・第二十四話 『武器』
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異世界からおはよう。
おれは九条聖、通称『悪魔』のセイだ。
美祈、『武器』ってなんだろうな?
兄貴は、君を守るために空手を習っていた。
おれにとっての『武器』とは、この拳になるんだろうな。
生まれつきのサウスポーが好転して、結構いいとこいってたんだよな。
通ってたあの道場のお茶目な師範はいつも、「ひじりは世界を狙える。」なんて言ってたが、高校に入る前に辞めちゃったけど。
『悪魔』なんて通り名が有名になったせいで、絡まれることや怪我が絶えなくなったおれに、君が言ったんだ。
「わたしのためにお兄ちゃんが怪我をするなら、わたしがお兄ちゃんを守ってあげる。」って。
それを聞いたおれは、もう骨抜きですよ。
今は遠く離れているけど、兄貴は君をずっと守りたい。
今日、受け継がれる武器の話をしてて、ふと思いだしたんだ。
■
朝、自然と目が覚めた。
また美祈の夢を見ていた気がする。
何か意味があるような気がするけど、どうにもわからない。
おれが起きた衣擦れの音に反応して、隣のベッドで寝かしたアフィナの瞼が、ゆっくりと開く。
一度おれの姿を見止めた後、「セイ、おはよ。」と小さく呟く。
んー珍しいな、朝は大抵うるさいくらい元気なんだが。
まぁ、昨日の話の後じゃ、元気ある方が逆に心配か。
「着替えてクリフォードのとこに行くぞ。」
おれの言葉にコクンと頷いたので、おれはアフィナに背を向け着替え始める。
「着替え、終わったよ。」の声でおれは振り返り、アフィナを伴って謁見の間へ向かった。
謁見の間の扉前、衛兵二人と共に困り顔の『歌姫』セリシアが立っている。
「セリシア様、おはようございます。」
「どうした?クリフォードに何かあったのか?」
おれとアフィナが口々に声をかけると、セリシアは「それがね・・・」と、一つ苦笑した後で謁見の間の扉を少しだけ開く。
中では執務机に突っ伏すクリフォードと、突っ伏した彼の腕を枕に眠る、二人の羽根妖精。
「こういう訳なのよ・・・。半時ほど前まではなんとか起きていたんだけど・・・セイ君たちが来たら起こせって言われているのだけど、もう少し寝かせてあげてくれるかしら?クリフ様この三日間、二~三時間しか眠れてないみたいなの。」
そういうことなら是非も無い。
「先にヒンデックの所へ案内するわ。」
おれとアフィナはセリシアの案内で、宮殿地下の牢へと向かった。
石造りの階段を降りる。
さすがは『精霊王国フローリア』の宮殿内にある牢だ。
そこはどこか、薄ら寒い景観にも関わらず、なぜか静謐な印象を受ける空間だった。
牢とは言っても、ほとんど使用された形跡は見えず、一応鉄格子こそあるが、見た目はちょっといかつい石の部屋って感じだな。
部屋の脇には簡素ながら文机と椅子、ベットも備えてある。
左右に三つずつ同じ作りの部屋があり、今はヒンデックの牢以外使用されていないらしい。
アフィナの祖父、元『精霊王国フローリア』大臣ヒンデックは、一番奥の部屋に居た。
その姿は最初会った時の居丈高なものではなく、歳相応(いくつか知らないが)すっかり老け込んだ老人のそれ。
目の下へ濃い隈を作り、顔全体に現れた深い皺が、後悔と自責の念を体現しているかのようだ。
手首に木で出来た手かせがはめられているのは、自殺防止の為なんだろうな。
おれはセリシアにそっと目配せを送り、アフィナの背中を軽く押してやる。
「アフィナ、おれたちは席をはずす。二人で話して来い。」
「ん、セイ・・・ありがと。」
アフィナがゆっくりとヒンデックの牢に近づいていくのを見送り、おれとセリシアは牢と階段を繋ぐ扉の外へ出た。
一時間ほどたった頃だろうか、アフィナは戻ってきた。
その表情は少しだけ明るい。
「・・・おじいちゃん、すごく泣いてた・・・。済まなかった。って何度も。でもきっともう大丈夫。お母さんのことも私のことも、間違いだったって。・・・わかってくれた。もう自殺したりしないって。」
おれとセリシアに向かって、途切れ途切れに一生懸命言葉を紡ぐアフィナ。
うん、良かったんじゃないか?
おれが大臣を、思いっきりぶん殴ったのはもう覚えていない。
そう、あれは事故だった。
「それでね・・・おじいちゃんが、セイと話したいって」
うーん、やっぱ根に持ってますかねー。
おれは何を言われるのか内心ヒヤヒヤしつつも、完璧に平静を繕って頷くと、ヒンデックの居る牢へ向かった。
予想に反して、彼が語ったのは感謝と謝罪だった。
「異世界の魔導師セイ殿、此度はわしの不手際で見苦しい所をお見せした。心よりお詫び申し上げる。また、わしの孫を救って頂いた事、どれほど感謝しても足りぬ。苗字も無くした老骨なれど、この先セイ殿が自分の世界に帰れるよう、わしにできることがあれば何でも言ってほしい。」
はい、困ったー。
こんな常識人だったとはね。
さすがにこの老人、ぶん殴ったのはまずかったかもしれん。
いや・・・あれで洗脳が解けた!
