、ドローすることもできたのにだ。
「うそ・・・だろ?なんで・・・こんなっ!」
狼狽え取り乱す竜兵。
召喚するはずだったカードを握りしめ、わなわなと肩を震わせる。
尋常ならざる様子、その手元に感じる違和感。
咄嗟、両手の幼女をアフィナとシルキーに押し付ける。
「「ふぇぇ!?」」
「ちょ!セイ!?」
「セイさん!どうしたの!」
急に放逐された幼女二人が泣きそうで、アフィナとシルキーが慌てているが、はっきり言って今はそれどころじゃあない。
竜兵に駆け寄ったおれとバイア。
「アニキ・・・!じっちゃん!」
潤んだ瞳で見上げる竜兵が持っていたそのカード。
本来のイラストは綺麗なエメラルド色のドラゴン、『嵐竜』のはずなのだ。
それが今は、真っ黒な蜘蛛の巣に覆われていた。
「なんと・・・!」
バイアが絶句した瞬間、ゾワリと背筋を駆け巡る悪寒。
おれは咄嗟に竜兵の手を払う。
直後、カードから影絵のように伸びた蜘蛛の多脚が、わきゃっと空間を薙いだ。
ギリギリ、一瞬遅れたらその毒牙は竜兵に襲い掛かっていただろう。
しかし、それだけでは済まない。
空中で姿勢制御したカードが、しっかりと脚から着地を決め、カサカサと床面を走り出す。
滑るような移動、動きは正しく虫のそれ。
「くそっ!ロカさん!」
「承知!」
逃げ出したカードを追いかけロカさんがダイブ。
直撃コースの跳躍を、背中に目でも付いているように難なく躱すそのカード。
「おのれ!面妖な!」
当然だがおれも走り出す。
「お竜ちゃん!」
「じっちゃん!わかってる!」
我に返りカードを追う竜兵とバイア。
だが、そんなおれたちの焦りを嘲笑う如く、縦横無尽にカードは駆ける。
他のメンバーは、呆然とその光景を見ていることしかできない。
最悪な事に、ホールと廊下を繋ぐ扉が開かれてしまった。
案の定スルリ、その隙間を駆け抜けるカード。
「ちぃ!」
思わず漏れる舌打ちを他所に、扉を開けた人物・・・ウララが息も絶え絶えに立っていた。
膝に手を突き呼気を整え叫ぶ。
「ハァ!セイ!すぐに・・・来て!ガウジ・エオが呼んでるのよ!」
「「ウララ(ウラ姉)!今はそれどころじゃ・・・!」」
図らずもハモったおれと竜兵の言葉は、続いて発せられたウララのセリフで遮られた。
「ホナミが・・・ホナミが倒れたのよ!!!」
「なんだとっ!?」
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