・・・これでいこう。
「・・・気にしないでくれ。成り行きだ。おれよりアフィナを大事にしてやってくれ。」
額に流れる汗を必死に隠しつつ、おれはそう搾り出した。
「感謝する、セイ殿。もちろん、アフィナはこの先我が身に代えても守ってゆく。・・・しかし、アフィナはセイ殿に付いて行きたいと言っておった。セイ殿どうかあの子を頼み申す。それとだな・・・」
それからヒンデックが語ったのは、ヒンデックが謁見の間で使った懐剣の事だった。
■
セリシア、アフィナと共に謁見の間に戻ってきた。
クリフォードは起きていた。
顔色もずいぶん良くなっている。
「セイ、どうやら気を使わせたようだな。」
苦笑するクリフォードに、手を挙げて「気にするな。」と答える。
「どうやら、ヒンデックは落ち着いたか?」
「ああ、もう大丈夫だと思うぞ。完全に爺馬鹿になってたけどな。」
以前のヒンデックを見ていれば絶対信じられない事だろうが、ヒンデックはそれはもうアフィナにデレた。
おれとの会話が終わり、合流したアフィナの手を牢屋越しに握って、何度も「体に気をつけろ。」と涙ながらに言う姿は、好々爺と表現するしかなかった。
後半あまりの豹変振りに、当事者のアフィナですら若干引いてたからな。
それはともかく、ヒンデックの言っていた懐剣の話をしよう。
今はクリフォードが預かってるらしいからな。
「そうだ、セイ。これを用意しておいたぞ。」
おれが思考に沈んでいる間に、クリフォードは宝箱を用意していた。
昨日話してた『輝石』か。
「見ていいか?」と、問いかけるおれに、「もちろんだ。」と、言って箱を開けるクリフォード。
少々がっかりした。
おれの落胆を見て、「だめか?」とクリフォードが聞いてくる。
「オニキスとエメラルドはだめだな。装飾品になるとテキストが変わる。原石状態なのは・・・サファイアだけか。これをもらっていいか?あと・・・大臣が使ってた懐剣をアフィナに渡してやってくれ。」
「そうか、加工されると『輝石』としては使えないのか。済まないな、王宮にある物は贈答品ゆえ、未加工の物は少ないんだ。サファイアは持っていってくれて構わない。元よりその為に用意したのだからな。」
『サファイア』はおれは要らないが、ウララの『魔導書』なら助けになるはずだ。
本当はおれが使う『オニキス』と『エメラルド』が欲しかったが・・・。
おれが『サファイア』を『カード化』して『図書館』に収納していると、クリフォードからヒンデックの使っていた懐剣を受け取ったアフィナが、怪訝な表情をする。
「セイ、これ?」
「ああ、ヒンデックが言うには、代々『風の乙女』に伝わる魔法剣らしいぞ?」
なんでも『風の乙女』の力を高める効果があるらしい。
『森の乙女』カーシャが使ってた『原初の宝物』みたいなもんかね?
「・・・セイが使ったら?セイ武器持って無いでしょ?」
「なんだセイは武器が無いのか?なんなら宝物庫から何か持ってくるか?」
アフィナの言葉に反応したクリフォードがそんな事を言ってくるが、おれは「必要ない。」と手を振って答える。
「おれは武器使わないんだ。空手・・・この世界で言うと・・・打撃の格闘術ってとこか?それしかできないんだ。剣なんか持っても振り方がわからん。」
おれの答えに一瞬考え込んだアフィナは、
「セイと一緒に転移した人たちも、皆そうなの?」
と、聞いてくる。
「いや・・・あいつらは違うな。それぞれ武器がある。『魔導書』ってのは本当に人それぞれなんだ。この『サファイア』も、使う奴が居るから、おれが預かっておくんだ。」
「そうなんだ・・・そういえばボク、セイのこともセイの幼馴染のことも全然知らないね・・・。」
「そりゃそうだろ。おれたちがこっちの世界に召喚されて、まだ六日かそこらだろ?」
「うーん、そうなんだけど・・・」
不満そうに、おれを見つめるアフィナ。
一体なんなんだ?
「ねっ?セイたちのことを教えて?」
「断る。面倒くさい。」
上目遣いで強請ってくるアフィナに即答するが、横合いから援護が入る。
「セイ、私も聞かせてほしい。それに、どうやらセイも含めて、異世界の魔導師というのは特徴的な戦い方をするようだしな。人となりを知っていれば、情報を得やすいかもしれない。」
「・・・はぁ・・・」
確かに一理あるな。
クリフォードにまで迫られ、おれは渋々話し始めた。
どちらかと言うと、質問に答えていくって感じだったがな。
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